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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十一章
118/142

蛇這う裡

 町を抜け北へと駆けながら、古竹さんが指定された場所が何処かと教えてくれた。

 その場所は、以前“柚羽原(ゆずはば)”の里と呼ばれていた。

 近付き、歩みを進めていくたびに、自分の中から血の気が引く思いがした。

 それは、草刈殿も同じようで、射す月明かりと同じように青く見えた。

「我々は援護ですが、今までと変わりはありません。冬臥さん、気をつけて下さい」

 走りながら言われた言葉に、声も出せずに頷いた。

「まさか、大火の中とはね」

 草刈殿の震えた声に、遠目からも見えていた赤々とした炎に背中が嫌に震えた。

 この震え方は嫌でも分かる。怖さで体が竦んでいる。

 柚羽原の里。

 その名前こそ知らなかったが――思い返すまでも無い。

 オレの無知で、草刈殿の母上を喪った場所。

 覚悟を決めたはずで、オレが伊那依と呼ばれた男を屠った場所。

 山の登り口に差し掛かった頃には、炎の熱が風に乗って流れ込んで来て、ふつふつと汗が浮かぶのが分かった。

 それなのに体ばかりは芯から冷えるように震えて、白雛に手を掛ける指先が硬く、動かなくなっていた。

「今度こそ、あんたには負けないんだからね。だから、思いっきり当てにしてよ!」

「おあっ!」

 気合を入れて叫んだ草刈殿の声が耳に届くと同時に、思いっきり背中を叩かれた。

「やっぱりねぇ。あんた、お母さんの事でも思い出してたんでしょ? でもね、あたし達は守りたいからこの道を選んだのよ」

 咽かえったオレを仁王立ちで見下ろす彼女は、先程までの青白さも見せずにしっかりと立っていた。

「いつまでも、うじうじしてないでよ!」

「す、すみません……」

「謝らないでっ。あたしも古竹さんもいるんだから、忘れないで」

「……はい。ありがとうございます」

 真っ直ぐに向けられていた視線が逸らされると草刈殿は、やはりしっかりとした足取りで進み始めた。

 そうだ。

 いつまでも、考えていては動けない。

 些か背中の痛みが酷いが、震えも収まり、硬くなっていたはずの指先も自由に動く。

「では、炎を突破しましょうか。里の東側から進みましょう」

 そう伝える古竹さんは変わらず穏やかな物言いで、冷静に炎を読んでいるようだ。

 オレも風を読み、古竹さんが示す方と同じか確かめながら、歩を進める。

「冬臥さん、風が変わりそうです。香月さん、合図をしたら風滝で煙を払って下さい」

「まっかせて!」

 古竹さんの指示を受けて、草刈殿が詠唱に入る。

「今です!」

 古竹さんの予見した通り、風向きが変わった瞬間、草刈殿の放った風の壁が黒煙と熱気を裂いた。

「一気に行って下さい!」

 古竹さんの声にまた走り始めた。

 幾度か迫る大火の中、炎の切れ目を草刈殿が作り、古竹さんが、複雑な風を読んで進む。

 熱気で落ちてくる汗に視界が滲む。それでも、救援を出した人が居る以上は見つけ出したい。

 そう願いながら、必死に炎を掻き分け進んでいた。

 けれど、炎を避けながら山を登って行くが人の姿らしき影は一向に見えてこない。

