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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十三章
135/142

傍にある常

 輝政殿の葬儀が終わった翌日には、刀稽古の日だった。

 冬の先駆けか朝の日陰には霜が伸びる程寒く、素足で道場の板張りの上を歩くのは、かなり底冷えしていたが、体を動かすうちに気にならなくなる。

 基本の素振りを終わらせた後、オレ自身は横から見ている方を選んだ。

 江斗と哉重殿、和一殿と辻森の組み合わせでの掛稽古。

 辻森の早い手数に和一殿が悲鳴のような奇声を上げて、躱そうとしてるが全く追いついていない。

 江斗と哉重殿は影担いの役目をこなしている分、じっくりと慎重に相手の出方を伺って隙を縫って打ち込んでいく。

 目の前の稽古に集中しなくては。

 かなり対照的な稽古を目の前にしながらも、頼る人を喪った事実に集中し切れていないくて、溜息ばかり吐いてしまっている。

 一応、そう言う言葉が付く程度の集中力の中で、和一殿と辻森の稽古を止めさせる。

「和一殿、顔で追う癖出てますよ。辻森は遊ぶな。余裕のつもりか、足が止まっていたぞ」

「あらやだ。どーしても、追っちゃうんだよねぇ」

「ぼく、遊んでなんかないもーん」

 目で見えたことを伝え、江斗と哉重殿の動きが拮抗した所でそちらも止めさせる。

「辻森、江斗。和一殿と哉重殿で続けて。江斗と哉重殿、二人はできるだけ受け手になって、反撃のみで応じてください」

 そう指示を出したが、全員が視線を交し合って代表のように辻森が半歩前に身を寄せてきた。

「冬臥先生、大丈夫?」

「してないか、無理を」

「まあ、しょうがないわよねぇ」

「葬式後って、やるせないよなぁ」

 口々に心配していると言葉を重ねられてしまった。

 哉重殿の実家、都竹家は織布(きふ)御用衆。守護三家を除いた武家の中でも、とりわけ皇家に直接携わる事の多いお役目を持つ。哉重殿は実家伝えに霜月家の訃報が届いていたのだろう。

「済みません。心配を掛けるつもりは無かったのですが……」

 どうにも集中できずに、何度目かの重たい溜息を吐いてしまった。

 輝政殿を喪った事は確かに大きく、心に穴を空けていて。でも、何度も思い返すのは祁玲殿が残していった言葉ばかり。

 輝政殿が御逝去された今、大和に施された咒が何処まで持つのか分からない。そう言われた事が、どうにも離れなくて、目の前の稽古に集中しきれていない。

 流石に昨日の今日では、大和は稽古には来ていない。当然、大和の后守であるはとりも居らず、その為、頭領も姿もなく、上級組の稽古は行われていない。

 まあ、あの人がマメに姿を見せてたこと自体が、道場内でも珍しいと言われるんだがな。

 本日唯一の上級組の参加者である時川殿は、初級に回り同じ女性、というか女の子の藤沢蘭の稽古に付きっ切りになって見ている。

 久弥の相手は柳瀬大地。以前世話になった中町番屋の番頭、柳瀬達樹の子だ。

 歳近く、勢いも気負いある小さい男二人の気合の声を耳にして、オレの落ちていた気分も少しは持ち上がって来た。

「オレは大丈夫ですから、今言った組み合わせで」

「冬臥、冬臥ッ。何か、哉重さんがめっちゃ不敵な笑み浮かべてんだけど。俺、大丈夫だよね!」

「あぁら、和君てば失礼な。こんな可憐なお姫様相手に出来る事、光栄に思いなさいよ」

 空元気でも良いからと背筋を伸ばして号令を掛けようとしたら、和一殿からなんとも情けない声が上げられ、それを聞き付けた哉重殿の台詞に苦笑するしかない。

「自分で可憐とか言っちゃってるよ。どっちかってーと男も寄らない狩れんなクセに」

「冬臥くーん、早く号令ちょうだーい。和君とっちめるから」

「哉重殿は受け手返しですよ。自分から攻めて行かないで下さいね」

 和一殿の返しに、哉重殿の双眸がぎらりと光った気がしたのは、きっと気のせいじゃないだろう。一応、釘は刺しておこう。

「互いに礼ッ、始めッ!」

 振り下ろした手と共に、辻森が走る音が直ぐに続き、高く乾いた音が立った。

 江斗の木刀が低い位置で振られた辻森の木刀を受け止めた音だ。

 読まれると思ってなかった辻森は「えーっ」と驚いた表情を見せたが、直ぐにその場に留まったままで追撃を打ち込んで行くが、江斗はそれを受け止めたり、体捌きで一打を入れる隙を伺っている。こちらは江斗に任せても良いだろう。

