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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十二章
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盲蜂(6) 花開く蒼天と伝える者

 萌黄色の着物が絡みつく、久弥とほぼ変わりのない遺骨。

 その遺骨に対し、久弥は深く詫びるように両の手で包み込み、嗚咽を堪えていた。

「久弥……」

 混乱したままで、オレは久弥に何と声を掛ければ良いのか、分からなかった。

 確かに今、久弥はその者の名を呼んだ。妹と同じ名に“姉”と呼び加えて。

「冬臥さんお願い。みんなを、助けてあげてっ」

 久弥の強く、とても強く叫んだ言葉に、一つ頷いた。

「荒くなるが、良いな?」

「大丈夫ですっ」

 その返事を聞いて、暴れる荒神の動きの僅かな隙を見つけだし、床から手を離した。

 落ちる感覚に、最初に切り開いた隙間を縫うように鳥籠を抜ける。

 頭の天辺に立てば、すかさず荒神が掴もうと手を伸ばす。だが、降りるだけのオレは飛び石を跳んで渡る要領で荒神の手を躱して地面に降りる。

 威嚇する骨が鳴る声に荒神の尾の部分の骨が音を立てて、周囲を取り囲むように伸びてきた。

 神刀と黒螢を構え、一呼吸おいて、前へ走る。

 狙うは接地した荒神の軸骨。

 攻撃手段が多彩であろうと、人が足を地に着けるのと同様に、目の前の荒神もその身を支える為、地に着いている。

 荒神もその思惑に気がついたのか、するりと包囲する尾を解き、その勢いで海側へと逃げる。

「雷牙!」

 叫んだ声に神刀が応えてくれる。切っ先から弾かれる勢いで雷の光弾が荒神を追う。

 続いて振った黒螢から、墨色となった蝶が二匹。此れが最後だと言うように、雷の光弾が軸骨に当たり、倒れる荒神の口元に飛び込み、紅蓮の炎を上げた。

  十二分に助けられた――

 見覚えのある波紋の美しい白刃を取り戻した黒螢を鞘に戻す。

 これ以上、荒神に対し使用すれば、刃毀れでは済まずに折れてしまう。

  天司神よ。今しばらくの力添えを、願い申し上げます。

 心の中で静かに祈り、荒神が倒れた隙に、鳥籠の中から久弥が飛び出してくるのを見届ける。

 久弥の手には、何も無かった。

 決別したと受け取って良いのだろう。

 飛び降りて、着地には失敗していたが、久弥は懸命に荒神から離れる。

 一つの頭を失った荒神は、恐慌状態に暴れ周っているが、方向を見失っているのかあらぬ場所で岩を砕き、武器を振り回している。

 天司神の神刀を静かに居合いの形に構え、斬るべき場所を定める。

 荒神には必ず核になるものがある。外見に混じり込むように真紅に輝く核。

 斬らなくてはならない場所は既に分かっている。

 もう一度地を蹴り、荒神に迫る。

 五つある頭の内の一つは既に白い煙りを上げて沈黙した。

 残る四つの頭が八つ当たりの先を探し動き回り、一つがオレを見付けだして、けたたましく声を発する。

 まるで、お前だけは赦さない。そう叫ぶように、楯を作り上げ押し潰しに来る。

「助かる――お前が目印だった」

 小さな子が、隠れんぼを見つけられ、しまったと云うように、その一つの顔が己の左頭を見遣った。

 そして、肝心な鮮血い瞳を持つ顔は陸の上に眼を投げかけていた。

「神のあるべき場所へ還り給え――雷牙一閃!」

 縦に振るった軌跡をなぞり、雷鳴が重なる。

 雷鳴が止み、ふと時の流れが忘れ去られている気がした。

 それ程までに呆気なく荒神が崩れ去り、元から何も無かったといわんばかりに、波が穏やかに足元を撫ぜていった。

 雨よりも波の音が耳に届き、消失感に似た想いが胸に残る。