 足跡や目印が例え標されていたとしても、この大火に飲まれて消えてしまったのかもしれない。

 幾度か道を変えたところで下山すると言った古竹さんに、もう少しだけ登りたいと草刈殿が即座に告げた。

 オレ自身もせめて、もう少し探したいと告げたが、回る炎の早さに古竹さんは難しい顔をして唸った。

「二重遭難になりかねません。迂回しつつ下山します。妖の確認も出来ていませんしね。ですが、香月さん、くれぐれも無茶はしないで下さいね」

「え、あたしだけ! そっちにも言ってよ」

 古竹さんの釘刺しを受けた草刈殿が、遠慮も無くオレを指で示して文句を言えば、「勿論、冬臥さんもですがね」と、続けられ思わず笑ってしまった。

 ともかく、と再び進み始めたが、突風に煽られた炎の中から空気が吠えるような気配を感じた。

 自然と白雛を抜き、弾くのに差ほどの間は無かった。

「――くっ」

 切った感触より払い飛ばし、ぶつかった感触が重たく、手に嫌な痺れを残した。

 それでも、両手で持ち直し弾いたモノを追って視線を向ければ、腕の太さほどある長い影がのた打ち回って、燃え上がる炎の中へと移動していった。

「蛇――」

 見送るように移動したものとは別に、正面からもう一匹、黒く長い胴に鱗の一つ一つの隙間に紅く脈動するものを孕ませた蛇が跳んで来ていた。

 襲い掛かってきたもう一匹の蛇を躱すにも、逸れた意識の後では反応しきれない。

「風鎌!」

 蛇に喰らい付かれる。そう思った一瞬に地面を這う風が、一瞬煙りともども蛇を巻き込んだ。

 風は旋風(つむじ)となり、蛇の一部が裂けると同時に血の変わりに火の粉を噴き出して消えた。

 山火事の原因はこいつらか!

「ヒガラベです!」

「厄介ですね……」

 火配蛇(ヒガラベ)、妖の中でも一つ間違えれば荒神並と称されるほど、厄介な相手。

 天司神の眷属神にあったとされながら、反旗を翻したといわれる劫火の荒神ホガムグラの火の粉より生まれた蛇だと言う。

「香月さん、ヒガラベは冬臥さんに任せて西へ進路を取ります。探索合流は、諦めます」

 オレも草刈殿も、探索を優先させたい気持ちはまだあった。

 だが、オレ達ではヒガラベとの相性が良くない……

 恐らく、十重殿が居たとしても、同じ判断になっていただろう。

 悔しいが、古竹さんの判断に従い、進路を変えた。

 古竹さんの風読みもほとんど出来ずに、強引に草刈殿の風で煙と炎を払い、突き進む。

 先頭を走り、燃え落ちる樹木に紛れるヒガラベを倒すと言うより、白雛の鞘も用いて叩き付けて、後ろの二人の為に道を作る。

 熱気に蝕まれ、何時も以上に体力を削られ……振るう刀も、手に滲む汗で滑っていく。なのに、ヒガラベの数が減っているようには見えない。

「せめて、雨でもあれば」

 黒煙に阻まれる空を一瞬だが見上げ、零していた。

 霧雨でも構わない。雨が降ればヒガラベの炎も山火事の炎も弱まるのに。

「そうであれば在りがたいですが……危険ですが、上に行きますよ」

 いつものような柔らかさは無く、十重殿のように強さは無いが、きっぱりと云われた言葉に上を目指した。

 再び風向きと火元を読み、山を登っていく。

 煙は上に来るのだから、傍から見れば自殺行為にしか見えない。それでも、山を降りれば火が回っているのに、ヒガラベなどと言う妖のおまけを付けて山麓の村を訪れるようなものだ。

