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4話 トラブル!?

次の日の部活前。


前日、有紀が見学していた場所で一成と有紀は1メートル程離れて向かい合わせに座っていた。



『僕、すごく嬉しいんだよ』


『え、何が?』


『寺田くんが話しかけてくれて』



そう教えられ、一成は頬を赤くして思わず飛び上がるように立ち上がってしまった。



『そんな、相原くんこそ僕と仲良くしてくれるなんて』


『あ、それは僕の台詞なのに』



有紀は怒ってもいないのにぷうっと頬を膨らませた。


すると恋は盲目と言うべきかそれに気付かず本気に取った一成は潤んではいないが泣きそうな顔になる。



『冗談だよ』


『なんだ、良かった』



心底安心したと語る表情に変わる様を有紀はおかしそうに見つめた。


しかしその近くでそれを見ていた悟はツッコミたくてウズウズしていた。



「…俺だけか。いや、絶対俺だけじゃないだろ」



確かに微笑ましいかもしれないが、それは全て筆談で行われていた。


おまけに何故か紙の受け渡しは伝えたい言葉を記した紙を紙飛行機にして飛ばす方法なのである。


それからこれでは何の話をしているのか悟にはさっぱりわからず、もどかしくてならない。



「内中くん、震えてますよ。大丈夫ですか?」


「五月蝿い、黙れよ」



おまけに横には綾姫。


悟は溜め息を吐いた。



「寺田くん、部活が始まるまでに帰ってくるかな?心配だな。あ、新屋先輩こんにちは」


「こんにちは、相原さん」



そうこうしているうちにまた恥ずかしさに耐えられなくなったらしく、気付けば一成の姿はそこになかった。



「はぁ、一成が可哀想」



一成が慣れるまでずっとこれが続くと予想できてしまうのだから、悟は思わず呟いた。



「え、どうして?」


「い、いや、何でもない」



そう、と軽く言って有紀は何故か道場を出て行こうとする。



「あれ、今日はもう帰るのか?」


「違うよう、また戻ってくるよ。このタイミングでそんなこと聞くなんて悟も野暮だなぁ」



と笑いながらそそくさとどこかへ去ってしまった。


あの口振りでは一成を捜しに行くわけでもないようだ。



「……野暮?」


「わからないのなら、それで良いと思いますよ。その方が…いえ、何でもありません」


「おい、馬鹿にしてるのか?」


「いえ、そういうわけではないのでどうか怒らないでください」



どうも綾姫に詰め寄っても答えてはくれないだろうと察した悟はモヤモヤとした気持ちを抱えつつも渋々諦めた。


大概鈍いところもある悟だった。






◇◆◇◆◇






その頃、今は使用されていないある教室では数人の男達が集まっていた。



「あいつ、最近目障りだよな」


「ああ、相原くんに近付きやがって生意気だ」



言わずもがな一成のことである。


有紀のことが好きな者にとって一成の接近は歓迎されるはずがなかった。



「ちょっくら懲らしめてやった方が良いんじゃね?」


「あいつは殴るだけじゃ気が済まねぇよな」


「ネコにしてしまおうぜ。そしたら相原くんにも興味がなくなって彷徨かなくなるだろ」


「んでもって奴にタチを提供してやって相原くんを紹介させるのはどうだ?」


「ぎゃはは、それ最高じゃん」



下品に笑う男達をその中に混じりながらも一人だけはどこか冷ややかに見て話には参加していなかった。



「まずは体育倉庫に二、三十分ぐらい閉じ込めてさ。で、助けてやる振りして襲うなんて良くね?」


「安心させておいてどん底に、か。がははは、そりゃ良いな」


