黄金の竜
第十三話。黄金ってすごそうだよね。
広い平原の中にそびえ立つ深紅の巨塔。
普段は人のいない巨塔の入口に、いまはたくさんの人が屯していた。身なりは一様に黒いローブと手袋。見るからに怪しい集団は、意味もなくその場所にいるわけじゃない。
彼らは邪神教、知恵の神官クレバーの命によりこの場所にいる。
「何も起きないな」
「クレバー様も心配しすぎだな」
「仕方ないやろ」
「あの方の予言だろ? 楽観視も出来ないぞ」
黒づくめの神官たちの間では、そんな会話がなされていた。
彼らが油断するのも無理はない。彼らは六日ほど前からここにいるが、一度も、何も起きていないのだから。
だが、今日は油断してはならなかった。
鉄球が、一人の神官に叩きつけられる。
周りの神官達がそのことに気づくよりも早く、首が飛んだ。鉄球が荒れ狂い、さらに多数の神官を薙ぎ払われる。
それでも、黒装束の神官たちの一部に過ぎない。
敵襲だと理解した他の神官達が、杖を槍を錫杖を構えた。
その視線を一手に集める男は、一心不乱に武器を振り回す。右手には戟、左手には鎖で繋がれた棘付きの鉄球。本来銀色の武器は、月に照らされて、紅く怪しく輝いていた。
「な、何者だ!?」
一人の神官が叫ぶ。それは回答を求めて放たれた言葉ではなかったが、襲撃者は律儀に答える。
「通りすがりの戦鬼。ってところかね」
手は止めない。話している間も攻撃は続き、残った神官の四分の一は首と体が切り離されていた。
的確に首を落とす襲撃者は、神官達の中心で鉄球を爆裂させる。破片や中から飛び出した棘が神官達を襲った。
襲撃者以外に、無傷な人は一人もいない。
神官達には、すでに、戦意もない。
だが、殺戮は止まらない。
「ハハハッ」
高笑いをあげ、右手で戟を薙ぎ、左手で鉄球を振り回し、返り血に染まった男は止まらない。
「ハハハハッ」
男の眼鏡が怪しく光る。
「ハハハハハッ」
青かった髪が赤く染まる。
「ハハハハハハッ」
砕ける度に、新たな鉄球が生み出される。
「ハハハハハハハッ」
すでに、一人しか動いていない。
「ハハハハハハハハッ」
だが、男は止まらなかった。
「ハハハハハハハハハハッ」
月夜に笑い声だけが響いていた。
◇
「昨日はよく眠れましたか?」
朝早くから、狼刀を王の間へと呼び出されていた。朝だからだろうか、サマルカンドは昨日よりも元気がないように見える。灰色の瞳など、まるで死んだ魚のようだ。
その隣に立っているのは、大臣ではなく白い帽子を被った青年だった。
「快適でした。ありがとうございます」
青年のことは気になったが、自分からは尋ねない。説明されるのだろうと考えたのだ。
事実、サマルカンドは青年のほうを向いた。
「彼が昨日言っていた学者です」
「カイです。よろしくお願いします」
青年は人懐っこそうな笑みを浮かべる。
「結城狼刀です。よろしくお願いします」
「ユウキ・ロウト……いい名前ですね」
頷きながら、学者は小さな紙に何かを書き込んだ。
「あ、ありがとうございます」
一心不乱にメモをとるカイは無反応。いつものことなのか、他に何かあるのか、サマルカンドも下のほうを見たまま動かない。
しばしの無言。
耐えきれなくなったのは狼刀だ。
「あの、要件を教えてもらえますか?」
サマルカンドとカイがハッと顔を上げた。見事なまでのシンクロである。髪も青系だし、実は血縁者だったりするのだろうか。
身分を隠した王子。
ありそうな展開だと、狼刀は思った。
「すまない。スイッチが入ると歯止めが効かなくてね」
カイは苦笑いを浮かべる。
「悪く思わないでいただけるだろうか」
「はい」
