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舞い踊り散る桜  作者: 紅夜 真斗
十一章
116/142

導し初心者

 大和と頭領を見送り、はとりと二人、広くなった稽古場に残る。

 和一殿でも居れば気分的に随分と楽になるだろうが、それは甘えだ。

 ともかくと、東雲殿が来るまでの間に掛稽古をどちらからとも無く提案し、受けたは良いが、オレははとりの力量を知りたく、けれど、はとりは先の頭領との打ち合いと比べ、手を抜いていると言って来た。

 互いに感情が先行した物の言い合いに、差し止める人も居ない分、余計に加熱していた。

「手を抜くなと言うとるだけじゃろうが!」

「何度も言うように、手を抜いてる訳じゃありません!」

 ただ、平行線的に言い合いながら、打ち合う。

 加熱した分の速度を上乗せして、はとりの木刀を弾き上げる。

 弾かれた衝撃に、はとりの両手は跳ね上がったが、伸びきった場所から一気に振り下ろしてきた。

 比較した相手と比べれば物足りないが、速度も力もある。

 だが、病み上がりとは言え、受け止め切れないわけじゃなかった。

「クソッ、病み上がりじゃなかったんか!」

「そんなの関係があるのか!」

 ただ、叩きのめしたく振るうだけなら、他でやれと言いたい。

「そない言うんなら、あんたが今してるんは情けか!」

「だから、なんでそうなる!」

 受け止めたはとりの木刀を横にいなし、はとりの体勢が崩れた処で更に足を払い除けた。

 その瞬間、鈍い痛みが足元から走り、床に着ければ力が抜けてしまったように堪えられず、ガクンッと体が落ちた。

 互いにぜぇぜぇと息を吐きながら、はとりは体を起こし座り込み、オレはその場で自分の痛む足首に触れた。

 嫌な熱さがある……また、腫れるかもな。

「足、冷やされた方が宜しいですよ」

「あぁ、有難うございます……って、東雲殿! 何時から来ておられたのですかっ」

 すっと差し出されたのは濡れた手拭。それを持っていたのは、伏し目がちな瞳を瞬かせて見せた東雲殿だった。

「わりと、始めからでしょうか」

 あれをずっと見られていたのかと思えば、流石に恥ずかしく顔を上げられなくなった。

 しかし東雲殿はあまり気に止めてないようで、小首を傾げながら、使わないのかともう一度、手拭を差し出して来たので受け取った。

 濡れた手拭の冷たさが、熱く痛みを訴える足には心地が良くて、一息吐く。

 それを見てからなのか、東雲殿は無感情に動き、はとりにも同じように手拭を差し出していた。

「長谷川様もどうぞ」

「ありがと。東雲はんは、ほんに影が薄い人じゃな」

「そうでしょうか?」

 やはり小首を傾げるだけで、東雲殿は手の中の物が無くなると、静々と先程まで自身が居ただろう入り口傍の壁脇に移動し、持って来ていた風呂敷包を解いた。

 中には箱膳が入っており、更にその中にはサフナの葉の包みが四つあった。

「おにぎりだけですが、どうぞ」

 解いた荷物は、オレ達への差し入れらしい。

 葉の包みを東雲殿が開けば、言われたようにおにぎりが三つ入っていて、形の揃った三角形のおにぎり二つと、いつかの雪うさぎのように、けれど、歪と言うには随分と形の丸いおにぎりが一つあった。

「姫様が作られました」

 やはり、灯里が拵えたものか。

 受け取りながら、立てた予想が当たった事に思わず心が和んだ。

 以前は厨への立ち入りを固く禁じられていたのに、今はそれを許されているらしい。

「折角なので、今頂きます」

 いつもなら稽古後、家に戻ってから飯を食うが、こうして好意で持ってきて頂いたのだ。

 和んだついでに、今ぐらいは気を緩めても構わないだろう。

「長谷川様もどうぞ」

「わいは後に貰ろうわ」

 はとりは、東雲殿から先程と同じように差し出されたサフナの葉を一時辞退し、壁に寄り掛かっていた。

「お屋敷の皆様方は息災でしょうか」

 緩めついでに思わず尋ねれば、東雲殿は少し考えてから頷いた。

「一応。ただ、姫様がお体を崩される事が増えております」

 東雲殿から告げられた言葉が予想外過ぎて、うっかり間の抜けた返事を返しそうになった。

 オレが記憶に有る限りの灯里ならば、控え目に見ても、そう簡単に体調を崩す様な性質じゃない。

 冬の寒い日に着物一枚で屋敷の中で遊んで、侍女達がその後ろを慌てて半纏を持って追いかける姿だったり、夏は夏で、はたはたを洗うと言って、浴場で共に水を被って、侍女達が悲鳴を上げたり……

