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無双剣士の異世界魔王討伐  作者: 紫 魔夜
第二章 邪悪な神々
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悲劇の始まり

第二章のプロローグ

 結城(ゆうき)狼刀(ろうと)が世界に現れたちょうどその日。魔王とは別の脅威が、魔王とは別の場所で動き始めていた。


 大陸を分断する巨大な山。一部では霊峰と呼ばれるその山の頂に、邪神教(じゃしんきょう)の大神殿は存在する。その中でも最も高い場所――天に近い位置にあるのが、祈りの間。最高位たる大神官が毎日のように祈りを捧げ、土足で踏み入ることなど畏れ多い神聖な場所だ。

 ――敬虔(けいけん)なる神官達にとっては、だが。

「よくぞ集まってくれたな」

 厳かに声を発したのは大神官。白い肌着の上に赤と紫に彩られた貫頭衣を纏った、見た目は二十歳(はたち)くらいの男だ。この世界には珍しい黒い髪と瞳は、神と契約したときに生じたものだと、彼は語る。

 邪神教の開祖であり、最高権威。畏怖と尊敬――畏敬の念を禁じ得ない存在だ。

 ――敬虔なる神官達にとっては、だが。

「てめぇのためじゃぁねぇよ」

 集まったのは三人の神官。その中でもとくに悪人面をした男――戦いの神官が、大神官を睨みつける。彼らにとって、大神官の偉大さなど関係はない。(かしず)く理由もなければ、素直に従う理由もない。

 ()の言葉がなければ、大神官の前に来ることさえなかっただろう。


三勇城(さんゆうじょう)を滅ぼして欲しい」

 大神官の言葉に、戦いの神官が戸惑ったような表情を浮かべた。残る二人は、笑みを浮かべたり、静かに本を開いたりと反応は様々だ。

「大神官様。私はそこの二人とは違い、戦闘特化ではありません。城の攻略など、無理です」

 本を開いた予言の神官が発言する。『様』とつけてこそいるが、その姿に敬意は一切感じられない。

「私の力を評価してくださってることには感謝しますが、身に余る仕事は引き受けられません」

 視線は本に落としたまま、言いたいことだけを言って、勝手に立ち去ろうとする。身勝手な行為だが、それを咎めることは、むしろ出ていく口実にされることだろう。

 大神官はこの状況に備えて教えてもらっていた台詞を口にする。

「君に頼みたいのは、落とした城の管理だ。トレイス城はすでに、()が落とした」

 厳密には、落としに行っている最中なのだが、大神官はそれが失敗するとは露ほども思っていなかった。

 ()という人物を知る三人の神官も、真実を知ったところで、失敗するとは考えないだろう。

「それなら、引き受けましょう」

 予言の神官が戻ると、大神官は改めて残る二人を見た。

「アンジュ様がやったてんならぁ、俺ァやるぜぇ」

 戦いの神官は獣のような笑みを浮かべる。

 残る一人、知恵の神官は見下すような笑みを浮かべ、鼻で笑った。

「やってやりますよ」

「…………」

 態度は置いておくとして、三神官の同意は得られた。大神官は矢継ぎ早に伝えなければならないことを告げる。

「どちらを攻めるかは、二人で決めよ。決行は五日後。それまでに準備を整えよ。他の神官を連れ立っても構わぬ」

「俺ァエース(じょぉ)をやる」

「いいでしょう」

「頑張ってくださいね。お二方とも」

「あなたこそ、しくじらないように」

「誰に対してものを言ってるんですか?」

「あぁ、管理、でしたね。失礼」

「はっ。適材適所というやつですよ」

「てめぇら、うぅるせぇ」

 ごちゃごちゃと言い争いながら、三神官は祈りの間から出ていった。喧嘩するほど仲がいいという表現も存在するが、彼らはそこに当てはまらないだろう。

「はぁ」

 大神官は大きくため息を吐いた。

 邪神教の最高位であり、敬虔なるの神官達から尊敬されている彼だが、あの三人は例外だ。なまじ、実力があるため余計にタチが悪い。()のおかげで以前よりはましになったものの、手に余るのは事実だ。命令一つ聞かせるのにも、気を遣わなくてはならない。