 終わったと吐息を零せば、何故か諌めるように、ちりりと指先に痛みが走った。

 神刀が雷を軽く弾けさせ、笑いながらその姿を変えた。

「これは、魔魂石か」

 乳白色に僅かな紫色が射す程度の、淡くて小さな石。

 大きさも、掌をすぼめた程に収まりきってしまい、うっかりすれば失くなりそうだ。

「冬臥さん、まだいるよっ!」

 久弥の警告の声に、完全に反応が遅れた。

 砂地を走る音を立て、黒い幼虫が荒神が崩れ去り落ちた跡に、集まって行く。

 妖にもある。本来は小さな個体でも寄り集まり、大きな個体に姿を欺き見せる種。

「だが、やはり違うものなのだな」

 良く似ているが、黒い幼虫は集まったその場で動かなくなり一つの塊りと化すと、ゆるゆると光を溢れさせ始める。

 まるで荒神の残す邪気を餌にし、成長するように。

 雨も気が付けば止み、薄暗い雲に溢れ始めた光が触れ、花開くように蒼い空が覗き始めた。

 それ故に、この光景に釘付けになっていた者は多いだろう。

 その中で、ただ一人。躊躇いがちに歩く音があった。

 使役される物の正体は分からないが、使役する者の正体は、判ったつもりだ。

「話せるのか?」

 空から砂浜の上を歩く者へ視線を転じ問い掛けるが、項垂れるように俯いたまま首を横に振るった。

「そうか」

 物分りの良い台詞だが、元々がそうなのか、それとも兄と共に教えてくれるのか。

 無理に問い詰める気は無く、明るくなる空が妙に懐かしく思えて、そちらの方に自然と心を寄せていた。

 普通ならば耳障りと思う羽音も、とても柔らかく響き、羽化を終えたことを知らせる。

 黒い塊りは、紫を色濃く交えた幾多の蜜蜂の姿を成して、蒼天の空と陽の光が全てを照らすと幻のように溶け消えてしまった。

「アキッ!」

 鋭く叫ぶ久弥の声に、アキはびくりと身体を竦めて兄の姿から視線を逸らした。

 流石に御霊落としを喰らった久弥も無事とは言えず、よたよたと、それでも自分の足で駆け寄って来ていたが、途中で砂地に足を取られて顔から地面へ転けた。

「仕方の無いやつだな」

 あれだけ走れるのなら大丈夫だろうと思うオレと、そんな兄の元に迷わず駆け寄り膝をついたアキ。

 大丈夫かと問うようにアキは、起き上がった久弥の体に付いた砂を払いながら、ぐるりと一周した所で手を止めて自分の手に付いた砂を叩いて落とす。

「勝手にカナデねーちゃんの側から離れちゃダメだろ!」

 久弥のやつ、咳払いを一つ、気を取り直して(ごまかして)から言ったな。

「あんたもよ」

 完全に久弥は気が付いていなかったらしく、後ろに立っていた時川殿から軽く小突かれて、驚きのあまりに飛び上がっていた。

「カナデねーちゃん……」

 流石に罰が悪そうに俯いた久弥だったが、間を置かずに口元がにへらっと歪んで行く。

「ごめんなさい」

 謝りながらも、笑うのは収まらないらしい。

師匠(せんせい)、ごめんなさい。それと、ありがとうございます」

 ちょこんと頭を下げ、久弥の顔が見えると随分と吹っ切れた表情になっていた。

 そして、くるりともう一度時川殿の前に立った。

「おれ、ちゃんと思い出したよ」

「そうみたいね」

 真っ直ぐに向けた久弥の言葉に、時川殿は何時もと変わらぬように淡々と受け入れた風に見えた。

 何かを問い掛ける眼差しの時川殿に、久弥は一度大きく頷いて、妹を手招きした。

 俯いていたままのアキが兄に促され、ゆるゆると面をあげた。

 常に閉ざされていた瞳を開けて、アキは恐れるようにオレを見上げてきた。

「そんなに、オレの顔は怖いですか?」

 どちらかと言えば泣きそうとも受け取れ兼ねなくて、思わず時川殿へ問い掛ければ、彼女は「さあ、どうでしょう」と興味無さ気に返して、久弥は久弥で口元に手を当てて吹き出している。

