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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十三章
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寄り添う面影の

 綾之峰様に報告出来たのは、買い物から三日程経ってからだった。

 鳴夜でオレと和一殿が紀代隆様の姿を見かけたことは、当たり前だが誰にも話していないし、紀代隆様もまさか見られていたとは気付いていない。

 勝手に抱いていた後ろめたさにも、紀代隆様は気付かず、綾之峰様からの言伝を届けて下さっただけだった。

 待ち合わせに指定されたのは、綾之峰様御用達の料理屋『紅葉園』。

 初めて訪れたが、店のある場所だけが格が違うと感じさせる。

 決して豪奢な造りではないが、拭い清められた柱や廊下。仲居の案内する所作、部屋の設えと一体化した庭。その全てが揃って『紅葉園』という店を作り上げている。

 綾之峰様が来られるまでの間は、部屋の中を物珍しそうに見渡していた久弥とアキも、今は並びきちんと座っている。

 ただ、二人には悪い事をしたかも知れないと思うのが、訪問着を誂えてやれなかった事だ。

 草刈殿に無理を願い、洗い張出来る人を教えて貰い、それなりには着るものに気を付けたんだが。

 案内してくれた仲居より、褪せた着物では絞まらないな。

 尤も、それで客を遠ざける店では無いし、綾之峰様も御屋敷で寛ぐような訪問着を敢えて選ばれているのだろう。

 申し訳ないと思うのと同時に、綾之峰様から幼い兄妹に「必要以上に畏まる事も無い」と声を掛けて貰ったこともあり、比較的緊張もせずにいるようだ。

「此度は中々、大変だったようだな」

 食事が運ばれ、人払いが済んだ処でそう切り出された。

「例の荒神では無かった分、良かったと思っております」

 そう返しながら、食事に手を付けて良いのか迷っている目の前の二人に、綾之峰様が「遠慮せずに食べれば良い」と水を向けられ、久弥がぴったりと妹に寄り添い、膳の上のものを手に触れさせ、教えていく。

 目の前の二人の食事が終わるまで、御渡舟祭りの一件とともにオレ自身の近況も雑談代わりに報告する。

 と言うより、一方的にオレが話を上げる形になり、久弥とアキは食事を終えると、綾之峰様の許可を得て庭に下りた。

「釘を打ちたくなるほどだな」

 その一言で綾之峰様が庭先で遊ぶ二人に誰を重ねているのかが分かる。

 だが、オレに向けられた視線は変わらず厳しいが、ふっと和らぎ笑みを浮かべられる。

「既に噂になっておるぞ。神刀の使い手と天嶺蜂の噂がな」

「まさか……」

 何処かの誰かみたいな耳の早さがあるなら別だろうが。

 しかし、綾之峰様は表情を変えずに湯呑みを手にするばかり。

「来るべき日はいつか必ず訪れる」

 向けられたのか判断出来ないほどの声音だったが、冷たく耳朶を打った内容に、自然と吐息を零してしまった。

「奴からの伝言だ」

「……確かに」

 受け取ったと返し、自然と庭へ視線を転じる。

 久弥とアキの二人は庭を前に座り、互いに何か手に文字を書いて話しをしている。

 声を出せず、目を開くことを躊躇うアキにとっては、もうその方が楽なのかもしれない。

 時折久弥のほうは笑い声を出して、庭先に落ちた葉や小石を拾い上げてはアキの手の上に乗せていた。

「して、お前はあの娘を手元に置く気なのか」

 静かな問いかけに、オレは分からないと首を振って返すのが精一杯だった。

「兄妹を離すのが忍びない。その思いのほうが大きくて。それに、術を繰る技も知らず外に出したところで、誤解されればアキの瞳は更なる誤解を招き、命すら危ぶまれるでしょう。ですが――」

 実際、アキの声が出なくなった原因は“瞳が持つ色”それに尽きる。

 アキの瞳の色は忌み色とは厳密には違う。だが、町の人々はそれを正しく知らず“赤は忌むべき色”としている。

 ただ、不思議なもので赤に銀糸または金糸で縫い施された物や赤でも桜色、濃い朱鷺色は、上物として扱われている。

 それなのに、茜紫は忌む色となる。

「一箇所を除き、他の宮に収められたとしても、赤は疎まれます」

 御剣家に生まれた神宿りの子は、葉越神宮に迎え入れられるのと同様に、市井で生まれた神宿りの子も同じように、何処かしらの神社に迎え入れられる。

 だが、オレ自身が答えたように“赤色故に疎まれる”のだ。

 どう取り繕うとも、葉桜町で見た光景は忘れられない。

 弱い子供を守るはずの大人が率先し石を持ち、その子供も赤を恐れて石を放る。

 今、目の前で見えなくとも、蘇叉(ここ)にいる限り何処かで、あの二人のように追い詰められる人がいる。

 追い詰められてしまうその人がもし大陸人であったならば、そうはならない可能性が高いのに。

 以前に見た本の“氷雪に染められる色弱な術士”と言うあの一文が、妙に記憶に刻まれていた。

 元より蘇叉にも極端に色白な人はいる。北の地では日照時間の関係もあるのだろうが、総じて色の白い人間が多かった記憶はある。ただ、その人達の瞳はもちろん赤ではなく、黒色もしくは濃茶色だった。

