進めない物語
第六話。うまくいくとは限らない。
ブラストは倒したが、それで万事解決というわけにはいかない。特に城内最強の近衛兵長を失ってしまったことは大きな損失だ。
次の近衛兵長には兵士長たるリヴァルがなるそうだが、元通りとは行かないようだ。そのリヴァルは、サンライト城との交渉役として旅立ってしまったし、今襲われればこの城はひとたまりもないだろう。
ただ、より死活問題なのはデュース城だという。
デュース城とは、エース城と同じ三勇城――かつての勇者の子孫たちが治めるエース城、デュース城、トレイス城の総称――の一つである。
残るトレイス城は狼刀が来る前に滅ぼされてしまっているらしい。エース城はいま、襲われた。デュース城だけが何も無いというのは不自然だろう。
そこにはエース城の兵士団やトレイス城の騎士団のようなものが存在しないというのだから、なおさらだ。
空元気で宴を乗り切った狼刀は、翌朝早くに城を出た。
目指すは北西のほうにあるというデュース城。
どこかスッキリとしない狼刀の心に反して、空は青くどこまでも澄み渡っていた。時々見える白い雲に、大空を飛び回る鳥達。
異世界とは思えないほど、晴れやかな空だった。
むしろ、元いた世界の空のほうが汚れていたのではないだろうか。
狼刀がそんなことを考えているうちに、デュース城が見えてきた。
城下町はない。三勇城は共通して、大きな城だけがある造りとなっているそうだ。城の中に城下町があるといえるかもしれない。
デュース城はその城下町に住む普通の人の数が、他の城より多かった。
「ここか……」
門番はいない。
邪神教の襲撃を受けて、それどころではないのだろうか。
狼刀は門を開けて、城の中へと足を踏み入れた。
「おやおや」
出迎えたのは黒い浄衣を纏った男だ。ブラストほど奇抜な格好はしていないが、おそらく同類だろう。
「城には僕様の結界が張ってあるんですが、どうやって入ってきたんです?」
狼刀は困惑の表情を浮かべた。
どうやってもなにも、彼には結界など見えてすらいない。特別なことをして入ってきたわけではないのだ。
「まあ、いいでしょう。入ってきたからには相手をして差し上げますよ」
神官は右手を掲げ、手の中に錫杖を出現させる。
「三神官が一人、このクレバー様がね」
狼刀は竹刀を構えた。剣はない。城に入ってすぐ戦闘になるとは思っていなかったのだ。
どこかに武器はないかと視線を巡らせるが、あるのは無手の甲冑くらいだった。
「守りたまえ 助けたまえ 我が矛となれ 我が盾となれ 我が魔力を糧として 今ここに召されよ」
クレバーは悠々と詠唱を紡ぐ。
二人の間に魔法陣が浮かび上がった。
狼刀には、見えていない。武器を探していたからではなく、そもそも視ることが出来なかった。
「召喚大魔法」
クレバーが錫杖を振り下ろすのと同時に、魔法陣から異形のものが召喚される。召喚の過程は見えなかったが、召喚された存在は、狼刀にも見えた。
牛のような頭を持つ魔物だ。狼刀が知っている言葉で表すなら、ミノタウロスか。人間大だが、両手に持った巨大な斧からもその雰囲気を感じ取れる。
それ以外に目立つのは、黒い羽で編まれたマントような不思議な衣装。奇妙な見た目に奇妙な衣装だが、合わせるとそれなりに様にはなっていた。
というか、邪神教に統一衣装は無いのだろうか。
「ああ? なんや、ここ」
「さあ、このクレバー様のために戦うのです」
「じゃかあしいわ!」
召喚された魔物は、振り返りクレバーに切りかかる。邪神教の仲間というわけでないらしい。
「なっ……!」
クレバーは魔物に引き裂かれ、倒れた。
「で、なんじゃあワレ?」
倒れたクレバーには目もくれず、魔物は狼刀を睨みつける。
狼刀はなるべく刺激しないように答えた。
「俺は敵じゃ――」
「ああ、やっぱり答えんでええわ」
「は?」
聞いておいて、答えは聞こうとしない。
狼刀の顔に怒りが浮かぶのは自然なことだった。声に出してしまったのは、ダメ押しだったかもしれないが。
「死ねや。ワレェ」
魔物は斧を振り回しながら、狼刀に襲い掛かる。
魔物が振り下ろした斧を、狼刀は横に飛んで回避。飛び込むように詰め寄り、竹刀を振る。魔物はその攻撃を斧で受け止めると、狼刀を押し飛ばした。距離が開いたところで、狼刀目掛けて斧を振り下ろす。
狼刀が回避した一撃は、床や柱を破壊した。
狼刀と魔物の攻防は、一進一退を繰り返しながら、互いに決定打に欠けていた。ダメージを受けるのは、建物だけ。
魔物の振り下ろす斧の精度は少しづつ上がっている。一方、狼刀の攻撃は全く届く気配がない。
当たれば一撃である以上、狼刀が絶対的に優位であるはずなのにだ。
「しぶといな、ワレェ」
魔物の攻撃が加速する。
「セイ!」
魔物の渾身の一撃を、狼刀は躱した。
斧は床を砕き、亀裂と亀裂の間に亀裂が走る。破壊の連鎖は一度始まってしまえば止まらない。
音を立てて、城が崩れ出す。
もちろん崩壊は一部だけだ。
「くそっ」
「ちぃ」
だが、狼刀は崩壊の真っ只中にいる。倒れる神官を巻き込んで、狼刀と魔物は瓦礫に呑み込まれた。




