会談と密談
第三十五話。怪しい何かが登場。
ブラストとリヴァルと決戦から一夜明け、エース城は活気に満ち溢れていた。神官の襲撃やリヴァルの裏切りという思わぬ事件があったにも関わらずだ。王やセイントが生き残ったからだろう。と、狼刀はそんな風に軽く考えていた。
実際には狼刀の発言に原因があったのだが、そんなことは知る由もない。
「この城を救ってくださったこと感謝しますぞ、勇者殿。私はローレンス・ガルブ・エース。王をしております」
ローレンスが深々と頭を下げる。
場所は王の間。王の左右にはセイントとスクラヴォスが控え、向かいに狼刀と、端にイソリとミソロギがいた。
「私は近衛兵長のセイント。セイント・ゾルフ・エースです。以後お見知りおきを」
「私は新たな兵士長となりました。スクラヴォスです」
セイントは瀕死の状況だったとは思えないほどに元気だ。偶然かもしれないが、そのことは狼刀にとってプラスに働いた。
「この城は我々に任せ、邪神教を滅ぼしてください」
用心棒になって欲しいと言われなかったのだ。
「はい!」
これで狼刀は心置きなく旅立つことが出来る。
「それにしても、リヴァルが邪神教の関係者だったとは。魔物を狩ってるだけの時は捨て置いたものを、つけあがりおって。ここまで執拗に侵入してくるとなるとやはり団を動かすしかないか。全く、大臣のエスラ――」
「よろしいでしょうか」
王の話が長そうだったので、狼刀はやや強引に本題に入った。
三勇城の残り二つ。デュース城とトレイス城の様子を見に行くということ。それについて、手紙を書いてもらいたいこと。
待っている間に、イソリとミソロギの二人と話をしたいということ。
「わかった。場所を用意させるから、手紙を書いてる間に話をしてくるがよかろう」
王はにこやかに笑った。
狼刀が通されたのは、講談室と呼ばれる場所だ。
机やロッカー、大きな黒板などが置かれた学校の教室のような部屋。かつて、ミソロギに授業をしてもらったあの部屋だ。
机を合わせて小さなグループを作ると、狼刀は異世界から来たことや、この世界について知っていることを話し始めた。
死んで繰り返してることだけは説明出来なかった。しようとすると、まるで声が届いてないように会話が成立しなくなるだ。ミソロギだけに。
イソリとは前回までと同じように、状況の共有をすることが可能だった。
「本当に、知りすぎてて怖いですね?」
異世界には場違いなスーツを着たミソロギが、関心と驚きの間のような表情を浮かべる。
「ところで、何故スーツなんですか?」
話が一区切りついたところで、訊いてみた。最初に王の間で会った時から気になってはいたのだ。
「五十里くんの記憶から再現してみました? 異世界装というやつですね?」
「なるほど」
この世界に元からある衣装というわけではないらしい。その部分を聞きたかったわけではないが、掘り下げても仕方ないだろう。
「他に質問はありますか?」
ミソロギが笑顔を浮かべる。
「……この城に大臣はいないんですか?」
王との会話を思い出して、狼刀は訊ねた。デュース城だけの制度かと考えていたが、エース城にもいたらしいことが判明したからだ。
「一応、居ましたよ? 今は、その、いないですけど?」
ミソロギは珍しく、歯切れ悪く答える。
「関わった事件ですから、僕から説明しますよ」
イソリが手を挙げて、立ち上がった。
「この城にいた大臣の名前はエスラヴォス。この城に潜入していた邪神教のスパイだったんですよ。デュース城の大臣が邪神教の神官だったという噂があって。それで、ケイさんの発案で僕とケイさんで鎌をかけたんですよ」
イソリはそこで一呼吸をおき、続ける。
「エスラヴォスがスパイだという確証は得られたんですが、逃げられました。そして、勝手な行動をしたとしてケイさんは……」
イソリは悔しそうに唇を噛んだ。
「リヴァル兵士長により、処断されたんですよ?」
俯いてしまったイソリの言葉を、ミソロギが続ける。
狼刀の顔に驚きが浮かんだ。そこで、リヴァルの名が出てくるとは思わなかったのだ。
「ケイを警戒していたのでしょうね? 彼は格持ちで評判も良かったですし?」
言われれば納得は出来る。
ループによっては生き残ったセイントさえ殺そうとする男だ。ケイという人物のことはよくわからないが、狙われてもおかしくはなかったということだろう。
そこまで考えて、狼刀は聞いたことのない単語があったことに気がついた。
「格持ちってなんですか?」
「勇者の血族と呼ばれる人間を中心に持っている特殊能力、といったところかな?」
ミソロギが答えるが、狼刀は理解出来なかった。勇者の血族というのもよくわかっていないのだ。そう呼ばれる人間を中心にと言われても、何もわからない。明確にわかるのは特殊能力ということだが、それも実に曖昧な表現だ。
狼刀が質問をしようかと動こうとした瞬間を狙ったかのように、チャイムが鳴り響く。
「ここまでみたいだね?」
ミソロギが席を立った。時間はきっちりと守るタイプらしい。それ以上の質問は、対価を要求されることだろう。
狼刀とイソリは机を元に戻して、後を追う。
講談室を出たところにミソロギが立っていた。
「いつかきっと役に立ちます?」
ポケットから勾玉を取り出し、狼刀に渡す。
「持っていきなさい?」
「ありがとうございます」
狼刀は勾玉を受け取ると、ふくろに入れた。
「大切にしてください?」
笑顔で告げ、ミソロギは立ち去る。
「では、僕もこれで」
その後を追うようにイソリが走り去った。とはいえ、目的地は同じではないだろう。ミソロギは実験だろうし、イソリは修練をしに行くのだ。
そして、狼刀にも行く場所がある。
チャイムの音は手紙が書き終わった合図。
目的地は王の間だ。
狼刀は王の間で手紙をもらうと、エース城を後にした。目指すはここから北西にあるデュース城、の南西にある深紅の塔。
と、その前に、
「セーブポイント更新」
起点を更新してから、狼刀は歩き出す。
このまま進んで行こうという気概は全くなかった。
◇
白い部屋の中で、マナティは空中に映る映像を眺めていた。
青年が神官と戦い、神と契約した男と戦い、また神官と戦う。
青年がピンチに陥るたびに、マナティは時の杭を打ってないことを後悔していた。ピンチを乗り越えると、時の杭を打たないと、と思ってしまう。
それでも、言いつけを守ってマナティは見守ることに徹した。
「セーブポイント更新」
城を出た青年がそう言ったことを確認すると、マナティは嬉々とした笑顔を浮かべる。
「時の杭・セット。対象は結城狼刀。発動条件は対象の死。記憶保持者は対象と発動者。時の杭・ドライブイン」
格好いいポーズとともに時の杭を発動させると、マナティは映像に背を向けた。
「よく我慢したね」
現れた何かが、マナティに声をかける。
そのままマナティの頭を撫でると、誰かは笑いかけた。
「他に誰もいないからね。声を出して構わないよ」
「ごめんなさあたっ!」
項垂れるマナティ。何かはそのおでこを指で弾いた。
「謝って欲しいわけじゃないんだよ」
「わ、わかりました!」
「よし、いい子だ。ご褒美をあげるよ」
元気に返事をするマナティ。何かは、その頭を撫でた。マナティは嬉しそうに目を細める。
「仕事があるからもう行くよ。マナティも頑張りなさい」
それだけ言うと、何かは消え去った。