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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十一章
117/142

報せ人の勤め

 稽古の翌日、仕事を始める前にイブキの据え回しを兼ねて町の外へ出た。

 合間縫いの情報集めは、年を追った今も遅々として進んではおらず、ついでに大和からの手紙がぱたりと止んでいた。

 何だかんだと言いながら筆まめな奴だったからな。思いを寄せて考えれば考えるほど、碌な事が浮かびやしない。

 それに此処最近、輝政殿の体調も芳しくないらしい。

 足の治療を終えてから割りと直ぐに、輝政殿への取次ぎを頼んだが結局は叶わず、弓張橋袂の茶屋の店主からは今日も良い話も聞けずに終わってしまった。

 今回も自分自身の休み予定だけを託すように残して鷹舎に戻った。

 最近特に生業としてやる事の方が、どんどん増えている気がするな。

 仕事休みの最中で、古竹さんに昨日の稽古の様子を伝えれば、奥方様の弁当を平らげた後に考える素振りを見せた。

「なかなか、癖のあるお二人のようですねえ」

 古竹さんの、まだ会った事の無い二人に対しての反応はそんな感じだった。

「長谷川さんにはしっかりと稽古を付けた上で、合流してもらった方が良いでしょうね」

「やはり、そう思われますか。早いうちに実戦を経験させるべきか、少し考えたのですが……」

「その気持ちは分からなくは無いのですがね、しかし、私が班長になってしまいましたし、情報方に回れと言われているんですよ。どちらにせよ、冬臥さんの体の具合も見ながら、追々と、ですよ」

 古竹さんに諭されるように言われてしまった。考えれば当然だ……

 剣術の腕が良いとしても、妖相手に同じようになど出来ない事は自分でも分かっている。

 どうすれば良いのか考えないとな。

「あぁ。それと、今日からですから、以前の時間と場所にお願い致します」

「はい。承知致しました。草刈殿へは?」

「香月さんには、仕事の前にお伝えしてありますので安心して下さい」

 ようやく謹慎が明けるが、情報方か……まとめ役の噂話は聞いたことあるが、正直どんな事をしているのか、分からない。

 戦方で休み代わりの守方に回った事はあるが、体を休める為故に有事の号令以外では待機と同じだ。

「冬臥さんには、情報方の在り方をしっかりと、覚えて頂かないと行けませんからねえ」

「お手柔らかにお願いします」

 口振りから察するに、古竹さんは元々情報方に居たのだろ。

 影担いとしても、古竹さんはかなりの古株だし、全てを経験していてもおかしくない。

 それに頭領使いの鷹を世話をしているのだ。基本、各地を飛び回るあの頭領の為の鷹を扱うのだ。

 情報方が手を(こまね)くのも、分かる。

 そう言う意味でも、古竹さんは凄い。普通の影担いの役目をこなすにも相当な体力を必要とするのに、お役目の鷹匠としての二役をしっかりとこなしている。

 頭領自身も、影の長として、御剣の后守の長として勤め上げるのだからな――

「頭領は」

 古竹さんから呟かれた言葉に、思わず体が跳ねた。

「様々な経験をさせたいのでしょうねぇ。冬臥さんには」

「だと、良いのですが」

 そう返すしかできず、そのまま仕事を片付けに戻った。


 その日の夜。随分と久方振りに、いつもの場所で三人が揃った。

 十重殿の事はやはり残念で寂しいと思ったが、草刈殿はいっそ清々しく、やる気に満ち溢れた顔付きで立っていた。

「香月さんは、なにやら、やる気に満ち溢れていますねえ」

「だって、久し振りなんだもん。十重さんの分も頑張らないと!」

「おや、それは頼もしいですねぇ」

「ですが、今日は町廻りですよ?」

「ちょっと、人のやる気に水を差さないでよ!」

 滑った言葉に睨まれた。確かに今のは言い方が悪かったな。

「さあ、お二人とも行きますよ」

 古竹さんに促され向かった先に見えたのは浄善寺側の、あのうらびれた家だった。

 前回は中を見る余裕も殆ど無かった。古竹さんが立ち止まらずに中に入って行くので、オレ達もそのまま付いて入った。

 玄関正面から入ればまず目に付くのが、大黒柱のように屋根の上から地面まで真っ直ぐに組まれた伝柱(つたえばしら)

