火炎の騎士
第百二話。そのに
アロイスの言葉に答えるようにして、ガルシアが武器を構える。どこから取り出したかは分からないが、ガルシアが愛用していた段平で間違いない。背中の巨大な盾を左手に持ち、戦う体勢は万全だ。
一方のスペーディアは何も持っていなかった。鎧などの身につけているものは限りなくそのままなのに、武器だけがない。
「火炎斬り」
ガルシアはお構い無しに攻撃を放つ。
刀身に火炎の魔力を纏わせて斬るという、ガルシアの魔法機である段平から繰り出される技だ。この技を多用することから、ガルシアは火炎の騎士という二つ名を持っていた。
スペーディアはバックステップで斬撃を回避。地面を強く蹴って、空へと跳び上がった。
「逃がさぬ」
ガルシアがスペーディアを追うように、跳んだ。
スペーディアは見えない階段を登るように空を跳ね上がり、最初に下を見下ろしていた位置で止まる。ガルシアは真っ直ぐに飛び上がり、スペーディアの目の前に着地――空中だが――した。
二人は空中で睨み合う。
「わたくしに刃を向けるなんて、不敬ですわね」
「あなたのためなのです。お許しください」
ガルシアは恭しく頭を下げた。謝罪の気持ちは全く感じられないが、スペーディアの予想通りの反応だ。ガルシアはそんな人物だったと、他ならぬスペーディアが思っている。
「人を言い訳に使わないで!」
ガルシアは少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。だが、顔を包むように鉄兜が現れ、表情は見えなくなってしまう。
灰色の鉄兜と鎧、鈍く光る段平に巨大な鉄の盾。それはガルシアが戦場に赴くときの姿だった。
「終わらせる」
くぐもった掛け声と共に、ガルシアが動く。空中とは思えないような俊敏な動きだ。スペーディアは見失わないようにしながら逃げるが、その動きはぎこちない。
「火炎斬り」
ガルシアが火炎に包まれた段平で薙ぎ払う。スペーディアは姿勢を低くして躱し、そのまま下に向かって体を伸ばした。地面に向かって、ガルシアの脇を通り抜ける。
「逃がさぬ」
ガルシアは空中とは思えない身のこなしで、反転。スペーディアに迫る。
スペーディアは空中で体勢を整え、両足で地面に降り立った。
「火炎斬り」
空中で加速しながら、ガルシアが段平を振り下ろす。スペーディアは地面を蹴り、低く飛び退くことで避けた。
標的を失ったガルシアは勢いあまって地面へと落下。砂煙が舞い上がり、視界が閉ざされる。
「やったの……?」
距離が離れたところで、スペーディアは立ち上がった。
偶然とはいえ、ガルシアを地面に激突させることが出来た。完全装備のガルシア相手に無手で勝つことは不可能に近い。これで倒せていなければ、他の方法は……
「残念、でしたね」
砂煙の向こうから声がする。スペーディアはガルシアが生きているを理解した。
砂煙が晴れ、無傷のガルシアが現れる。倒すどころか、ダメージさえ与えられてはいなかった。
「どうしろっていうのよ……」
スペーディアは唇を噛み締める。
「諦めろよ」
独白にアロイスが答えた。
「君がそいつに殺されるだけで、この世界は終わる。現実の実体が死ぬわけじゃない。続きだって見られないんだ。諦めろ、よっ!」
アロイスが手に短刀を出現させ、投擲する。スペーディアは姿勢を低くして躱した。
「火炎斬り」
それを狙い済ましていたように、ガルシアが段平を振り下ろす。スペーディアは急いで避けようとするが、間に合わない。
「あぐぅっ」
左腕の肘から先が切り落とされた。出血はないが、激しい痛みは現実と変わらない。スペーディアは切断面を押さえながら、アロイスを睨みつけた。
「大人しくしていれば、痛みは一瞬で済むというのに。君は無知で臆病な上に、馬鹿なのですか?」
アロイスは頭を押さえながら、首を横に振る。
「楽にしてあげろ」
「理解した」
ガルシアが段平と巨大盾を構えた。巨大な盾を前に突きだし、突撃する。
「悪足掻きは辞めなよ」
アロイスが短刀を出現させ、投擲。的確な援護によって、スペーディアは思うように動けない。二本、三本とアロイスからの攻撃は止まらなかった。
「火炎斬り」
短刀を避けたその場所に、ガルシアの凶刃が迫る。火炎を纏った段平が横一閃に振り抜かれた。
スペーディアは止まった世界の母の手を掴む。
「お母さん。借りるよ」
その手からトレイスの秘剣をもらって、スペーディアはガルシアの一撃を受け止めた。
「なっ……!」
アロイスが狼狽を浮かべる。
兜に隠れて見えないが、ガルシアも同じように驚いた顔をしているのだろう。
スペーディアはガルシアの剣を弾き、鎧に秘剣を突き立てる。だが、その一撃は鎧を貫通することは出来なかった。
神秘の鎧とトレイスの秘剣によって力を抑え込まれた今のスペーディアの一撃に、格の力は発動しない。
トレイスの秘剣といえども、鎧を貫くことは不可能だ。
「よくも、焦られせてれたね」
アロイスは一瞬で背後に移動していた。その手には、ガルシアと同じ段平が握られている。
「火炎斬り」
「火炎斬り」
前後から放たれた攻撃を防ぐことは、スペーディアには出来なかった。
世界が再び暗転する。
目の前に立つのはガルシアではなく、アロイス。その腹部を刀が貫いていた。けれど、アロイスは余裕の笑みを浮かべている。
スペーディアの意識はそこで途絶えた。




