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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十三章
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鷹心(1) 失せ鳥探し

 鷹舎の仕事日ではあったが、道場で通常の稽古を終えた後に訪れた為、夕七つを過ぎた後になった。

 高く空に在った陽も沈み始め、抜ける風は更に冷たくて稽古中に汗を掻くほど温まったはずの体もあっという間に冷え切ってしまった。

「ああ、冬臥さん。丁度良いところに」

 小屋に入り、挨拶をしようとしたところで、困惑気味な表情を浮かべていた古竹さんと目が合い、先に声を掛けられた。

「何かあったのですか」

 問えば古竹さんや、他の人も言い淀んでいるようで重たい空気が流れて来ていた。

「今朝方に放った、珀慧(ひゃくえ)が戻りません」

 古竹さんから告げられた言葉に、オレは思わず外に出て珀慧の鷹笛を強く吹き鳴らした。

 どれだけ遠くに居たとしても、いつもなら直ぐ訪れるはずの鷹の姿が無い。

 もう一度、もう一度と名を呼び、笛を吹き鳴らしてみたが、見慣れた鷹の姿はやってこなかった。

「冬臥さん。今回珀慧に持たせた手紙は御当主からの物。珀慧の行方をお願いします」

「……分かりました」

 何度吹いても戻ってくる気配の無い珀慧に、古竹さんから静かに言い渡された。

 手紙届けの鷹でも極稀に、消息を絶ってしまう鷹が居る。

 何かの拍子で怪我をしたり、命を落としたり。突然野生に帰る事もある。

 そう言うときは、持たせた物が届け先の鷹舎に届いているか確かめなくてはならないが、蓬莱町であれば、オレが出た後に確かめる為の鷹が放たれる。

 万が一、珀慧が届けられずに居た場合、重要な書面は何かしらの手を打たなくてはならない。

 特に綾之峰様からの様な要人からの手紙は、捜索必須。

 遅れれば遅れた分だけ、差出人の信用問題に関わるし、書面を失ったとなれば、それは鷹舎の信用にも関わる。

 最悪を想定して行う追走だ。

「本当なら私も行けるのなら良いのですが」

「古竹さんが居なくなっては、鷹舎の方が困りますから」

「すみません」

 恐縮してしまった古竹さんに平気だと声を返し、どこかほんの少しだけ安心したように詫びの声が続いた。

「ああそうか。もう直ぐはるちゃんの」

 旅具を持ってきてくれた准殿が、古竹さんに向かい痛ましげに呟いて、それをしまったと言う具合に罰の悪そうな顔でオレと古竹さんの間に立った。

 言葉は繋がなかったが、准殿が忘れてくれと言っていた。古竹さんとは十重殿並みに付き合いの長い准殿だ。

 勝手に明かせない物なのだろう。それに珀慧の事でオレも聞く余裕が無かった。

「すぐ行きます。すみませんが、久弥達の事だけお願いします」

 そう残してオレは直ぐに、鷹舎を出ていた。蓬莱町なら今のオレなら三日で確実に着けるし、イブキもいる。


 近くの折り返しになれば良いが、多分……無理だろう。

 予感としか言いようが無いが。

 今まで珀慧が戻らなかった事は当然、一度も無い。どんな時でも呼べば来たし、所在の難しいあの人の下にも行った後でも戻ってきた。

 手紙届けの役目を終えた後、必ず、必ず自分の小屋に戻ってきた。

 急ぎ足の道中にも何度か鷹笛を吹き、珀慧の姿を探す。

 鷹が通る道は、障害もない最短の道。それに合わせて、自然とオレも旅人の歩く道から外れて歩く。

 近隣に住むだろう、途中で出会った人々には、鷹舎の使いであることを話し、鷹を見なかったか尋ね回り、返る答えに肩を落とすのを繰り返す。

 妖狩りの最中でも必ず来てくれたのに……どこかで、休んでいるだけなら良いが。

 珀慧なら妖に襲われそうになったとしても、逃げられるはず。

 イブキのような若鷹のように、素早さは無くても、老鷹ならではの危機回避能力がある。

  ああ、そうだよな……

 珀慧はもう、いつ寿命が訪れたとしても、おかしく無い歳なんだ。

 オレが初めて触れた鷹だ。手紙届け向きながらに、妖狩りの時に何度も助けてくれた鷹。

 雛から、となればイブキだが、ほとんど鷹を介しての物事は珀慧と共に経験を積んだのか……

 最悪でもどこかで、怪我をしてしまっただけなら良いけど。

 吐きそうになる溜息を誤魔化すように空を仰ぎ見れば、茜色の雲がもう遥か彼方に追いやられている。

 もう少し先を急いだ方が良いか。冬の今、畦道のど真ん中で野宿は流石に危ないし、夜通し歩くという手段を取っても良いが、夜道で見落とす方が怖い。出来るだけ宿を取る方が良い。