 屋根の上にある通気口から鷹が手紙を投げ入れるために、柱の芯の部分と地面に接する一部を繰り抜いて作ってあるらしい。

「雨月の時ばかりは、厄介なんですがねぇ」

 そう古竹さんが笑って教えてくれたが、部屋の中に雨が溜まらぬように、雨水を流すための溝があり、蓋のように板が敷かれてあった。

 その伝柱の奥にこの家の大黒柱が見え、傍らに火が灯った囲炉裏を備えた四畳半と台所が奥にある。左側には襖で隔てられているが居室が続いていると言う。

「お二人とも、こちらですよ」

 古竹さんが座敷に上がり閉じられた襖を前にして、物珍しそうに中を見ていたオレ達を呼び寄せた。

 ただ、古竹さんが戸に手を掛けるよりも前に、閉められた襖が滑り悪くガタ付きながら開くと、開けた人物がひょこりと顔を覗かせて此方に視線を止めた。

「あ、先生だ」

「辻森! と言う事は、今回は鹿角班と一緒なのか」

 いきなり見知った顔に会い綻ばせたオレに対し、草刈殿は疑問を浮かべたように隣で首を捻った。

「鹿角班長は奥に居るよぉ。でも、先生が居るってことはぁ」

 開いた襖をそのままに、辻森が草刈殿を見つけ出したようにその真正面に立った。

 並ぶと、ほんの少しだけ草刈殿の背の方が高いようで、まるで犬のように見上げた辻森が人懐こい笑みを浮かべた。

「きみが噂の草刈さん? 格好可愛いね~」

 辻森のいきなりの褒め言葉に、草刈殿は面を喰らいながらも、はにかみ、顔を赤らめていた。

「う、噂ってなによ……?」

「道場で噂だったんだよねぇ、先生にキリッと可愛い彼女が居るって~」

「はぁ?」

 辻森は自分が放った一言に、一転した草刈殿の予想以上に低い声と睨む視線を受けて、慄いたように身を竦めた。

 噂の出所は和一殿あたりに吐かせるとして、オレも思わず辻森を睨んだ。

「二人とも怖いよぉ」

 本気か良くわからない、情けない声を上げて辻森は襖の陰に隠れていた。

「はいはい、皆さん。よろしいでしょうか」

 笑いを隠した古竹さんから注意を向けられ、そちらにオレ達も向き直れば、古竹さんの隣に軽く背を丸めた女性が立っていた。

 白髪混じりの髪に、柔和に向けられた顔が更に笑えば、きゅっと目元と口元に小皺が浮かび上がる。

「古竹の連れは初めてお会いするわね。あたくしは情報方のまとめ役を務める、千代と申します。今年で齢も五十を越えるけれど、まだまだ若い子たちには負けませんからね」

「后守冬臥と申します。以後、よろしくお願い致します」

「草刈香月です。よろしくお願いします」

 互いに礼を交わし、更に部屋の奥に居た他の情報方の、鹿角雲雀殿を始めとした方々とも自己紹介を交わした後、草刈殿がこそりと声を寄せてきた。

「噂話聞いてるけど、五十よりももっと上だと思っちゃった」

 確かに外見上は、五十歳より上に見える……

 そんな千代殿は情報方一筋らしいが、ごく普通の家庭の生まれで、ごく普通に家庭を築いた女性で、それ故、どんな縁で影担いについているのか全くの謎の人だ。

 更に言えば、近しい方が妖の被害に遭う等という事も無いままで役目に就き、現頭領が生まれるより以前から務めに上がっているとも噂されているから、影担いの歴としても悠に三十数年は過ぎている……らしい。

