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双子魔女なのに1人で家を飛び出しちゃいました  作者: 夕ノ森風花
中等科・一年
8/15

自主練・幽体対策


 その昔――、あるところにそれはそれは

 美しい銀髪の娘が住んでいました


 お母さんに川辺に水を汲みに言いつけられたところ

 あまりに美しかったため冥王の目に留まり

 お屋敷に連れ去られてしまいました


 大変です! お母さんお父さんに水を持って帰ってあげなければなりません

 彼らまで水がなく死んでしまいます!

 お屋敷には専用の井戸があったので

 長い波打つ銀髪の先に桶を縛り付けて水を汲みました

 そうして連れられて来たときに通った森を1人で歩き始めました


 鳥が一羽飛んで来て

 「水を下さい。暑い日中のうるおいです」と言います

 女の子は水を分けてやりました


 夜になってフクロウもそばに来て

 「鳥に聞いたのですが、水はこちらですか?」と言います

 これもまた水を分けてやりました


 そしてとうとう黒衣の男が後ろから追いついてきて

 「屋敷と同じ味かどうかを知りたい。水をくれ」と言いました

 そのときにはもう銀髪の娘は美しい幽体になっており

 冥王であっても人間を連れさらったつもりだったので

 本人かどうか分からなかったからです


 女の子は震える両手で水を掬い、男の口にあてがうと

 男の足が夜の森と一体化してついに動けなくなってしまいました


 幽体になりかけながらも冥界の水を口にしなかったため

 娘は森を抜けて無事に人間界に戻ることが出来たのでした――


***


「何これ、オカルト」

「冥界の水は決して口にしてはいけないっていうお話ですの」


 図書館から借りた本にとうとう手を付けてみた。

 明日ユウ達貴族は、長期休暇を実家で過ごすため寮を出ることになっている。荷物をまとめたり出発の準備に忙しくしている。

 帰りたくない私のような生徒や一部の先生方だけが学園に留まる。


「その水はステュクスと呼ばれていて神々でさえ殺せる、死霊になって不死は続くけれど足がその場に付いてしまって離れられなくなる、って言われていますの」


 窒息や粘着効果がある糊か何かだろうか?


「しばらくのお別れですわね」


 名残惜しそうにユウが言った。両腕を広げて抱擁を待つ仕草。

 素直に身体を預けて私達は抱き合った。


「うん、寂しくなる……」


 翌朝、学園の前にラクダ車がずらりと並んだ光景は圧巻だった。私は例によって校舎の隣の高い塔から貴族達を眺めていた。ラクダの闊歩する速度はとても遅い。優雅だが悠長なところのある彼らには似合いの乗り物だ。

 見たところ、魔法の絨毯を使用する者はあまりいないようだ。王族の用事以外は上空飛行が禁止されているからだろう。もちろん箒は1本も見かけなかった。


「さて、リッチ先生でも探しに行くか――」


 探しに、と言っても、彼はいつも緑の果実がたわわに実ったジャトロファに囲まれた牧畜場にいる。

 見るとラクダは皆出払っていて、今日は白オリックスが数頭緩やかに曲がった角を後ろになびかせながら、のどかに草を喰んでいる光景だった。隣の植物畑ではマンドラゴラの季節を終えてマジョラムが一面を青々と覆っていた。


「あ、リッチ先生!」


 前期の期末考査では牧畜だけクラス昇格していた。ユウの教え方も上手で頑張って勉強した甲斐もあり、私はこの教科がすっかり好きになっていた。


「レッド君か」


 レディシュが正式な通り名だけどレディに似つかわしくないので、単に赤という意味を込めてレッドと呼ばれることが多くなっていた。貴族女子達の前で恥ずかしいし、その方が私にとっても気楽だ。

