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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十三章
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鳴夜の水辺

 翌日の昼前。道場の備品の買出しに、名乗り出てくれた和一殿がわざわざ廻漕問屋『葵』から舟を借りて来てくれた。

 なんでも下流にある笹竹町に、安くて腕の良い職人が居る店があると言う事で、連れて行ってくれることになった。

 一応、練習と云うお題目だが、最近では一人で操舵しているらしい。停泊間際が難ありだったけどな。

「颯太と太一が犯人ってのは予想通りだったなぁ」

「唆してたのは、和一殿と久弥だって言っていましたがね」

 蔵にあると云う壊れた物を確かめに行った時、年少組の一番小さな兄弟が友達と一緒になって、蔵の前で箒を持ってかんかんと思い切り打ち合って遊んでいた。

 まあ、刀稽古に興味があるのは分かったが、それで箒を毎度ダメにされては困るばかりだ。

 流石に注意すれば、傍に居た和一殿に揃って「裏切り者ぉっ!」と叫んだところで、経緯はだいたい判明した。

「いやぁ、チビ共の加減無しにゃびっくりだったよ」

「そう云うことではないでしょう」

 苦笑交じりに、箒だけで無くついでに冬用の炭など買い足した物を舟に載せていく。

 慣れない舟への荷積みは和一殿が引き受けてくれたので、オレは係留紐を気にしながら桟橋側から荷物を和一殿へ渡す。

 案内してもらった笹竹町は大楚川下流の町で、驚いた事に御剣家御用達の藤細工があった。

 人が驚く様をひとしきり笑い終えた後の和一殿の話しでは、笹竹町の方が支店となり、隠居した大旦那が気ままに店を構えたようで、本店の方は元灯里付きの侍女だったかえ殿が嫁いだ先でもあり、今はその旦那の秀次殿が仕切っていると云う。

 そうそう、藤細工では御剣の屋敷に居たとき、お世話になっていた女将さんにも会えた。

 炭等はいつもなら別の場所で買うのだが、女将さんから壊れた箒類を引き取り条件に、買い付けた。

 気のせいかもしれないが、随分と生き生きと商売に励んでいた気がする。

「んじゃ、このまま舟返しに行くかんなぁ」

 そういって漕ぎ始めは、よろりとしつつも、川面に差した棹で流れの緩い場所を見つけだし遡り始める。この大楚川を遡った先に、『葵』の倉庫があるらしい。

 『葵』自体は中規模程度の店で、都の港に本店を置き、大楚川中流の堀内町に倉庫と支店があるという。和一殿はその支店で働いていると云う。

 しかし、大楚川の下流がこれほど広いとは思わなかったなぁ。

 流れを遡りながら、改めて景色を見るが、笹竹町を左手にしながら反対側の岸は遥か遠い。

 橋を通すより、舟が楽と言うのが頷ける。

「揺れっからなぁ」

「和一殿、この先は……」

「おう、って、理由はあるから!」

 どんな声音になったか自分では分からないが、和一殿が慌てふためくものだから、舟が大きく揺れて、川の流れに船首が流される。

「おっと、とぁ!」

 勢い良く棹で舟を止めようとして、水がばしゃんっと大きく跳ねてくる。

 荷物に被害が出なかったのは偶然だろうが、良かった。

 全く……だが、和一殿が言った通り船首を改めて操舵し、斜めに漕ぎ抜け、水路に向け進んで行く。

 大楚川はこの辺り一帯の取水川になっていて、町々に向かい水路が伸びているんだが、和一殿が選んだ道の先は、魚河岸町の裏を通る。

 草刈殿や十重殿の住まいがわりと近い。

「この先の鳴夜って、水路が整備されてる上、うちみたいに大楚川の上流に店構えてる連中の通り道なのよ。普通に川上りすると、町から離れて大きく迂回するし、逆に危ないのよぉ」

