男装商人
第二十話。男の娘ではありません。
狼刀の足取りは重たかった。
救えるものは救いたいとは思うが、無理をしてまでなんでも救わなければいけないとは思っていない。けれど、確実に死ぬとわかっていて見殺しにするのは、気分がいいものではなかった。
「はぁ……」
狼刀の口から、何度目ともしれないため息が漏れる。
何もしなかったわけじゃない。
交渉した。それでも、ダメだった。本当に交渉といえるだろうか。
彼らに何を言っても通じない。言い方に問題はなかったのか。
自分になすすべはない。本当にそうだろうか。
狼刀は自分自身に問いかける。考えても無駄だとは思っていても、考えを止められない。
「ん……?」
ふいに空気の流れが変わったような気がして、狼刀の意識は現実に引き戻された。
洞窟の外から奥に向かって、空気が流れ込んでくる。
嫌な予感がして、狼刀は踵を返した。
「あ、あの……あっと、ここは通せません!」
少女が腕を大きく広げて、道をふさぐように立っていた。大きな鞄を背負ってはいるが、本人が小柄なこともあり、通り抜けることは不可能ではないだろう。
「さっきの三人はどうした?」
それでも、狼刀は対話を選んだ。
「ボ、ボスたちは、魔物を倒しに行かれました」
「なら、様子を見てきてもらえないか?」
「様子?」
少女の頭にはてなが浮かぶ。
「ああ、行ってもらえばわかる」
狼刀の予感は確信に変わっていた。あの三人は少女の仲間だと確定したし、少女は何も感じてないようだが、空気の流れが違う。
狼刀が関わったために、タイミングが変わった可能性は十分に考えられた。
「で、でも……」
顔を伏せ、少女は考える。狼刀の言っていることは気になるが、与えられた役割は放棄出来ないといったところか。
「時間、かかりすぎてるような……」
狼刀は何も言わずに待つことにした。
「で、も……いや……」
無理矢理通ることは不可能ではないが。
「どうしよう……」
彼女自身の目で確かめて欲しかった。
「怒られるかも……」
そのほうが狼刀の話に信憑性が出る。
「んー……」
そんな判断だったのだが。
「どう――」
「いいから、様子を見てきてもらえないかな」
狼刀は待ちきれなかった。それから、少女の驚いたような顔を見て、咳払いをする。
「行ってくれれば、わかると思うから」
ゆっくりと、言い聞かせるように、狼刀は言い直した。
「わ、わかりました」
少女が手を握りしめ、頷く。
「じゃあ、一緒に来てください!」
「……わかったよ」
上目遣いで見つめられ、狼刀は渋々といった表情で頷いた。過程は違うが、二人で洞窟の奥に向かうという結論は前回と同じだ。
偶然か、必然か。それは狼刀にもわからない。
「ボクはダイヤナです」
「狼刀だ」
てってけてー
旅の商人、ダイヤナが仲間になった。
所持アイテムは果物ナイフ、おなべのふた、薬草たくさん、その他商品。
ダイヤナと共に向かうは、洞窟の最奥。天井から吊るされたランプのようなもので照らされた広い空間だ。
通路には大きな岩が点在しており、狼刀はその陰から様子を窺っていた。
奥にいるのはダークデモン。骨こそ銜えていないが、頭の悪そうな顔は見間違えようがない。
だが、狼刀はそれを見てはいなかった。
視線が向いているのは悪魔の脇で燃える塊だ。先ほどの三人の姿がないことから、その正体は予想がつく。
「あ、あいつっ……」
ダイヤナも狼刀と同じ結論に辿りついたようで、怒りのままに魔物の前に飛び出そうとして、踏みとどまる。
狼刀が何かをせずとも、彼女が無謀に動くことはないだろう。けれど、何も言わずにはいられなかった。
「落ち着け」
「…………」
「君がいっても勝てない」
「……わかってます」
ダイヤナは強く拳を握りしめる。
「許せません……」