 それでもまだ学園唯一のエルフ教師には名前を覚えていただいていない。彼の担当教科である古代魔法は上級生にならないと授業が始まらないのだ。


「長期休暇中、お手伝いできることがあれば、って。植物畑の方も手薄になりますし……」

「ノミデス先生がおらんからなぁ」


 リッチは熊手を手にしている。干し草か何かを集めていたのだろう。

 風魔法で農耕具を動かし、飼料を収穫して牧畜地まで運んでくることは出来ても、土を弄るような魔法は使えないのだそうだ。土に直接触れるには実体もないが、まず牧畜地から出ることさえできないため、植物たちの成育に関しては文字通り見張るだけになるらしい。


「永遠の時間を退屈に過ごさねばならないときに、強大な竜巻を使役できるようになるよりも、家畜や加工の知識が増えていく方が余程暇つぶしになるのだよ」


 こう言っていたことがある。

 私は基本型である火水風土であってもいずれもまだ使えないが、物理で手伝うことはできる。地道な草むしりとかね。


「最近思うのですが、魔法が使えなくても物理的手段や知識で補える教科ってたくさんあるのですね――」

「まさしく牧畜などだな。愛情込めて日々世話をするのがいちばんだ。都合の良い魔法は生産品加工の方が余程向いておる」

「歴史や魔法言語学は難しくてあまり好きじゃないのですが……」

「新魔法開発には欠かせぬ知識であろう」


 新魔法に用がなければ必要がないから気にするなと暗に逆説的に言っているのだろう。

 既存魔法をいくつか行使できるだけでも並みの魔法使い以上にはなれるが、私の目指すところではない。お姉ちゃんとは違う分野で魔女として大成したいのだ。だからいつかは新魔法開発にも挑戦したいけれど、まずはできる範囲からだ。

 王都では知識や体系だった学問や環境といったものが重視されており、生まれ持った魔力や才能が全てだったエルフの寒村とは何もかもが違っている。家名や家格の継続にこだわるあまり、たとえ才能に恵まれなかった者が後継者となった場合であっても教育が熱心に行われていることが、人間に繁栄をもたらしている大きな理由なのかもしれない。


「リッチ先生はレイスを足止めするなら、どうしたらいいと思われますか?」


 この一言で先生には何を目的としているかが伝わったようだった。

 ブライスに言われたから、という訳ではないが、このところダンジョンのことばかりを考えている。

 王都がまだなかった頃に、エルフ種としては異例の砂漠に出てきた誰かが作ったとされるもの。


「レイスか――。冒険者カードがあるなら話は早いんだがな」


 頭蓋骨の中の虚ろな眼窩の奥から光る眼を向けられた。

 誤って城郭都市の民や他国から来る商隊がダンジョンに迷い込んだりしないように、入り口門にはレイスが配置されていて検閲を受けなければならない。ネクロマンシーの能力を持つ魔法使いが王宮騎士団から要請を受けてそのように使役しているという。といっても重い罰則がある訳でもない。基本的にはダンジョンでのことは自己責任とされている。


「粘着爆弾でも投げてみたらどうだ?」

「えっ」

「あの整然と植えられた低木群より外へ何故か私は出ることが出来ないのだが、案外レイスにも効果はあるかもしれない。いずれにしても奴らも然程遠くへ行けぬよう縛られているだろうから、入ってしまえば追っては来るまい。僅かばかりの時間稼ぎでも効果があるのではないか?」


 ジャトロファは毒性があって食べることはおろか生き物はまず異臭を感じて近付けないという。何の因果か分からないが幽体に近い存在でも同様に感じるのだそうだ。


「実を収穫して種子を取り出して圧搾しよう。根は引き抜いて石鹸や蝋燭にすればいい。私が手伝うよ」

「植物畑の方はいいのですか?」

「マジョラムにはそれ程手入れは必要ないよ。粘着爆弾がレイスに効かなければ加工物を商人ギルドに売却して金を得て、冒険者ギルドでクエスト発注側になればいい。護衛依頼という形でな」


 その日からすぐジャトロファの収穫が始まり、種子を取り出しては試行錯誤を重ねた。

 畜産物加工も植物加工もそれ程変わらない技術なのだろう。リッチ先生はジャトロファ油の加工にも大変精通していた。

 

