伝説と現実
第四話。伝説は想像通りとは限らない。
「くそっ……誰か、誰かいないのか」
「誰でもいいんだ。誰でも」
「城にはもう……」
「強い人、強い人、強い人……」
意識を取り戻した狼刀の耳に四方八方から声が聞こえてきた。城の大広間のような場所には、せわしなく人々が行きかっている。
「そこの旅の者」
聞き慣れてきた男の声は、真後ろから聞こえた。
「突然、すまない。私はリヴァル」
リヴァルは左目につけた眼帯が特徴的な金髪赤眼の大男だ。隻眼ではあるが、目力だけならブラストに勝っているだろう。
「腕に覚えがあるなら、この城を守るために協力してほしい」
「わかりました。何をすればいいですか?」
狼刀は即答した。対策は考えなければならないが、断っても事態が好転するとは思えない。
「おお、ありがたい。では、王の間へ」
リヴァルに付き添うようにして、狼刀は王の間へと向かった。
「お待ちくだされ」
王の頭めがけて振り下ろされていた錫杖は、持ち主が声のしたほうを振り向いたため、王の髪をかすめ床に突き刺ささる。
「約束の御仁をお連れした」
リヴァルは後ろにいる狼刀が見えるように横へと移動した。
ブラストは狼刀を値踏みするように見てから一言。
「なぁんかのぉ間違いだぁろぉ? こぉんな奴がぁ最強?」
「その前に武器を貸してもらえませんか? 王様」
狼刀はブラストではなく、その後ろ――床に倒れ伏す王へと声をかけた。
リヴァルが素早く駆け寄り、王に耳打ちで状況を説明する。
「わかった。我が城に伝わる伝説の武器を、そなたに託そう」
「伝説かぁ」
王の言葉に反応したのは、狼刀ではなくブラストだった。待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「いいぜぇ。待っててやっからぁ、さっさとぉ持ってきやがれぇ」
「リヴァル」
「はっ。ただいま」
リヴァルは王を玉座に座らせてから、奥の階段へと消えていった。行先は宝物庫とでもいったところか。
「伝説の武器ぃ、ねぇ」
ブラストは錫杖をなめながら、不気味な笑みを浮かべている。鉄の味がするのだろうか。狼刀は意味もなくそんなことを考えていた。
数分後。
リヴァルが持ってきた伝説の武器を見て、狼刀は愕然とした。
巨大な戦斧だ。柄の長さから考えて、両手斧ではなく片手斧。リヴァルは片手で持ち上げているが、どう考えても狼刀が扱うには大きすぎる。
「頼むぞ。旅の者」
リヴァルから狼刀へと渡された瞬間、戦斧は床に振り下ろされた。わざとではない。重たすぎて支えきれなかったのだ。
先端が床に深くめり込んだ戦斧は、狼刀の力では全く持ち上がらない。なんとか持ち上げようと気張っているようだが、戦斧は微動だにしない。
王の間にしばしの沈黙が訪れた。
「ちぃ。期待ぃ外れだぜぇ」
その沈黙を破ったのはブラストだ。声からは隠しきれない苛立ちが滲み出していた。
「減速魔法」
魔法を放ち、錫杖をバットのごとく振りかぶる。
狼刀は斧から手を離し、竹刀を構えた。
竹刀であれば、ブラストの攻撃を防ぐことは造作もない。振り下ろし、突きと攻撃パターンが変化しようとも、狼刀はしっかりと捌ききった。
「つまんねぇ。もぉ死んでいいぃぞぉ」
ブラストは距離を取ると、高く錫杖を放り投げる。
「分裂魔法」
錫杖は数を増し、百をも超える数となって、空を覆い尽くした。
「槍時雨」
ブラストの声を合図に、錫杖はすべて、その尖った先端を狼刀の方に向けて飛んでくる。
狼刀はとっさに巨大な戦斧の陰に隠れた。戦斧が盾となり錫杖の雨をはじいていく。だが、所詮は伝説の武器である。伝説の防具ではない。
一筋の亀裂が走った直後に、粉々に砕け散った。
身を守るものを失った狼刀の体に、錫杖が突き刺さる。躱すことは出来なかった。
伝説の武器は使えない。
狼刀はそんな結論に思い至った。