教科・魔法植物で惚れ薬
牧畜の次は魔法植物の授業に真剣に取り組むことにする。
生活魔法の先生と背格好の変わらない女性ノームの先生で、丸っこい鼻の目立つ顔に柔和な笑みをいつも広げている。名前はノミデス。多少若く見えるので生活魔法の先生とは年齢差100歳といったところだろう。ノームはエルフより長命でハイエルフよりは短命といったところなのだ。
2人はカフェテリアでも連れ立ってキノコ料理ばかり食べているところをよく目撃されている。生徒にもノーム種を多少見かけるが、生徒達よりも年長である先生方は土の記憶が強いのと、生まれ育ちが砂漠王都の年若い生徒達とは根本的かつ世代的に相容れないものがあるのかもしれない。
エルフもキノコは好むが、彼らほどではない。うっかり毒キノコでも口にしてしまったらどうしようという懸念がつきまとう。私の住んでいた寒村ではあまり見かけないものだったし、こちらの砂漠の王都でも決してありふれたものとは言えない。そもそも氷に閉ざされた一帯でも砂漠でも、木そのものが大変貴重で馴染みのないものだった。
何せ、私の手持ちの服装の中で唯一ユウの関心を惹いたのが、この不格好としか言い様のない木靴だ。自ら地に落ちて生命力を失った木を加工して製作されたところや砂漠の砂にも沈まず熱も伝えぬところに得も言われぬ縁の力と浪漫を感じるのだそうだ。
形成された城郭都市のすぐ外のサバンナの中にあるダンジョンでは、地下水が豊富で中には木も生えている、鉱石もたくさん産出されるらしい。将来、ユウと2人で木靴店でも開いたら食べていけるだろうか?
だけど靴ならともかく、今日食べるキノコがもしかするとかび臭い湿気の立ち込めた地下産で、冒険者達が一攫千金のため無理やりもいで来たのかもしれないと思うと食欲を失くしてしまう。
私はやはり木の実や果実が好きだ。最近知ったばかりのフィンガーライムなど最高だ。色とりどりの果実が中から溢れて出てくる見た目も美しく、香りの強い実に幻惑を抱かされるほど魅了される。子供の頃はヤマモモばかりを食べさせられた。ここには憎きヤマモモも存在せず、人間達は味を知らずに済んでいる。
王都に出て来てから、どんどん舌が肥えてきてしまっている自覚もあるが――。
ノミデス先生はあのおばあちゃん先生よりマシだといいな。人の良さを前面に出して世間を渡っていくのはある意味とてもこすからいのではないかと思ってしまう。
相手の言いなりになる様でいて、自分をさらけ出しすぎないで目的を達しているというか。何が起こっても自分のせいじゃない、他人が悪いんだという他責思考が強いというか。とにかく誇り高きエルフの生き方ではない。
思い出したくないのに、ブライスに生活水魔法もできないと侮辱されたあの授業を思い出してしまう。
エルフたる私がなぜメイド業に必要不可欠な魔法すらできないと言われなければいけないのか。生涯の職として思い定めた訳でもないのに人間社会での枠組みに嵌めて当てこすりを勝手な思い付きで口にしてしまう、あの傲慢な性格。これだから貴族男子は嫌だ。何も分かっていない。身分を盾に異なる種族への想像力がない。
考えてみれば彼らの第一義は血統を残すこと。
先祖代々、伝えられてきた家名を次世代に間違いなく渡すこと。
そのために清廉で純情な貴族女子を選び抜いて子を産ませる。
ときには家同士の利潤のため。だから異なる他者への理解など不要で、むしろ徹底して排除した方が好都合というのが偽らざる本音なのだろう。
人間は世代交代が早いので歴史に名を残す程の一代の所業が少なく、そうした形でしか永遠を紡いでいけないのかもしれない。
歴史――といっても、人間社会の中でのことであって自然界への影響力などにいつまで経っても主眼を置かずにいる存在。その社会にしても法が正義の鉄槌であるという建前の下に、抵触しない限りにおいて好き勝手やっているように見える。
