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恋の歌  作者: ちびひめ
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笑っているユウのそばで、お母さんが笑っていないことに私は気づかなかった。


「バンドのオーディションがあるなら、なおさらきちんと治さないとね!」

なにも知らずに私は言った。

面会時間ギリギリまで居座って、帰る間際に病室から出たところでお母さんから呼び止められた。


「チカちゃん、ユウのことなんだけど……」

「はい?なんですか?」

「ユウの病気のことなんだけど……」

「はい?」

「胃潰瘍じゃなくて、胃ガンだそうなの……」

「はい?」


私の思考は停止した。


「胃ガン……?」

「それも、かなり進んでいるらしいの」

そんな……嘘でしょ……

私の頭はガンガンと鳴り、目眩がした。

「先生の話だと、他に転移している可能性もあるって……」

「ガンって!!手術すれば治るんですよね?」

思わず強い口調になる。

お母さんは頭を振ると、

「手術しても助かるかどうかは五分五分らしいの」

「どうして?!」

「先生の話だと大腸にも転移しているかもしれないって……明日から詳しい検査を始めるけど、末期ガンだって……」


私はへたりこんだ。


末期ガン……


私の脳内をその言葉が駆け抜ける。


「本人に告知するかどうか迷っているの。でも、チカちゃんには知ってもらっておかないと、と思って」

淡々と話すお母さんに苛立ちを覚え、私はお母さんに食って掛かった。

「本人に告知って、あんなに元気なのに、そんなこと言うんですか?!」

「胃潰瘍にしては検査が大がかりだから、バレるんじゃないかと思うの。残りの人生を謳歌したほうが……」

私の目から涙がこぼれ落ちた。

そんなこと急に言われたって……


とたんにお腹に激痛が走った。

経験したことのない痛み。ツキーンというか、ズクズクというか、とにかく下腹が痛くなった。


私はそのまましゃがみこむと、朦朧とする意識の中で、お母さんの呼び声を聞いた。





翌朝起きると、病院の中にいた。腕に点滴をされている。

ちょうど母が入ってきたので、

「私、どうしちゃったの?」

と尋ねた。

「強いショックを受けたから、流産しそうになったらしいの。でも、もう大丈夫よ」

「大丈夫って、お腹の子どもも?」

「うん、今は流産止めの点滴をいれてもらってるから、大丈夫よ」

母は花瓶に花を活けながら答えた。


「ユウは……ユウはどうしてるの?」

母は安心するように私の頭を撫でながら言った。

「ユウくんのお母さんから聞いたわ……今日は大腸の検査らしいの。でも、大丈夫。チカはチカで早く良くならないと、ユウくんに会いにもいけないでしょ?」

母は私を抱き締めて言った。

「今はあなたの身体を治すことにだけ集中して」

私はコクリと頷いた。



入院生活はつまらないものだった。ユウもこうしてつまらないなんて思ってるんだろうな。

私がお見舞いに行かないからすねてるんじゃないだろうか。


そんなとき、携帯が鳴った。

ユウからのメールだった。

『風邪ひいたってだけど大丈夫か?お腹の子どもは元気なのか?』

私は

『二、三日すればよくなるよ。風邪菌うつしてあげようか』

と返事する。

『オーディション前の喉になんてことを!!』

と返ってきたので少しホッとした。

『ばーか。治るまでお見舞いはお預け』

『ばかじゃないやい』

そんななにげないやり取りの中に悲しい事実があることを、私だけが知っていた。


告知。これが人の生きざまを変えてしまう大きな難題だった。

一歩間違えれば気力をなくしてしまう。


『今日は大腸カメラっていうのをしたよ』

『へえ、どんなの?』

『ケツからカメラいれられて、これなんのプレイ?って感じだった』


こんな感じで、病状はどんどん進みつつある身体を、本人は何も知らずにいた。


――私はこの時ほど自分の無力さを感じたことはなかったよ。

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