 必死に操舵しながら云われて、改めて向かう先を言われた。

 正直、今言われて「ああ、鳴夜を通るのか」程度の感想しかなかったが、和一殿は川の流れに乗ったのを機に、船首に移動してきた。

 水路の入口は一隻半程の幅で、棹で川底を突きながら、入って行く。

「そういや、紀代隆師範代も最近、よく見るのよねぇ」

 思い出したと笑っているのだろうが、和一殿の口振りが僅かに尖っている。

「意外ですね。気になるんですか」

「あら、俺も意外。冬臥ってば、もう少しそう云うの嫌いな感じ持ってるかと思ったわぁ」

「普通だと思いますよ」

 何故かそう言われたり思われているらしいが、自分自身の縁が遠いだけで話は別に嫌いだと云うわけじゃない。

「よし、なら確かめついでに冷やかしに行くか!」

「オレを巻き込まずに、一人で行って下さい」

「おーぅ、予想通りの反応返って来たよこれ!」

 予想してたなら言わなきゃいいのに。

「まあ、時川殿が絡むから、気になるってところですかね」

「あ、流そうとしたのを蒸し返さないで! 普通に傷つくよ、俺!」

 やっぱりか。たまにはこう云う仕返し……もとい、話題で和一殿をやり込めるのも面白い。

 幾らかまだ文句を言っていた和一殿だったが、鳴夜の水門前に着いた頃には、飽きたらしく、中のことを少し教えてくれた。 時折、葵の兄さん達に連れて来てもらってるとも言う。

 鳴夜は丁度昼見世を終えた時間帯で、賑わいは落ち着いている、らしい。

 それでも、街を知らないオレには十分な賑わいにしか見えない。

 碁盤目のように整えられたこの鳴夜は太い水路が街を囲み、中央に一本『仲道水路』と呼ぶものが通り、横抜きに何本かの水道が通っていると言う。

「最近、大陸人の姿増えたよな」

「え、ああ、本当ですね」

 釣られて水路を見上げれば、大陸人の姿が確かに目につく。

 都の渡航規制が緩和されてから、徐々にだが大陸人が東側に訪れる機会が増えているらしく、花街と呼ばれるこの街は特に目立つ。

「お、冬臥。あの人なんか上手く着付けてるよな」

「あまり、人様をじろじろ見るのは如何なるものかと思いますよ」

 など、言いながらも見れば、若草色の着物に、前帯に結んである細帯。着崩さないように歩く姿は慣れてる人間そのもの。

 残念ながら日傘の影で顔は見られなかったが、蘇叉の人間とは違う歩き癖はわかりやすい。

「そういや、見かけたのもあんな感じの姐さんでさ、丁度向こう側の、碧虎橋の辺りでさ」

 左手に過ぎて行く西門の前に掛かる大橋が碧虎橋らしく、帰り際か、男達が談笑しながら歩いている姿が見える。

 その橋の上で、日傘を差す花魁とおぼしき女性が、向かい来る一人の男の元に傘を揺らして近づいていく。

 男の方も気が付いて、傍に寄った花魁の日傘を受け取って、来た道を戻るように歩き始めた。

「なあ、今のって……」

「ええ、びっくりしましたが……」

 思わず舟を止めた和一殿が、舟を揺らして後ろに付き、上を覗き見している。

「紀代隆師範代、だよな」

「紀代隆様ですよね」

 しかしすでに舟は流れて、碧虎橋はもう遠くになってしまった。

 諦めて、と言えばいいのか、漕ぎ出した和一殿の視線は沈んだものだった。

「いやぁ、びっくり。馴染みの姐さんと待ち合わせなんて、そこは予想外だったわー」

「そうですね」

 何というか、別に気にしたわけじゃないが、見てはいけないものを見た。と云う気分だな。

「まあ、返しに行こうかぁ!」

 明らかに空元気と言った和一殿の操舵が荒くなったのは、ま、仕方ないか。

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