 物腰も本当に、何かの武芸に携わったようにも見えないし、情報方一筋と言う噂だけは本当だと思えた。

 ただ、それ以外に関しては本当に謎が深まった気がする。

「千代さん、今日はどの用に致しますか?」

「そうねぇ。昨日、大礎町近辺に不審な影を見たと報があった事ですし。外廻組は確認の為、大礎町に向かって下さいな。町廻組は……古竹がいるし、のんびり回ってくれれば良いわ。多々良は冬臥さん達に付いてね」

「おや、千代さんは変わらず人使いの荒い。では、冬臥さんに中継ぎ連絡を任せましょうかねえ」

「承知致しました」

「古竹さんは、一緒に行かないの?」

 オレも浮かんだ疑問に草刈殿が挟めば、いつもの様にやんわりと頷いた。

「はい。私は此処で鷹が持ち寄る手紙を集める事にしますよ」

「古竹はね、鷹と話してくれるから、本当に助かるのよぉ」

 元情報方として、古竹さんは随分と重宝されるようだ。

 千代殿が言うように、古竹さんは鷹の思いを酌むのが巧く、会話しているとしか思えない。 

 それ故に、鷹と絶大な信頼関係を築き上げ、古竹さんが託す相手にも信頼を寄せる。

 鷹匠として、これほど有能な方は今後現れないと言われているし、頭領使いの鷹を選ぶ眼も人並み外れている。

「町廻組は、半刻毎に連絡を。冬臥さん、連れて行くのはイブキでお願いします」

 さらりと古竹さんから指定された鷹の名に、思わず「えっ?」と、目を向け直した。

「イブキを……ですか? 連絡には珀慧の方が向いていると思いますが」

「ええ。連絡には珀慧をお願いします。ですが、連れて行くのは狩り鷹の方が良いのですよ。万が一の際には、狩り鷹を囮にしなくてはいけませんから」

 静かに、それでいても温かな言葉尻で言われた言葉に、思わず躊躇った。

 思い出したのは秋牙の最期。

 妖狩りの鷹は悪まで、囮としての役目を負う。以前のように妖化したハヤドリ等を狩るのは、例外的なことだ。

「大丈夫ですよ。イブキは既に実戦経験もあります。それに、珀慧はやはり届けの方が向いています」

 黙ったのを実戦不足の不安と思われたのか、重ねて柔らかく古竹さんに言われて、吐息を一つだけ落として気持ちを入れ換えた。

 何かあった際には、イブキと珀慧の二羽使いになる。

 珀慧の狩りの訓練はしているが、イブキと比べると些かの物足りなさを感じてはいたし、古竹さんがそう断じたのだから、無理に狩りの練習をさせる必要も無いのかも知れない。

「分かりました。何かあれば珀慧を此方に寄こします。巡回の道順は、辻森に付けばよろしいのですか」

「ええ。構わないわ。気をつけてね」

「時知火もお忘れないように」

 やんわりと二人に言われ、火は辻森が持つと言うのでオレは先に表に出て、イブキを呼び寄せた。

「今日はいつもと少し違うが、頼りにしているからな」

 腕にイブキを乗せて餌をやっている間に、遅れて表に出てきた辻森と草刈殿が改めて挨拶を交わし、ふと、二人の視線がオレに向けられた。

「何か?」

「なんて言うか、あんたが、殿付けしない相手が珍しくて」

「今更だけどぉ、先生は、本当に皆に殿付けしてるんだなぁ、と思って」

 似た台詞が揃って、向けられた。

「可笑しいですか?」

「ぼくは別にぃ。ただ香月さんって、可愛い名前だなぁって、思っただけぇ」

「そう言う多々良って名前は、少し珍しいわよね」

「親父が鍛治師なんだぁ。北の方で仕事してたぁ」

「ねえ香月さん。香月ちゃん、香月……どう呼んで平気?」

「好きにして良いわよ、そんなの」

