強き者達
第二十一話。みんな強くて、みんないい。
「予言通りですねぇ。まっったく、予言通りです」
燕尾服のような白い服。手袋から靴まで装飾品は全て白。鬱陶しいくらいに長い髪も白く、肌もどちらかといえば白っぽい。それでも綺麗な白なら見栄えがいいのだが、彼の場合は灰色に近い白だった。
「僕は予言の神官」
男がひとりでに自己紹介を始める。
「強く、賢く、偉大なる三神官の一人」
長い髪を振り乱し、大仰な身振りをしながら、手元の白い本を見て。
「ユウキ・ロウト。あなたの名でしょう?」
狼刀に近づく。
「ああ、答えなくてもいいですよ。予言が間違っていることなどないのですからね」
刀の間合いの手前で立ち止まった神官は、なおも視線は本に向けたまま、言葉を続けた。
「奇跡に愛された僕。そして、崇高なる予言書に過ちなど存在しない。予言書、すなわち神託聖書。ああ、素晴らしい」
踊るように、あるいは壊れた人形のように、予言の神官の動きも言葉も止まらない。
「僕の予言は絶対、完璧、唯一無二。っ、危ないな。君がどう動こうが、すべては予言されている。だから、動かないで聞いててもらえるかな」
狼刀が近づくと、予言の神官は後ろに下がった。
本から目を逸らしてはいない。それでも狼刀の動きがわかっているかのように同じ距離だけ、同じタイミングで。
まるで、予めそうなることがわかっていたかのように。
「聞く気になったかな? 大体ね――」
「お取込み中失礼するガ、いいかね?」
神官の言葉を遮るように、狼刀の後ろから声がした。
「傭兵団でしたか」
神官は動きを止め、静かに呟く。明らかに、狼刀の時とは違う反応だ。
「デュース城を出たとは聞いていましたが、この城に何の用事でしょうか?」
新たなる来訪者は二人。二人とも巨塔の前にいた神官達のような黒いローブを身に纏っているが、傭兵団と言っていたから、神官ではないのだろう。
そのうち、虫を模した仮面の人物が神官の言葉に答えた。仮面だとわかるのは、声を出しても表情が微動だにしないからだ。
「我々はこの場所で魔物を殺したいガ、邪神教のおかげで魔物が一体も見当たらないのでね」
「ボス。邪神教のせいで、というべきではありませんか?」
男の発言に反応したのは、黒いサングラスをかけたもう一人の男だ。目は見えないが整った顔立ちをしており、声から判断すると、年の頃は狼刀と同じくらいか。
「我々にとってはそうだガ、おかげでも間違いないと思うガね?」
「失礼しました」
サングラスの青年は深々と頭を下げた。その視線は一度たりとも神官には向けられていない。
「傭兵の分際で……」
神官の顔が大きく歪んだ。
「僕の話を、無視するんじゃない!」
叫び、空いている右手を開いて、突き出した。
「死ね! 僕に対する蛮行は許さない!」
「爆食」
ボスが小さな声で呟く。
神官は悪鬼のごとき表情を浮かべ、右手を振り上げた。
「図に乗るんじゃない!」
何かを投げるように、腕を振り下ろす。実際に投げたわけではない。その手には錫杖どころか、何も握られてはいなかった。
「爆鎖」
ボスが再び小さく呟く。。
「傭兵の分際でぇ……!」
「我々は敵対したわけではないのだガ、話を聞いてはもらえないのかね」
「黙れ!」
神官は両手を合わせて前に突き出した。
「火焔魔法!」
魔法名の詠唱。その時だけは、魔法を使っているのだと、狼刀にも理解が出来た。
「爆食」
それを、ボスが小さな呟きだけで防いだということも、想像に難くない。
何が起こったのかはわからなくても、圧倒的な力の差があるのだということだけは、狼刀にも理解出来ていた。
「無理なことはわかったと思うガ、話を聞いてはもらえないのかね」
「だ、黙るがいい……」
俯く神官の言葉には勢いがなく、表情も暗い。魔法が見えていない狼刀よりも、力の差をはっきりと理解したのだろう。自分では勝てないということを。
「なぜ……なぜ、」
その手から、本が床へと零れ落ちた。