静かに、けれど力強く放たれたその言葉に狼刀は何も言えなかった。大切な仲間を失った悲しみや怒り。その感情に寄り添うことは、今の狼刀にとって難しいことだった。
「げへへ、また、人間がこの石ころにつられてやってきやがった」
品のない声が沈黙を打ち砕いた。
「げへへ、どこだぁ。痛くしないから出ておいで」
耳がいいのか、鼻がいいのか。ダークデモンは槍に滴る血を舐め、獲物を探すように動き出す。下卑た笑みを浮かべながら、静かにゆっくりと、視線は狼刀達が息を殺して隠れる岩を見つめたまま。
「げへへ、そこかぁ!」
悪魔は見た目に反した素早さで岩を駆け上がった。
「げへへ、このダークデモン様から逃げられると思っ――」
岩の陰を覗き込むその顔に、狼刀は竹刀を突き刺す。
「げへ!?」
気持ちの悪い呻き声をあげ、ダークデモンが消滅した。
「ボス!」
ダイヤナは燃える塊へと近づくと、背中の鞄から瓶を取り出し、水を振りかける。瓶に入ったものだけでなく、水筒に入ったもの、竹の器に入ったもの、透明なものから、白く輝くものまで、炎を消すためにあらゆる水を振りかけた。
炎の勢いは少しずつ弱まっていき、ゆっくりと消える。残ったのは黒い塊だけ。骨にはなっていないが、すでに手遅れだ。
ダイヤナがその場に泣き崩れる。
両手で肩を押え、嗚咽を堪えるその姿に狼刀は何も言うことが出来なかった。
「すいません。もう、大丈夫です」
目を腫らして、それでもダイヤナは笑顔で顔を上げた。
「重力の石は用事が終わったら渡すよ」
狼刀は静かに回収した石をみせる。
「はい……大切にします」
「大切に?」
予想外の返事に狼刀は思わず聞き返した。前回と同様に商品として必要としていると思っていたのだが、流れの問題だろうか。
「仲間が最後に望んだものですから……」
ダイヤナがしみじみと呟く。
「そっか。大切にな」
狼刀は我知らず柔らかな笑みを浮かべていた。
「おーい。きたぞ」
「うむ。待って居ったぞ」
塔の前で呼ぶと、スカイドラゴンは間を置かずに現れた。初めてスカイドラゴンを見たであろうダイヤナは口をパクパクさせているが、そんなことは狼刀には関係ない。
「秘宝が欲しい」
スカイドラゴンはにっこりと笑い、手を差し出した。
「お主を勇気あるものと認め、秘宝を託そう」
黄金に輝く手の中から、血が通っているかのような紅い宝石が現れる。狼刀は紅い宝石を受け取ると、ふくろにしまった。
「さて、他に用事はあるかの?」
どこまでもお節介なドラゴンだ。本音を言えばデュース城まで送ってもらいたいところだが、二人でいる時は乗らないと決めている。
「心遣いのみで結構です」
「ふむ。では、儂は戻るぞ」
スカイドラゴンは特に追求することもなく、塔の上へと昇っていた。その姿が見えなくなったところで、狼刀はダイヤナのほうを向く。
ダイヤナはスカイドラゴンが消えたほうを見つめ、固まっていた。かの竜との出会いはそれほどの出来事だったのだろうか。
と、いつまでもその姿を眺めている訳にはいかない。
デュース城はまだ救われてはいないのだ。
「大事にしなよ」
放心状態のダイヤナの手を取り、重力の石を乗せる。
「あ、はい! ありがとうございます」
ダイヤナは勢いよく頭を下げた。それでもひっくり返らない鞄とは、どれほど重いのだろうか。
ダイヤナは重力の石をその鞄にしまうと、塔を背にして歩き出した。
「デュース城なら行かないほうがいいと思うぞ」
「大丈夫です。向かうのはエース城ですから」
前回と同じくエース城に向かうらしい。重力の石は大切にすると言っていたから、商売目的ではないとして、エース城に住んでいるのだろうか。遠ざかっていくダイヤナの背中を見ながら、狼刀はそんなことを考えていた。
その背中が見えなくなってから、狼刀はデュース城に向けて歩き出す。
旅の商人 ダイヤナが仲間から外れた。