学者らしいな。と思ったくらいだったが、素直に頷いておくのが得策だろうと狼刀は判断した。
「では、カイ」
「はい。結界を壊す石と塔についてでしたね」
フッとカイの顔から力が抜ける。
「とはいっても、神官が話していたのを聞いただけなんですけどね」
「構いません」
今は手がかりが全くないのだ。狼刀としては、確信がもてる情報ではなくても、喉から手が出るほどに欲しかった。
カイは頷き、ゆっくりと話し出す。
「神官がやってきた日のことです。この城は出入りを特に規制してるわけではないので、彼は普通に入ってきたのだと思います。僕も邪神教の神官だとは気づきませんでした」
「規制は、傭兵団や商人との交流もあったがゆえにしておらんかったのだ」
サマルカンドが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。こんなことになるとは予想していなかったのだろう。
「彼が仲間と話していたんです。結界を壊す石が塔にあるって。予言とか警備とか言ってましたけど、そこはよく覚えていません」
「なるほど……」
「僕にわかるのはそのくらいです」
「いえ、ありがとうございます」
眉を下げるカイに対して、狼刀は深々と頭を下げた。
「顔を上げてください。ロウト殿はこの城を救ってくださった英雄なのですから」
サマルカンドが慌ててフォローするが、狼刀は首を横に振る。
「まだ、救えていません。その言葉は、本当にこの城を救ったときまでとっておいてください」
言い切ってから、狼刀は後ろを向いた。
「では、失礼します」
振り返らずに、狼刀は王の間を出る。その顔は、羞恥に赤く染っていた。我ながら、なんと恥ずかしいセリフを言ったものかと。
「おっと、失礼」
前を見ずに歩くものだから、人とぶつかりかけてしまう。
「あ、すいません」
相手は、大臣だった。
「勇者殿でしたか。塔に行かれるのですか?」
「ああ」
「お気を付けて」
大臣は狼刀に対して会釈する。その表情は青い髪に阻まれてうかがい知ることは出来ない。
「気を付けます」
狼刀の言葉を聞くと、大臣は足早に立ち去った。
◇
こちらの大陸では魔物に襲われることはなかった。代わりに邪神教の神官たちが襲い掛かってくる。ということもない。三勇城の惨状さえ知らなかったら平和だと感じられるであろう光景だ。
しかし、狼刀はエース城とデュース城の現状を知っている。邪神教について知っている。先の大陸だけではなくこちらの大陸――厳密にいえば同じ大陸の一部――も平和ではないことを理解していた。
魔王の脅威ではないが、救う必要はある。
狼刀がそんなことを考えているうちに、塔が見えてきた。遠くからでも塔だとわかるような深紅の巨塔が。
その巨塔の近くまで来た時、狼刀の目に凄惨な光景が飛び込んでくる。
大地は抉れ、土と肉片が飛散。赤黒く染まった地面に倒れ伏す黒ローブの人間だったもの。原型を留めぬほどに破壊されたその骸は、犯人が死してなお痛めつけたことを示している。
だが、その惨状を作り出した存在はすでにこの場所にはいなかった。
狼刀は、死体の間を抜けて塔の中へと入る。
同情はしない。カイの話からして邪神教の神官だろう。自業自得とはいわないが、死を悼む気にはなれない存在だった。
塔の中には魔物が残っていた。といっても巨大鼠くらいであり、苦戦することはない。それよりも、数多く仕掛けられたギミックに苦戦した。
床が動いたり、壁が動いたり、天井が動いたり。ゲームで養った感覚がなければ、狼刀は頂上へ辿り着くことは出来なかっただろう。
それでも登りきる頃には日が傾き始めていた。
塔の頂上。空に開けたその場所には、いかにもな感じで置かれた宝箱がある。