 それを避ける為に山を登る。遠目から見る以上に山道の勾配はきつく、足場も悪くなっていく。

 途中で、蛇の数が減ったのを見てほぼ並走する形を取った。

 走っているのか歩いているのか分からない状態のオレ達の後ろから、まだヒガラベは追いかけてくる。

「冬臥さん、あの岩場付近で時間を稼いでもらえますか?」

「はいっ」

 古竹さんは何か狙いがあるのだろうか、草刈殿と二人を先に行かせヒガラベを引き受ければ、草刈殿が、擦れ違い様に風の術を周りに残してくれた。

 お陰で、黒煙で視界は悪くなるが、熱風自体を吸い込まないで済む。それだけでも、有難い。

 天司神よ、どうか力添えを。

 そう祈りながら、古竹さんが指定した岩場の上で立ち止まり、振り返る。

 燃え始めた中心は山頂に程近い場所なのだろう。炎は粗方の草木を焼き尽くしたのか、熱く焦げた地面と燻っている煙の方が酷い。

 だが、これ以上燃え移るモノが無いのなら、幾分かマシか。

光玉(これ)が効いてくれれば一番、良いんだがな」

 試しに二つ。同じ場所に向かい投げ込み、弾けた光の量にヒガラベは怯みはしたが、傷を負った様子も何もなく、今のを攻撃と認めて一斉に襲い掛かってきた。

 鱗の隙間に見える赤い筋は炎らしく、目を凝らしてみれば僅かに火の粉が舞っている。

 目の前に飛び掛ってきた二三匹はまとめて斬り飛ばしたが、右手に絡みつこうとした一匹は、身を護る風に阻まれ、鱗の隙間から炎を吹いて地面に着地した。そこを黒煙が被さり蛇の姿を隠してしまい、煙を突き破るように石やまだ燃えている木屑が飛んでくる。

 この場だけで留まるのは、煙にやられるか。

 そう思い、一歩二歩と下がり、後退する最中に追いかけて喰らい付きに来るヒガラベを斬る。

「 冬臥さん、此方にッ!」

 遠くから古竹さんの叫ぶ声が聞こえた。

 そちらに意識を向けた途端、ヒガラベがまた飛び掛ってくる。赤い火花を散らし張り付こうとするモノは斬り、地面から駆け登ろうとしたモノは風に阻まれた。

 一瞬開いた間を違わずに、古竹さんの居る方へ走れば、猛然とヒガラベが地面を滑るように駆ける音が上がる。

 その全てを無視したまま、先を走っている古竹さんに追い付けば、僅かに水音が聞こえた。大岩と煙に遮られて見えにくかったが、沢があった。

「香月さん!」

 古竹さんの声に、水辺を挟んだ向こう側に草刈殿が手を大きく上げる姿が見えた。彼女の居る反対側に渡るには、自然と架ったのか分からないが、頼りなさ気な丸太橋を渡らなければいけなさそうだ。

「あたしだって――やる時はやるんだからね!」

 古竹さんに呼ばれた草刈殿が袖を捲りあげ、高く詠唱を紡ぐ。その間に古竹さんが、苔の生えた丸太の一本橋をふらふらと渡ろうとする。

 オレはその丸太橋の前に立塞がり、古竹さんが渡りきるまでの援護に務める。

 火の体を持つものなら水を恐れるはずと、そう踏んでいた。だが、目の前のヒガラベは水を恐れる事も無く、真っ直ぐ水に潜り込み、するすると草刈殿へと迫った。

 予想外の事にオレも追いすがる事も出来ず、古竹さんも焦ったように丸太橋を渡ろうとしていた。

「だったら、風刃ッ! 古竹さん、こっち急いで!」

 詠唱を切り替え、自身に迫るヒガラベを風で薙ぎ払い、それを見届ける事もせず、草刈殿が古竹さんの元へ走り、その手を引いて橋を渡りきらせた。

 オレも遅れて丸太橋に登ろうとしたが、後ろから迫るヒガラベを切った隙に、他のヒガラベが丸太の上に乗り付け炎を吹き上げた。

 ヒガラベの炎に巻かれた丸太橋は簡単に落ち、激しく水飛沫と白い煙をあげた。

「冬臥!」

「大丈夫です!」

 草刈殿の声に応え、幾匹かのヒガラベを切り伏せる。

 水恵神(みなかみ)の術ならば、違うのだろうか?

 そう考えれば、白雛を握る指先にちりちりと痛みが走った。

 天司神の眷属神の水恵神の技。そして術の守護家、神名木の一族が最も得意とする術。

 それでなければ、ヒガラベには対抗できないと言うのか?

