純白の聖騎士
第七話。新たな騎士の登場です。
「誰か、腕に覚えのあるものは……」
「誰か。誰か。誰か」
「あの人より強い人なんて……」
「強い人、強い人、強……」
慌ただしく走り回る人々の喧騒。
最強の近衛兵長が倒れたのに、強い人を連れてこいと言われたのだ。起こるべくして起こっている混乱だろう。
「そこの旅の者」
そんななか、狼刀に声をかける人物は決まっている。
「突然、すまない」
男の名はリヴァル。エース城の兵士長にして、のちに近衛兵長となる人物である。同時に、狼刀とブラストを引き合せるのに欠かせない人物だ。
「腕に覚えがあるなら、この城を守るために協力してほしい」
「わかりました。案内してください」
ゲーム感覚が残っている狼刀には、リヴァルを無視してブラストに挑むという選択肢はなかった。
「おお、ありがたい。では、王の間へ」
リヴァルと狼刀は並んで王の間へと向かった。
「お待ちくだされ」
振り下ろされた錫杖が、王の頭のすぐ脇に突き刺さる。狼刀はその光景を初めて、見た。
「約束の御仁をお連れした」
リヴァルがいつもと変わらぬ調子で告げたことに、狼刀が眉をひそめる。
王が九死に一生を得たのだ。そんな時でありながら、事務的に神官に話しかけるリヴァルの態度に納得がいかなかった。
「なぁんかのぉ間違ぁいだぁろぉ? こぉんな奴がぁ最強?」
狼刀の思いに関係なく、ブラストが狼刀を評価する。その言葉も、そのあとの動きも、前回と変わらない。
「怪我じゃぁすまなぜぇ? おうちにぃ帰んなぁ」
「…………」
リヴァルの態度も、ブラストの動きも、王が悲鳴をあげなかったことさえ、まるでゲームだ。
この世界がゲームではないとわかっているからこそ、狼刀はそのことに強烈な違和感を覚えた。だからといって、何かが変わるわけではないのだが。
「剣を貸してもらえますか?」
必要な手順を踏まなければ、ブラストは倒せない。
「無視してんじゃねぇよ!」
叫ぶブラストに、狼刀は切っ先を向けた。
「俺は結城狼刀。かかってこいよ」
挑発するように、笑みを浮かべる。狼刀が思う、全力のなめてる顔は、控えめにいって、ただの変顔だった。
「あぁ? ふざけてんじゃぁねぇよぉ!」
本来の意図とは違うが、ブラストは激昂。錫杖をバットのように振りかぶった。
「減速魔法」
魔法を伴っての薙ぎ払いを、狼刀は剣で受け止める。ブラストは押し切らんと力を込めた。狼刀は錫杖を滑らせるように受け流し、ブラストの体勢を崩す。
「そこだっ!」
「ちぃ!」
斬撃はブラストの腕を掠めるだけに留まった。
ブラストは逃げるように距離をとり、傷口から滴る血を舐める。その顔は苦痛ではなく、愉悦に歪んでいた。
「いってぇなぁ。だぁが、次ぁこうはいかねぇぜ!」
予想通りの展開だ。
狼刀に焦りは全くない。
――それは前回と違う点だった。
「減速魔法」
魔法の発動と同時に、ブラストは直線的な速いだけの突きを放つ。
「ぐっ……」
振り下ろしが来ると思い込んでいた狼刀は反応が間に合わない。体を反らしたものの、錫杖は二の腕を掠めた。
とはいえ、ただではやられない。
「らぁっ!」
伸びきった腕に向かって、剣を突き出す。ブラストはその攻撃を紙一重で躱した。
どちらからともなく距離を取り、二人は睨み合う。
「てめぇ、やぁるじゃぁねぇか。嫌いじゃぁねぇぜ」
「お前も十分強いよ」
ブラストは再び錫杖を構えなおすと、投擲した。とっさに防ごうとする狼刀だが、錫杖は狼刀を無視するように通り過ぎた。
「は……?」
「ぐはっ……」
呻き声が聞こえ、狼刀が錫杖の飛んでいった方向を見る。狼刀の後方。そこに居たのは、玉座に座り直した王だ。
錫杖は王の胸に深々と突き刺さっていた。
「王よ!」
「治癒だ!」
「抜け!」
「急げ!」
兵士たちが王のもとに駆け寄る。
思い思いに何かをやっているようだが、王はピクリとも動かない。兵士達が悔しそうな表情を浮かべる中、最も悔しそうな表情を浮かべているのはブラストだった。
「なぜ?」という短い問いを発する暇さえ与えず、ブラストが走り出す。武器などない。ブラストは、素手で狼刀に殴りかかった。
狼刀は反射的に剣を突き出した。
ブラストは気にする素振りすら見せずに突っ込み、動かなくなる。ゆっくりと溢れ出す生暖かい液体。
狼刀が思わず手を離すと、ブラストは崩れ落ちた。起き上がる気配はない。狼刀の勝利は誰の目にも明らかだった。
けれど、歓声をあげる人はいない。
王が倒れたこともあるのだろうが、狼刀でさえ素直に勝ったとは思えなかった。
「近衛兵長の仇をとってくれて、ありがとうございます。旅の者」
そんな中、リヴァルが狼刀へ声をかける。
王のことを気にする狼刀はすぐにこたえられなかった。代わりに、というわけではないだろうが、答えは入口のほうからやってきた。
「誰の仇だって?」