強大な権力は然るべき者に受け継がれるべきだが、功績を上げない限りは見向きもされない。大衆に担ぎ上げられてから重い腰を上げるのだ。人間の社会には様々な疑問も感じる。
授業場所はリッチ先生の住処である木柵結界のすぐ横、魔法植物畑だった。
マンドラゴラが植えられているというその場所は、見た目には人参畑にしか見えず、地面に葉を這わせるウェルウィッチアともまた違う色の花が咲いていた。
これ以上、花に魔力が奪われないうちに収穫して早く惚れ薬に加工してしまいたいらしい。それぞれ習熟度別の3クラスのうち、私の所属する最底辺クラスでは主に収穫(肉体労働!)を担当し、より上級クラスでは乾燥からの抽出などもこの先扱うようだ。ユウが教えてくれた授業内容から知っている。
もし魔法薬の才能に恵まれたなら、莫大な財産が見込めるのだという。呪紋や魔法器と違って、日々の適切な服用によって効果を発揮する薬は売り切りではなく都度必要とされる。
回復薬のように身体本来が還元しようとする力を促進する作用であればいいのだが、何もないところに思念を植え付ける、しかも特定の相手だけに、といったような惚れ薬は一度内服させただけでは持続しない効能の代表例らしい。
それでも思いの強さ苦しさが、人々にこの劇薬を求めさせるのだそうだ。魔法で解決したところでいつかは現実に立ち帰らされる日が訪れるのだが、先延ばしにしてでも心の痛みから逃れたい。それ程の激情を伴うのが恋というものだから、王立魔術学園でさえ対症薬の一環として密かに忘却を促す薬を調香しているらしい。ユウによれば「私はそれもあって家を出ましたの」とのこと。服や部屋にたとえ香りであってもいつ仕込まれるか分からない、と。
買えるものであるなら、そして貴族として金銭的に裕福なのであるなら、売られている以上、簡単に手に入ってしまう。人間の欲望とは可能であれば他者を変容させてでも追求せずにはいられない程強いのだろう。魔法を駆使する態度にもそれは現れている。人間の魔法はとても傲慢なのだ。
「マンドラゴラはあなた達も知っての通り、惚れ薬に使用されます」
ノミデス先生が畑の畝の1つにしゃがみ込み、艷やかな緑の葉を撫でながら言った。
お姉ちゃんのような優秀な魔女でも自学だけで牧畜や植物や魔法薬を習得することはできない。人間社会の営みの中で実技を伴ってこその学問だからだ。
そのことに満足感を覚えながら、ノミデス先生の注意事項に耳を傾ける。
「今から引き抜きますが、真空の防音ボックスを被せて完全防備してから息絶えるまで叫ばせます」
丁寧に耕された畑の土は柔らかい。防音ボックスが土に根付いたマンドラゴラに被せられていても、引き抜きにはそれ程力を必要としないため問題はないということだろう。
「えーい!」
次の瞬間、つんざくような悲鳴が多重奏的に響き渡ったかと思うと、私は次第に意識を失っていった。
***
どのくらい眠っていたのか分からないが、目を開いて窓の外を見ると夕方になっていた。
地上から見る砂漠の夕陽は砂を赤く染めて落ちていく。ここは医務塔で、高いところから見下ろす日没は砂よりも空のほうが赤みを帯びているように見えた。
上体を起こして窓を開けて生温くなった風が運んで来た空気を吸い込む。甘くて優しい夜の匂いがする。
「よう」
私の起きた気配に気付いたのだろう、白い仕切りカーテンの向こうから声がした。
「お前、マンドラゴラで気絶したんだってな」
その声は私の大嫌いな貴族のものだった。
「ブライス――、なんでアンタがここに」
「何だよ、僕が自ら運んでやったんだぞ。ノームはチビだし、リッチは実体がねえし」
カーテンが勢いよく横に引かれて、そういえば此奴の顔を間近に見るのは2度目だと思った。初歩的な生活魔法ができずに覗き込まれたとき、どこか端正で整った顔だと思ったのだった。
短髪だけど癖のない金髪に薄い茶色の目。
