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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十三章
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鷹心(2) 鳥齎す欠片

 律心殿の家を出た後は、そのまま珀慧を探す道に戻った。

 彼の家から蓬莱町までは半日と一刻ほど。

 律心殿の家はあのまま朝早くに出たので昼丁度に蓬莱町に着いた具合だ。

 そして結果から言えば、珀慧は確かに蓬莱町に訪れ、綾之峰様の手紙は無事に相手方に届けられたという事だ。その報告の為の鷹も蓬莱の鷹匠の手によって既に飛ばされた後だった。

 手紙の点に関してはこれで一安心と言えたが、蓬莱町の鷹舎の中にも珀慧の姿は無かった。

 朝方に発った珀慧がこの蓬莱町に着いたのは、常と同じ朝四つ半過ぎ。到着し直ぐに復路に着いていれば、オレが鷹舎に訪れた時間辺りには珀慧は戻っているはずだった。

 けれど、手紙を届け終えた珀慧は常と違う行動を取った。

 其れを見ていた若手の鷹匠が念の為と思い、報告の鷹を送ってくれたと言う。

「常盤に……ですか?」

「実際そうかは分からんけど、そっちに飛んだのは間違いねえよ」

 全く考えて無かった場所に、蓬莱町の鷹匠達の話しを詳しく聞けば珀慧は手紙を届けたあと、すぐに天険蓬莱山に向かったと言う。

 それなら遠すぎて、向こうの鷹舎で呼んでも戻って来ないはずだが、

「ですが、頭領も行ってないのに……」

 半年程前ならまだ頭領が西に行きつ戻りつしていた頃合だから分かるが、今は……大和の稽古の都合で道場に顔を見せる機会が増えたため、町近辺には居る筈。

 まあ、道場の稽古後も大和に付いて直ぐに出るので、他の人の話伝いで、取手の家や鳴夜の付近でよく見かけるらしいが、何をしてるのかまでは分からない。

 それ故に、珀慧が西へ行くような事は無いはずなんだがな。

 もし頭領が西へ行っていたとしても、使役するのは鷹ではなく白い翼の大きなイシュと云った鳥だし、オレの珀慧を使う事も無い。

 だから珀慧が町に戻ることなく勝手に常盤に行った、という事になる。

「そうなのかい? てっきり前みたい頭領が行ってるのかと思ってたよ」

 教えてくれた若手の鷹匠も、オレの答えに心配そうにしてくれた。

 やはり何かの拍子で珀慧も野に帰ってしまったのかもしれない……長く人の手を介した鷹と言えど、ありえなくは無い事だ。

 もし、そうなっていたとしたら、それこそ仕方の無い事。イブキが雛の時、古竹さんからもそれは強く含められていた。

  どれだけ手塩に掛けたとしても、野生の本能には逆らえないのが鷹だと。

 あの時は覚えたはずなのに、いつの間にかそんな事は無いと思い込んで、忘れてしまったんだな。

「けどよ、野に帰ったと決まった訳じゃないだろ?」

「あぁ、ヤツが近くにいると噂だったな」

「ナツミか」

 ぼそりと肩を竦める様な溜息と共に呟かれた名前に、オレの正面に座っていた若手が力を抜いた笑みを浮かべた。それに問い掛けて良いのか、少しばかり考えてしまった。

塔生夏海(とうしょうなつみ)。后守の坊ちゃんなら聞いたことあるだろう?」

「あ、いえ……申し訳ありません。不勉強で」

 宙で書かれ、共に言われた言葉。塔生の名は分かったが、だがその名前が明確に誰を指し示すのかは分からなかった。

 御屋敷を出てからは、さっぱり他家に関係する勉強してなかったな。伊那依(いなにえ)に付いての書面漁りと、それに付随しての事なら覚えているが。

「まあ、曉の旦那が真面目に教えてるわけは無いな。夏海はウチんとこで言や古竹と同類だ」

「優秀すぎる鷹匠だ」

 笑いながら言われた言葉に一瞬首を捻ったが、続いた言葉に納得と同時に驚いた。

 古竹さんと同じように鷹と心を通わせられる鷹匠、という事だろう。

「だが、気に入らなきゃその場で縊り殺しちまう」

 年配の鷹匠から感心するなと言うように、吐き付けられた言葉に若手の誰もが沈黙した。

 これは、塔生家については少し勉強しておいたほうが良さそうだな。碌な話が耳に入ってこない。

「冬臥さん。もしかしらた戻って来るかも知れないし、一度呼んでみたらどうですかい?」

「あ、はい、解りました」

 話題変えの言葉だったが、元は珀慧の行方を捜しに来たのだ。

 人に勧められるままだったが案内された庭に下りる。

 蓬莱町の鷹舎は町の内側にあるため、庭自体は広くないが高い割竹の塀がぐるりと回りを囲み、外側からは中が見られないようになっていた。

