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初心帰り

 翌日、様子を見に来てくれた草刈殿と途中まで共に道を歩き、互いの曲がり角で別れた。

「自分の家に帰る気はないの?」とも尋ねられたが、返事をするよりも先に「あんたに見られながら、やるよりマシだけど」と続けられ后守の家じっかがある道へ向かって行った。

 オレはいつも通り鷹舎に赴き、珀慧に手紙を託してイブキの据え回しの為に再び外に出た。

 昨日の今日、と云うわけではないが、あの男――兇と遇ったゴロツキ長屋付近まで、普段より長く歩いていた。

 ただ、会えたとしても、知りたい事が聞ける訳ではないのも分かっている。

 まさか、『昔、御剣の姫を勾引(かどわ)かししようとしたのか?』など、聞くわけにもいかないしな。

 もし、其処で聞けたとして、『はい、そうです』などと返って来ても逆に困るが。そんな下らない事を考えながら、歩く道を変えて町中を歩き、門の近くにあった茶屋の席を借りた。

 鷹を連れてだ。先に茶を願い、イブキには悪いが足紐を短く繋がせてもらい、大人しくさせる為の頭巾を被せた。

 イブキは暗闇の中となっても、人の動く気配に敏感に反応してしまっている。何度か宥めて落ち着かせてみるが、最終的には足元に潜り込んでぺたりと座り込んだ姿は、普段の我が儘ぶりもすっかり見る影もない。

 珀慧のような手紙届けを中心とした鷹はまた別だが、イブキのような狩り鷹を人に慣れさせ過ぎても。いけいない。

 例の伊那依のように、攻撃対象が人型だったりすれば、人に慣れ過ぎた鷹ではその役目を負えない。

 そのことを教えてもらった時、あの時、古竹さんが“珀慧では良い餌になる”と言う意味が分かった。

 そういう意味でも、イブキは少しずつオレに信用を寄せてくれている。

 以前なら、紐をつけようとすれば逃げ暴れ、頭巾を被せようとすれば手を突いて来たしなぁ。

 古竹さんのようには行かないが、滞っている中で一つ歩みを進められたものがあると言うのは、心強い。

 心強いのだが、やはり考えてしまえば心は重たくなる。

 そうこう考えている時、イブキの鳴く声が聞こえ思考を途切れさせれば、近くを通る人が鷹が珍しく遠巻きに見やり、小さな子供は物珍しさに駆け寄ってきたが、可哀想だが触れられぬように遮った。

 そんな一服を終えて鷹舎に戻るかと、イブキの紐を外していたとき珀慧が戻り、手紙を落として勝手に戻って行った。

 手紙と言うにしても、懐紙に筆を走らせた物だが、書かれていた“可”と言う文字には安堵した。

 鷹舎に戻り、他の鷹を訓練していた古竹さんに、先ほど珀慧から届けられた手紙を見せた。

「おや、それは良いですね。私たちもご一緒して宜しいですか」

「一緒に来ていただけるなら、安心できます」

 暫くの間は体力を付けるのを目的に、例の狩猟の山を鷹の訓練と共に利用する許可を頭領と綾之峰様に願った。

 まあ、山の手入れも兼ねて行く心積もりで居よう。

「ですが、冬臥さん。くれぐれも無茶をしないでくださいね」

「心得てますよ」

 古竹さんに釘を刺されて、時間を決めてから、少しばかり貸本屋を回って家に戻った。

 薬草学の本は実家にもあるが、意外と借りた本の方が分かりやすい。

 目に付きやすい物だけをまとめたから、とも言い換えられるが。

 そう言えば、大和の部屋に積み上げてあった本は今どうなっているのか……

 大陸の読本も確かあったよな、などと思い巡らせて居るうちに時間が来ていた。

 支度を整えて、無意識のうちに天井の梁へ手を伸ばし、ある筈の物が無い事に暫し、考えてしまった。白雛は、昇靖殿の所に預けたばかりだ……どうも癖で、うっかりとしてしまうな。