ラクダのようにやや左右離れてまつげの濃い、上からだけど躊躇なくこちらを真っ直ぐ見てくる瞳。
「アンタ、ラクダに似てるわね」
「はっ!?」
怒気を含んだ嘆息が返ってきた。
「いや、だから礼くらいは言えよな……。エルフってこんななの?」
「なんでブライスがいたの?」
純粋な疑問だった。
魔法植物の学科ではクラスが異なるし、何だかずっと聞こえていた悲鳴は思い返してみればマンドラゴラのものだけでなく貴族女子達も混じっていたように思う。「きゃぁぁぁーー、ブライス様!」と、こんな感じだ。
「リッチの授業だったんだよ」
なるほど牧畜地は植物畑の隣だ。
女子達の悲鳴を聞いて駆けつけたという訳だ。動物の乳をほっぽり出して。
「私を運んだって……、変なとこ触らなかったでしょうね!?」
「運んだのは、この絨毯だよ」
ブライスが指し示した先には、巻かれて壁に立て掛けられた絨毯があった。
金糸や魔法紋で彩られていて如何にも豪華かつ高価そうだ。
「こんなの持参してるの」
「うっせぇーな」
「そっか、私、皆より耳がいいから……」
防音対策が施されていても、マンドラゴラの断末魔の叫びが聞こえてしまったんだ。
繰り返すが王都であってもエルフ生息数は少ない。先生方もさぞ焦ったことだろう。
「ありがと」
「うん? 聞こえない」
せっかく礼を言ってあげたのに! これだから駄耳種族は!
血が上ってきたのが分かる。顔が真っ赤になってしまう。
「まぁ、おかげで授業がサボれて助かったよ。退屈だよね、乳搾りだの引っこ抜きだの。平民にやらせとけばいいっての」
うわぁ。最低。
一体、何という上から目線。
エルフである私では予想付かない、でも元から斜め上だよ此奴の思考回路。
「そうだ、聞きたいことがあるんだけど……」
「うん?」
ユウのことだと悟られないように最新の注意を払いながら、おずおずと訊いてみる。寮の同室ということを除けばホームルームで隣同士という接点しか見て取れないだろうし、きっと分からないだろう。何故かブライスなら貴族女子の好みにまで通じているような気がした。
「貴族って何が好きなの? 食べ物とか果実とか……」
果実というのは完全に私の好みだ。
人間なら果実のみならず節操なく幅広く口にしていそうだけども、それだけに一体何を選べばいいのかも分からない。大事な友達に変わりはないのにいつも与えてもらうばかりしてあげられることはあまりに少なかった。対等でいたいのに。
「そうだなぁ。……マルメロなら食べても飲んでも、塗ってもよし!」
「塗ってもって、何?」
「化粧品としてはもちろん……」
何か含み笑いをしている。うわうわぁぁ……。
本能的に身震いがして、思わず身構えて医務室のシーツを掴んでしまう。先生どこっ!
「イ=ナースならマンドラゴラの薬効成分の抽出に駆り出されてるよ」
私の考えを先回りしたかのような発言。
イ=ナースというのは医務の先生だ。
つまり、この部屋には私達しかいない。
マンドラゴラは引き抜いてすぐに加工を始めないといけないとされている。
悲鳴を上げて息絶えた直後から鮮度が落ちるのだが、惚れ薬に鎮痛作用に解毒薬と効用が広いため、需要が多岐に渡っている。大変に高価で学園の経営資金になるならと教員総出で、ときには優等生まで取り立てて試作品を複数製作し、処理に当たるのだそうだ。人間社会は経済を中心にまわっている。
「今日の授業で全クラス終わって成熟度も確認できたし、今夜リッチが大鎌を鍬に持ち替えて残りを引き抜くんだってさ」
防音措置がなかったら私は死んでいたかもしれない。
そんな物騒な植物は、預り知らない間に引き抜いておいていただけると助かる!
「なぁ、お前、ダンジョンには興味ないの? 僕を投げ飛ばした実力があれば挑戦しない手はないと思うんだけど。ダンジョン目当てで王都にまで来たんじゃないの?」
突拍子もないことを口にしながらめずらしく真剣な表情でブライスが言った。