 紅い瞳、血を浮かび上がらせる痣。兇人の烙印。それだけの事で、人々は追い詰めていく。

 そして、率先し排する役目を負うのが……后守(オレたち)だ。

「その一箇所と言うのは、霜月家のことか」

 綾之峰様が示した言葉に、浮かんだのは洞窟の闇の中で怒りを露にした大和の姿と、寂しそうに笑っていた祁玲殿。

 祁玲殿のような方が主ならば、頷けた。しかし霜月本家の主、環様の姿を思い浮かべたとき、頷く事は出来なかった。

 アキを任せたとして、忌み色を持つものではないと違えることなく迎えてくれるかもしれない。だが、大和の怒りを買うためだけに灯里を引き合いに出した件は、忘れることなどできない。

 総じてそれが、后守――人々の為になるとしてもだ。

 だから、緩く首を振るしかない。

「では、お前の言う場所は何だ」

 問われて浮かんだのは、狐の笑みを浮かべる高下駄の男。

 この選択肢はきっと間違っている。そう理解しつつも、ヒガラベに襲われたあの北山で、彼が連れていた南雲と呼ばれた女の子は、高下駄の男を信じて、己の秘するはずの力を使った。

 それ故に、あの高下駄の男の下にアキを送るという、その選択肢が浮かんでいた。

「詳細も、真意も何一つ分からないですが、妖憑きの子を厭わずに連れる人が居りました」

「――か」

 綾之峰様のポツリと、溜息とともに呟かれた言葉に、ざっと音を立てて血の気が引いた。

 途端、酷い眩暈に襲われたが、どうにか床に手を付き堪えた。

 忘れたわけではない。


  坊ちゃん、伊那依はあの男だ。


  分かってないッ! お前はどれだけそんな人間を見てきたッ!


  いやじゃああ、死にとうなあああいっ!


 過去として整理をつけたはずのものが、まざまざと蘇ってくる。

 体中に冷や汗を掻き、手足の先だけが異様に冷える感覚と、水の中に押し込められたような不快な音に耳の奥が支配されていく。

師匠せんせい! 大丈夫ですかっ」

 庭から戻って来たのか久弥とアキの二人が、オレを支えるように傍らにいる。

 その二人の姿もぼやけて見えていて、深く呼吸を整え、全ての感覚が元に戻ったところで、もう一度太く息を吐き出した。

「すまん……大丈夫だ」

 添わされる小さな掌の温度も、今ばかりは煩わしさに感じ、手を離させた。

 アキの心配そうな顔に、時川殿が語った塔生の名が何故か蘇った。

 あの時、オオトカゲ一件の際に頭領に送りつけられた塔生の手紙には、『また、伊那依が逃げた』と在った。

 伊那依が妖憑きのただの総称であるなら、見巡録にそのまま記されていて良いはず。

 なら、伊那依は妖憑きを囲う場か。いや、何かが微妙に違う。

 囲う場なら目付けとして役目に触れていてもおかしくはないはず。

 それがされないのは、何故だ。

「師匠」

 沈思していた最中に、再び久弥の不安げな声が掛かり、大丈夫だともう一度告げて、綾之峰様に詫びを入れた。

 平気かとも問われず、変わらず深く静かな所に居られる感覚に安堵し、佇まいを直した。

「もしも、神宿りとしてこのアキを何処の家にやらなければ為らない時が来るとしたら、オレは姫様の側に居って欲しいと考えております」

 先程には答えられなかった。だが、歳もさほど離れて居ない灯里の側であり、大和の事を知る祁玲殿の兄である広延殿の側なら、扱いが違えられる事はないだろう。

 それに大陸人(いこくびと)を受け入れた過去がある葉越神宮の宮司、皐家にはその下地があると信じたい。

「ですが、まだ……外には出したくは無いと考えております」

 その答えに、途中が分からなかった久弥とアキのきつく掴まれていた手が、ほっと緩んだ。

「そうか。真に考えておったのなら、このまま迎えても良いかとも考えたがな」

 綾之峰様の眦が緩むが、それはつまり……灯里の嫁入りの日が決まったと言い換えられる。

 何時になるのか、それは大和にはもう伝わっているのか。

「来年にはと思っておったが、先方のから日延べを請われた」

「そう、でしたか」

 考えが筒抜けだったらしい。綾之峰様から添えられた言葉に、心配かと問われた気がして、それでも安心した声音は隠せなかった。

「久弥にアキと言ったな」

 綾之峰様に声を掛けられ、二人は驚きながらも、揃って背筋を伸ばして真っ直ぐに向き直る。

「この町でも苦労は多いだろう。だが挫ける事とも、臆する事も無い。正しく励め」

 柔らかいその言葉に、昔の大和と灯里を重ねたのかも知れないと思った。

 そして、オレに向けられた視線は昔から何も変わらない、といって良いものなのか分からないが、真っ直ぐに見通すように向けられてくる。

「術を学ばせたいのなら、やはり神名木に勝るものはない。一考に入れておけ」

 そう添えられて、オレはただ、頭を下げるしか出来なかった。

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