 揃って歳が近いせいか辻森が呼び方を尋ねてみれば、あっけらかんとした言葉で草刈殿が答えた。

「だってさぁ。先生も、付き合い長そうなんだし、ついでに呼び方改めちゃえばぁ?」

「何故オレに振る」

 変な誤解を一層深めかねないだろう、と含めて返せば逆に首を傾げられてしまった。

「親睦を深める意味でだけどぉ?」

「そう思うのなら、稽古以外で先生と呼ぶのを止めてくれ。久弥だけでもむず痒いのに」

「ん、わかった。それなら、皆を見習って冬臥って呼ぶねぇ。それと、香月ちゃんって呼ぼう。ふふ、こんな可愛い人とお近づきになれるから、后守って面白いんだよねぇ」

 くすりと笑い、辻森が四角い下がり提灯を掲げて先を歩き出した。

 下がり提灯は普通の下げ提灯とは違う。正面に細工を施し、灯りが前ではなく下を照らすように作られている。

 提灯職人が后守にだけ作り下ろす代物だと、教えてもらった。

 情報方が詰めるあの家は、“取手の家”と言うらしく、その取手の家から町の中心に向かい、細い道を選ぶように辻森は歩みを進めている。

 情報方の町廻組みは基本、町の中をぐるりと巡ると言う。

 とはいえど、この町の中だけでもそれなりに広い。それ故に情報方の町廻組みは守方達から情報を集めに歩くという形だそうだ。

 それも、たった二班で。

「情報方って、想像してたのより全っ然、地味で退屈で……疲れるわね」

「そんな事無いよぉ。情報方って戦方よりもずっと忙しいんだよ。前線で戦うにしても、どこら辺に妖が居るかとか、分からないと皆、動けないでしょぉ」

 草刈殿が早々に音を上げれば、辻森が緩い声で叱る。

 確かに、端的に言っても、情報が無ければ戦方が妖退治に遅れる。そうすると自然、人的被害が大きくなる。

「そうかも知れないけど……あんたは、よく平気ねぇ」

「鷹の据え回しと思えば、特段苦にはなりませんけれど」

 草刈殿から向けられた言葉に返し、イブキを見やれば、イブキもイブキで退屈そうにしていると言うか、ウトウトとしていた。

「それで、冬臥。早速なんだけどぉ、あれは、どうしようかぁ」

 町の中心近くに近づいたころ、商家に忍び寄る不審な人影達を、辻森が目敏く見つけていた。

 正確な人の数は分からないが、見張りらしきが二人、誘導に従うように近付く影が二人。

「どうもこうも、見過ごせるか」

 いきなり近づけば、逃げられるだろうし、町中の対人捕縛は后守の役目ではない。

「辻森、近くの番屋か夜廻りに声を頼む。草刈殿も、一緒に行って下さい」

「なんで? 今捕まえたら良いじゃない」

「香月ちゃん、一緒に行こうぉ。ここは冬臥だけの方が良いよ」

「えぇ?」

 ぐいっと、辻森に手を掴まれて、草刈殿が不満そうに声を上げた。

 明り持ちが居なくなれば当然、辺りの闇が濃くなり、闇に目を慣らす時間が必要になる。

「イブキ、空で待ってろ」

 声を掛けて、イブキを空に放せば近くの屋根の上に留まった。青の鷹紐を取り出し珀慧の鷹笛を吹く。

 次いで、青紐の両端をそれぞれ軽く結び付け、訪れた珀慧に渡して古竹さんがいる取手の家に向かわせた。

 青紐は通常“異常無し”の通達に使うが、結び目の位置や結び方に知らせの意味を持たせる。

 片側だけなら、不審影在り。両端なら、不審影在り対応可。そういう具合だ。

 赤紐だけは、結ばれていなければ即座に応援を求む。と言う意味になる。

 十分に不審者達との間をとっていた為、向こうがこちらに気が付いた様子も無く、商家の中に入っていった。

