戦う商人
第三十六話。戦えるのは剣士だけじゃない。
大地にそびえ立つ深紅の巨塔。入口に集まる黒いローブの集団は、生きてる。寄り道をせずに来たのだから、当然か。
「なんだ、お前は?」
塔を守護する神官が誰何するのも同じ流れだ。
「この塔に用がある。通してもらおうか」
狼刀はあえて無視した。
「通さねぇよ!」
問いかけた神官が杖を構えて狼刀に襲い掛かる。さらに周りの神官たちが杖を、槍を、錫杖を、各自の武器を構えた。
「押し通る!」
狼刀は二本の刀を構え、走る。
一騎当千の力を見せつけて、斬り伏せるのではない。刀を振るうのは最小限だけ。
攻撃を受けないように避けながら、狼刀は神官の間を走り抜けた。
「な、なんだこいつ!?」
遥か後ろから神官の叫び声が聞こえる。
全ての神官を置き去りにして、狼刀は塔に転がり込んだ。
「ば、ばけもの……」
戦くような神官の声は、狼刀の耳には届かなかった。
頂上には宝石の入った宝箱がある。艶やかで美しい、ゲームに出てきそうな宝箱だ。雨風に晒されながらもあの状態を保っているのは、誰かが手入れをしているからだろうか。
「汝。秘宝を求めるか」
スカイドラゴンが現れた。
金色の宝玉を持った黄金のドラゴンだ。
「汝。秘宝を求めるか」
狼刀はスカイドラゴンがもう一度問いかけてくるのを待ってから、前回と同じように答えた。
「ああ、この秘宝がほしい」
「ならば、儂と戦いその力を証明してみせるがよい」
「今の私にあなたを倒すことはできません。見逃してはくれませんか」
「そうか。ならば今一度力をつけて戻ってくるがよい」
狼刀の言動が変わらなければ、スカイドラゴンの反応も変わらない。天へと登って姿を消すことも、改めて降りてくることも。
「塔の下まで送ってやろうか?」
狼刀に問いかける、その言葉も。
「お願いします」
地上には神官が残っているかもしれないが、スカイドラゴンなら見捨てはしないだろう。狼刀にはそんな確信があった。
「うむ。乗るがよい」
スカイドラゴンの手の平に乗り、狼刀は地上へと降りる。
そこには、神官の死体がいくつか転がっているだけだった。残りは塔の中だろうか。スカイドラゴンは気にする様子もなく、狼刀に問いかける。
「無事に帰れるかの? なんなら送ってやるぞ? どこか行きたいところでもよいぞ?」
スカイドラゴンが何度か問いかけるのを待ってから、狼刀は答えた。不敵な笑みを浮かべているのは、無意識だろうか。
「あなたを倒せる武器のあるところまで、連れて行ってもらえますか?」
スカイドラゴンはあっさりと頷いた。
「よし。承った」
予定通りだ。が、念のために会話は今までと同じように心がける。
「え、や、人の話聞いてました?」
「聞いておったぞ。家に帰るより、勝つために動く。実に立派な人間じゃの」
小さく頷き、狼刀は差し出された手の上に乗った。目的地はわかっている。ケイトール洞窟だ。洞窟群の一つであり、中には商会連合も狙っている重力の石が眠っている。
「ケイトール洞窟。ここの最奥にある、重力の石というのが儂を倒すための道具じゃ。武器じゃなくてすまぬな」
一言一句同じ説明だ。
「お主が道具を探しておる間に、儂は戻るが、塔の入り口で呼んでくれたら迎えに行くでの」
アフターケアまで整えて、スカイドラゴンは飛び去っていった。
すでに日は暮れ始めている。待っていればテントを持ってくることだろう。だが、狼刀にはそれを悠長に待つだけの余裕はなかった。
洞窟の壁には松明が灯っている。用意したのは、ダークデモンか商会連合か。どちらだとしても狼刀にとっては好都合だ。
松明があるおかげで最低限の明るさは確保され、狼刀は早足で洞窟を進むことが出来るのだから。
襲いかかってくる魔物は、刀で斬り落とし、竹刀で滅ぼす。変則二刀流の前に、敵はいなかった。
「げへへ、人間の匂いだなぁ」
狼刀にとって予定外だったのは、魔物が三体いたことだろう。真ん中が槍を持っているから、ダークデモンだとして、左右の杖を持った魔物はなんなのか。見た目からすると同種のようだが。
「まぁ、いいか」
考えても結論は出ない。そう結論を出した狼刀は、三体の魔物の前に姿を現した。