「水がダメとは……」

 肩を落とした古竹さんとは対照的に、草刈殿はその隣で燃えるような気配を立ち上らせて、大きく息を吸い込んでいた。

 沢を渡る機会を窺いながらも、跳ね飛ぶヒガラベに囲まれていく。

 こいつら、仲間の炎からも増えるのかっ。

 不可解だと感じるには些か遅く、切った数と同等程のヒガラベに囲まれた中、幾匹目かのヒガラベを斬ったところで、地面に残っていた蛇の数匹が胴に紅く這う鱗を輝かせ、口から黒い火の粉を散らした。

 黒い火の粉が地面に落ちた時、またヒガラベとしてその姿を現していた。

 これが、妖だというのだから……恐ろしい。

 それにこの調子では、斬れば斬るほど増えていきそうだ。

「冬臥さん、こちらへ!」

 古竹さんの声と共に黒い礫が横切っていった。

 礫がぶつかり弾けるより先に、目を閉じ、瞼の裏を軽く焼く閃光にヒガラベが動きを止めた。

 その隙に、目星を付けていた岩に向かい走る。

「ヒガラベには、水恵神の術が一番って本当ね。でも、こういうのもどうかしら? 風断ッ!」

 何時の間に詠唱を終えていたのか、不敵に笑った草刈殿の放った術に、幾匹かのヒガラベが風の檻に籠められ、のたうつのが見えた。

 空気を断ったのか。凄い技だな。

 火は空気が有ってこそ。空気を絶てば火は上がらない。ヒガラベは妖ながらに、その特性から空気を必要とするようだ。

 火を燃やす為の空気が断たれ、元より弱っていた蛇は炎を上げる事も無く力尽き、風の檻から逃れようと近付いた蛇は、その場で刻まれ消えていく。

「もう一回、みたい、ね……」

 凄い技だが、それを維持するのも難しいらしく、詠唱の途中で激しく消耗した草刈殿が集中を途切れさせられ、がくんと糸が切れたように倒れてしまった。

「香月さん! うぐっ――」

 草刈殿の風の檻を逃れたヒガラベが水を進み、そのヒガラベが水から飛び上がる一瞬、沢向こうの――反対側のヒガラベが己の尾を器用に使い、石を投げ飛ばしてきた。

 その一つが古竹さんの頭に命中してしまい、そのまま倒れてしまった。

「古竹さん! 草刈殿!」

 二人より下流側から回ったせいで、まだ距離が遠かった。

 水から上がった四匹の蛇が二人の体の上に這い上がり、飲み込むように大口を開けた瞬間、光玉を投げつけた。

 怯んだ最中に半ば飛び込み、白雛の刃先では無く峰で大口を開けていたヒガラベを一匹払い飛ばした。

 残りの三匹は躊躇わずに大口を閉じようとしたが、一匹は鞘でオレが弾き飛ばし、他の二匹は体を一瞬硬直させ、そこを同じように払い飛ばせた。


「ああ――ひどい火事だと思えば、よもや君と会えるとは」


 不意に聞こえた涼やかな声音に思わず寒気立ち、白雛を握る指先がジリジリと痛くなった。

「こんな、危険な場所でお会いするとは……」

 声の主に併せたように、襲い来ていたヒガラベもまた闖入者への鎌首をもたげたまま、体をくねらせながら、その場に留まった。

「ふむ。この山火事だろう、麓の人々も既に消火に当たっていてね。念のため山向かいの様子を見に登りに来たのだよ」

 名前もまだ知らぬ高下駄の男は初めて会った時と変わらず、また狐のように目を細めてふふっと笑って此処に来た理由を明かした。

「危険ですから下がってください!」

「優しいねぇ。でも、妖如きで我らはまた住む場所を失いたくない。それに、ほら。水が必要なのだろう? 南雲、君を連れて上がってよかった」

 まだ人が居るのかと思えば、男の影から久弥よりも小さな女の子が隠れるように顔を覗かせた。

「いいの?」

「ああ、構わないよ」

 やはり瞳を細めたまま、男は南雲と呼んだ子の背を押して前に出し、南雲と呼ばれた子はオレと目が合い、僅かに慄いて一歩後ずさった。

「南雲」

「う、うん……」

「ああ、君も後ろを疎かにしてはいけないよ」

 オレの背中を指し示した男からの声がなければ、背に黒い火の粉が直撃していた。

 袖に灯った黒炎に熱さは感じなかったが、唐突に鉛を持たされたように白雛から手が滑り落ちて、持ち上げられなかった。

「おや、少し遅かったようだね」

 嗤う男の声を背で聞きながら、仕方無しに上羽織を諦め脱ぎ捨てれば、広がる黒炎に合わせ、落とした上羽織が地面に沈んでいった。

 こんなの炎など、見たことも聞いたことも無い!

