疑惑の男
第八十二話。怪しさ満点、彼の名は
「つまり、あなたは邪神教でもそれに与するものでもなく、あくまでも自分の組織のために行動していると。そういうことでよろしいのですよね?」
「ええ」
動く鎧を倒すと、カイは自分の行動について驚くほど素直に語り出した。その内容全てを無条件に信じるほどスペーディアは素直ではなかったが、全てが嘘だとも思えない。
「そのために用意したのが、この動く鎧と神官たちのいる檻を破壊するための魔法機だと」
「その通りです」
スペーディアが内容を復唱して確認すると、カイは笑顔で肯定する。
「最後に、一刻も早くあなたを解放しないとあなたの仲間があなたを奪還するために現れて、わたくしが敗北を喫することになると」
「もうすぐにでも」
助けに来る仲間を信頼しているのか、カイは余裕の笑みを崩さない。
その様子は、スペーディアの目にとても不気味に映った。
「それでは、こちらからも質問してよろしいですか?」
「えぇ」
尋問を受けている立場でありながら、カイが問いかける。スペーディアは頷きをもって先を促した。
「後ろの敵は無視しててよろしいのですか?」
カイが不敵に笑う。
スペーディアが振り返ると、黒い鳥人がそこにいた。顔の下半分を隠すようにつけた黒い仮面と黒い羽で作られたマントが特徴的な男だ。腕を大きく広げ羽ばたくようにして宙に浮く姿は、黒い鳥人と表現するのが相応しい。
「何故ばらすのかなぁ」
黒い鳥人はスペーディアに気づかれたことを気にするふうでもなく、カイに向かって声をかける。
どこから入ってきたのか、いつからいたのか、それは全くわからなかった。
「お前なら不意打ちでなくとも勝てるだろう。パイ」
「過剰評価ですね。相手はあの死の王女ですよ?」
「それを踏まえた上で、勝てるだろうと思うけどね」
「はっ」
カイとの会話を続けながら、鳥人は一瞬だけスペーディアを見る。警戒している様子はなく隙だらけだが、スペーディアは動くことが出来なかった。
「なんともまぁ、あなたらしくない暴論ですね」
「やってみればわかりますよ」
「たしかに」
パイが僅かに目を細めたかと思うと、その姿が音もなく掻き消える。次の瞬間には、カイを護るように立っていた。
「降羽」
パイのマントから、黒い羽が飛び出す。
スペーディアは体を翻して、羽の雨を躱した。そのまま一回転し、正面を向く。その時、すでにパイの姿はなかった。
そして、カイの姿もない。
「どこへ?」
スペーディアは周囲を警戒するが、物音一つしなかった。
「ここですよ」
それなのに、声はする。
「こちらですよ」
「いやいや、こっち」
「さあ、こちらへ」
色々な方向から同じ声が。
スペーディアは声が聞こえる度に振り向くが、パイの姿は捉えられない。少しして、スペーディアは動くことをやめた。
「おや」
「なんのつもりですか」
「正気ですか」
パイの声に耳を澄ます。けれど、見向きはしない。言葉の意味さえ気にはしていなかった。
どこから聞こえてくるのかに、全神経を集中させる。
「こっちですよ」
「ほら、どうしました」
「見てくださいよ」
同じ声だ。
色々な所から別々に聞こえる声ではなく、移動しながら話す一人の声。移動する音は聞こえないが、間違いない。
パイは高速で移動しながら、話しかけてきている。
それがわかれば、次は流れだ。
「どうしたんですか」
「来ないのなら」
「こっちから行きますよ」
敵は音もなく縦横無尽に部屋の中を駆け巡る。
だが、それほど大きくない部屋だ。声の動きから本人の動きを理解出来れば、動く先も予想出来る。
「では――」
「そこっ!」
方向転換のために立ち止まったパイを、スペーディアの秘剣が捉えた。
「おっとぉ」
パイは消えるように後ろに飛び、避ける。その先は、地下へと繋がる階段だ。
「待ちなさい!」
スペーディアが追いかける。
その姿を嘲笑うかのように、パイは追いつかれず、けれど見える速さで逃げた。時々後ろを振り返り、笑みを浮かべる余裕まで見せている。
彼我の距離の変わらない。
「このっ!」
スペーディアが階段を蹴って、飛んだ。
上にではなく、正面、もしくは斜め下――パイに向かって真っ直ぐに。着地のことなど考えてはいなかった。
パイは振り返り、笑顔を浮かべる。
「おみごと」
そして、スペーディアの一撃を受け入れるように腕を広げた。
秘剣がその体を引き裂く。けれど、血は出ない。手応えさえも、ほとんどなかった。
その疑問に答えるように、パイの姿が一枚の黒い羽へと変わる。
けれど、そのことについて考える暇はなかった。大きいとはいえ一枚の羽ではスペーディアの体を支えられるはずもなく、少女は階段の下へと転がり落ちていく。
止まったのは、一番下まで落ちてからだった。
スペーディアはゆっくりと立ち上がる。
全身の色々なところが痛むが、当たり所が良かったのか、動けないほどではない。
今するべきは、逃げたカイを捕らえることだ。
スペーディアはたった今落ちてきた階段を、駆け上がる。
そして、図書庫へと続く扉を開けた。
「――――」
そこにいたのは数体の鎧だ。それらが、まるで探し物でもするかのように、歩き回っている。
「――――」
鎧の一体がスペーディアに気がついた。
威嚇するように、剣を高く振り上げる。それとほぼ同時に、スペーディアは鎧の胴を断ち斬っていた。
剣を振り下ろした鎧は、下半身を残して、床に落ちる。
「――――」
「――――」
「――――」
他の鎧達もスペーディアに気づき、向かっていくが、一つとして剣を当てることは出来なかった。
「……逃がさないわよ」
襲いかかってこなかった約半数の鎧を残して、スペーディアは図書庫を出る。その先にいた鎧達も、一人の少女の足を止めることさえ、叶わなかった。
◇
「大した時間稼ぎにはならない、か」
スペーディアに破壊されなかった鎧の内の一体が、ゆっくりとした動きで椅子に座った。
「中に入ると動きにくいな、これ」
鎧が縦に割れ、カイが中から姿を現す。彼はまだ図書庫を脱出していなかったのだ。鎧が攻撃を仕掛けたのは、それを誤魔化すためでもあった。
「鎧には改善の余地ありっと」
装着した感想をまとめてから、カイは荷物の整理を再開する。スペーディアが戻ってきた時のために、鎧達には臨戦態勢を整えさせた。
とはいえ、戻って来ないことが理想だ。
「これもやっておくか」
白衣のポケットから起爆装置を取り出して、そのスイッチを躊躇いなく押した。
捕えられている邪神教徒を解放すれば城内は混乱し、動きやすくなる。スペーディアの目もそちらへ向くだろう。
そう判断しての行動だ。




