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無双剣士の異世界魔王討伐  作者: 紫 魔夜
第二章 邪悪な神々
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交錯する思い

第八十三話。思いはもっと複雑に

 地下牢獄の白き魔獣となっていたスペーディアがいた場所。その中心に、黒くて四角い魔法機(ギフト)が一つだけ置いてあった。

 カイがスイッチを押すと、魔法機(ギフト)が起動。魔法機(ギフト)はその中に込められた魔法――爆破魔法(ジャーリス)――が発動した。

 小さな爆発が起こる。

 だが、その爆発は何も壊しはしなかった。

 神官達は誰一人として解放されることなく、事態は集結する。


 ◇


 図書庫から駆け上がってきたスペーディアは、崩れた階段に見知った顔を見つけ、駆け寄る。

「ロウト!」

「スペーディア様!」

 誰かが上から名前を呼ぶ声が聞こえたが、スペーディアに気にするほどの余裕はなかった。壁にめり込むハーティルも瓦礫に潰されかけているクエラヴォスも視界には入ってても、見えていない。

 彼女が認識していたのは、床に倒れて動かなくなっている狼刀(ろうと)だけだった。

「ロウト! しっかりして!」

 狼刀の体を起こして、脈を確認。死んではいないが、かなり弱っている状態だ。

「しっかりなさい!」

 治癒の力を持たないスペーディアには体を揺すりながら、声をかけることしか出来なかった。

 それでも何もせずにはいられない。

 狼刀と初めて出会ったのはつい昨日のことだ。それも、檻に閉じ込められた自分を外から見ていただけ。

 それなのに、スペーディアはこの人だけは何かが違うと感じた。

 そして今から数刻前。狼刀は檻の前に現れて、不思議な鏡でスペーディアの姿を獣から人間に戻したのだ。

 彼は自分を救ってくれた。自分は彼のために出来ることをやりたい。

 本能的にそう感じたスペーディアは、狼刀の願いを二つ返事で了解し、実行した。

 狼刀は信頼にたる存在だ。

 根拠は全くないが、スペーディアはそう思った。

 こんなところで死なせるわけにはいかない、とも。

「っ! ロウト!」

 そんなスペーディアの思いが届いたのか、狼刀の指が僅かに動いた。

「……ス、ぺ…………、ァ」

 絞り出した声で名前を呼んで、狼刀は笑みを浮かべる。

「ロウト……」

 その一言を聞いてスペーディアはとても安心した。出会って間もない人間にここまで心揺り動かされる理由はスペーディア自身にもわからない。

 けれど、それでもいいと思った。


 ◇


 邪神教の神殿には他の部屋と比べ、とくに大きな部屋が三つ存在する。そのうちの二つは普通の神官達が集団で暮らす部屋であり、最後の一つは大神官マルティールが祈りを捧げる部屋だ。

 現在、その祈りの間に、一人の神官が訪れていた。

「お前から来るとは珍しいな、アンジュ」

 普段は祈りの儀式をしている最中に現れた人間に対して厳しい大神官(マルティール)も、天の神官(アンジュ)にだけは丁寧な対応をする。

「少し困ったことになってね」

 アンジュは他の神官のようにマルティールを敬うことは無い。あくまでも対等な立場として会話を行う。

 咎められてもおかしくはない行為だが、マルティールはアンジュの場合のみ不問としていた。

「襲撃の件か?」

 マルティールはアンジュから作戦について聞いていた。そう問いかけるのは自然の流れだといえよう。

「その件だ」

 頷き、一呼吸置いてからアンジュは続ける。

「三神官の救出に向かった三人と連絡が取れなくなった。捕まった可能性もあるが、、殺られた可能性もある……」

 その報告にマルティールはすぐに返事を返せず、腕を組んで考えた。

 三神官とはマルティールが選抜した三者を参考にして、アンジュが選抜した三人の神官のことだ。勇者の末裔(よわいほう)を完全に支配するために選ばれた三人だったが、逆に捕えられてしまう結果となっていた。

 それを助けるべく選ばれたのが、ステイマーを初めとしたアンジュが才能を見出した神官達だ。

 しかし、彼女らも三神官と同じく敗北を喫した。

 つまりはそういうことだろう。

 では、その責任は誰にあるのか。

 負けたのは実行者の実力不足だ。だが、彼らに作戦を任せたほうに責任はないのかといわれれば、そんなことはないだろう。

 ならば、責任を取るべきはアンジュということになる。

「……こうなってしまった責任は私にあります。かくなる上は、私が、この命にかえてでも捕まった者たちを解放してみせましょう」

 マルティールの思考を読んでいたかのように、アンジュが言う。

 その顔には並々ならぬ決意の色が現れていた。

「ま、まて! お主まで失うわけには!」

 アンジュは邪神教の中でもマルティールに並ぶ実力者だ。マルティールが祈りの間からあまり動けないことを考えると、アンジュを失えば邪神教は崩壊するといっても過言ではない。

 彼がいなかった頃がどうだったかは、考えなかった。

 とにかく、アンジュを一人で行かせるわけには行かない。

 絶対に死なせてはならない。

「三者を連れて行け。そして、生きて帰ってこい」

 アンジュは驚いたように目を見開いた。それから、呆れたような顔をして一言。

「ありがとう。マルティール」

 邪神教の一番上である大神官を呼び捨てにするなど他の神官がいれば問題視しかねない行動だが、幸いここには二人以外の神官は存在しなかった。

「じゃあ、知恵者と予言者を借りていくよ」

「存分に使ってくれ」

 祈りの間(ここ)に来てすぐよりも幾分表情の明るくなったアンジュを、マルティールは満ち足りた気分で見送る。

 知恵者と予言者(あのふたり)が一緒ならばアンジュが負けるはずはない。

 根拠は全くないが、マルティールはそう確信していた。

 三神官の侵攻作戦のときも、三神官の奪還作戦のときも、同じように根拠の無い確信を抱いていたにも関わらず、作戦は失敗した。

 でも、今回は大丈夫だ。

 マルティールは根拠なく、そう信じていた。

 アンジュならやってくれると、信じていた。

「あぁ、そうだ」

 祈りの間を出る寸前で、アンジュが振り返る。

「どうした?」

「もしかしたら、ここにトレイスの王女が来るかもしれない」

「生きていたのか……」

 マルティールは深々と呟いた。

 アンジュから生死は不明だと聞いていたが、実際に生きていたとなると状況は変わってくる。

「彼女の格は脅威だ」

「死神の格か」

 その力については聞いたことがあった。全てを斬り裂く、防御不可能の力だと。

「そう。でも、あの格には明確な対処法がある」

「なに?」

「もしもの時のために、それを伝えておこうと思ってね」

 もしもの時のため。その単語が僅かに引っかかったが、気にしなくてもいいと思った。なんとなく。

 そんなことより、死神の格に対処法があるというなら朗報だ。

 マルティールとて近接戦闘の心得がない訳では無いが、死神の格だけは全く相手にならないと思われていた。

 それが対処法があるとなれば、マルティールでも勝てるかもしれない。

 スペーディアが乗り込んで来て、マルティールが相手しなければいけない状況がどんな状況なのかは、考えなかった。

 そんなことは気にしなくていいと、本能的に思ったからだ。

「聞かせてくれ、アンジュ」

「よろこんで」

 返事を聞いて、アンジュは不敵な笑みを浮かべたが、マルティールは気がつくことが出来なかった。

 もし気がついていても、状況が変わることはなかったかもしれないが。

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