 静かに商家に近づいて行けば、イブキがその屋根の上に移動して留まった。

 イブキは多少我が儘なところがあるが、オレが望むものを良く察してくれる。

 近付けば家の前に下げられた看板には『米』の文字。米屋は昔から、両替屋よりよく押し入り強盗の被害に遭うと聞くが、よもや本当だとは思わなかった。

「さて、早めに戻って来ると信じるか」

 役目違いで、押し入り強盗を敷地内で捕まえる事は出来ないが、外に出てくれば捕まえることも出来なくはない。

 残っている鷹紐を繋げ、それにまた、白雛を外してその鞘飾りの紐を用いて長い紐に仕立て上げる。

 こちらに上手く、おびき出してくれれば良いが……

 足止めを入口側に仕掛け、イブキの鷹笛を短く吹き鳴らす。

 意図を察したイブキが侵入者達が開けたままの戸口から、音も無く滑り込んだ。

「なっ、なんだ!」

「見えねえ!」

 侵入者か、家主か分からないが叫ぶ悲鳴に、イブキがつっと素知らぬ顔をして出て来る。

 同時に、役人達の警笛がなり、「裏から来るぞぉ!」と辻森が誘導の声を上げた。

 丁度良い。そう思った時、以前に「良いタイミングだ」と綻ばせた人を思い出し、そちらの言葉の方が何故か、しっくりとした。

 正面から、侵入者達がバタバタ近づいて来る。

 一人が予想以上に早い勢いで抜け出て来た。僅かに遅れて二人目が出て来た瞬間に紐を引き、足を掛ける。

 将棋倒しに侵入者が倒れ、先に逃げた輩が振り返った。

 頭巾を被っていたが、背格好から女だと分かる。

「……ちっ」

「イブキ、追え!」

 小さな舌打ちに女は一目散に逃げるが、そこをイブキが滑空して追撃に飛ぶ。その一瞬、女の足が止まったように見えた。

「ちょっ! なに!」

 将棋倒しの侵入者を逃げられないよにしていたオレには、遠目で見えなかったが、女とイブキの悲鳴じみた声が上がり、イブキが女を取り逃がしたらしい。

 ただ、頭巾だけは外れたらしく、長い髪を揺らして去っていく姿と、近くの家の屋根に止まったイブキの姿が見えた。

 役人を誘導し終えた辻森は直ぐに草刈殿の傍に赴き、何事かと出てきた家人達に無事を確かめていた。

「大丈夫?」

「ああ。一人、逃した」

 辻森の問い掛けに答えれば、数人の役人達が侵入者達に改めて縄を掛けていた。

「イブキ、戻って来い」

 そう、声を掛ければ翼を打たれたのか滑空してくる姿に力が無かった。

 報告に戻ろうと言う辻森の提案を受け、オレ達は取手の家に戻り古竹さんと千代殿に粗方を報告する。

 戻り際に同心から身元証立ての為に、中町番屋に朝五つの音に来るように言われた事も伝えた。

 イブキはやはり、逃げた女を追ったときに翼を打たれたらしく、手当てを済ませて今は情報方の鷹匠に面倒を託した。

「米の保源さんでないと良いのですが……」

「あ、鹿角班長。地図貸して下さぁい」

 オレ達の報告を机に向かったまま、黙々と筆を走らせていた鹿角殿が、辻森の言葉にのそりと地図を渡しに来てくれた。

「千代殿、お手数掛けますが一筆お願いします」

 その間に、オレも身元証のために書を頼めば千代殿はゆるりと筆を走らせてくれた。

「千代さん、冬臥さん、少しこちらに。香月さんは少し休んでいて下さって良いですよ」

 辻森に地図を見せて貰っていた古竹さんに呼ばれ、更に奥の部屋に場所を移した。

 三人で机を囲むように座り、古竹さんが預かった地図を広げてすっと指先を地図の一点に置き示した。

 残念ながら、店の名前こそオレは知らなかったが襲撃を受けた米屋は保源だった。