 そんな事を思い出しても、その後に灯里が風邪を引いていた記憶は思い……出せない。

 あぁでも、冬の夜は湯冷めせぬようにと、当時の侍女だったかえ殿が、やたらと半纏を灯里に着込ませていたな。

「新しい勉強をし始めた辺りから、良く熱を出されてしまいます」

「おひぃさんの事じゃ、遊びたい盛りの仮病じゃろ。そげんに心配する事もないじゃろ」

 はとりの言い方には問題を感じるが、如何せん、オレ自身も灯里の勉強嫌いは良く知っている。

 だが、もしも……

 霜月本家で寝込んだ時の事を思い出し、軽く言う事を咎めようとすれば、先に東雲殿が大きく首を振って見せた。

「長谷川様、口が過ぎます。本当に寝込まれてお辛い様子を、ご覧になられた事もございませんでしょう」

 無感情的だがはっきりと言い咎め、咎められたはとりは不機嫌に口を噤んだ。

「東雲殿。姫様に、無理をしすぎぬようにお伝え下さい」

「はい」

「それと……共に厨に立たれたのは、みちる殿でしたか?」

「いいえ、違います」

「最後まで、目を放さぬように、傍にいた方へお伝え下さい……」

 一口頬張った灯里のおむすびは、おむすびでも具材が塩という中々に無いものだった。

「そのようですね。気を付けるようにお伝えしておきます」

「流石に、水、飲んできます」

 多少の塩辛さがあるかも知れないと、そこは予想と覚悟を立てたが、ガリッともジャリッとも付かない塩粒を噛み砕く事になるとは、こればかりは本当に、予想は出来なかった。


 気を取り直して稽古場に戻った頃には、はとりは素振りを始め、東雲殿は壁際でそれを姿勢正しく眺めていた。

「東雲殿。稽古着はお持ちになられていますか」

 今頃だが、東雲殿の装いが、明るい小豆色に牡丹柄の着物のままだと気が付き尋ねれば、問われた時の癖なのか、無表情と言うより無気力に小首をまた傾げていた。

「必要でございましたか」

「必ず、と言うわけではありませんが、汚れてしまいませんか」

「左様でございましたか。紀代隆様からは、動きやすければ何でも構わないと、仰せつかっておりましたので」

 そう言いながら、東雲殿は自身の後ろに手を回し帯を緩め、帯止めも外してしまった。そして、おもむろに立ち上がれば当然、着崩れた着物が床に落ちる。

「し、東雲殿――」

「おっ……」

「影担いの仕事着ですが」

 ぽつりと言われた言葉に、思わず脱力した。

 当たり前だけれど、良かった……こんな所を何処かの誰かに見られていたら、と言うより、頭領の耳に入ったら、絶対あの人はからかってくる。

「これが一番、動きやすいので、着てまいりました」

 オレに向かい、何か可笑しいですかと問うように小首を傾げて来た東雲殿に、なんとか「大丈夫です」と返事を返した。

 東雲殿の影担い装束は初めて見る。黒っぽくも見える深い萌葱色の胴衣で、腰帯より上は吸い付いているようにピッタリとしたものだが、帯より下、足首辺りまでの丈は緩く流れている。