 一日目はそうして宿で休み、その早朝には出立した。

 二日目も同じように街道を外れ歩き、昨日と同じように出会えた人に同じ説明をして、詫びるように首を振る人に会うばかり。

 そのまま日が傾けば、あっという間にまた夕方になる。

 遠くに在った筈の蓬莱山の影が大分近くに見えて来た。

 この街道は覚えがある。確か、もう少し先に確か雑木林があって、その向こう側に宿場町があったはず。

 そう思って進み、見えてきた林の先から薄煙が見えた。前に来た道だから多少自信は無かったが、とりあえず人が居るのは間違い無い。

 煙頼りに走り、雑木林の傍に来た時には、日は落ちすっかりと暗くなっていた。

 宿場町に行くなら中を突っ切った方が早い。そう思い、雑木林の中に入れば夜行性の獣達が、遠目に様子を伺う気配がする。普段訪れないだろう人の気配に敏感になってるらしいな。

 こういう所には、獣除けの罠もある。適当に拾い上げた枝を杖代わりに、道に突き刺して歩けば、雑木林の途切れ目で、案の定、突き刺した枝にガラガラと音を立てて、虎挾が勢いよく食い込んだ。

 枝の折れる音に、一瞬だけ背筋が冷えた。罠の勢いもそうだが、思い出したくない事まで思い出させてくれる。

 ふぅっと息を吐き出し、鳴子の音を聞いて誰かが来るだろうと少し待つ。

 鳴子の余韻も消え、虫と鳥の声だけが辺りに残ったとき、誰かが近づく足音が混じってきた。

「なんだ。人間か」

「申し訳ない。折角の罠でしたのに」

 予想したように罠の様子を見に来た人物に声を掛け、杖に食い込んだ罠を外す。

 松明の灯りを持ったその人は、紀代隆様と同い年くらいの猟師風の男。

 折角の罠を潰されたせいなのか、不機嫌そうに眉根が寄っている。

 ただ背丈はオレより少し高いくらいで、手には捕らえた獲物を締める為だろう、抜き身の山刀が握られていた。

 オレでなかったらきっと、驚いたりするんだろうな。

「野盗じゃ、無さそうだな。迷子、にしても随分と肝が据わってる」

 夜の林の中という事もあって、じっくりと確かめられてからの一言。まあ、当然か。

「オレは冬臥と申します。訳あって、鷹を探しております」

 害意は無いと添えて名乗るが、彼は少し考えているように目を向けてくる。

「蓬莱の鷹匠か?」

「いえ、后守(こうがみ)の鷹匠です。蓬莱町に向かう途中です」

「后守……変な名前だな」

「そういう貴方は」

「名乗らないといけないって道理はないな」

 はぐらかす様にニヤリと笑うが、なんだか、頭領相手にしてるような妙な面倒臭さを感じるな。この人。

「律心だ。名字はない」

「すみません、お尋ねしますが、この近くに宿場町がありませんでしたか」

「向う側にある。が、今から向かうには少し面倒だ。黒々が飛び回っている」

「黒々?」

 獣でそれに似た様な名前のものは居ないし恐らくは、妖の事だろう。

 不機嫌そうな視線が、雑木林の奥に向けられ、肩で息を吐くのが分かった。

「近くなら問題無いと思いますし、これ以上はご迷惑でしょう」

 宿の方向だけ聞いて向かおうとしたら、彼に腕ごと引き止められた。

「おい小僧。死にに行くのか?」

「妖退治は慣れてますので。律心殿、でしたね。ご迷惑をおかけ致しました」

「黒々は妖ってのか? でも、子供じゃ危ない」

 ああ、心配してくれてるのか。さっきから不機嫌そうに見えていまいち判断が付きにくい。

「朝になれば黒々は消える。無理する必要はない。うちに来い」

「あ、でも、急ぐので」

 何だろう、この噛み合わなささは。オレとしては出来るだけ珀慧の情報を集めに行きたいのだがな。

 律心殿に引っ張られるまま、ずるずると連れて行かれたのは、彼の家だろう。どことなく工房といった風情な感じがあるのは、母屋の隣に備えられた土窯と、少し歪んだ棚に並べられた器類のせいだろう。

