新たなる戦い
第二話。狼刀の新たな戦いが始まる。
「くそっ……誰かいないのか」
「誰でもいい、誰か」
「城にあの人より強い人なんて……」
「強い人、強い人、強い人、強い……」
完全に色を取り戻した世界で、狼刀の耳に入ってきたのはそんなセリフだった。右から、左から、前から、後ろから。声はそこかしこから聞こえてくる。
城の大広間のような場所を、せわしなく行きかう人々。城に仕える兵士なのだろう、皆一様に軍服のような服を身に纏っていた。
「そこの旅の者」
後ろから狼刀に向かって声がかけられる。
この世界の人は後ろから声をかけるのが好きなのだろうか。そんなことを思いながら、狼刀は振り返った。
「突然、すまない」
屈強な男だった。身長が高いせいもあるのだろうが、眼帯をした顔は圧倒的な威圧感がある。狼刀が後退りしてしまったのも当然の反応だと言えるだろう。
「私は兵士長のリヴァル」
慣れているのか、男は続ける。
「腕に覚えがあるなら、この城を守るために協力してほしい」
余裕が無いだけかもしれない。
「わかりました。何をすればいいですか?」
狼刀は即答した。明確な目的がない今、断る意味などないのだから。
「おお、ありがたい。では、王の間へ」
リヴァルの顔が僅かに緩んだ。しかしすぐに表情を取り繕うと、狼刀を連れて王の間へと向かう。うかうかしている暇はないのだ。
◇
「なぁ? まぁだ、かかんのかぁ?」
王の間の中心で神官が胡座をかいていた。
「しばし、お待ち願います。今兵士が呼びに行っておりますので」
王は機嫌を伺うように低姿勢な態度で受け答えをしている。周りには、捜索ではなく王の守護をしようと王の間にやってきた兵士達。
最初こそ、人が来る度に笑みを浮かべていた神官だが、今は入って来ても一瞥するだけだ。
怯えたような表情を浮かべる相手が最強だとは思えないのだろう。
手持ち無沙汰に錫杖を弄び、だんだんと声には不機嫌さがにじみ出てきていた。
「なぁ? まぁだ、かかんのかぁ?」
四度目の催促。
「しばし、お待ち願います。今兵士たちが」
「そぉのセリフはぁ、聞ぃき飽きたんだぁよ?」
神官が王のセリフを遮るように、立ち上がる。四度が四度とも同じ言い訳なのだ。強敵に飢えた狂犬には我慢の限界だった。
「いねぇんなら、無条件降伏だぁ。いいかぁ?」
「お、お待ちください。すぐに、すぐに兵士が」
王が玉座から降り、懇願するように頭を下げる。
周りにいた兵士たちは、その痛ましい光景から目をそらさずにはいられなかった。
「そぉじゃねぇんだよぉ!」
神官は怒鳴り、錫杖を大きく振り上げた。
「お待ちくだされ」
王の頭めがけて振り下ろされていた錫杖は、持ち主が声のしたほうを振り向いたため、王の頭のすぐ横に突き刺ささる。
「あぁ?」
神官の目線の先には、兵士長が立っていた。
◇
狼刀は王の間への道中で、邪神教の襲撃を受けて近衛兵長が負傷した、ということをリヴァルから聞いた。
「近衛兵長以上に強いものなど、この城には……」
拳を握りしめるリヴァルに対して、狼刀は不遜とも思える笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。俺が何とかします」
リヴァルがふっと笑った。
「頼もしい限りです」
そんなやり取りをしながら、リヴァルは王の間へと踏み込んだ。
「お待ちくだされ」
「約束の御仁をお連れした」
リヴァルはそういうと、後ろにいた狼刀が見えるように横へと移動した。
二十代半ばくらいだろうか。狼刀よりは歳上だろうが、リヴァルや王よりは若く見える。ツンツンと尖った銀髪に、獣のような笑み。服かはわからないが、黒い全身タイツと長い布の真ん中に頭を通して前後に垂らしたような赤い衣装を身に纏っていた。
神官もまた、狼刀を値踏みするように見てから一言。
「なんかのぉ間違いだろぉ? こんな奴がぁ最強ぉ」
「えーと、俺は何をすればいいんですかね?」
狼刀は神官ではなく、リヴァルへと尋ねた。
「あぁ? やるきねぇじゃねぇかぁ」
神官が呆れたように呟いた。
「あの神官を倒していただきたい」
「……わかりました」
狼刀は神官を睨みつける。負けじと、かはわからないが、神官も狼刀を睨みつけた。互いに武器を構え、間合いを計るかのように、じわじわと距離を詰めていく。
その間に、リヴァルは床に倒れる王を玉座へと座らせた。
周囲の兵士達は固唾を呑んで、戦いの行く末を見守る。
加勢をしようという人は残念ながら一人もいなかった。
「いぃくぜぇ!」
先に仕掛けたのは神官だ。
「減速魔法」
素早く魔法を発動させると、跳躍。上から錫杖を振り下ろす。狼刀は竹刀で攻撃を受け止めた。だが、カウンターを決めるでもなく、ただはじき返す。
神官は軽く頭を振ると、まるでバットのごとく錫杖を振りかぶった。
「減速魔法」
再び魔法を発動させ、狼刀を殴りつける。重たい一撃だが、動き自体は単調だ。狼刀は打撃を受け流すと、神官から距離を取った。
神官は錫杖を構え直して、素早い突きを放つ。
重さから速さへの切り替え。その判断は間違っていないのだろうが、狼刀はもっと早い突きを知っていた。
狼刀は神官の持つ錫杖を巻き上げると、その頭に竹刀を振り下ろす。当てはしない。寸止めだ。
神官は手で竹刀を弾いて、後ろに飛んだ。
「あぁ? なぁんのつもりだぁ?」
「…………」
狼刀は無言で竹刀を構え直した。
「ちぃ。無視かぁ」
狼刀には迷いがある。かつての天軍師との戦いのときのように、人の姿をした相手を攻撃することに抵抗を覚えたのだ。
「ひとぉつだけぇ、教えてやるぜぇ」
神官は錫杖を拾うと、高く放り投げた。
「分裂魔法」
その掛け声とともに、投げられた錫杖が数を増し、百をも超える数となる。
「槍時雨!」
神官の掛け声に応えるように、錫杖はその尖った先端を狼刀の方に向けて放たれた。
「戦場においてぇ、殺さなきゃぁ、死ぃぬんだぁよ」
無数の錫杖に貫かれた狼刀は動かなくなった。