 ()がここにいればまだ楽だったものを。

 と、大神官は窓の外へ思いを馳せる。三勇城最強のトレイス城を攻めているであろう、天の神官に。


 ◇


 天使により、結城狼刀がこの世界にやってくる日。

 邪神教の大神官に、三神官が任務を与えられる日。

 その関係者にとっては特別な日だったとしても、それ以外の人には代わり映えのない日々の一つでしかない。世界には普段と変わらぬ朝が訪れていた。

 トレイス城も例外ではない。

 大量の政務に追われる王の姿も、それを助ける王妃の姿も、稽古に励む王女の姿も、雑務をこなす使用人達の姿も。何かもかもがいつも通りだった。

 そんな日常が、一瞬で失われる。

「敵襲! 敵襲!」

 兵士の叫びと共に、けたたましく鐘を打ち鳴らす音が響き渡った。城の空気が緊迫したものに変わるが、取り乱すものはいない。騎士団を中心として、非常時の訓練は怠っていなかった。

 副団長を中心とした部隊は敵の迎撃に向かい、団長率いる精鋭部隊が王の元に参上する。騎士団長が到着した時、王のもとには、すでに王妃と王女が揃っていた。

「報告致します」

 いかにも騎士らしい見た目の男が、片膝をついて頭を下げる。下を向いているにも関わらず、声はその場にいる全員の耳に届いていた。

「敵は邪神教の神官。数は一人でございます。何かを要求してくるような素振りはありません。魔法、格闘、双方に優れているとの情報もございますが、確認されている神官とは一致しない模様です」

「……下がれ」

「はっ」

 長身痩躯の男が囁くと、騎士が下がった。

 赤子の手をひねるどころか、赤子の手でもひね折れそうなくらいな身体は、皮と骨だけとはいわないが、肉などほとんどついていない。肌などは血が通っていないと思えるくらいに蒼白だ。目の下にはドス黒い隈があり、非常時(こんなとき)ですら休んでいるように言われそうな男。

 そんな不健康そのものを体現したような男こそが、騎士団長ビルネスだった。

「……ガルシアが……ごっほ。迎撃してい、がフッ、ゴホッゴホッ……」

 何度も咳き込みながら、ビルネスが王に進言する。

「ですが、ゴホッ……お逃げくだ、さい……ゴホッゴホッ」

「……わかった」

 王が静かに頷くと、ビルネス以外の騎士が王を囲むように構えた。彼らの役目は、王の守護。敵の迎撃を引き受けるのは、ビルネスの仕事だった。


 王達の背中を見送ったビルネスは玉座に座った。座ってみたかったというのもあるが、立っているのが辛かったという理由のほうが大きい。それほどまでに、ビルネスに巣食う病魔は多かった。

 絶不調だと誰もが思うだろう。だが、彼にとってはそれこそが、敵を迎え撃つ時の、絶好調(ベストコンディション)だった。

「ごほっ。あなたが、侵略者、ですか……」

 ビルネスが扉にもたれかかる人物を睨みつける。弱々しい外見からは想像もつかないほど鋭い視線だ。

「そうですよ。騎士団長ビルネス殿」

 だが、神官はさして気にしていなかった。

「僕は天の神官アンジュ。投降をおすすめしますよ?」

「断る。ごほっ……減速魔法(ネギア)

 玉座から立ち上がったビルネスが一瞬で距離を詰める。ビルネスの動きは洗練されたものだが、それだけならアンジュは回避出来てきたかもしれない。

 だが、体感速度が遅くなっているアンジュの回避は間に合わない。

 ビルネスの手が、アンジュに触れた。

病魔(びょうま)(ごう)