 医療塔の中の薬学室に通い詰める日々。疲れたら誰もいない図書館で休憩。

 陰気でかび臭く先生も生徒も滅多に寄り付かない場所ばかりだ。あれほど憎しみを覚えた丸底フラスコは今では手に馴染んでいる。純粋な油分を抽出するのに欠かせない器具となった。


 種子爆弾が完成したのは長期休暇の半ばも過ぎた頃で、そろそろ実戦に使用して、効かなければ計画を大量生産して売却する方向へ軌道修正をしなければならない。ただこちらは元を辿れば足がつきやすく学園に行き着いてしまいそうで、できることなら第1案のまま事を進めたかった。


 どのみち1階のエルフ魔法陣を観察して帰りたいだけなのだ。ブライスの言う通りモンスターは出現しない階に不法侵入したところで大きな問題があるようには思えない。


 先生は松明を用意せずともフラスコの中で輝き続けるという玉を餞別に下さった。「絶対に落としてくれるな」と言いながら。私だって命綱である灯りを手放す気などない。

 1階より下には降りるつもりがないので食糧は夕食の残りとして木の実を数種類を包んでフラスコを縄で腰に縛り付けて簡単に準備を整えた。念のため制服を着用せず普段着である白い服と木靴のみ。

 知り合いのラクダ隊商に口利きをして下さったおかげで、夜に城門の外に出る手筈も苦労しなかった。砂漠の夜風は気持ちがいい。昼の熱風より冷えて透き通った空気になっている。


 モンスターが地上に上がって来てしまった万が一のときのために都市を囲んでいる防御壁を利用して王宮騎士がときどき上を警邏巡回している。ラクダ隊商が彼らの注意を引いている間に、爆弾の準備を進めることにする。


 既にリッチ先生への効果は検証済みだがレイスに効くとは限らないため、作戦変更の際には隊商ごと忘れ物でも何でも理由をつけて城壁の中に戻ることになる。一夜丸ごとかかってしまうかもしれないが、隊商にはここで待っていてもらわないといけない。


「では、行ってきます!」


 ラクダ商人に声をかけてから、レンガ造りの安置所の陰を出る。


 ダンジョン内で死体となって発見された者は、血と共に魂が地面に染み込む前に移動されなければならないと信じる一派がいるため、死体を連れ帰る余裕のあるパーティは多くないにも関わらず、個人的な信仰上の理由から断固として決行されることがある。

 ダンジョンのそばにはいくつかの宗教ごとに安置所があり、死体を持ち込むとクエストに拠らずわずかばかりだが謝礼を支払ってくれることになっていた。モンスターとして人が蘇ることへの忌避がそこにはあった。


 ダンジョン門もまたレンガ造りだった。

 レンガといえど完全な泥土ではなく、砂質粘土といくつかの有機素材を混ぜて干して固めたものに過ぎないが、何らかの意図と魔法を経て造られたものには相違なかった。

 街灯に照らされているにも関わらず、陰の落ちない薄く透けた人型の形をしたものが、そこをかすめた。レイスは左右に1体ずつ、計2体のようだ。

 

 近づきつつある私に気付いたようで周囲を浮遊移動せずダンジョン前に陣取っている。

 最初の1体は不意打ちできるが、異変に気付いてこちらに向かって来るだろう2体目をどうすればいいだろう。もしくは1体めさえ足止めにもならなかったら――そのときは安置所に逃げ込んで朝まで待つしかない。祝福された建物には入れない筈だ。


 レイスも眠らず食事経費もかからず24時間の見張りは可能だが、たとえ不運にも今、見回りが来たとしてもリッチと異なり口を開いたりできないらしい。即、応援が呼ばれることはないだろう。

 そもそも外交的に他国の商隊が知らずのうちにダンジョンに迷い込むことを防ぐのが目的だ。レイスが出し抜かれた形跡があるだけでも役目を果たすのだ。


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