「虎詩もそれで良いよな?」


「……ああ」



それは今里だった。


否定で返せば暴力を振るうくせに、と男達に適当に言葉を返す。


乗り気ではない。


正直男達と連むのも止めたいぐらいだ。


しかしそうなると面倒事は避けられないのはわかっているのでそのままでいる。



「確か虎詩は奴と同じクラスだったよな?次に体育の授業はいつにあんだよ?」


「…金曜日の四時間目」


「昼休み前か。とっととやればバレにくいちょうど良い時間じゃねぇか」


「うし、次の金曜に決行だな」



仕方なく、といったような虎詩の素っ気ない声に不信感を抱くことなく男達は話を纏めた。



「さ、帰るか」



その声を合図に男達は解散した。


教室を出る男達に遅れて今里も教室前の窓の方をチラリと見ると何食わぬ顔で去っていった。






◇◆◇◆◇






男達が計画を実行すると言っていた金曜日当日。


そんなことは知らずに一成は一時間目に出題されていた数学をああでもないこうでもないと次の時間までに理解しようと休み時間の間に悩んでいた。



「で、結局告白はできそうなのか?」



悪いかなと思いつつもそのことを気にしていた悟が尋ねると、一成は手に持っていた教科書をまるでショックを受けたかのように突然放した。


当然重力に従って床に落ち、派手に音が響く。


幸い周りがそれ以上に五月蝿かったので注目はされなかった。


その大袈裟な反応に何かあったのかと再び悟が声をかけようかとしたその時だった。



「駄目、だった」



一成がぎこちなく悟の方を振り向き、そう弱々しく呟いたのだ。


過剰な反応のわりに普通な答えに悟は安心した。


過去形ということはしようとはしたのだろう。


言葉の意味合いの認識が互いで違っていることにも気付かず、悟は次に首を傾げた。



「書くだけだから駄目とかはないだろ。もしかして文字を綺麗に書こうとしているのか?別に一成の字は汚くないからそんなこと気にする必要はないと思うけど」


「ううん、駄目なのは…か、書くから見ていてくれるかな?」



口で言うよりもその方がわかるだろうと一成は鉛筆を持ち、紙に向かった。


一成はどこか気合いを入れた顔をすると手を垂直に上げ、鉛筆を振り下ろすかのように紙に近付けた。


しかし勢いが良かったのはそこだけで、紙の数センチ上で急にピタリと手を下ろすのを止めた。


悟が何だろうと横から見ると手が震えていた。


顔もどこか強張っている。


その数秒後、意を決して書き出したのは良いのだが震えは止まっていないためミミズが這ったような、要するに解読不可能な文字が出来あがってしまった。


確かにこれは読めない。



「日常会話のようなものは緊張せずに書けるんだけど…」



緊張を甘く見てしまっていたようだ。


結局筆談ではなく手紙であったとしても告白までは至らなかっただろう。


今後どうすべきか悟は頭を悩ませるが答えは簡単に出るはずもなく、ただ時間が無駄に過ぎていくだけであった。






◇◆◇◆◇






四時間目の体育の後、ちょうど着替え終わった頃。



「おい、寺田。先生が体育倉庫からマットを三枚出しておいてほしいって。あと、倉庫の鍵は開けてあるってさ」


「あ、うん、伝言ありがとう」



一成はクラスメートの男子にそう声をかけられた。


何故自分なのかと不思議に思ったものの頼まれたからにはやらないといけない、と体育倉庫に向かうことにした。


生憎悟も先程何かを頼まれたらしく今この場にいないので、クラスメートに『悪いけど先生に頼まれたことがあるから少し待ってて。綾先輩にも来たらそのことを伝えておいてほしい』と伝言を頼んで一成は教室を出た。