「今回の保源さんの所は無事でしょうが、それ以前の事件場所には、やはり含まれていましたね」

 古竹さんの指先が地図の上を滑り、店や社近くの家を示して動いていく。

 地図の通り御剣の家を中心にすると分かりにくいが、陽川神社を中心にすると古竹さんが示した場所はぐるりと指先を回した円状に入る。

「他、もしくは詳細な情報は取れませんか?」

「そういう事なら、もう既に手は打ってありますよ」

「おやおや、流石千代さん。早い手回しですねぇ」

 不意に背筋を駆け抜けた寒気に身を震わせながら、千代殿に伺えば、何でもないと言うような声音で返され、古竹さんの感心した声が追いかけた。

「頭領にも既にお届けしていますよ。今日の事もお伝えする事になりますがね」

「本当に早いですねぇ」

「まあ、お任せなさい。本当なら冬臥さんが、もう少し誤魔化せそうな歳なら良かったのだけれど」

「……誤魔化す、とは?」

「千代さん。そこはまだまだ、ダメですよ」

「十重さんが居たら、楽なのにねぇ」

 目を細めて笑う千代殿は残念と呟き、オレは何が何だか分からないまま、しみじみと頷き合う二人を見てるしか出来なかった。

「まあ、仕方ないですからねぇ」

「冬臥さん。据え回しの際には、しばらく米屋の保源さんの様子も見に行って下さい」

「承知致しました」

「偶然ならば良いのですが……」

 ほぅっと溜息を零した千代殿を聞き留めてしまい、古竹さんへ目を向ければ気が付いたように大丈夫だと緩められた。

 でも、何かチリチリとする嫌な気配を残している気がして、燻ってしまう。

「ともかく今日は、冬臥さんと、草刈さんに情報方の空気を掴んでもらうのが優先ですから、雲雀達と交代してくださいな」

「はい。では失礼致します」

 軽く手を打った千代殿の指示に従い、草刈殿たちの詰める部屋に戻れば、辻森と草刈殿は二人で机を並べ、筆を滑らせていた。

 鹿角殿に書き方を教わったのだろうか、慣れている辻森の筆も視線も止まらないが、草刈殿の筆は直ぐに止まり、明かりの下に書簡を翳して確かめてはまた、筆を動かして行くを繰り返していた。

「雲雀さん、冬臥さんと交代してください。やり方は私が教えますから」

「任せる」

 古竹さんの言葉に、鹿角殿は今書いていた物に区切りを付けて立ち上がった。

 机の横に手紙束が置いてあり、物によっては鷹紐が巻かれている。

「鷹紐付からの方が冬臥さんは分かりやすいでしょう」

 そう言いながら古竹さんが隣に着き、書のまとめ方を教えてくれた。一応、青紐の物から目を通して行くのが良いとも添えてくれた。

 何通か調子良く書き写していたが、突然、鈍く何度も当たる不審な音が家の中に響いた。

「え、な、なに? なんの音?」

 集中を途切れさせられ、大いに慌てたのはオレと草刈殿だけ。

 古竹さんや辻森は筆を置いて、辻森は直ぐに部屋を出ていた。

「鷹舎に赤紐が届いたようです」

 教えてくれた古竹さんの声に緊張が混じり、オレも草刈殿も後を付いていく。

「北の弐拾五だ!」

 初めに確認した方の声が上がり、千代殿の視線が此方に向いた。

「冬臥さん、香月さん。行きますよ」

「はい!」

「え、えぇ? ちょっと待って」

 赤紐の意味を知るオレは直ぐに返事を返し、草刈殿は分からないながらに、ただ事ではないと察して、草履を履いていた。

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