皆が声のした方を向き、歓声が沸き上がる。
「近衛兵長様!」
「ご無事でしたか!」
「セイント様!」
「さすがです!」
「近衛兵長セイント様。申し訳ありませんでした」
リヴァルが男の前に出て頭を下げた。
「まったく。勝手に殺すなよ」
杖をつき、純白の衣装に身を包む好青年。近衛兵長のセイントはまさに聖騎士といった雰囲気の人物であった。闘士ではなくて騎士。
「それでリヴァル、状況は?」
「はっ。敵は邪神教の神官。王が敵の凶刃の前に倒れてしまいましたが、そこの旅のお方が仇を取ってくださいました」
リヴァルが片膝を床につき、手を体の前で合わせ、報告をする。
「そうか……」
セイントは静かに目を閉じた。
王へ黙祷を捧げているのか、考えをまとめているのか、それは彼にしかわからない。わかっているのは、それが短い時間だけだったということ。
「この城を救てくれたこと、城を代表して感謝する」
セイントは狼刀に向かって、深々と頭を下げた。
「それから、誠に勝手な願いではあるのだが、用心棒としてこの城に雇われてはもらえないだろうか」
突然の誘いに狼刀は答えに窮する。
「邪神教から新たな脅威がやってくるかもしれない。だが、この城には対抗するだけの力がない。どうか、どうか頼まれてくれないか」
「わ、わかりました」
気迫に押され、狼刀は頷いた。
「おお! ありがとうございます」
セイントは満面の笑みを浮かべる。だが、一瞬で真顔に戻ると、兵士達のほうを見た。
「このたび、この城は……、」
高らかに宣言するが、その言葉はすぐに止まってしまう。それから、顔を伏せ、小声で呟いた。
「すまぬ。名前を教えてもらえぬか」
「結城 狼刀です」
「わかった」
セイントは再び兵士達の方を見ると、何事もなかったかのように宣言する。切り替えの早さは流石だった。
「このたび、この城はユウキ・ロウトさんによって救われた。そして、ユウキ・ロウトさんは我々のためにこの城にとどまり用心棒をやってくれる。だが、我々はそのことに甘えすぎることなく、力をつけていこう。ユウキ・ロウトさんが安心してこの城を離れられるように」
宣言を聞き終えた兵士達から歓声が沸き起こる。セイントは手を一つ叩くだけで、その歓声を止めさせた。
静まりかえったところで、セイントはセリフを再開する。
「それから、王律に則り、王子ローレンツ・ガルブ・エース様が邪神教討伐の旅路より帰られるまでは、この私セイント・ゾルフ・エースが先王ローレンス・ガルブ・エース様に代わり、この城の王として務めを果たそう。そして、リヴァル・ジャドレイ。お前は我が養子となり、近衛兵長の任を果たしてもらう」
リヴァルが礼をする。
「兵士長については、王律に従うのならイソリ・ケンジだろう。だがあいつはここに来てからまだ間もない。よって、スクラヴォスに任せたいと思う。何か意見のあるものはいるか」
意見を求めるセリフだが、その言い方には絶対的な強制力があった。
「それから、ユウキ・ロウトさん。我々から提供出来るものはなんでも提供致します。なんなりと言ってください」
「あ、はい」
狼刀も素直に頷いてしまう。
「では、解散! 各自通常態勢へ戻られよ!」
その一言で、王の間にいた兵士たちは蜘蛛の子を散らすように解散した。
「ユウキ・ロウトさん。申し訳ないのだが、話は明日でも良いだろうか」
セイントの提案を受け入れ、狼刀は亡き王の私室を貸し与えられた。セイントやリヴァルは私室を与えられいるし、城の救世主を雑魚寝させるわけにはいかないとの判断だ。
亡き王のというのは気になったが、狼刀は素直に従った。その布団が豪華過ぎて、狼刀がしばらく寝られなかったのは、また別の話。
そして夜が明けた。
王の間にいるのは四人。玉座に座るセイント、その右横に立つリヴァルと左横に立つ若そうな兵士に、正面に立つ狼刀だ。
「用件はなんでしょうか」
狼刀のセリフにセイントが笑みをこぼす。
「かしこまらなくていいですよ。あなたはこの城を救ってくださった英雄なのですから」
「それよりも、用件を済ませませんと」
ツッコミを入れたのはリヴァルだ。
「わかってるわ」
セイントは軽く返すと、咳払いをして真面目な表情を浮かべた。
「実は、あなたの剣術を教わりたいというものがおりましてな」
セイントが兵士を一瞥すると、兵士が一歩前に出る。そのまま、折れるんじゃないかという勢いで、頭を下げた。
「イソリといいます! よろしくお願いいたします!」
「頼まれてくれないか」
セイントも確認するように問いかける。
「いいですよ」
狼刀はその提案を快諾した。
「ありがとうございます」
イソリは勢いよく顔をあげると、狼刀の手を握る。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
その姿に、そこにいた誰ともなく笑みがこぼれた。