「話を聞いてもらえると」
「――殺せ」
神官の言葉が、ボスの言葉を遮る。
「殺せ。殺せ。殺せ。殺せ」
神官の体が小刻みに震えだす。
「殺せ。殺せ。殺せ。殺せ」
「なら、殺してさしあげましょう」
サングラスの青年が一歩前に出た。
一歩だけ前に出たのではなく、ボスが行方を遮ったので一歩目で止まったのだ。その手には玩具の銃のようなものが握られていた。
「死を望むものに死を与えるのは我々の仕事ではない。答えを知るのはこの男だガ、頼らずとも方法はある」
「……わかりました」
「それでよい」
青年が下がると、ボスは神官に背を向けた。もう用事など何も無いというように。
「殺せ。殺せ。殺せ。殺せ」
壊れたように言葉を繰り返すだけの神官には、見向きもしようとはしなかった。
狼刀とすれ違いざまに、ボスは一言。
「彼の始末は任せるガ、散らかさないように頼むよ」
そう言い残して、王の間から出て行った。
「殺せ。殺せ。殺せ。殺せ」
残されたのは、狼刀と壊れたように呟き続ける神官だけ。始末と言われても、状況すらもわからない。
「殺せ。殺せ。殺せ。殺せ」
とりあえず、近づいて正面から向かい合う。
「殺せ。殺せ。殺せ。殺せ」
神官は目を合わせることもなく、うわ言のように繰り返すだけ。
「殺せ。ころせ。こ、ろせ――?」
その言葉が不意に途切れ、神官は倒れた。
「こ、ろ……」
それっきり、ピクリとも動かなくなる。
狼刀は呆然と――何が起きていたのかもほとんど理解出来ずに――その一部始終を見届けた。わかったことは、一つだけ。
トレイス城を支配していた神官が、死んだということだ。
「と、これだけは回収しておくか」
狼刀は床に落ちていた本を拾い上げる。神官いわく、予言書。狼刀の元いた世界にもそう呼ばれるものがあったが、同じ類のものだろうか。
「え……?」
狼刀が何気なくページをめくってみると、そこには何も書かれていなかった。たまたま白紙だったのかとページを進めるが、文字も絵も現れない。ただの、白紙の本だった。
意味がわからない。だが、考えたからってすぐに結論が出ることでもないだろう。
狼刀は、予言書をふくろに入れて、王の間を後にした。
◇
トレイス城の王女の部屋。大きな衣装棚と本棚があるくらいで殺風景だったその部屋は今、混沌に包まれていた。
服、本、服、本、服、服、服。
犯人は、傭兵団の二人だ。彼らはあるものを探すために、部屋の中を漁っていた。衣装棚には予想よりも服が詰め込まれていて大変だったが、やることは変わらない。
「何をしたのか聞きたいのだガ、サツリク?」
服を床に捨て、ボスが問う。
「新たな魔法機のテストにちょうどいいと思いまして」
サツリクは寝台の脇にある棚を探りながら答えた。
「狂死銃か」
ボスの手が止まる。
「ええ、テスト運用は必要でしょう?」
サツリクは手を止めることなく答えた。
「確かにそうだガ、奴である必要はなかったのではないかね?」
「奴でも問題ないでしょう」
ボスが手元にあった布を投げつけると、サツリクは短剣を投げ返す。
「なにかほかの意図ガ、あったのではないのかね?」
「何もありませんよ。何も」
「可能性として考えられるのだガ、あの青年に肩入れしているのではないのかね」
「そんなことはありません。誰がいても、何度繰り返しても同じことをしますよ」
ボスは動かずに衣装棚から出した布を投げつけた。
サツリクは棚をあさりながら色々な物を投げつける。短刀に始まり、装飾品から宝石など。あの棚は小物入れなのだろう。
「そうかね」
ボスは布をまとめて塊にすると、サツリクに向かって投げつけた。
「そんなことより、鍵を探しましょう」
サツリクは足元に散らばる布を一瞥して、ボスの顔に目掛けて短剣を投げる。護身用なのか、持ち手にはトレイス城の紋章が刻まれていた。
ボスは片手で短剣を弾く。
「鍵を探しますかね」
視線を衣装棚へと戻し、ボスは捜索を再開した。