昼食時だからか購買部や食堂へ繋がる廊下以外はやけに人気がない。


言わずもがな体育倉庫周りもそうである。


尤も昼食を食べ終わった頃以降の昼休みの時間帯であったとしても、グラウンドに隣接しているわけではないので体育倉庫周りはどちらかというと静かなのだが。


ただ一成が体育倉庫へ向かうところを目撃する人物はその時間帯よりも格段に減るとは言える。



「ええとマットはどこにあるんだっけ…?」



倉庫には窓が一つしかなく、それもかなり小さいため光が差しにくい。


それでも目を凝らして見たところマットは視界に入らないので、もう少し奥にあるのだろうと進む。


そうしてちょうど倉庫の真ん中あたりを歩いていた時だった。


突然ガラガラという音がしたかと思うと暗闇に包まれた。



「え…?」



そして戸惑っているうちに続いてカチャリ、と音がした。


倉庫の扉を閉められてしまったのだ。


一成は慌てて転びそうになりながらも扉があると思わしき所へ向かう。



「すみません、倉庫の中にまだいます!」



扉か壁を叩きながら叫んでみたが、鍵を閉めた人は既に去ってしまったのか開く気配はない。



「嘘、どうしよう…」



一成はその場でへたり込んでしまった。


悟への伝言を頼みはしたが手短だったので、すぐに帰ってこないのはおかしいと気付いてもらえても居場所の特定は難しいだろう。


とりあえず倉庫の物を出しておくように頼まれたのだから次の授業が始まるまでには開くだろうが、悟と綾姫に心配をかけるのが忍びない。


それまで待たずに何とか倉庫から出られないだろうか、と考えようとした時だった。


何かの音がする。


それも外ではなく中で、だ。


一成は思わず恐怖で身を震わせた。


そんな一成に音の正体であろう何かが横からぶつかってきた。


その衝撃で一成はころりと転び、仰向けになる。


恐らくそれの影響だろうが、何かが一成の上に覆い被さったらしく気配を感じた。


温もりも感じるのだから物ではない。


突然の出来事に心臓をバクバクさせていると、少し気配が動いた。



「ご、ごめんね。寺田くんもいるって安心したら勢いづきすぎちゃった…」


「えええええっ、ああああああああ相っ原くくくくくん!?」



暗い中で姿が見えなくても想い人なのだから声でわかる。


ただでさえ激しく脈打っていた心臓が加速する。



「ホント、閉じ込められて困っちゃったね」



心底ほっとしたのか、そう言いつつも照れたような声がする。


有紀に恋愛感情を持っていなくても、そういう気のある人であれば襲いかかってしまいそうなほどに艶のある声だった。


しかし一成はそれどころではない。


有紀が言葉を発する度に首筋に吐息を感じるのだ。


先程ぶつかったことからもわかるように少しでも動けば触れられる距離なのだろう。


どうすることも、声すらも発せられず一成がそのままの格好で固まっていると有紀は突然小さくあうっ、と叫んだ。



「もう駄目…!」


「ふぇっ!?」



やっとのことで出た声は驚きだった。


有紀の腕が疲れたらしく、一成の真上で崩れたからだ。


当然身体は重力に従い、一成に密着している。



「寺田くん、ごめん!痛かったよね?」



有紀は腕立て伏せをするように少し身体を起こすと、しっかりと一成の両腕を床に押し付けつつ掴んだ。


暗くてわかりにくいが、有紀が一成を押し倒したような形になっている。


一成はそこまで現状を把握していなかったが、感触は暗闇でもわかるものなので密着状態には当然気付いている。



「おおおお願っ。はははははなっはな、離れて」



有紀が触れるところが低温火傷しそう、といよりもその熱さで有紀まで火傷したら大変だというわけのわからない思考でそう結論を出した一成は慌てて有紀に警告する。


声をかけることでさえ緊張していたのだ、突然の急接近にパニックに陥ってしまったのだ。



「わかった」



一成は僅かながらもそれを聞いてほっとした。


しかし結局状況が変わらない提案をされてしまう。



「けど…手は握ってていい?」


「え、えええええー!?」



つい困った声を上げてしまう。


それでは意味がない、と一成は泣きそうになった。



「もしかして僕のこと、嫌いだから駄目なの?」



不安そうな、悲しそうな声で有紀は尋ねる。


それを聞いて一成は慌てた。



「とっととと、とんでもごじゃいません!」



問題があるのは一成の方であるし、有紀を傷付けたいわけではないからだ。


力一杯に有紀の言葉を否定する。


つい癖で首を左右に振ったためにしこたま頭を地面に叩きつけてしまって涙目になってしまうが、今はそんなことを気にしてはいられない。



「じゃあ、繋ご」



しかしそう答えれば自ずと繋ぐ方向に話は進んでしまうわけで。