「皿とか、御自身で造られてるのですか?」

「ああ、買うのが問題あるから。向こうで野菜もやってる」

 問題? 何だか一層会話が合って無い気がするな。

 猟師なら捕らえた獲物を売れば、物を買うにも不自由は無いはずだし、宿町近くなら特に喜ばれるだろう。

 もしかしたら、こう不機嫌そうな顔のせいで町の人に誤解されているのかな。っと、こういう事を考えるのは失礼か。

「今日は肉は無い。葉っぱだけでも良いか?」

 家も手作りなのか、木組で床を上げた場所が寝床か、二畳だけの畳の上に獣皮が敷いてある。

 それ以外は全て土の上だ。部屋の明かりを兼ねた焚火の上に鍋が掛かり、コトコトと蓋が踊っている。

「ええ勿論。と言いますか、宜しいのですか?」

「独り身だ。気にするな」

 他に家人が居ないのかと気になったが杞憂だったらしい。

 律心殿に座れと促されたので、荷物を下ろさせて貰い、旅の間の食料として持たされた物を取り出す。

「干し肉ですが、宜しかったら使ってください」

「お前、凄いな。素手で捕まえたのか?」

「違いますよ。前に鷹と一緒に狩って来た時のものです」

「だが、鷹を探してると言った。鷹が居ない鷹匠は聞いた事無いぞ」

 律心殿の視線が、オレが持ってきた荷物の、空の大きな鳥篭に移っていた。

「まあ、その辺は気にしないで下さい……」

 野生の卵や雛を捕らえ、鷹を育てるやり方もあるが、近年は行われてはいない。

「道具は手元に置く。離すにしても分かるようにするのが基本だ」

 言い方には多少の引っ掛かりを覚えるが、自身のものは大事にしろという事だろうから、無難だろう返事を返しておいた。

「それで、あの鳴子罠ですか?」

「ああ。ただ、捕まったのは人間だったがな」

「人を食う気ですか!」

 くっくっと、含み笑いを浮かべるものだから思わず、頭領に返すような勢いで言ってしまった。

「食わない。だが、たまに捕まってる」

 何でもないように言われ、確かにあの罠なら知らず誰かが足を絡めても仕方が無い。それ程、罠の隠し方が上手かった。

 というか、この律心という人……頭領と江斗を足して割ったような感じだな。あ、あと少し緩い速度で言う所は辻森っぽいか。

 適当に焚火の前に座らせてもらい、律心殿が鍋の中に、オレが渡したトットの干し肉を千切って入れていく。

 部屋の暖かさもそうなのだろう、寒さと緊張で強張っていた体が解れる気がした。

「それで、探してる鷹は、どんなのだ?」

「嘴は朽葉色で翼は濃茶と枯茶色で、足元に筒を付けた鷹です。今朝方、蓬莱に放って、戻らなかったので……」

 答えながら、万が一違う方へ向かってしまったのなら、どうしよう……

「東から蓬莱町に良く飛んでくやつか」

「そうです! それです。今朝は見かけなかったですか!」

「見た。朝に小さい鷹が、蓬莱に飛んでいった」

「小さい……その、鷹ではないかもしれません」

 律心殿の言葉に喜んだが、直ぐに改めさせられる。

 珀慧は手紙届けの鷹の中では体躯は大きめだし、あまり高くは飛ばないので大きさを見誤る事は少ないはずだ。

 狩鷹は性格もあるが、大抵は大鷹に分類されるような鷹が多い。珀慧はどちらかと云えば大鷹よりだ。

「食え。元気になるぞ」

「ありがとう、ございます」

 差し出された土製の器に、味噌汁の暖かい湯気が立ち上っている。

 葉っぱと言っていたが、中は鈴の実、橙根、白根が葉っぱから実までしっかり入って、渡した干し肉は汁気を吸って少し身幅を戻していた。

 美味い匂いはそれだけで食欲を刺激して、歩き通しで腹が減っていたことを思い出す。

「あ、うまい……」

 料理屋で味わうのは下処理された丁寧な味付け、と言う感じだが、律心殿の味噌汁は素材の味に味噌だけでも十分に美味い。