 雲が多い空の上に鳥の影一つも見えない。当然といえば当然だ。

 鷹は他の小さな鳥にとって天敵だ、その鳴き声が聞こえる場所には近づかなくなる。

 だから何処までも響くように強く鷹笛を吹き鳴らす。戻って来い。それだけを込めて。

 いつもなら姿の見える頃を過ぎても見えず、もう一度笛を吹こうとして、鷹の鳴声と姿が雲の隙間に見えた。

「珀慧!」

 普段飛ばないような高い、高い空で何度か旋回し、オレの声が聞こえたか、風羽をはためかせて降りてきた。

 停めるために伸ばした腕に珀慧が脚を乗せれば何事も無かったように、落ち着く位置へ移動して羽を休めた。

「随分心配したぞ」

 漸く戻って来た珀慧を、嬉しくて何度も頭から背にかけて撫で付ける。

「無事でよかったですね」

「ええ。安心しました」

 怪我も無く、普段と変わりなくて本当に安心した声が出た。

 二日間も鷹舎に戻っていないし、腹が減っているだろうと少し大ぶりの餌を頂いたが、珀慧は鋭く鳴いて餌に見向きもしなかった。

「途中で餌でも見付けたのかね」

 鷹匠の言葉にオレも思わず頷いたが、途中で獲物を狩るほど、好戦的でも食い意地があるわけでも無いのだがな。

 ともかく野に帰ったわけでも、怪我をして身動きが取れなかったわけでも無く、無事に手元に戻ってきてくれた事を喜ぶべきだな。

「念のため、籠に入れて連れて帰られたらよい」

 獣医の心得を持つ鷹匠が、珀慧の様子を見てくださり、そう添えてきた。

 怪我もなく疲れこそあれど健康そのものと、太鼓判を押してもらえた。

「それが良い。念のため、届けの役目も少しの間休ませるよう、古竹に言っておけ」

「はい。分かりました」

「それと、夏海の件は特に言わんでも良いからな。曉の旦那に恨まれたく無いからな」

 苦笑いを込めた最後の言葉に、こちらも苦笑せざるを得ない。

 夏海という人物がどう言う人間で、どういう鷹匠なのかは分からないが、塔生家に名を連ねる以上、頭領の耳に入れば、あの人は確かめる為に動くだろう。

 頭領については、外に出て、色んな夫婦家族を見て、聞いて改めて分かった事がある。

 一般的に言われる愛妻家では収められない、妻馬鹿と評して良い程で。

 オレのせいで、艶やかだった黒髪を失うほど心労を重ねさせてしまって。

 頭領には……父上には、母上の傍に出来うる限り居て欲しい。

 これも、ただのオレ自身の我侭だな。

 離れたくとも離れきれない、この距離感が甘えを生むんだろう。

 ある意味で、言い訳に大和を利用していることが、あいつに対しての甘えかも知れんが。

「そろそろ、御暇致します。もう一仕事あるので」

「そうかい。后守の坊っちゃんも、あちこち使いっ走りにされて大変だな」

「いえ。道すがらの頼まれ物ですから」

 大したことはないと返すと、こぞって人が良いと言われた。

「なんだ、昼くらいこっちで食べて行けば良いのに。美味い饂飩屋があるのに」

「お心遣いだけ頂いて行きます。出来るだけ早く向こうに着きたいので」

 嬉しい誘いの言葉だが、早め早めに済ませておきたい。

 今は久弥とアキが家にいるからな。古竹さん達に任せっきりには出来ない。

「ただ、気を付けて下さい。はぐれ伊那依が近くに居るって話がある」

「本当ですか?」

 帰り支度を整え、後は珀慧を籠に入れて出るだけとなったところで、注意された。

種宿(たねすく)村だか、その近くに出るって噂だ」

 そう言えば、律心殿も言っていたな。妖が出ると。

 荒神憑きが側にいるなら、妖が増えるのも十分あり得る。

「その種宿村に用があるのですがね。気を付けて行くとします」

「ああ、そりゃ気の毒に。坊っちゃんが立ち寄った事は伝えますから」

「自分で言いに戻りますから!」

 全く、和一殿と言い。不穏当な発言で見送らなければ気がすまない人ばかりがオレの周りには多い気がする。

「しかし、本当に気を付けろ。煙は火の無い処にはたたん」

「ええ。承知致しました。珀慧、行くぞ」

 呼べば籠の側に来て、不思議そうに首を傾げて籠の入口を眺めている。

 狭い籠の中に入るのが嫌だと思ったが、少ししたら珀慧は自ら進んで中に納まり、日向ぼっこをするときの様に、大人しくぺたりと籠の底に腹をつけた。

「流石に落ち着いたようだな」

 格子越しの姿だが、目を瞑り落ち着いたのは分かる。

 町に戻れば休みだと、普段の忙しさから離れられるのが分かったのかも知れないな。

 改めて暇の挨拶を交わし、蓬莱町の鷹舎を後にした。

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