有紀はそのまま身を起こすと心の準備ができずにいつも以上に挙動不審な一成の体勢も整えて隣に座った。


暗い中、何とも器用である。


端から見ると先ほどの怪しげな体勢よりも良くなったのだが、一成にとっては触れ合う状態が続くようになってしまったため悪化したようなものだ。


その上、こんな暗闇では筆談など不可能なのだから会話もこなさないといけない。


急にハードルが高くなりすぎである。


これこそ難題と言わずして何になるのだろう。


ある意味幸運ではあるが、何とも不運である。



「ふふふ、こうしてると…凄く安心するなぁ」



そうして静寂の中でしばらく手を繋いでいると、有紀はしみじみとそう言った。


しかし隣からは何の反応も返ってこない。



「寺田…くん?」



流石におかしいと思った有紀は恐る恐るといったようにもう一度話しかける。


だがやはり何も返ってこないままである。


それにより何か異変が起きたのだと確信した有紀は、慌てて体育倉庫の壁に駆け寄り力一杯叩いた。



「誰かお願い、鍵を開けて!」


「お、おい、大丈夫か!?」



そこへ何ともタイミング良く人が通りかかったのか声がする。


しばらくすると体育倉庫の扉が開いた。


その扉の向こうにいたのは悟と綾姫だった。


そう、彼らが開けたのである。


二人は一成を捜していたのだろう。


悟は光によって露わになった一成を見て直ぐにあることに気が付いた。



「うわ、一成がのぼせてる!?」



悟は気は確かかと慌てて一成の両肩を掴み、ぐらぐらと前後に揺する。


辛うじて呻き声はするものの素直に揺られていてどうも大丈夫とは思えない。


その悟の行動に呆気にとられたのか、やや遅れて綾姫は言葉を発した。



「二人共、お怪我はありませんね?」



彼は悟とは違い冷静だった。


悟の腕から一成を奪うと、ちらりと悟を見て口を開いた。



「保健室に連れて行きましょう」



綾姫はそのまま一成を背負い、何故か入口付近で倒れている男たちは綺麗さっぱり無視して引きずらないようにしながら歩き出した。


こうして一成は初めて保健室のお世話になったのだった。






◇◆◇◆◇






「お腹、空いた…」



目を覚ました一成が最初に発した言葉は何とも間抜けだった。


昼食をとる前に閉じ込められたのだ、至極当たり前のことではあるが。



「何だよ、心配して損したじゃないか」


「ごめん」



そんな一成に悟はそうワザと疲れたように言ったが、それは一成が無事だったからこそである。


一成もそれがわかっていて照れ笑いをしている。



「でも、本当にありがとう。……ところで、相原くんは大丈夫?」



どうやら有紀は保健室にはいないのか、姿が見えない。


一緒に助け出されたはずなのだから、それは有紀の無事を示しているはずである。


だが、閉じ込められていた時に有紀の手が小刻みに震えていたことを一成は気にしていた。


だから本当に何事もなかったのか心配になったのだ。



「大丈夫だ。特に問題はなかったらしく、先に道場に行ったよ」


「そっか、良かった」



それを聞いて一成は一安心したらしく、そう呟いた。


悟もそれを認めてもう大丈夫だろうと微笑んだ。


しかしそれは長くは保たなかった。


一成が突然赤面したのだ。


どこにそんな要素があったのかわかるはずもなく、悟は焦りつつも尋ねた。



「ど、どうしたんだ?」


「ええええ、ひひょっとして、顔が赤い!?…ごごごごめん、ちょっと待って!」



両手でささっと顔を隠すと同時に悟から見えない方を向く。


どうやら気分を落ち着かせているようだ。


その間の気まずい沈黙はどうすれば、と悟が数十秒耐えていると一成がやっと先程の様子の理由を教えてくれた。



「ぼ、ぼぼぼ僕、今なら言えるような気がするんだ。だから相原くんに告白してくる!ちゃんと口で!!」


「えええっ!?」



突然の一成の宣言に悟は驚く。


筆談ですら無理だったのだ、そんな勇気があれば当然の反応だ。


しかしそれは一瞬でしかなかった。



「ま、でも善は急げだよな。その気がなくならないうちに告った方がいいんじゃないか、うんうん。頑張れよ!」



心なしか悟の表情まで輝かんばかりに明るくなり、声も弾んで意気込みを感じる。


頑張るのは一成であるのにだ。


だが一成はそれに気を留めず、話を進めた。



「うん、頑張るよ!……そういえば相原くんは道場にいるってことは、もう放課後になってる?」


「ああ、ぐっすり寝てたからな。あ、俺はちゃんと授業とHRに参加してからここに来たからそういう心配するなよ?」


「ごめん、ありがとう。じゃあ、部活に行かないとね」


「相原もいるしな」


「……う、ううううん」



