予言者
第二十一話。新たな強敵の登場?
「城には僕様の結界が張ってあるんですが、どうやって入ってきたんです?」
デュース城に入った狼刀を出迎えたのは銀髪の神官――クレバーだ。来たタイミングは違うのだが、前回と同じように男はそこに立っていた。
「さあ、どうしてだろうな」
狼刀は紅い宝石――秘宝を見せながら、挑発するように言い返す。
「なぜ! あなたが、それを持っているのですかっ!」
クレバーは鬼のような形相で叫んだ。
「塔は守らせていた、はずっ! なぜ!」
「片付けさせてもらったよ。こんなふうにね」
狼刀は刀を構え、斬りかかる。
「やはり、予言は――」
狼刀が肉薄したところで、クレバーは慌てて距離を取った。
「なんなんだっ! 一体!」
体勢を崩しながら喚くが気にしない。クレバーに詠唱の隙を与えないように、斬って、斬って、斬りつける。
「くっ! このっ! 」
クレバーは躱すことこそ出来てはいるが、体勢は崩れたまま。不格好に何とか避けているというだけだ。その回避さえも段々とギリギリになっていき、ついに狼刀の刀が腕を浅く斬り裂いた。
「貴様ァ!」
クレバーが叫ぶ。
立ち止まったその瞬間を狼刀は見逃さない。
「終わりだ」
「……くそ……がっ」
袈裟斬りに斬られ、クレバーは床に倒れ伏した。
動く気配はない。それでも念のために、狼刀はクレバーの首を斬り落とした。
それから、状況を改めて確認するべく城の中を見て回る。といっても、ほとんどの住人が食堂にいることはわかっているのだ。
他のところはざっくりと見て、狼刀は食堂に向かった。
確認しなければならないことは一つだけ。
「まだ、消えていないんですね」
「ええ、残念ながら」
予想通り、結界はまだ消えてはいなかった。
「どちらへ?」
「ちょっと、図書庫まで」
ローレンスの手紙は大臣に託した。面会が認められるまで時間がかかることはわかってる。狼刀は、待ち時間に用事を済ませておくことにした。
白い帽子をかぶった青髪の青年。学者とこの城の人々からは呼ばれる青年。青年――カイは前回と同じように図書庫にいた。
厳密に言えば、タイミングや流れなど色々なことが前回とは違うのだが。カイは前回と同じようにそこにいた。
「僕に何か用事ですか?」
「これの使い方について聞きたい」
狼刀は紅い秘宝を取り出し、カイに手渡した。
「これは?」
カイは首を傾げる。
「南西の塔にあった秘宝です」
端的な説明ではあったが、カイになら通じるはずだ。
「……これが、ですか」
その呟きは、狼刀の予想を確信に変えた。カイの中で神官が言っていた結界を壊す石と目の前の秘宝が重なったのだろう。
「使い方といいましたね? 残念ですが、調べてみないとわかりません」
「では、お願いします」
その答えも予想していた通りだ。
「僕はカイ。あなたは?」
カイは帽子を取り、恭しく頭を下げた。
「俺は結城狼刀。一刻も早くお願いします」
「ロウトさんですね。結果が出たらお教えしますよ」
前回と同じように頼み、狼刀は図書庫を出る。
「王との面会を認めましょう」
「おう!?」
図書庫の前に大臣が立っていた。
気配が全くしなかったから気がつかなかった。
「何か?」
驚いた狼刀を大臣は虚ろな瞳で見上げる。前髪がかかっているせいもあるのだろうが、全く意思読み取れない瞳だ。
「いえ、なんでもありません。それより、案内していただけますか?」
「わかりました」
慌てて訂正した狼刀を訝しむこともなく、大臣は王の間に向かって歩き出した。
「ようこそ、おいでくださいました」
扉が開くなりサマルカンドが声をかけるのは前回と同じ流れだった。それに狼刀が気がつかないのも、前回と同じだ。
「ようこそ、おいでくださいました」
狼刀が目の前に来たところで、玉座に座る人物は改めて声をかけた。
「お目にかかれて光栄です」
「私は、サマルカンド・シャマール・デュースです。よろしければ、名前をお教えください」
青い長髪に灰色の瞳。手を入れてない青髪は伸びっぱなしでボサボサと、みすぼらしい。けれど、その男こそが、デュース城の王だ。
「結城狼刀です」
「感謝いたします。ユウキ・ロウト殿。あなたこそ、この城を救ってくださった勇者です」
サマルカンドは腿と腹がくっつくくらい深々と頭を下げた。
「皆の者、下がりなさい」
続いた指示は小さい声だが、誰もそれを聞き逃さない。大臣が、王妃が、男達が、それぞれの持ち場へと戻っていく。
王の間に残ったのは、サマルカンドと狼刀だけだ。
「気軽にサマルと呼んでくれ。堅苦しいのは嫌いでね」
ため息を零し、サマルは軽い口調で話しかけた。表情は僅かに明るくなり、声も少しばかり大きい。他の人がいるというのは、それほどまでに負担なのだろうか。
「それで、どうやって入ったんだい? 神官の作り出した結界は消えてないと聞いたけど?」
「実は――」
狼刀は、サマルに状況を説明した。
自分は自由に結界を出入りできること。
神官クレバーは倒したが、何が起こるかわからないから油断しないで欲しいということ。
結界を消すための秘宝を見つけたこと。
「なるほど……そういえば、南西の塔に結界を壊すための石があると、言っていた学者がいたような」
「その学者に渡してあります。解析が終われば、結界を消すことが出来るでしょう」
「……流石だ」
サマルはため息交じりに呟いた。驚きと感心が半分づつといったところだろうか。狼刀としても、準備が良すぎるなとは思うところだが。
「安心してください」
狼刀は笑顔を浮かべた。
敵意がないと示すにはそれが一番だという判断だ。
「自分はこれからトレイス城の様子も見に行こうと思います」
「だが、明日にするといい。今日は宴だ」
「わかりました」
なんとなく展開が読めていたため、狼刀は驚きもせず頷いた。クレバーの動きを確認するためにも、その提案を断る理由はない。
そして、夜が明けた。
異変はない。結界は消えていないが、死体が暴れたりもしていない。死体処理場を見にも行ったが、特筆すべき変化は何も無かった。
サマルカンドに別れを告げ、狼刀はデュース城を後にした。
ケイトール洞窟を含む洞窟地帯を抜け、未知の領域へ。地図をもらっているわけではないから正確な位置はわからないが、草原に鎮座する城はしっかりと存在感を放っていた。
ただし、エース城やデュース城のような立派な城ではない。否、元は立派な城だったのだろう。
けれど、今は外見からして荒れ果てた城だった。
城の内部も、外観と同じだ。元々は豪華絢爛・荘厳美麗であっただろうに、今は壊れかけの廃城だ。基調とする色は緑だと思われるが、崩れかけているせいもあり、苔が生えているように見えてしまう。
人どころか、魔物と会うこともなく、探索も残すは一箇所。最上階の重厚な扉に守られた部屋だけだ。
エース城とデュース城の形から考えると、トレイス城におけるこの場所は王の間――
「予言通りですねぇ。まっったく、予言通りです」
鉛白色の男がそこにいた。