 空きっ腹も落ち着いたあと、気付かぬうちに深く寝ていたようで、目が覚めたときには鹿の着皮が掛けられていた。

 ただ、オレにしては珍しく、一度目が覚めたはずなのに、直ぐに押し寄せてきた睡魔にあっさりと負けて深く寝ていた。


「おい、起きろ」

 ゆさゆさと大きく揺さぶられ、意識が急浮上したが、寝ている体との差が酷いせいで頭が痛くなった。

「律心、どの……」

 頭と体が合致せず、それでも起こしてきた人の方へ起きかけて、くりんとした瞳と目が合った物に慌てて後ずさった。

「あぅっ、お、あ! いってぇ……」

 驚きすぎて、後ろに下がりすぎて……落ちた。

「大丈夫か?」

「起き抜けに、これほど驚かされたのは、初めてです……」

 むぅ、流石に完全に目が覚めたし、いつの間にか寝床を借りていたらしい。通りで落ちるわけだ。

 律心殿は既に出掛けた帰りだったらしく、肩から下げた鹿のくりっとした瞳が、目覚めた真っ正面にまだあった。

「これくらいで、子供だな」

「そうやって驚かせる方が子供では?」

 寝起きに驚かされ、我意もなく不機嫌な声になるのは仕方ないと思ってもらいたい。

「そうか? 子供か。なら謝る。大人だからな」

 くっくっとやはり笑い、近づけていた鹿を遠ざけた。

 律心殿が背負っていたのは小鹿だ。そして、やっぱり驚かすために部屋に入れたとしか思えないのは、結局外で捌き始めたからだろう。

 というか、まだ外は暗いが夜明けは近いらしくかなり冷え込んでいた。

「なんだ。腹が減ったなら、昨夜の残りがあっただろう」

「手伝いますよ。と言ってもこう大きな獲物は不慣れですが」

 鷹で狩る獲物は鷹よりも小さな物が多い。律心殿は流石に手馴れていて殆んど一人で手際良く捌くので、指示された通りに捌かれた肉を塩や味噌に漬けたり、燻製用に並べるくらいだ。

「お陰で早く済んだ。助かった」

 家から少し離れた雑木林の中に、不要な部分とした物を返しにいった律心殿が戻りがてらにそう言ってくれた。

「このくらい大した事ではないですよ」

「そうか。后守は確か、蓬莱町に行くと言っていたな」

「ええ」

 ついでに、苗字で呼ばれると役目で呼ばわれる気がするので、名前で構わないと添えれば何故か驚かれた。

「それで、一つ頼んでも良いか」

「オレでお役に立てるのなら」

 頼まれたのは何て事はない。此処から直ぐ近くの種宿(たねすく)村に、律心殿が以前燻製にした肉を届けて欲しいと言う事だった。

 しかも、帰りの道すがらで良いと言われた。

 聞いた距離を考えれば、律心殿自らが赴いた方が早いのではないだろうか。思わずそう口にすれば、首を振って拒絶するばかり。

 律心殿が理由を言う気もないのは態度からも伝わり、頷き返事を返した。

「どなた宛に持てば宜しいのでしょうか?」

「……はる、という女だ。行けばすぐ分かる」

 何処と無く、歯切れの悪さを感じたが持って行くための物を纏められて、半ば押し付けるように手渡された。

「では、帰り道に立ち寄ります」

「いや気にするな。受け取って貰えればそれで十分」

 しかし、渡せたかの報告もしないのは些か困るのではなかろうか?

「あまり気にするな。急ぐ道なのだろう」

 オレの疑問には答えてもらえず、逆に急かされ始めてしまった。

「頼んだ身だが、やる事をやった後に渡して貰えれば良い」

「分かりました。それならやる事を行った後に、また伺います」

 妙に頑なに言われたが、揚げ足取りでそう告げれば、律心殿はやはり不機嫌そうな表情のままで肩を竦めた。

「――好きにしろ」

「では、また後日。改めて」

 下げた頭を戻したとき、ほんのりと律心殿の口元には笑みが浮かんでいた。

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