2の2 科学実験
しばらくして片倉小十郎殿が、若様(伊達政宗)の部屋にやって来た。
遠藤隼人正宗信(十一歳)は机の前で会釈する。
早朝から書き物をしている隼人を見て、小十郎殿は静かに声を掛けてくれた。
「早いですな」
「遠藤隼人です。今日から、よろしくお願いします」
隼人は頭を深く下げた。
「こちらこそ」
そして小十郎殿はおもむろに若様の前へ座った。
「若様、良かったですね。さて残念ながら、こちらはダメでした」
若様は背筋を正す。
「詳しく聞こう。お前らも集まれ」
伊達藤五郎殿と原田左馬助殿、隼人も近寄って車座になった。
「お殿様(伊達輝宗公)にライフルの製作費をお願いしましたが、いくら頼んでもダメでした」
「ふん、重大事だと伝えたのか?」
若様の問いに、小十郎殿は胸を張った。
「もちろんです。遠くまで鋭く弾が飛ぶ鉄砲を作りますと、何度もご説明しましたが、近々相馬との戦があり、これに銭を使うつもりだ、とのお答えで」
「畜生!」
若様は落胆の声で、勢いよく畳を叩いた。
隼人はちょっと驚く。
「父上は優しいので人望を集めるが、武将としての先見性がない。このままでは戦に負けて、伊達家は滅びるぞ」
若様が思いを吐き捨てた。
側近たちも同じような意見なのだろう。うなずいていた。
「いっそのこと、若様がご当主なら」
「言うな!」
藤五郎殿が愚痴をこぼすと、若様は鋭くさえぎった。
「謀反人は嫌われて、家を小さくする。愚策だ」
新参者の隼人としては、成すすべがなかった。
「すまぬ隼人、俺の領地は三〇〇貫文(三〇〇〇石)だ。ここから一〇〇貫文を捻出するので、まずライフルの試作を始めよ」
「ははっ」
隼人は返事して、お金の計算をした。
伊達家は貫高制で、田一反あたり一〇〇文を徴収した。だから三〇〇貫文の土地は、知行三〇〇〇石に等しい。
西国と違って銭の少ない奥羽だ。一文の価値は50円くらいであろう。
だから、一〇〇貫文(銭一〇万枚)の価値は、500万円となる。
全体的に見ても伊達領は三〇万石。たとえ15億円の収入があったとしても、人件費と戦費で消えてしまうのだろう。
「若様、お願いがあります」
「何だ? 隼人よ」
四人の注目が隼人に集まる。
「お殿様から、伊達家のお抱え職人をお借りすることと、蔵の火薬を少しだけお借りすることを、お願いして欲しいのです」
「それで当面を乗り切れるか?」
「ライフル一丁なら」
隼人は先ほど記した「人員と材料」の書を、小十郎殿の前に提出した。
「ほう、初めて見ますが、不思議で良く出来た書ですな」
小十郎殿は、若様と隼人の顔を交互に見た。
「職人は六〇名から一〇名に縮小し、買うものは水銀のみ。他の材料は、蔵から分けて頂きます」
「そう来たか隼人。小十郎もその条件で交渉出来るか?」
若様が小十郎殿を見る。
隼人も返答が気になった。
「伊達家の職人と蔵の火薬を少々お借りしたい、ですね。良いと思います。まず優先的にライフルを作ってしまいましょう」
小十郎殿が微笑んだ。今度の交渉には自信がありそうだった。
人の心は「お金をくれ」よりも「職人を貸してくれ」の方が、返事しやすいものだと思う。
「もう一度、行って来ます」
小十郎殿は立ち上がった。
結局、お殿様は小十郎殿の熱意に折れた。心が優しいのだ。職人と蔵の物を借りられることに決まった。
隼人は嬉しさと同時に、職人一〇名による作業手順に頭を悩ませた。
雷汞の原料として水銀も欲しい。
「左馬助殿、水銀を買いたいです。産地は伊勢、大和、紀伊であります」
「我は、まったく分らない。どうしますか? 若様」
左馬助殿が、若様にむちゃぶりを行う。
「商人は、宿老の遠藤山城守にでも聞け!」
なるほど父だ。
隼人は、水銀の件を宿題として持ち帰った。




