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そして治療が始まった。
薬物治療のおかげで、髪が薄くなるであろうユウは、ニット帽を被った。夏なのにニットはどうよ?という私に、
「バンドマンにはニットは欠かせないんだぜ」
と言って笑った。
ユウは泣かなかった。
あんなに涙もろかったユウが、どうしたの?というほど泣かなかった。
放射線治療も始まり、ユウは徐々に気持ち悪いと訴えることが増えてきた。
先生に聞くと、抗がん剤の副作用だということ。
七月の暑い中を、私は毎日アイスを持って見舞いに行った。
ユウはアイスをほおばり、
「頭がキーンってする」
と言いながらアイスだけはいつも食べた。
このところあまり食事はとれていないらしく、点滴が追加された。
自慢の金髪は生気を失い、目深に被るニット帽からは金髪が見えなくなっていった。
とはいえ、全部抜けてしまうわけではなく、髪の毛は残っていた。
◇
「お父さんは認めないぞ」
父はそう言った。
婚姻届のことだ。
「お母さんは?」
母は黙っていた。
「そんな、死ぬってわかっているのに、結婚なんて」
それが本音だった。
死ぬってわかっているのに、結婚だなんて、確かに正気の沙汰じゃないのかもしれない。でも、今結婚しないと、産まれてくる子どもは父親が誰だかわからない子どもになってしまう。
愛し合ってできた子どもだ。そんな悲しい思いをさせたくない。
「だいたい、お父さんは産むこと事態認めてないのに」
父はタバコを吸いに庭に出ていった。
「お父さん、家の中でタバコを吸わなくなったね」
「そりゃ当たり前でしょ」
と母。
「産まれてくる孫のためにも、よくないからって。お父さんなりの気遣いよ」
「お父さん、どうしたら認めてくれるかな?」
「認めてくれなかったらどうするの?子どもは殺しちゃうの?」
「殺しちゃうなんて、酷すぎるよ!言い方考えてよ!」
母はふうっとため息をついて言った。
「チカ。チカの年齢で子どもを出産するって、そんなに簡単なことじゃないの。働き口もないだろうし、保育園に預けるにしろ、お金が足りないのが現状よ。」
「……。」
私は無言で母の言葉を聞いた。
「特に、女一人で産んで育てるって、うんと難しいことよ。チカは実家があるから、甘えてるんじゃないの?」
その質問に私は答えられなかった。
「結婚するのはいいけど、あとのことをちゃんと考えなさい。お父さんもそれが言いたいのよ」
「……はい」
私は実家に子どもを預けて働けばいいとばかり思っていた。
頼めば預かってくれるだろう、しかしそれでは自立しているとは言えない。
ユウの家からも、産んだらしばらくうちに来て働きにいけばいい、と言われてどこかで安心していた。
それに、まず学校を卒業しなければならない。
学校の間は母が面倒をみると約束していたので、その期間は心配ないだろう。
それに、私は大学進学コースにいる。このコースにいても就職できないため、三年のこの時期だが、コースの変更をしてもらわねばならない。
なにかと手間がかかるのだ。それに、妊婦の私を在籍させるかはまだ決まっていなかった。
二人でラブラブな生活を思い描いていたのに、一気にどん底まで突き落とされた気分だった。
しかし、私は結婚を認めてもらうしかなかった。
反対されても、ユウの両親が証人サインをしてくれれば大丈夫なのだが、産まれてくる子どもは祝福で迎えて欲しい。
「――お母さん、私……」
「なぁに?」
キッチンで茶碗を洗っている母が答える。
「――私、甘かったみたい。もう少し、考えてみる」
とそれだけを言った。




