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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十一章
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書庫に触れるもの (後)

 取手の家から直接道場に向かい、蔵の中の本が収められている棚の前に立った。

 千代殿は取手の家にある書庫の写しが、この蔵に収められていると言っていた。

 そして一部だけであるが、書庫に収められるはずの物が、書庫には見当たらなかった。

 目の前の、幾らかは埃が落ちた本を思い切って、全て広げた。

 最初の頃よりマシになったが、相変わらず舞い上がる埃が酷い。

 埃が少し落ち着いてから以前に見た本は除外または、分かりやすく置く。

 大陸語で書かれていたあの本は、あれは、結局のところは大陸人から見た蘇叉の有り様であり、荒神憑きは“術士ではないのか?”と言う物だった。

 大陸語の翻訳に時間が掛かった割りに……とは思ってしまったが。ただ、この内容は余り他人には見せられない物には違いない。

 哭纏についても似たようなまま。

 主格が兇と分かっていても、連中の拠点はこの町にはない。もしかしたら、鳴夜辺りに在るかも知れないが、確認する為に赴くには……躊躇いが無いわけじゃない。

 流石に、誰かに頼むにも、内容が内容なだけに容易にもならない。

 こういう時だけは、頭領の身軽な行動力が羨ましい。

 そんな事も考えながら、本だけでなく、結ばれていない紙だけの物にも目を通す。

 広げた本のさらに奥の棚からは、五十数年前の日付が記載されたものが出てきた。

 それは相応な厚みもあり、中身の殆どは御剣家とのやり取りを纏めた物だ。

 だが、やはりあった。

 伊那依の名は無くても、人が操る妖に触れた記述がそこにはあった。

 オレは“伊那依”と言う文字を額面通りに探し過ぎていた。

 見つけたその書を除け、他の物にも目を通し、それらしい物を纏めて地下に潜ることにした。

 与えられた場所は、使用時においては歓迎したいものでは無いが、人に見られず作業するには都合は良い。

 頭領に見付かれば面倒だろうが……

 腰を据えてじっくりと読み始めれば、人に憑いた妖の件は予想外に多く見つけられた。

 后守が討つだけでなく、御剣家や神名木家、霜月家からも時に応じて対峙していた。

 だからこそ疑問が一層に沸き立つが、ごく一部の更に僅かな物を見ただけに過ぎない。

 しばらくの間は取手の家に行けるのだから、悪いとは思うが調べられる機会を作るしかない。

 ただ……

 思わず続けたくなった言葉を、せめてと溜息に変えた。

 纏め書きして置くか。

 何度も探すはめになるのは、流石に面倒だしな。

 何も書かれていない紙と筆を探しに上に戻れば、筆は直ぐに見つかった。

 あとは紙だなと思い探せば、棚の上に纏めて置いてあるのを見つけた。その隣に置いてある箱が少々怖い位置にあるが、大丈夫かな。

 そう考えて、手を伸ばしたが紙束だけを取り下ろすには……あと一歩、手が届かない。

 些か悔しいとか思ってしまったが、何とか棚に手をかけて紙を掴むが、引っ掛かるように置いてあった箱も一緒に動いた。

「やばっ」

 思わず声が出たが、箱は棚の上に留まる事も無く、オレの指先を掠り落ちて床に落ちた。その落ちた弾みで蓋が外れ中身が散乱してしまった。

 やってしまった……と、溜息を吐いて明かりを寄せれば、散らばった紙を集め、箱に入っていた物と思われる扇子や飾り紐を拾い集め、何気なく落ちた縮緬の小さな袋を拾い上げれば、はらりと解けて中が見えた。