 そのため、東雲殿が動きやすいと証明するように足元の裾を摘まみ上げれば、行灯の明かりの下に色の白い素足が晒された。

「大陸のモンによぉ似とるなぁ」

「はい。仰られる通りです。服の上に着るコートを真似して、仕立ててみました」

「御自身がお作りになられたのですか!」

 はとりの指摘にも驚いたが、それをあっさりと肯定し、仕立てたと言った東雲殿への驚きが勝った。

「はい」

 器用だな。そう思いながらも、「ですが」と続けた。

「他の方々が居られる稽古の際には、流石に問題ありますので、稽古着を用意してください。それと、着替えられるのであれば、女性は玄関入って右側の部屋で着替えてください!」

「はい。承知致しました」

 東雲殿の不可思議で、無感情的なのんびりした返事に思わず溜息が出た。

 それから影担いの話を聞けば、東雲殿は術士と言う。

 刀は簡単に触れた程度と言われ、試しに木刀を振ってもらえば、年少組のように、型も剣線も定まらず、重たいのか、早々に切っ先を床に付けてしまった。

「なんぞ、東雲はんに教えるんは苦労しそうじゃな」

「ご迷惑をおかけいたします」

 はとりの言葉に東雲殿が律儀に頭を下げたが、オレ自身は影担いとして経験があると言う点で、あまり心配はしていない。

「東雲殿、本来の役割とは違うものですから、あまり気負わずに」

「はあ。ですが……基本は守方(もりかた)で、実際に荒神を相手にした経験もありませぬよ」

「それもさほど、問題にはなりませんよ」

 影の役割でもそれぞれに役割がある。

 荒神、妖を相手取る戦方。

 荒神たちの情報を集め、妖を退ける情報方。

 女性や年配者、負傷し戦場を離脱せざるを得ない方々が中心となり、後方支援その他を担うのが守方。

 戦方と守方は時折、役割を交代する事もあるが、それは戦方の休息日のようなものだ。

「実際に妖を相手にした経験の有無は大きいですから」

「妙に掛かる言い方やな」

 はとりが耳聡く聞き付け、険のある目を向けて来た。

「わいかて、妖くらい見た事ある。他の奴らみとうにビビるわけ無い」

「実戦の場で互いに証明して頂ければ何も言いません。班長に相談の上で、お二人には勤めにあたって頂きます」

 突っ掛かるはとりに釘を打ち、東雲殿への指導を始めた。

 腕力が足りないのか東雲殿の振り下ろす刀は、終始よれよれとしていて、三十も振らぬうちに肩で息を吐いていてしまった。

「勢いよおやった方が、楽じゃと言うとるにてんでアカンみたいやな」

「はぁ、す、みません……」

 予想以上に体力の少ない東雲殿は、少し稽古方法を考え直した方が良いかな。

 考えている内にはとりが、見本を見せる。

 数度振り、東雲殿に向き直るが、彼女はやはり首を捻った。

 灯里はどうだったか……大和はどうだったか?