 そう怯みかけたが、倒れた二人の元に忍び寄っていたヒガラベを斬り払った時、ぽつりと大粒の滴が腕に当たったかと思えば、天を返した大雨になった。

 助かったと思うより、思わず男達のほうへ振り返り、目の当たりにした事実に言葉を失い、力が抜けそうになった。

 降らせた雨に男は既に踵を返して、来た道を引き返し、南雲と呼ばれた子は空に向けていた視線を、不安気にオレへと向けて……明らかに肩を震わせて、逃げて行った。

 赫く発した瞳に怯えを浮かべて。

 追いかけたかった。けれど、倒れた二人を置いてなどいけるわけも無く、二人を狙う蛇たちを倒す作業に戻るしかなかった。

 南雲と呼ばれた子が呼び寄せた雨は驟雨だった。

 激しい雨に打たれ、ヒガラベは炎を上げる事も出来ず、切り伏せればそのまま、小さな音を上げて消えていった。

 雨の勢いに、先に気が付いたのは古竹さんだった。

「あ、あぁ……おはる、おはるッ!」

 切り詰まった古竹さんが呼ぶ名に、一瞬だけざわりと背筋が粟立った。

「古竹さんッ!」

 ヒガラベの放った石に頭を打たれたのだ、混乱している古竹さんに向かい大音声を上げた。

「――っ! あぁ、冬臥さん……香月さん!」

 自分が今、何処に居るのか。何をしていたのか思い出したように、古竹さんが草刈殿の体を揺さぶる。

 雨のお陰で新しい仲間を生み出せないヒガラベの群れに、ようやく終わりが見えた。

 最後の一匹を倒し終えた後、白雛から手を放せば指先が白く、ジリジリと痛みを訴えていた。

 気が付かないうちに強く握り締めていたらしい。

 何度か、指先を動かしてみれば血が通い始めたように赤みを増して痛みが消えた。

「冬臥さん、ヒガラベは……」

「目に見える範囲では全て倒したつもりです。この雨のうちに降りてしまいましょう」

「ええ、そうしましょう」

 大きく息を吐き、古竹さんが気を失ったままの草刈殿を背負おうと難儀したので、その役目を変わった。

 自然、妖が居れば古竹さんが退ける役目を負う事になるが、この雨だ……平気だろう。

 それは、少しだけ確信でもあった。

 山を降りながら古竹さんが周囲の様子を確かめていく。

 途中で「先程は済みませんでした」とだけ言われたが、あんな古竹さんの姿に、何も言葉も浮かばず、重ねられるものは無かった。

「山火事の方も、この雨のお陰で収まりそうですね」

 激しい雨の中では鷹も梟も呼び寄せられない。ただ、その代わりに火事自体も収束方向にあるのだろうが……自然と力んでしまい、背の人が小さく呻いた。

「無理をさせすぎてしまいましたね」

 草刈殿へ詫びるように呟く古竹さんに、思わず大丈夫でしょうと返していた。

「大火を前に怯んで逃げ帰る方がよっぽど、彼女の逆鱗に触れそうだと思いませんか」

「そうですねぇ」

 そう嘯いてみれば、古竹さんは少しばかり悲しそうに笑った。

「ヒガラベの姿は無いようですが、見つけられませんでしたね」

「明日、麓の仲間に連絡を入れますよ」

 助けを呼んだはずの人達の姿は、見つけられなかった。

 それを古竹さんはいつもの様に、やんわりと紡いだ。

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