「これは、遺髪なのか?」

 縮緬の中に収められていた一房のその髪は、深く柔からな黄色を帯びた絹紐で結ばれていた。

 乾燥して艶も無くなり、一纏めに包まれた髪。髪は黒かったのか、僅かにくすんだ灰色にも見えて、浮かんだ記憶にゾッと背筋が寒くなったのを覚えた。

 黒に混じる灰色の髪――

 あれは、幽借(カスガリ)が見せた幻だったはず。それが何故、此処にある。

 浮かんだのは、幽借(あのとき)のあの顔。

 思わず返した布の裏に何か縫い付けてあるのが見えた。

 震える手でめくれば、簡単に紙が縫われ、そこには二十年前の日付が見えた。

 この髪の持ち主が誰であるとか、そう云う様な物は一切無い。

 それに、だ。あの幽借が見せる幻は自身にとって、想い入れの深い相手の姿を模ると言う……思い違いだろう。

 そう思いながらも、オレはその古い日付を記憶に刻み込んで、再び遺髪を縮緬布に包み込んだ。

 ああ、大分ぐしゃぐしゃになってしまったな。

 他に拾い忘れていないかを確かめ、拾い集めた物を収めようと箱を引き寄せれば地図まで入っていた。

 地下の案内図と言ったところか、古い物だけあって随分と書き込みが――って、これは頭領の字じゃないか。

「本当になんでもするな」

 呆れ半分に零してみたが、よく見れば教えられた道以外のものが描かれている。

 どういう事だと思うより先に、箱は棚の上に戻し、案内図は借りて部屋に戻った。


 脚高の机の板面に案内図を二つ広げる。

 一つは今借りてきたもの。もう一つは、オレが教えられた道が描かれたもの。

 比べるまでも無く、頭領の書き込みがある案内図の方が幾本もの道がある。重ねてみれば、案内図に書き込まれた×印を境に、教えてもらった物には伸びる道が無い。

 通れなくなった道。とも考えられるが、如何せん、文字が読めない……

 何時の頃に書いたのか知らないが、小さな癖字と言う事と、虫にも食われてあって読めないところがある。

 今の案内図にも隠し通路と言うべきか、以前、十重殿を外に連れ出した時に使った道も記載されている。

 指先で辿りながら、印が付けられている先には道があった。

 悩むより見に行ったほうが早いな。

 近すぎず、遠すぎずで印しのある道の一つ。書き込みのある案内図と比べながら、明かりを翳して調べる。

 見える土壁はしっかりとしたもので、隠し戸があるような形跡も見当たらない。

 上から下からと確かめ、埃を払い、土壁を削ってみる。

「本当にあった……」

 削った壁が一部、ぼろりと崩れ落ちて、木の一部が露出した。

 蝶番も見えることから補強用の木枠ではない。その露出した、腐り落ちそうな木の部分を懐刀を使って壊す。

 簡単に壊れた先には、確かに空間があるが、翳した明かりだけでは何も見えないし、空気の流れも感じられない。

 こういう時、変わりの目になる様な物があれば良いのにな。

 流石に全部、壊して中に入る勇気は無いし……此処は諦めるか。

 明かりを寄せ、もう一つ気になる場所へ向かう。

 こうして改めて見れば、書き込みのある案内図は町の至る所に通じていたのが分かる。

 今の案内図では、后守が関係する場所以外の記載は無いし、比べると要人の脱出用通路に思えて来た。

 しばらく歩き、今も使われている隠し戸の先に行く。

 長く続く道の終わり、右側に折れる角を背にした形で、案内図の印の先には別の道が伸びている。

 こちらは先程調べた場所とは違い石組みの壁になっている。

 分かり易い目印らしい物は見当たらないが、下に組んである石は大きく、オレの伸ばした片腕分はある。

 触り心地は石そのもの。だが、幾つか試しに押してみれば、その中に一つ、動く石があった。その石を思い切り押せば、小さな石が外れ落ちて空間を広げた。

 間違いなく隠遁扉だ。しかも道はまだ繋がっているし、中にも入れる。

 屈み込み開けた穴の中に入るが、天井はかなり低い。

 しゃがみ込んだままで数歩分進んだが、結局は這う形で奥へと進んだ。

 多分、この天井の高さでは頭領でもキツイだろうな。

 どれくらい進んだか後ろを振り返っても、元の場所が真っ暗で何も見えないし、まだ低い天井は先の方まで続いているのが分かった。

 明かりを片手に這う体勢で進み続けるのに、体がだんだんと億劫になって来た。

 途中で体を伸ばしたりしながら、まだ低いままで続く道を進み、少し上り坂に差し掛かったあたりでようやく天井が高くなった。

 ある程度の高さと空間に余裕があるのを確かめてから、思い切り体を伸ばして一息吐く。

 案内図にも部屋の場所が描いてあるし、おそらくではあるが、頭領の文字で“めんどい道”と書いてあった事に納得した。

 狭い部屋だが、道は今来た道以外にまだ二箇所に向かい伸びている。

 軽く翳して見ただけだが、土はしっかりと固められ補強に木枠が組まれている。その内の一つの道を選び進めば、ポツリと不自然に三段組の踏み台が打ち捨てられるように倒れていた。