「げへへ。強気な人間だなぁ」
ダークデモンが、槍を舐めながら笑う。
同時に、左右の悪魔が狼刀に襲いかかった。大きく杖を振りかぶって、まるで攻撃してくれと言わんばかりの無防備さである。
望み通りに、狼刀は二体に竹刀を叩き込んだ。
「「げへ!?」」
気持ち悪い悲鳴を上げて、二体の悪魔が消滅する。
狼刀はその末路を見届けることなく、ダークデモンに肉薄、刀を振り上げた。
「げへへ。残念だったな」
ダークデモンは槍で受け止めると、気持ちの悪い笑みを浮かべる。
狼刀は刀に力を込めた。ダークデモンも負けじと力を込めて押し返そうとする。純粋な力比べになっては、狼刀に勝ち目はないだろう。
純粋な力比べなら、だが。
狼刀は竹刀を軽くダークデモンに当てた。
「げへ!?」
ダークデモンは、他の二体と同じ悲鳴を上げながら消滅する。
狼刀は重力の石を回収すると、出口に向かった。
「一人で来たのか、ボウズよぉ」
道を塞ぐように男達が立っていた。
中央にいるのは、つぎはぎだらけのこげ茶色の布を纏った大男。布から覗く腕や脚には古傷から生傷まで、様々な傷が刻まれている。
その左右には二人の男。
一人は、三人並んでいるなかでも特に身長が高く、体は誰よりも細い男。顔は人形のように無表情で、目も細い。腰や肩下など色々なところにホルスターのようなものが装着されているが、仕舞われているのはブーメランだ。
もう一人は、ローブを羽織った男。他の二人よりは小柄に見えるが、それでも狼刀と同じくらいの背格好だ。フードを目深に被っているため、顔はよくわからない。口は見えているから、笑っているということはわかったが。
「デストロ様の問いに答えろ」
狼刀が三人を観察していると、ローブの男が曲刀を突きつけた。
「一人だ。重力の石を探したが駄目だった」
狼刀は両手を上げて、戦う意思がないことを示す。
「そうか。なら失せな」
厳つい男――デストロは狼刀の横を通り抜けた。ローブの男は後ろに続く。痩躯の男は二人の後を追うかに見えたが、立ち止まった。
狼刀の目の前に立ち、足を鳴らす。
「停止」
人形のような顔が僅かに曇った。
「どうしたデッドール?」
「所持。疑惑」
デストロが振り返って声をかける。それに対して、デッドールと呼ばれた男は単語で答えた。
しかし、それだけでデストロは理解したようだ。
背負っていた戦斧を構えて、狼刀に襲い掛かる。
「くそっ……」
闘争か逃走か。
狼刀は素早くデッドールの脇をすり抜けた。逃げることに専念すれば、逃げらえると考えたのだ。
事実、戦斧を振り下ろしたデストロとデッドールはその動きに追いつけていなかった。
「逃がさないさ」
ローブの男が狼刀の前に現れる。パワータイプのデストロと違い、スピードタイプの戦い方を得意とするのだろう。
「偽獅子牙」
ローブの男は、逆手持った二本の曲刀を振り下ろす。
狼刀は、ローブの男の腹部めがけて竹刀を振り上げた。目的は傷を負わせることではない。距離を取って逃げることだ。
「無駄だ」
ローブの男は壁を蹴ると、体を反転させて宙を舞う。予想外の動きだが、狼刀は焦らない。竹刀は躱されたが、目標は達成された。
姿勢を低くして、走り抜ける。
「シシ! 頭を下げろ!」
デストロの叫び声が響いた。
狼刀は反射的に振り返る。視界に映ったのは高速回転しながら迫るブーメラン。狼刀は体を反転させ、刀を構える。
「飛散!」
――叩き落とすことは叶わなかった。
ブーメランが爆散し、無数の刃が狼刀に向けて降り注ぐ。刀と竹刀を使っても、防ぐのはギリギリだ。それなのに、刃の雨は収まらない。
いつまでも防ぎ続けられるほど、狼刀の腕は高くはなかった。
頬を掠め、太腿を裂き、足に刺さる。
脇腹を切り裂き、腕を掠め、脛を掠め、肩を削り、右手に突き刺さった。
「しまっ……」
狼刀の手から竹刀がこぼれ落ちる。
拾う余裕はない。狼刀は左手の刀だけで、致命傷となりかねない刃だけはしっかりと弾いた。
その眼前に、ローブの男が迫る。
「偽獅子牙」
男が双曲刀を振り下ろした。
狼刀は刀で受ける。が、大量の刃を捌いてきた刀では、その一撃を受け止められない。
刀は砕け、狼刀は斬り裂かれた。