 それに比べて、はぁ、和一殿は哉重殿から一打ごとに返される反撃を食らって、開始早々に逃げ回っていた。

「和一殿、逃げちゃダメですよ。哉重殿も追いかけて打ち込まない!」

「一打貰ったらから、その倍にして返してるだけよ! だから、うちは悪くない!」

「いや、問題あるよ! 受け手ってそう言うもんじゃないよね、よね!」

 駄目だ。あの二人を組ませると、どうしてもああなる。

 力加減はさておいて、ほぼ初心者に近い和一殿に合わせられる相手は江斗と哉重殿だ。

 哉重殿は江斗と組ませれば、追いかけあう事は無いが、待ちの一手となる事を嫌う。

 彼女はほんの僅かな隙で攻められる瞬間を逃さずに攻め立てていくが、どうも加熱しやすくて周りを見ていない。

 きっと、オレもあんな感じになりやすいんだろうなぁ。うっかり思い出した最初の頃の稽古の事を思い返して反省。

「って言うか、二人とも子供たち巻き込まない! 良い加減にして下さいッ!」

 気が付いた瞬間には、和一殿と哉重殿の二人は予め定めた範囲を飛び出して、年少組みの稽古場の方まで走って行ってやがった……

「和一さん、哉重ちゃん。冬臥さんが困ってるよ」

「あら、ごめんねぇカナデちゃん」

 にんまりと笑われながら時川殿に指摘された二人が漸く、走る足を元の場所に向けてくれた。

「せんせー、江斗相手だと、決まらないからやーだー」

「引っ掛かるか。見え透いてるのに」

 開始の合図から延々と打ち込み続けている辻森だが、和一殿たちが戻って来たのを機に上げた声は不満だった。

 辻森の軽い一打は、速いが慣れると簡単に先読みできる。

 江斗もそれを分かっていて、返す一手を与えずに辻森の太刀筋を捌くだけにしている。

「いいなぁ、師匠(せんせい)の方、面白そう」

 どこかの誰か達が乱入したせいか、年少組みは小休止に入っていたらしく、久弥がオレの横について心底羨ましそうに零す。

「あれは駄目だ。師範が見てたらオレが怒られる」

「そうなの? まあ、和さんと哉重さんはそうだろうけど」

 久弥は自分の視線の先、受け手である哉重殿に面白いほど打ち込まれていく和一殿を見て、笑いを堪えて肩を揺らしている。

「江斗、決めろ! 哉重殿は、しっかり受け切ってください。和一殿は思い切って踏み込む!」

 もう一旦、区切る。

 そう決めて、それぞれに指示を飛ばし、まず始めに応じた和一殿の筋を視界の端に収め、江斗が辻森の木刀を払い飛ばし、がら空きになった胴に切っ先を振り抜き当てた。

「ぅぐっ、いったああい!」

「大丈夫か、すまないっ」

 江斗の一撃を喰らい、体重の軽い辻森が壁側にごろりと飛ばされた。

「久弥、悪いが冷やすものを頼む」

 受身は取れていたが、念のため久弥に冷やすものを頼み、辻森の傍に駆け寄った。

 近くに居た鹿角殿が先に患部を見せるように言うが、辻森は小さくなる一方だった。

「うーぅ、いったいよぉぉ」

 当てられた腹部を押さえて唸っているが、割りと声はしっかりとしていて大事には至らなかったようだ。

「江斗ぉ。後で、団子おごってよぉぉ」

「……大した事にならなくて良かったな。怪我」

 心の底から恨めしそうに江斗を見上げた辻森から出て来た言葉に、心配して損したとぼやいた江斗。

「やだ、この子ったら。痛みより食い意地なの?」

 その二人のやり取りに、哉重殿が呆れたと重ねる。

「うー、だって、お腹だよぉ これじゃあ、白雅(はくび)団子じゃないと割に合わないよぉ!」

「え、なになに? 多々良が奢ってくれるって?」

「和一さん、すっげぇヒドイ! あ、いたた……」

 辻森のヤツ、本当に痛いのか痛くないのか、よく分からなくなってきたな。

「でもでも、こう思いっきり動いた後のお団子って美味しいわよねぇ。うちも食べたーい!」

「自分も甘い白味噌団子も好きだけど、黄粉も捨てがたいわね」

「いやいや、磯醤だろう」

「ああ。分かります。オレも甘い方より、そっちの方が好きですね」

「雲雀さんと冬臥は、醤油派か! 白雅の団子なら両方好きだな。迷うよなぁ、あれ」

「お味噌と醤油まぜるの?」

「あー、それやると、しょっぱくて食べれなかった」

 いつの間にやら年少組の二人も近寄ってきて、辻森を中心に団子の話しで盛り上がってしまっている。

「え、なに。何の話し? おれも混ぜてー!」

 水桶を運んで戻ってきた久弥に、和一殿がざっくり話しを聞かせれば「絶対、芋餅!」と手を突き上げて主張してきた。

「久坊、今は団子談義中だ。餅の話じゃねぇぞ!」

「えーっ! 和さん、分かってない。三菱屋の芋餅は絶品だよ!」

 ああ。確かにな。久弥の言った店の名前に、時川殿や哉重殿が同じように頷いて、三菱屋の他の商品の話に花を咲かせ始めた。

「っていうか、みんな、ぼくの心配してよぉ!」

 和一殿から濡らした手拭を受け取りながら、辻森の叫ぶ声だけが一際大きく響いた。

「しているしている。ああ、心配だな」

「江斗がやっぱり一番ヒドイ!」

 そのやり取りに、わっと笑い声が道場全体を包んで揺れた気がした。

 どれだけ、落ち込むような事があっても、声を出して笑えた瞬間、心が軽くなる。

 先を考えて不安で落ち込むだけより、昨日の今日であれど、一緒に笑える人がいる事が心強いな。

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