 代わりの懐刀を持ち、鷹舎へ戻り古竹さんと響と共に山に入った。

「いやはや、季節を外してこちらに来られるとは思いませんでした」

 狩りの時期には、古竹さんは鷹匠として山に来るが、その時期を外して立ち入れるのは役目を負う后守だけ。

 裾野から今日は簡単に頂上近くにある小屋を目指すだけだと添えたが、響にそのツモリがないことは明白だった。

 まずは肩慣らしと言う具合に、刻まれた道を辿り歩くが、四半刻で足に来た。

 古竹さんは大分先を登り進んでいたが、歩む速度を緩めて見えた獲物にあわせて響を飛ばしていた。

 響が戻って来るまでに古竹さんの元には追いつくが、獲物を掴まえた激しい音に二人で走った。

 意外と走る方がただ歩くと言うより楽な気もしたが、怪我をする前の方が速かったのは否めない。

 いつもならオレが先に鷹に追いつくのに、今回は古竹さんに追いすがる形で、響の元に辿り着いた。響がしっかりと鋭い足先で抑えていたのは兎だった。

「おや、大物ですねぇ」

「ですね」

 時期を外しているから取れる獲物としての成果は正直、期待していなかった。だが、獲った兎は両の掌を広げたよりも大きく、身もしっかりとあった。

 血抜きだけをその場で施し、小屋に向かう為また、山登りを再開する。

 その途中でトットを見つけたりしたが、響の狩り心は刺激されなかったようで、古竹さんが飛ばしても直に舞い戻ってきていた。

「先に大物を獲ったからでしょうかねぇ」と、古竹さんが言うと、響は小さい獲物だから不満なんだと言うように啼いた。

 そのまま一刻掛けて上りきり、小屋の裏手にある井戸まで四半刻掛けて下りた。

 水を汲み、小屋まで戻りそこで兎を分けるつもりだったが、古竹さんも共に降りて来て、井戸の傍で手解きを受けながら、切り分けた。

 成果は結局、最初の兎一羽のみ。それを分けて包み、帰路に着き。古竹さんにオレの分をチドリへの土産として託した。


 家に戻った後に、軽く休んで貸し本屋から借りてきた本を読んでいれば、何時もの時間に久弥がアキと弁当を抱えて訪れた。

 先に弁当を預かり置けば、久弥が大袈裟に息を吐いてアキを畳の上に寝転がした。伸びるように身じろぎをするから目が覚めるかと思ったが、まだまだ夢の中のようだ。

 久弥が用意を始め、先日草刈殿から買っていただいた物を出せば、「やっぱり買わされたんだ」と笑っていた。

 寝ているアキを起こし、三人で弁当を食べた後には時間が許す限り久弥に稽古を付け、帰りの道をいつもの通りに見送り出た。

「明日の朝は少し早めに仕事に出るつもりだ。来なくて構わんからな」

「分かりました。昼過ぎには道場に来る?」

「そのつもりだ。ま、顔を見せるだけだがな」

 家の前で長々と話しをしていては、近所の人の迷惑にもなる。それだけで切り上げたが、二人は変わらず手を振って見送ってくれた。

 道を一つ、二つと外して曲がって歩く。

 裏から周る形で辿り着いて、そのまま裏から中へ入る。

 灯りを持たずに入った蔵の中は、今日が新月の夜だと教えてくれる程、暗かった。

 闇の中で目を慣らして、それから十重殿の元に赴いた。

 変わらず背を向けて座っていた背に声を掛ければ、微かに首を持ち上げて反応を見せてくれたが、覇気のなさが気になった。

 外していた錠は掛け直され、鍵は先日と同じ場所にあった。

 格子の内側に残された膳は僅かに口が付けられた跡があったが、ほとんどが残っていた。

「今日から草刈殿が、母から手解きを受けることになりましたよ」

 淡々とした口調を心掛けて言えば、掠れた声で「そうですか」と返って来た。

 それから幾つか、草刈殿から聞いた話しを広げてみて話題を振ってみたが、返ってくる返事は味気の無いものばかりだった。

「また、来ます」

 重苦しい沈黙に耐えられなかった。

 十重殿は一体何を抱えて、この場に留まるのだろうか。

 必要とし、必要とされているはずなのに……小さく縮める背に視線を送りながら、この場を後にするしか出来なかった。

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