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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十三章
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転居

 時川殿は町の事後処理を行う為、暫くは道場へ顔を出せないと残り、オレ達は一足も二足も先に帰ってきた。

 昨夜の影の勤めを休ませてもらったばかりだが、朝と昼は鷹匠の仕事も休みを頂いた、早いところ片付けられる物は片付け無いとな。

「ねえ、師匠(せんせい)……おれ達、やっぱりカナデねーちゃん、怒らせたのかなぁ」

 部屋の荷物を片付けながら、二度目の久弥の呟きに「違う」とまた答えた。

「オレはチドリに行くが、付き合うか?」

 片付けもある程度、目処を付けて久弥とアキに声を掛けたが、二人とも意気消沈したまま。

 仕方ない奴らだな。

「アキ、兄貴に付き合うも良いが、腹減ってないのか」

 先程からくるくるとアキの腹の虫が鳴っているのは聞こえていた。

 落ち込む兄を何度か見やり、躊躇うアキに、本当に解っていないのだと知った。

「時川殿が本気でお前らを嫌うわけあるか。だが、人的被害が少なくともあれだけの騒ぎだ。人々の矛先がお前らに向かうのは必至。オレが預かれば、人々の矛は少なからず収まる」

 それに、と付け加え、ようやく久弥が顔を上げた。

「オレと一緒なのは嫌か? 少なくとも、お前を扱く時間を工面する必要が減ると、その分ありがたいんだがな」

「……あぁ! そっか、そうだよね! 師匠と一緒なら稽古も家で出来るんだ」

 あ、もしかしたら口を滑らせたか。

 まあ、二人の安全はこうして確保出来たし、頭領と云えど、この件に口を差し挟む余地は無い。

 あくまで、時川家の奉公人の扱いで、預かり手に名乗ったのがオレと言うだけ。

 時川殿として、出来うる最大のけじめを町の人々へ示した事になる。

 神宿りの色でありながら、アキの瞳は赤色が強い。それが、兄妹に不平等を強いるのだから、なんとも……

 あの高下駄の男が言うように、忌むべきモノとは一体何を指し示すのだろうな。

 今回の一件は、一層強く思い知らされた。

「そうと決まれば師匠、早く行こう!」

「今更だが、何故師匠に呼び直されたんだ」

「気にしない、気にしない」

 気を完全に取り直した久弥は、アキの手を引き、先に路地に出る。

「まあ、構わんが……言っておくが、楽はさせられんからな」

 鷹舎の仕事だけでは、何とか一人でやって行けるぎりぎりで、それで鷹狩りで得た獲物を料理屋『チドリ』に売り、店賃代わりにしてたのだから。

 時川殿から、現在彼女が買い上げて使っていない家を、荒神退治(こんかい)の報酬として貰ったが、そのほかで金が掛かるのは……三人分だ。

「ああ、大丈夫だよ。カナデねーちゃんの所で貰ってた給金は、出来るだけ使わないようにしてたし。他でお駄賃もらえてたし」

 生活能力は久弥の方が、頼りになりそうだな、これは。

 影担いでのお役目は、給料と云うより町の有志から寄せられる心付けが主だ。

 それが御剣に渡り、頭領、まとめ役、班長に渡ってオレ達の方へ回る。

 一定では無い収入だし、不平不満が上がらない訳も無い。其の為に紀代隆様が御剣家に居り、綾之峰様と連携して解消に勤めていく。

 チドリの暖簾を潜る頃には、すっかり元気さを取り戻した久弥が、瞳を閉ざしたままのアキの分の膳を取りやすいように整えていた。

「でも、カナデねーちゃんのとこでご飯が食べれないとなるとなぁ」

「そんなら此処で働いちゃあどうだい?」

 チドリの店主夫妻が、久しぶりに来たオレの用件が飯だけでなく、部屋の引き払いの用件も兼ねて居たことに肩を落としたが、久弥の呟きに二人の目がぎらりと輝いた。

 下げる膳もそこそこに、お多恵さんがずずいと久弥の下に詰め寄りそう言ってきた。

「昼と夜、どっちの道場で通うのかは決めて欲しいが、うちも人手が欲しくてな。妹ちゃんは流石に無理だろうけど、買い物の手伝い代わりに使って良いなら、稽古中の面倒は見てやれるぞ」

「ですが……」

「冬臥ん所に来るような子供なら、下手な口入れ屋を利用するより良い。なんたって、身元先は后守って分かりきってんだし」

 からからと笑う鼓雀さんの申し出に、反射的に感情が重たくなる。

 妖や荒神から、守りたい人を守る為に決起した人々が后守の始まりだった……

  この町にも后守ってのがいりゃあ、あんなバケモノどもすぐに倒してくれるのに

 葉桜の町で何も知らない人が、放った言葉は本心に違いない。

 決して、目の前の鼓雀さんのように信用して笑ってはくれない。

「師匠。おばちゃんたちの気が変わらないうちに返事をしてもいいですか?」

 久弥の乗り気で、元気な声に断る理由も無いし、むしろこっちが良いのかと思わず夫婦に尋ねた。

「そんかし、明日から手伝ってもらうよ」

「任せてよ! それに、おばちゃん、物の位置を覚えたらアキも御運びなら出来ると思うよ」

「おや、それは心強いね」

 兄からの太鼓判に、アキも大きく頷いた。

 やはり、何も知らないこの町は久弥とアキには過ごしやすく、その為の努力を時川殿だけでなく、本人達も行ってきたと分かる。


 新しい家にはオレが先に移り、久弥達は二日違いに引っ越しを終えた。

 町の外れに近いが庭付きの二階建てで、時川殿が三人で暮らそうとしていたのが分かる。

 一階の土間は家の中を(けい)構えに作られ、家の中央に誂えられている居室は一部屋で十六畳程の広さがある。

 二階に上がる階段は左奥の台所の脇に添えられ、二階は階段傍の部屋が間仕切り襖を使えば六畳間が三つ出来る十八畳間。大部屋の向かいには三畳の次の間を持つ八畳間が一つ。その並びの最奥に四畳半の屋内物置が一つある。