もう大丈夫だから、と一成がベッドから降りると二人は道場に向かった。


そしてその道すがら、緊張を少しでも紛らわすために一成は尋ねた。



「そ、そそそそれにしても、僕の居場所がわかったなんてすごいね」


「う、まぁ、ええと、ああ、今ざ…いやいや何でもない。そうだ、何かとベタなスポットだったからかな?」



しかし今度は何故か悟が動揺していた。


確定事項のはずであるのに語尾が尻上がりになっている上、内容も曖昧だ。


まるで先程とは立場が逆になったようである。


ただ違いは、一成は悟の様子に気付くことなく納得したことだろう。


それでも器用にも携帯電話を片手で画面をほぼ見ずに操作しながら、悟は話を逸らそうとした。


それは意識が片手に向いているせい、というよりも焦りのせいで難航した。


こんな時に限って良い話題が思い浮かばないのだ。



「道場に着いたけど…悟、大丈夫?」



だが道場は保健室から近かったため、そうする必要がなかった程直ぐに道場に到着してしまっていた。


うんうん唸っているところを気分が優れないのだと受け取った一成が心配そうに悟の顔色を覗き見た。



「あ、わ、悪い、どこか痛いとかじゃなくてただ単にちょっと惚っとしてただけだから大丈夫だ。ほら、入るぞ」



悟はそのことに気付けずにいた己に恥じながら、一成に手で先に入るよう促して後に続いて入った。



「すみません、遅くなりました」


「あ、寺田くん!もう具合は良いの?部活に出て身体、辛くない?」



道場に入ると真っ先に有紀が駆け寄ってきた。


そのことで周りの視線が一気に一成へ注がれる。


しかし当の本人はそんなことには気付く余裕がない程、有紀に思考を奪われていた。



「うっ、うん、平気だよ」


「良かった…」



有紀はそう呟くと飛び付くように一成に抱き付いた。


悟が横で流石にこの状態から告白は無理だろ、とどこか青ざめて見ていると意外にも一成はそのまま口を開いた。



「そ、その、え、ええと、あの、じっ実は…伝えたいことがあるんだ!あっでも、あっちで、聞いて、くれる…?」


「うん、良いよ。何だろ、前置きがあるとドキドキしちゃうな」



道場の出入口前では邪魔になるし目立つ、とふと気付いた一成は隅へ移動することを提案した。


後者はもう遅いことには気付いてないらしい。


二人が動くと同時に周りの視線も移動した。


悟はというと視線だけでなく身体も二人について行った。


心の中でとはいえ、側で声援を送るためだ。


二人が立ち止まると程よく離れた場所で一成を見守った。



「ええとね、その、あの、ぼ、僕と友達になってくれてありがとう!じ、実はずっと、ずっと……友達になりたいって思ってたから、凄く嬉しかった」


「ずっと?」


「うん、はじ、はじ…初めて知った時から」


「本当に!?うわぁ、照れちゃうな。こっちこそ僕と友達になってくれてありがとう!」



すると二人は友情を確かめ合うように悟の目の前でお礼を言い合い出したのだった。


悟はポカンとしながらその光景を見ていた。


確かに一成の様子は粗方予想通りだ。


だが告げたものが全く違う。


悟の想像は友愛ではなく恋慕だったのだから。


その横でぼそりと解説が付いた。



「元々告白ということは先程のことを伝えるつもりだったのではないでしょうか?ある意味告白の一種ですし、好きだということは本人に言うつもりはなかったのですよね?」


「そ、そうだった…!」



告白は愛を限定とした認識があったため、そのことを失念してしまっていたのだ。


悟は己の勘違いに頭を抱える。


しかし、ふと気付く。


心の戸惑いに誰が答えたのかと。


先程声がした方をばっと向くと綾姫が目に入った。


実は悟が来る前に道場にいて最初から隣にいたのだ。


綾姫は悟をじっと見ていた。



「な、何だよ!?」



その視線に思わずたじろいだ。


そしてふと先程の失態を見られていたことに気付いた。


あまりの恥ずかしさに顔が一気に熱くなっていることが触らなくともわかる。



「何でもありませんよ」



だが綾姫は抑揚のない声でそう告げると、ふいっと素っ気なく一成と有紀に目を向けた。


やはり鼻で笑われたのだと数秒だけその様子に憤慨したが、一人だけ熱くなっているのも馬鹿らしくなり悟もそちらを見てみた。


すると一成は相変わらず上がってはいるものの、逃げ出さずに話し続けていた。


この調子だとしばらく平和になりそうだと悟は一人安堵した。


そして再度二人の言動に意識を傾けた。



「…が消えたんだ。ありがとう」


「僕の方こそありがとう。今日のことは僕もびっくりしちゃったから、僕も寺田くんがいてくれて安心したんだよ。…それで僕に言いたいことは、全部かな?」


「う、ううううん、そうだよ。いい以上、デス…き、聞いてくれてありがとっ」



