井出朔の苦い思い出
昨年、ウチは個人戦で全国中学校剣道大会出場を決めた。昨年度の主将も中等部時代に全中に出てベスト8まで進んでいたことがあったから、そこを最低限の目標と決めて必死のパッチで大会に臨んだ。
準々決勝の相手は優勝候補の本命とされていた剣士であった。ところがウチの調子が良かったのもあったが、相手は調子が悪かったのかウチが思うたよりも動きが鈍く、あっさり二本取って勝ってしまった。
これで目標超えのベスト4で、ウチは優勝したかのように有頂天になっていたのだが。
準決勝の相手は、清原操という岡山県代表の剣士であった。ベリショでツリ目の、悪ガキの男の子みたいで人相はそれほど良くなく、ウチよりも背丈はちっこかったが、それは剣の腕とまったく関係ないこと。西園寺さんほどでないにしろ、瞬発力に優れていてあっという間に間合いを詰めてくるから厄介この上なく、打突のラッシュで隙を作らされて面を打たれた。
しかしウチも負けてなるかと、逆に攻め込んで同じく面一本奪取した。そこで時間切れとなり、延長戦に突入。延長戦は二分間を一区切りとして、どちらかが一本取るまで続けられる。しかし二回の延長戦でも決着がつかず、小休止を挟んで三回目に突入した。
もうここまで来たらどちらの気合が勝っているかの勝負であり、ウチは喉が潰れても構わんとばかりに叫んで突撃した。清原は押され、胴ががら空きになった。シメた! とばかりに斬り込もうとしたときであった。
目に痛みと異物感を覚えた。そのせいで剣の動きが鈍ってしまったが、清原は見逃さなかった。ウチの打突をかわし、面を渾身の力で打たれたのである。それが中学時代最後の公式戦の結果であった。
「目の中に虫が入りよったんです。虫一匹ごときに勝敗を狂わされて悔しかったけど、そもそもウチがもっと強かったら虫が入り込んでくる前に勝てとったわけで、そない思うたらよけい悔しくて悔しくて。それだけならまだしも、表彰式が終わって帰るときに会場の出入り口で清原とばったり会うたんです。そしたら……」
「そしたら?」
「あいつ、いっぱい取り巻きに囲まれててキャーキャー言われながら記念撮影しとったんですよ。で、ウチと目が合うて、ドヤ顔浮かべて鼻で笑ってきたんですよ! あれ見てもう業沸かしてもうて、学校帰るまでずっと悔し泣きしてました。目ん玉から水分が抜けてシオシオになるんちゃうか思いましたよ」
話すうちに清原のドヤ顔をくっきりと思い出して、また業が沸いてきたが、鎮めてくれたのは西園寺さんの笑い声だった。
「まあ、相手もお前さんを意識してたってことだろう。でなきゃ勝ち誇るような真似はしないさ」
「そうですかね……」
「お前さんは負けた原因を自分の弱さにも求めている。その時点で先に進む資格がある。運が悪かったとだけ思ってたら、そこで成長が止まっちまうからな」
「西園寺さん……」
「まだ二日ある。その間にお前さんがどこまで進められるか試してやるからな」
言葉にしなくても覚悟しておけ、という意味が込められていた。
「よし、寝るか。電気消してくれ」
「オスッ」
西園寺さんの檄を聞いて芯から燃え上がるような感覚がして、逆に寝られるかどうか不安になってしまったが、疲労が睡眠を後押ししてくれた。
三日目も、西園寺さんのハンドベルで叩き起こされるところから始まる。夢を見る暇もなく朝を迎えてしまった。まだ日は昇ってないのだが……。
「ふぁ~……おはようございます……」
「よーし、坐禅行くぞ」
しかし西園寺さんはやはり坐禅に参加せず。朋哉さんの肩叩きで目をすっきり覚まして朝食をしっかり食べて、稽古開始である。
他の生徒の大半は連休を満喫している中、ウチは西園寺さんを相手に稽古をしている。しかしそれが寂しいとも辛いとも思わない。もっと強くなって、西園寺さんの剣術をものにして、そしてもしも再び清原操と戦うことがあれば、ぶちのめして鼻を明かす。その想いを竹刀にぶつけた。
「おお、一日目より動きが良くなってるな」
「オリャアアア!!」
ありがとうございます、とお礼を言う代わりに掛け声と竹刀で答える。
「じゃあこちらもちょいとギアを上げるか。うまくいなせよ」
西園寺さんが攻めてくる。竹刀の動きが速く、ウチは一気に防戦状態に陥ってしまう。
「ほい突き」
「!!」
ズンッ、と喉元に重苦しい衝撃が走る。しかしよく見ると、切っ先は突き垂の前で寸止めされていた。実際に突かれたかと思うぐらいの気迫が、西園寺さんの剣に宿っていた。
「実戦だったら死んでたな」
冗談に聞こえなかった。突きは下手すると後遺症が残るぐらい危険な技である。喉をやられて声が出なくなるとかいう程度ではなく、衝撃が脳に伝わったり頸動脈を損傷したりすることもある。しかし西園寺さんの力量だと、突き垂をうまく突いていても大ケガに繋がっていたかもしれない……
「小休止」
防具をつけたままで休憩しようとしたら、小上がりから音が鳴った。ウチのスマホの着信音である。
「すんません、電源切るの忘れてました」
「構わん、出てやりな」
誰かと思ったら切久保さんからのビデオ通話であった。
「あら? 面つけて何してんの?」
「個人で稽古しとる。そっちこそ何しとん?」
「カフェで幼なじみたちと長野県民会やってまーす。私と幼なじみ以外にも長野県出身の先輩たちがいてねー、一緒に」
「あっそ! ウチ忙しいから切るわ」
「あ、ちょっと」
容赦なく切って、画面に向かってイーッと歯を剥き出しにした。初心者やし試合に出られへんのはわかっとるが、かといってインターハイ間近やのに遊んでどないすんねん。ほんまにもう……一緒に寺に連れてきた方が良かったかもしれん。
「何かロクな電話じゃなさそうだったな」
「西園寺さん! もっとギア上げてください! ガンガン行きますよ!」
「お? すごいやる気だな。よし、じゃあお言葉通りいくぞ」
ウチは西園寺さんに切久保薫の顔を重ねて打ち込んでいった。ちょっと西園寺さんには申し訳なかったが。それでもこの日は結局、一太刀も届かずじまいであった。