「汝。秘宝を求めるか」
声は上から聞こえた。
狼刀が見上げる。
茜色の空を背景に、大きな金色の蛇が浮かんでいた。
蛇と言ったが、体に対しては小さめながら、手足はついている。便宜上ドラゴンと、否スカイドラゴンと名づける――は、圧倒的な存在感を放っていた。
「汝。秘宝を求めるか」
スカイドラゴンが再び問う。狼刀が返事をしなかったから、聞こえてないと思ったのか。
「ああ、この秘宝がほしい」
しばし放心状態にあった狼刀も、冷静に対応した。
「ならば、儂と戦いその力を証明してみせるがよい」
狼刀が黙る。
ドラゴン系は強いと相場は決まっているし、相手は空を、それも高い位置を飛んでいるのだ。手に持っている黄金の玉もただの飾りではないだろう。
今の狼刀では倒すことなど出来るはずもない。
「ならば、儂と戦いその力を証明してみせるがよい」
スカイドラゴンは声を大きくして繰り返した。狼刀が返事をしなかったから、聞こえてないと思ったのだろう。
「今の私にあなたを倒すことはできません。見逃してはくれませんか」
少々わざとらしいセリフではあったが、狼刀が思いつく限りで最善の言い訳だった。
「そうか。ならば今一度力をつけて戻ってくるがよい」
スカイドラゴンはあっさりと頷く。
驚いたのはむしろ狼刀のほうだ。天に昇っていくスカイドラゴンを為す術もなく見守るだけ。
その姿は雲に消え――再び現れると、降りてきた。
「塔の下まで送ってやろうか?」
「あ、お願いします」
登りで疲れていた狼刀にとっては、ありがたい提案だ。だが、スカイドラゴンになにかメリットがあるのかは、誰も知らない。
「うむ。乗るがよい」
言われるがまま、狼刀はスカイドラゴンの手の上に乗った。
乗ってしまえば竹刀を突き刺すだけで倒せるだろう。その場合は狼刀を待つ結末は転落死だ。
結局。狼刀は大人しく下まで送られた。
しかし、スカイドラゴンのお節介は終わらない。
「無事に帰れるかの? なんなら送ってやるぞ? どこか行きたいところでもよいぞ?」
と、スカイドラゴンがしつこく尋ねてくるので、狼刀は少し意地悪な質問をして追い返そうと考えた。
「あなたを倒せる武器のあるところまで、連れて行ってもらえますか?」
「ふむ。承った」
スカイドラゴンはあっさりと頷く。
「え、や、人の話聞いてました?」
狼刀は思わず問い返してしまう。
即断即決というか、脊髄反射で頷いてるのではないかという早さだ。
「聞いておったぞ。家に帰るより、勝つために動く。実に立派な人間じゃの」
お節介から逃れられないことを悟り、狼刀は武器のある場所まで連れていかれることにした。別に不利益なことではないのだから、無理に拒む理由もないのだが。
ほどなくして、スカイドラゴンが狼刀を地面に下ろす。
洞窟の前だった。周囲には同じような洞窟がいくつもあるが、看板や目印になりそうなものは無い。場所を覚えて一人で来るのは難しいだろう。
「ケイトール洞窟。ここの最奥にある、重力の石というのが儂を倒すための道具じゃ。武器じゃなくてすまぬな」
スカイドラゴンによる丁寧な説明。
「お主が道具を探しておる間に、儂は戻るが、塔の入り口で呼んでくれたら迎えに行くでの」
今後のサポートまで保証した上で、スカイドラゴンは飛び去った。
すでに日は暮れている。ここで野宿でもして、朝になってから洞窟に入るか。魔物はいないし、大丈夫だろう。
そう考えた狼刀の心を読んだかのように、スカイドラゴンがテントを持って戻ってきた。何かを言うわけではない。
狼刀の近くにそっとテントを置くと、すぐに飛び去った。
余分なものは何一つない。それでも睡眠をとるには十分な広さがある。
狼刀はテントで眠りについた。