だが残念なことにそれから直ぐに告白は終わってしまい、一成はそれを告げると慌てて一礼した。


どうやら今日のお礼で締めくくったようである。


内容が気になる悟はきちんと聞いていなかったことをとても後悔した。



「良かった、嬉しいことばかりで。実は伝えたいことがあるって聞いて、それが悪いことかなって思っちゃったんだ。ごめんね」



対して有紀はそう言うと首を傾げながら穏やかに一成を見つめた。



「そそそそんなっ、ぼ、僕の言い方が悪かっっ」



言い切る前に目が合ってしまった一成は、湯気が立ち上がりそうな程顔を真っ赤にして途中で口を閉じてしまった。


有紀の様子は一成だけでなく外野にも効果があったようで、多くが理性と本能の闘いに悶えている。


有紀は周りの様子に全く気付いていないのか、戸惑うことなくそのままの調子で言葉を続けた。



「ところでひょっとして、筆談は卒業?」


「え?」



一瞬意味を図りかねるがそれに気付くと一成は慌てて心の中で否定した。


今日は単に勇気が出ただけでとても継続するとは思えなかったからだ。


だから次にそれを伝えようとしたが、その前に有紀に遮られてしまった。



「折角だから、僕も伝えたかったことを言うね。僕、寺田くんとお話したかったんだ。筆談じゃなくて、こうやって」


「わっ、わわわわ…!?」



有紀はそう教えると一成に抱きついていた。


流石にそれには慣れていない上に少し前に仕草でノックアウトされていたのだ、一成はたじろいだ後に固まってしまった。


悟は実は見てはいけないものがその様子と同時に目に入ってしまったのだが、命が惜しくて気付かない振りをした。


そんな中、全くこの場の空気が読めていない声がかかる。



「おい、寺田。そろそろ部活に入れるか?」


「ふぇ、はっ、ははははい!すみません、今用意します。…あ、相原くん、ごごごめん、そろそろ部活に入るよ」



日向だ。


有紀に好意を持つ者たちはその横槍を賞賛したのだが日向自身には悪気がないのだ、ある意味質が悪い。


一成は有紀から慌てて離れると弓道着に着替えるため、更衣室に入っていった。


その途端に凍り付くその場の空気に悟は震えた。


周りの多くも感じ取ってはいるらしく戸惑ったような様子ではあるが原因がわかっていない。


日向などなんだか涼しくなったお陰で部活がやりやすい、と悟の気も知らず喜んでいる。


そんな状況なのでやはり全てに気付いている悟としてはそれを分かち合える人がいないのだから少し寂しい。


いや、本当は気付いている者はもう一人いた。



「お気の毒、ですね」



しかしその人、綾姫はそう呟きながら何故か有紀に鋭い視線を向けている。


その言葉は誰へのものなのかはわからないが、この様子ではこの空気についてひっそりと語り合うことは無理である。


とはいえたとえ普通に震えていたところで綾姫相手なのだ、悟はそんなことをしようとは思わなかっただろうが。



「それにしても一成くん、相原さんと随分話せるようになっていましたね」



恐れと気まずい空気に耐えている悟に気付いてか、先程の眼差しを引っ込めた綾姫が突然話を振ってきた。


確かにこれまでの一成が嘘のようにまともに有紀と接することができていたのは驚愕したこともあって、悟はついそれに答えてしまう。



「慣れだろ…」


「付き合いの長い内中くんのご意見ですし、少しの間とはいえどうやら密着せざるを得ない状況になっていたようですからそうかもしれませんね」


「長いって、まだ一年と数ヶ月程だ」


「少なくとも私よりは長いですよ」


「………」



綾姫の言葉を短期間でこんなにも仲良くなれました自慢だと捻って受け取った悟は、それ以上話す気がなくなって反応を返さなかった。


綾姫も返事を期待していなかったのか特にそれについて言及しない。


それっきり二人の会話は終わってしまった。


もう見合う必要はないので、悟はふと道場の端を見た。



「ってちょっと待てよ、オイ」



そしてその先の出来事に固まってしまう。


それを許したところで当人は全く気付かないだろうが、危うく友達が覗きの被害に合いそうになっているのだ。


少し前の見てはいけないものは頑張ってグレーであったが、流石にそれは完全に黒である。


どうりで寒気がいつの間にか消え去ってしまっていたはずだ。


そう心で叫びながら慌ててそれを止めに行く。


そのため悟は綾姫に告げた通り閉じこめられた時に同じ空間に暫くいたことで慣れたのだろうと、この一成にしては不思議な状況を軽く片付けたままにして深くは考えなかった。


だから誰もが、本人さえも気付いていなかった。


これが変化の兆候であったことに。

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