 近付けば石でしっかりと組まれている通路だが、その更に奥は崩れたのか、埋めたのか分からないが行き止まりになっていた。

 そこまで確かめてから、踏み台のある場所から天井を見上げれば、歓喜の声を上げたくなった。

 その天井は一部が木枠になり、取っ手付きの木戸があった。はやる気持ちを抑えながら、古くて些か不安があった踏み台を使えば、天井に簡単に手が届いた。

 開かないともなれば、此処まで来た意味もなくなるが……取っ手を掴み思い切り押すが、ビクともしない。何度か同じように押してみたが、結果は変わらない。

 ダメか。あれだけの書物と棚を収めているのだし、封鎖したのかもな。

 完全に無駄足か。

 そう思った途端に、途方もない徒労感に襲われた。

 あの長い道をまた戻るのにも気が滅入る。溜息を吐いて踏み台を降りる瞬間、気が抜けていたせいで一段踏み外して落ちた。

「いてぇ……」

 あぁ、もう! 肩透かしを何度も食らうと流石にへこむぞ……

 こう言うとき一人だと、本当に情けないとしか言えない。

 自分の所為だと分かりつつも、恨めしく天井を見上げれば押しても開かなかった戸が外れていた。

 流石に、これは先程と比べ物にならない程不味いと焦ったが、外れた戸板を良く見れば、横にずらせば勝手に開く形状になっていた。

 戸をそれらしく戻してから、改めて中へ忍び込む。

 先程の地下とは違う空気。

 前後左右の棚に収められている書の数々。近くの一冊に手を伸ばせば、中身は妖の記載。

 いつの頃の頭領が訪れたかは分からないが、往々にして忍び込んでいたのは間違いないな。

 流石だ。

 見巡録(けんじゅんろく)と書かれた本は、ほぼ間違い無く、妖か荒神に遭遇した戦方の記録だ。

 手にした記録はオレが影に就くより更に前のもの。下手をしたら頭領が就くよりも前のものだろう。

 だから、オレ自身の記憶は役に立たない。

 探す目安はやはり、古竹さんや十重殿から聞いた話し。

 それと、頭領が就いた時期。

 頭領が就いた時期は、紀代隆様から聞いた話しから遡れば良い。

 それだけで膨大な歳月の資料も手当たり次第よりは探し易くなる。

 新しい年のものは先程仕舞ったばかり。

 その棚から数冊遡り、手に取る。

 床に明かりを置き、分厚く纏められた本を開く。

 曉……その名が記されている頁を探すが、見当たらない。

 本の前へ戻り、後ろへ進み確かめるが、やはり無いっ。

 そんなはずは無いし、それどころか、古竹さんや十重殿の名前も見当たらない。

 新しい方にページを捲り進めば江斗殿や鹿角殿の名前はあった。だから、古竹さんや十重殿の名前が載っていないのはおかしい。

 更に本の歳月を遡り探せば、十重殿の名前は見付けられた。

 対峙したのは瞿鎧。

 そこには、草刈殿と彼女の母の二人の名前があった。

 瞿鎧堕ちしたその人の名前も。


 ――すまん、名士。


 暗く鬱々とした中で、十重殿が呟いたその名前。

 幽借の話しの中で、草刈殿自身が話しをしてくれた事は、間違い無かった。

 ただ、余り好きでは無いと言った、簪の理由を知った。

 結殿はやはり強い方だ。

 娘を守る為に、恐怖と悲しみを振り払った。

 そして影に就き、明るく、緊張に張る空気に余裕を持たせてくれた。

 だが、知りたい物とは違う。感傷を抑え、また頁を捲る。

 瞿鎧に対峙した記載はあるが、やはり……妖、荒神憑きに関しての記載は見当たらない。

 これだけの記録があるのに、不自然だ。書面の確認は千代殿が行い、頭領に報告してるはず。

 意図的にどちらかが、外していると考える方が妥当だろう。

 もう少し、調べたいが……

 もう一つの道の先を確認したく、途中で切り上げて地下道に戻った。選んだ道は、多少の崩れはあるが通れなくは無かった。

 一部が土に埋まってるのを見た時は通れないかと思ったのだが、天井近くに通り抜けられそうな部分を見付けられた。

 そこから先は、完全に使われていなかったらしく、紛れ込んだ物の小さな骨が落ちてたり、虫穴があり、明かりを翳せば蠢くように虫が逃げて行き、正直……気味が悪い。

 足早にその道を通り抜けて行けば、人の手を離れた自然の洞窟のような道にいつしか変わっていた。

 細く狭まる道を身を縮めて進み、急勾配と言える坂を上りきればようやく、外に出れた。

 新鮮な空気に思わず大きく息を吸い込み、一息ついてから周りを見回した。

「ああ、璃茸(りじょう)の祠か」

 陽はまだ昇っていないが、空は宵明けの独特な淡い紫陽花色に染まっている。

 璃茸の祠は町から離れた、雑木林の手前にぽつりとある。

 木々の合間からは、まだ眠る畦道が広がり、田畑に刺さる案山子が色影を濃くして立っている。

 地下道の出入口は自然の成す技か、木の根元に守られるように存在していた。

 今回の収穫は大きいと思う反面、今までを省みれば、恐ろしい時間を消費した気になる。

 もし、大和が道場に訪れるより前に見付けられていたのなら……いや、考えるのはやめよう。

 重たく圧し掛かる気分に、振り返る為に足を止めてしまえば先に進めなくなりそうだ。

 とりあえず、帰って仮眠とらないとなぁ。

 鬱屈しそうな気分を払いたくて、大きく伸びる。

 地下の道中で固まった体が、伸びた分、あちこちがパキポキと鳴る始末。

 同時に、ふと……会えるはずもない人に会いたいと思ってしまった。

 それだけ静かな空気と、この淡い景色を見た事があるかと聞いてみたくなっていた。

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