 そして、アキは思い切り首を横に振って、声は無いままで「怖くないの?」と逆に問い返してきた。

 アキの瞳の色は黒ではなく、赤。

 赤は忌み色として扱われるが、アキの瞳の赤は妖憑き達が宿す赤とは全く違う。

 鮮血色とも云うべき血の持つ赤色を持つ者、それが兇人と呼ばれる――大和が持つ忌み色。

 それに対してアキの赤は光彩の加減で赤が強く見えるが、どちらかと言えば茜空の紫の色だ。

 特にこの青空の下で見える色は、紫の色の方が強く見える。

「お前を怖がる道理が何処にある。何度も助けられた、礼を言う」

 そう伝えればアキはきょとんとした瞳で、久弥を見上げた。

「それって、さっきの……虫の、こと?」

 アキの代わりに久弥が、僅かに怯えを混ぜて問い掛けてきた。

 時川殿にもそれとなく様子を窺えば、やはり怖れを隠して小さな背を見つめていた。

「話をするにも、先ずはやるべき事をしてしまいましょう」

 本来、この場に居ては問題がある人に水を向ければ、やはり興味の無さそうに肩を竦め、ふと、己の袂に手を置いた。

「久弥、二人をおばあちゃんの家に連れて行ってあげて」

 時川殿はそう言い置いて、ずっと土塀の上で待っていた侍女を伴い足早に町へと戻って行った。

「二人とも歩けるか」

 特に久弥は御魂落としを喰らい、立つのも本当はやっとのところだろう。案の定、平気だと言ってのけて歩こうとしたが、また綺麗に地面へ倒れた。

「まあ、休んでから行くか」

 笑いを堪え、ごろりと仰向けになった久弥の傍らに腰を下ろせば、間にアキがちょこんと座る。だが、二人とも緊張から開放されたのが大きく、少し身体を伸ばしたかと思えば、あっという間に寝入ってしまった。

 深く眠る二人から離れ、オレはずっと其処に居ただろう人の元へ向かう。

 その相手もオレが来る様子を見てか、土を固めて作った階段をゆるりと降り、此方に近づいてきた。

「冬臥様、お疲れ様でございました」

 目の前に立ち、迎えるように頭を下げる女性は東雲殿だった。

「いえ――やま、双也様の刀に大きく助けられました」

「刀をお預かりいたします。手直しは、此方で行うと若様より伝言を承っております」

 静かに申し出る東雲殿に、やはりかと心の片隅で納得していた。

 本来なら在り得ない事を大和はしてくれた。如何様な出来事があっても、己の刀を安易に人に貸すことはならない。

 それは、武に付く者の常の考えだ。それを大和は容易に覆して、オレを助けてくれた。

 併せて先日の綾之峰様のお話では、御剣は祭に参加しないと言われたが、偶然か、大和は葉桜を訪れていた。

「このような場で、大切なものを借り入れた身。後日、改めてお礼を申し上げに伺わせて頂きたいと、そうお伝え願えますか」

 本当なら簡単でも良いから、手入れの一つでもして東雲殿に託したかった。だが、大和は見越して東雲殿をこの場に待たせたのだろう。

 せめて砂で汚れた場所は払い落とし、両の手で刀を返すと、東雲殿はその刀を受け取り、伏目勝ちな瞳を更に伏せて、分かりにくいほどに小さく首を横に振るった。

 それが、何を意味するのか一瞬、理解したくなかった。

 遠回しに、大和は――

「冬臥様がその様にお申し出になられた際には、丁重に断るように言い付かっております」

 告げられた東雲殿の言葉が、地を壊すほどの衝撃を与えてくれる。

 会えない。ではなく、会いたくないと、そう東雲殿に託したと言うのか。

 黒螢を預けられた時の高揚感も、心強さも、全て……全て崩れ気がした。

「それは、本当、なのでしょう、ね」

「はい。若様より直接、わたくしが言付かりました」

 ぐらぐらと揺れる感覚に倒れこまないようにするのが精一杯で、重たく吐いたものは誤魔化し様が無かった。

「差し出口と存じ上げますが、冬臥様の事を心配する故だと考えております」

 言おうか言うまいかと迷った上でか、躊躇いがちにそう言い添えてくれた。

 時川殿以上に表情の読めない東雲殿だが、今、向けてくれた言葉はとても優しくて……優しすぎて、一層、心を抉ってくれる。

 悪気も悪意も無い、真実、心配してくれたのだろうが、素直に聞き入れるには、オレは出来た人間じゃなかった。

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