 発動するのは必殺技。

 ビルネスが時間をかけて飼い慣らしてきた病魔の全てを、相手に罹患させる技だ。立っていられるはずがない。ほとんどの人間は、苦痛のあまり死に至るのだ。

 顔面の血色が悪くなり、アンジュの顔が歪む。――ただし、苦痛にではなく、愉悦にだ。

「やっぱり、親子ですね!」

 アンジュが杖を振り上げた。

「どう……して……」

 ビルネスが膝から崩れ落ちる。

 アンジュが何かをしたわけではない。

 数多の病を背負った体で激しい動きをしたのだ。当然の結果だろう。問題は、同じだけの病に襲われているはずのアンジュがなぜ、平然としていられるのかだ。

「どうしても何も。こんなものは、僕には効かなかっただけですよ」

「……王よ。ごふっ、ご、ご無事……で……」

 得意げに語るアンジュの顔を睨みつけながら、ビルネスは意識を失った。病魔に負けたのだ。

 最後に、王の生存を願いながら。

「あなたは十分に強かった。相手が悪かったと思ってください」

 アンジュは悠然と王の間を後にした。


 ◇


 トレイス城の地下には一部の人しか知らない隠し部屋が存在する。王が避難したのは、そんな場所だった。

 部屋に眠るのは、三勇城で管理する秘宝の数々。高価な宝石から、伝説の武器、魔法機(ギフト)まで、実に様々なものが置いてあった。

 王は立て掛けてある武器の中から、漆黒の剣と黄金の鞘に入った剣を手に取る。

「スペーディアよ。これを託そう」

 王女に鞘に入った剣を渡すと、自分は漆黒の剣を構えた。王自ら戦うつもりなのだ。周りの騎士達も、自分の武器や伝説の武器を構え、王を止めようとはしていない。

 武器を持っていないのは、勇者の末裔でも、騎士でもない、王妃だけ。それも直接戦闘をしないというだけである。

活力魔法(サイネリア)

 王妃の魔法は皆に力を与えた。特に、王と王女に効果が大きかったのは、術者との関係性ゆえか。

 準備は万全。

 チェスの如く構えた陣形からは、何人たりとも寄せ付けない気迫が感じられた。

 その気迫を感じながらも、アンジュは平然と隠し部屋に足を踏み入れる。本来なら入ってくることすら異常なはずだが、誰もそこには触れなかった。

 ただ、拒絶と殺意の込められた視線を向けてくる。

「それでこそです」

 アンジュは心の底から楽しそうな笑みを浮かべた。


 ◇


 トレイス城が壊滅したことは、その日のうちに三勇城の残り二箇所――デュース城とエース城に伝えられた。

 伝えたのは、トレイス城から落ち延びてきたという騎士だ。彼は深手を負っていたものの、デュース城で治療を受け、一命は取り留めた。その後、完全回復を待たずにエース城へ走ったため、また倒れてしまうことになるのだが。

 ともあれ、彼のおかげで二つの城はすぐに動くことが出来た。残念ながらトレイス城に生存者はいなかったが、王女や騎士団長の死体は見つからなかった。それは、生きているのではないかという希望を抱くには十分な情報だ。

 翌朝には、二人の王子がトレイス城の王女の捜索、及び邪神教討伐のために旅立った。

 二人だけなのは、エース城とデュース城がいつ襲われてもおかしくないからだ。三勇城の一角が落とされた以上、他の二つが生き残れる保証はない。攻めに回す戦力は極力少なくしたかったのだ。それでも、二つの城で連携をとったり、完全に出入りを禁止するといった対策をとらなかったのは、情報不足ゆえだろうか。

 たった一人の神官に滅ぼされたことは全く伝わっていなかった。


 二人の王子は勇者の末裔たる力を持っている。

 それは普通の人より強いというわけではない。普通の人には無い潜在能力を秘めているということだ。全てが眠っているわけではなく、覚醒している力もあるが、それは氷山の一角に過ぎない。

 トレイス城の王女は騎士達と鍛錬を共にすることもありそれなりに戦えたが、王子二人は真剣を握ったことさえまともにない。王女に比べ、魔法よりの才能だったこともあるが。

 純粋な戦闘力ならば、トレイス城の騎士やエース城の兵士の中にも今の王子達より強い人がいるだろう。

 そんな事実は二つの城のほぼ誰も理解していなかった。

 三勇城同士の交流が盛んだったならば、もしかしたら気づくことが出来たかもしれない。だが、彼らは互いの城の騎士団長や近衛兵長、兵士長のことさえ知ろうとはしなかった。

 邪神教(てき)の事は調べても、味方の把握をしようとは思わなかったのだ。


 ともかく。


 満足な護衛をつけることもなく、二人の王子は旅に出た。二度と戻らぬ、死の旅路へと。

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