 思い返し、頭の中で比較していて、ふと思い至った。

「東雲殿、近接の組手稽古は習ったことありませんか?」

 后守として、班分けされるが、守方に専従していれば教え方により、かなり偏りがある。

 元より、戦方に就くかも本人の意思と頭領や班長の意見も必要。

 問えばやはり首を横に振られた。

「解りました。では、東雲殿は基礎からですね」

 はとりは当然、基礎は出来ているし、実践当てしても、すくまなければ、簡単に死にはしないだろう。

 今は東雲殿に基礎を教える方を優先しよう。

 そう考え、木刀から竹刀へと東雲殿に渡し直した。

 竹刀の方が、稽古用木刀より軽い。

 握り方から振りまでの流れを教え、休憩を挟んで良いから何回かに分けて、とりあえず、先程と同じ五十回は振って貰う事にした。

 その間に、はとりと再び打ち合う掛稽古に当てた。今度は自分自身、木刀の打ち合い自体を避けて、返し手だけに終始する。

 やはり見ると分かるな。はとりは、些か乱暴な振り上げで、相手を威嚇しながら叩き潰すように真っすぐ振り下ろす。

 初めての者や、目下の者は威圧されて腰が引けてしまうだろうな。

 それに打つ位置を、目で探してるのが分かる。

「ちょこまかと、よう動き回る!」

「そう見えるなら、有り難いな」

 足を痛めてるのに、ちょろちょろと動き回れる訳がない。

 足捌きと体捌きと、打ち込ませたい位置へ誘う仕種。

 此処まで通用する相手だと、正直面白い。

 ただ、頭領相手には全く通用しないわけだが。

 打ち込みを受け止め流し、切り返しは放たず、力技をいなし続ける。

 どのくらい、そうしていたか、東雲殿の終わったと言う声に、最後にはとりから放たれた胴狙いをかわして、構えを解いた。

「今、行きます」

「余裕ばっかか!」

 不意打ちに躊躇いは無いらしい。

 叫んだ声に、振り返るより先に、オレは後ろに向けて切っ先を突き出した。

 見ていない分、寸止めにはならず、はとりの体のどこかしらに当たった感触が伝わった。

「言っておくが、今のお前に負けるつもりは一切無い」

 まだまだ、オレが勝てない人たちは居るが、負けて腐る暇なども無い。

「さて、東雲殿。まだ体は平気そうですか?」

 緩く肩を揺らしているが、東雲殿はこくんと頷いていた。

「振り下げに、力が入りすぎないようにして下さい。それと、左手が上に伸び過ぎでした」

 はとりと東雲殿の似たような注意点を、少し大きな声で伝える。

「体の重心位置にも、気をつけてください。後ろに下がり過ぎです」

 東雲殿に伝えながら、はとりを盗み見れば、自分には関係無い事と思っているらしく、既に空を相手に踏み込みの練習をしている。

「悪い筋では無いんだがな……」

 踏み込みも、振り抜きも、良い師匠に付いているのが分かる。

 それなのに、対人ともなると、相手を圧倒しようと大振りになっている。

 このままでは、連れてはいけないな。

 古竹さんに、どう話すか。

 草刈殿なら気にするなと言ってくれそうだが。

 大体、はとりは何故、ああも突っ掛かるんだ?

 陽乃環門番衆に勤めるのは、大変名誉ある事だし、その上で、大和の后守に勤め、剣の師匠も腕立つ人に見受けられる。

 いちいち突っ掛かられる意味が分からん……

 考えていたうちに、夜五つの鐘が鳴った。

「今日はこれで。東雲殿は、出来うる限り、道場に来て下さい。来られない時は、今日の素振りを出来うる限り、紀代隆様に見て頂いて下さい」

「分かりました」

「はとり、時間があれば東雲殿にも屋敷で稽古を見せてやってくれ。姫様の稽古はお前が行っているのだろう?」

 当然のように聞けば、はとりは不満そうに視線を逸らした。

「おひぃさんの稽古は……わいは行っておらん」

「は? 何故だ、灯里様の稽古もお前に引き継いだはずだぞ!」

 初めて聞いた事実に、思わず返せば、忌々しげに睨み付けられた。

「主さんから、言われたん。わいは、おひぃさんの稽古相手はするなと……」

「そんな馬鹿な! 灯里様の稽古を双也が決められる訳ないだろう」

 后守の役目に、大和が口出し出来る範囲は少ない。なのに、はとりは、口を曲げていた。

「もし、それが事実なら、紀代隆様にお伝えしたのか? お前は今、后守として屋敷にいるんだぞ」

「冬臥様、それは私から……」

 口を閉ざしたはとりの変わりに、東雲殿がゆっくりと教えてくれた。

「長谷川様は引き継いだ通りに、灯里様の稽古を行う予定でした。

 ですが、灯里様の稽古直前に、双也様より『灯里様の稽古は、紀代隆様が行って欲しい』と願われました。

 灯里様御自身も、稽古は冬臥様が良いと、かなり……」

 ありありと浮かぶ情景に、不謹慎ながら、嬉しく思ってしまった。

 だが、はとりにとっては、居心地の良い物では無いだろうな。

「今は、紀代隆様が灯里様の稽古を付けておられます。

 双也様の稽古は、長谷川様が行われておりますので」

「もうええ! 東雲はん、それ以上は、与太話じゃろ」

 険の篭った視線で遮られ、東雲殿が小さく頭を下げた。

 此処でオレから、何かを言ってもはとりには、届かないだろうな。

「とりあえず、今日はこれで終わりにします。夜勤めに関しては、班長と話しをした後に、お伝え致します」

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