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告知――それはとても重いものだった。
大腸の検査の結果、大腸にも癌が転移していることがわかった。それから肝臓も。
ここまでひどいと手術は出来ない、放射線治療と薬物治療くらいしかできない。
緩和病棟にはいるかと聞かれ、お母さんは悩んでいるようだった。
もってあと半年の身体。
痛みなどもあったはずなのに、ユウは元気にくらしていた。
私は先に退院し、ユウの病室へ顔を出した。
「おっせーよ!」
私の三日間の入院の間、検査づくしだったユウが一番最初に発した声だった。
「ごめんごめん。妊婦の風邪はなかなかよくならないものよ」
「子どもは?大丈夫だった?」
「うん、妊婦でも飲める薬があったから、それを飲んで治したよ」
この時私は、妊婦でも飲める薬について詳しく調べていた。
漢方薬にそういった薬があることも調べていて、それでそう返事をした。
ユウに余計な心配はかけられない。
ユウは病室にギターを持ってきていた。
「曲、作るの?」
「おう、前のよりもっといい曲を、と思ってさ」
「前のでもよかったじゃん」
「今度はお前だけのために作るの!」
「えっ、そうなの?」
私の顔はトマトのように真っ赤に染まった。
「照れてやんの!」
そうからかうユウを睨み付けながらも私は幸せだった。
◇
「本人に、告知しようと思うの」
お母さんのその言葉は重たかった。
「その上で、あの子に生き方を決めてもらおうと思ってる」
私は無言だった。
ユウに伝えたときの落胆を考えると、とても言い出せないことだった。
それでもお母さんは告知の道を選んだ。間違いではないと思う。
「告知したら、チカちゃんにお願いがあるの。」
「はい?」
「ユウを……ユウを支えてあげて欲しいの」
「私なんかがそんな大役、できっこないです!」
「ううん、チカちゃん、あなたにしかお願いできないの。ユウを支えてあげて」
泣きながら言うお母さんにおされて、私はユウを支える心の準備をした。
告知は静かに行われた。
私なんかがその場に居合わせていいのかわからなかったが、とりあえずユウの隣にいた。
癌だと聞いたときのユウの表情は忘れられない。
納得と絶望と怒りと、そんなものばかりが大量に吹き出した、そんな顔をしていた。
緩和病棟へ移ることを、ユウは拒否した。
最後まで闘い抜きたい、ユウはそう言った。
泣き虫なユウは泣いていなかった。ただまっすぐ先生のほうを見返すと、ゆっくり私の方を向いた。
「俺には、守らないといけない『家族』がいるんです。」
と。」
家族とは私たちのことだった。私とお腹の子どものために、最後まで闘い抜くことを決めたのだ。
私は泣き崩れた。本当は泣き崩れたいのはユウの方なのに、ユウは泣かなかった。
告知してユウが最初にやったことは、バンドのメンバーにこの事を告知することだった。四人四様の困惑した姿があったが、みんなとりあえず納得して、落胆したまま帰っていった。
次にしたこと……それは婚姻届を書くことだった。
八月にはいり、ユウの誕生日がきたら、すぐ出せるように、とのことだった。
字はところどころ涙でにじんでいたが、それでもユウの私に対する気持ちを充分表現していた。
「これ、お前さえよければ誕生日に出してきて欲しいんだ。いいだろ?」
父と母は戸籍が汚れるからだのなんだのと言っていたが、私は構わなかった。一瞬でもいいから、ユウの家族になりたかった。その夢が叶ったんだ。私は嬉しさの中に悲しみを見つけた。
夢……いつか、子どもと三人で手をつないで、歩いている。
そんな夢もあった。
一年でも長生きして、子どもをだっこさせてあげたい。
――それだけが望みだった。