 元が料理屋だったが店主が不慮の事故で片腕を壊したのを機に此処を引き払ったらしい。ただ、店自体は土地を移り営業しているとは、時川殿からの話しだ。

 新しい家は鷹舎と陽川神社からはかなり離れてしまうが、道場と相模刀具店の鍛冶場が近くなる。

「さっすが、カナデねーちゃん! 畳が新しいし、家具も揃えてくれてある!」

 一昨日までしょげ返ってたのは、一体何処の誰だかなぁ。

 そんな事を忘れているように、久弥は早速アキを連れて、何故か、まず最初に一階の居室の畳に飛び込んで一通り転げまわってから、部屋をあちこち点検し始めた。

 久弥の云うように家具の類は時川殿が用意してくれてある。大きめの八畳間には箪笥と文机、それに本棚も揃えられてある。間仕切り出来る部屋にも小さめの箪笥が二つ、部屋の真ん中に置いてある。冬用の火鉢は二階用に二つあり、物置の中に炭とともに用意されているし、一階にも長火鉢が置いてあり、そのいずれも使われた形跡のない、真新しいものだ。

 それ以外の調理器具などは、予め久弥が持って居る物を使うと宣言していた為に用意はなく、オレの荷物で久弥と重なり不要な物は、先に損料屋に引き取って貰った。

 引越し自体も元から家財道具の高が知れているオレの荷物は、古竹さんが手伝ってくれたおかげで片道ですんだし、同時に周囲の挨拶も簡素に済ませた。

 ただ、久弥は流石にアキの荷物もあり、久弥の近所の夫婦が手伝って運んでくれていた。自分の子供兄妹のように面倒を見てくれていたと言うその夫婦が、名残に久弥とアキにそれぞれ浴衣を作ってくれたらしく、二人とも流石に半べそで夫婦に縋りつきながら、お礼と共にまた遊びに行くと約束を交わしていた。


 転居報告を兼ねての鷹舎の仕事も、道場もオレは引越しを終えたその日のうちに顔を出せた。

 大和へは黒螢を借りた礼の手紙を転居の報告を兼ねて、いつもの通り、大楚川の茶屋に託した。

 そんな中で、武家の姫でありながら影担いでもある哉重殿が、詳しい事情は知らなくとも葉桜で荒神が出た件は耳に挟んでいたのだろう。道場に顔を出した時、直ぐに労う言葉を頂き、騒ぎの渦中にいた奉公人が久弥と知った時には多いに驚き、冗談でも「葉桜に乗り込んでやろう」と言ってくれた。

 それに合わせて、久弥たちの先行きも案じてくれたが、面倒をオレが見ると言えば、何故か予想されていたのか「ようやくかっ」と言われて変に歓迎された。

「んでも久坊の奴、しょげ返ってると思ってたけど元気そうで安心したわ」

「一昨日までは静かでしたよ」

 やはり哉重殿と同じように久弥たちの身を案じてくれた和一殿に答えれば、「見たかったわ、それ」と面白がった言葉を頂戴した。

 結局、久弥の稽古は年少組と同じ朝にし、昼前からチドリに通うという事になった。

 オレの方は変わらず昼過ぎから道場に詰める事にした。

 道場での稽古は入れ違いになるが、刀稽古のある三日間は、鼓雀さんに頼み、融通を効かせて貰った。

 こればかりは、“久弥だけを優遇し過ぎか?”と過ぎり、他の子達との兼ね合いも含めて、今度鹿角殿と話しをした方が良いかも知れないと、結論をつけた。

 ただ、その一方で、久弥とアキには悪いが、仕事と稽古で自由な時間は減ってしまっただろうな。

「ま、冬臥もあんまり無理すんなよ」

 和一殿の労う言葉に素直に頭を下げる。

「あら、紀代さん。今日は随分と遅かったですね」

 入口の方で上がった時川殿の声に、和一殿と二人して顔を向ければ、紀代隆様が中に上がってくるところだった。

「ああ、すまんな時川。冬臥、いいか」

 いつもならもう少し早くに訪れるはず。さして文句を言いたい訳でも無いらしい時川殿に、紀代隆様は軽い詫びを入れて、オレを呼んだ。

 人の少ない廊下で、頭領が今回の騒動をお館様より聞いて、報告はどうしたと催促しているらしい。

 引越しのどさくさ紛れで忘れていたとは言えず、近いうちに必ず報告に上がると伝えて欲しいと紀代隆様に託した。

 まあ、それでも大和には会えないだろうが、そこは仕方のない事だ。

 あ、そうだ。

「紀代隆様、もし可能であれば、当事者である久弥とアキもお連れしてよろしいでしょうか?」

「分かった。確認し、折り返そう」

 いつもの様に言われたはずの言葉なのに、何か違和感を感じていた。

 具体的な物は言い表せ無いが、何となくそう感じて、体調でも優れないのかとこの時は、そう単純に考えていた。

「ああ、紀代さん良かったまだ居て」

「ん。何かあったか」

 師範代として紀代隆様を探しに来た時川殿に、応じる。

「大した事じゃないけど、箒とか破損があったから、使えない奴は蔵に入れて置けばいい?」

「ああ。冬臥、聞いた通りだ。悪いが必要があれば明日にでも買い足して置いてくれ」

「はい、すぐに確認してきます」

 オレのその返事を聞いて、結局、紀代隆様はそのまま道場を後にした。

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