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第62話: 嵐の前のひび割れ

朝の風が、日のひのむらにゆっくりと吹き渡る。


草がそよぎ、


木々の葉が柔らかく揺れている。


遠くから鶏の鳴き声が聞こえてくる。


すべてが穏やかだ。


あまりにも、穏やかだ。


そんな平穏の真っ只中で――


二人のグランドマスターが、何かを見つめたまま、ぼうぜんと佇んでいた。


それは、全くの無表情。


セイラ・リュヌ


そして


カイリス・ヴェイラ


二人はまだ、凍りついたように動けずにいる。


ゆっくりと視線が動き出す。


リオラの方へ。


次にアキハラの方へ。


それから、リオラの腕に抱かれた小さな赤ん坊へ。


また、元の二人へと戻る。


……


沈黙。


……


さらなる沈黙。


……


そして――


「この子、まさか二人の子供なのか!?」


声が響き渡り、村中にまで届いた。


木々に止まっていた鳥たちが、一斉に飛び立つ。


リオラは驚き、ノアを取り落としそうになる。


「違うわ!!」


アキハラがようやく口を開く。


「……まずは落ち着けよ」


「落ち着けるか!!」


カイリスがアキハラを指差す。


「貴様、五年間も行方不明だっただろう!!」


そして赤ん坊の方を指差し、声を荒らげる。


「いつの間に子供まで作ってるんだ!!」


セイラも続けて指をさす。


「それになぜ、目元が二人そっくりなの!!」


リオラが慌てて否定する。


「これは単なる偶然よ!!」


その時、ノアが口を開いた。


「……だぁ……」


場内が一瞬、静まり返る。


ゆっくりと――


三人の視線がアキハラへと集まる。


アキハラ:


「……」


「『だ』というのは、別の意味だ」


数分後――


アキハラの家の中。


皆が輪になって座っていた。


ヒナがノアを抱きながら腰を下ろしているが、顔は困惑に染まっている。


まったく、見当がつかない様子だ。


「……つまり……」


「……どうして皆、あんなに怒鳴っていたの?」


リオラは両手で顔を覆い、カイリスはまだ信じられないといった表情。


セイラは腕を組んで真剣な眼差しを向けている。


アキハラは深くため息をつくと、すべてを説明し始めた。


ノアの存在について。


彼らがどのようにこの子を見つけ、


どうやって守ってきたのか。


魔王の存在、


そして日増しに強まる脅威についても。


部屋の空気は次第に重く、静かになっていく。


セイラがノアをじっと見つめる。


長い間、


まるで見逃すまいとするように。


「……魔王の、子供……」


ノアもまっすぐに見つめ返し、


小さな手を伸ばすと、


セイラの指をぎゅっと握りしめた。


そして――


にっこりと笑いかける。


「……まま……」


――まさに一撃必殺。


セイラの目が見開かれ、


体が再び凍りつく。


「……え?」


ノアはさらに指を握り直し、柔らかな声で繰り返す。


「……まーま……」


セイラが突然、声を荒らげる。


「私は母親じゃないわ!!」


驚きと動揺に包まれた叫び声だ。


カイリスはあまりのおかしさに、床に転げ落ちそうになりながら笑う。


リオラは口元を覆ってこらえ、


アキハラの肩も、わずかに震えている。


そう――


彼は笑いをこらえているのだ。


空気がようやく落ち着きを取り戻した時――


アキハラの表情が、突然変わった。


目元が鋭く細まる。


その様子にカイリスが気づき、問いかける。


「……どうかしたのか?」


アキハラは自分の手のひらを見つめていた。


そこには、かすかな光が宿っている。


極めて微かな、


グランドマスターだけが使える転移の紋様だ。


だが――


その紋様は、ゆっくりと消え始めていた。


アキハラは目を細め、疑問の声を漏らす。


「……おかしい」


リオラも身を乗り出して覗き込む。


「……何が?」


「……座標だ」


セイラが首を傾げる。


「座標が、どうかしたの?」


アキハラは頷く。


「我々はムシャフ王国を目的地に選んだ」


「だが、この日の里に辿り着いてしまった」


カイリスが眉を上げる。


「……装置の故障か?」


アキハラは即座に首を横に振る。


「……いや」


「……グランドマスターの転移術に、誤差は生まれない」


再び沈黙が訪れる。


そしてリオラが、低い声で推測を口にする。


「……だとしたら……」


「……誰かが座標を書き換えた、ということね」


部屋の空気が、急に凍るように冷え込む。


――遠く南の地。


ムシャフ王国。


つい最近まで壊滅状態にあったその国は、


今、ゆっくりと復興を遂げつつあった。


新しい家々が建ち、


城壁は高く積まれ、


兵士たちが見張りを立てている。


だが――


空の色だけは、どこか不気味に淀んでいた。


鳥たちが一斉に、王国から離れるように飛び去り、


風はぱったりと止んでしまう。


城壁の最上部には、屈強な男の姿があった。


――ガルドロス。


彼は目を細め、


視線を空へと向ける。


そして――


低い声でつぶやいた。


「……来る」


――日の里へと場面は戻る。


アキハラが家の外へ踏み出し、リオラも続く。


風が吹き始めたが、


その感触は――冷たい。


身の芯まで凍るような、冷たさだ。


アキハラが空を仰ぎ、リオラは胸元で腕を組む。


「……貴様も感じるのか?」


アキハラは無言で頷く。


「ああ」


その瞬間――


――ゴトン。


地面がわずかに揺れた。


ほんの微かな震動は、すぐに止む。


――ゴトン。


再び、同じ強さの揺れが走る。


リオラが後ろを振り返る。


村の子供たちが遊びをやめて佇み、


犬たちが吠え始め、


森の奥からは、鳥の群れが慌てたように飛び立ってくる。


人々が戸口から出てきては、困惑と不安の声を上げる。


「地震かしら?」


「いったい何が起きているんだ?」


「どうしてこんなに寒くなるんだ?」


太陽はまだ高く上っているというのに、


空は次第に暗い色へと染まり始めていた。


ヒナがノアを抱えて外へ出ると、カイリスとセイラも続く。


皆が一斉に、空の彼方を見上げる。


その時――


――ゴオオオオオン!!


大きな音が、空全体を揺るがした。


雷鳴ではない。


爆発音でもない。


それはまるで――


巨大なガラスが、粉々に砕け散るような音だった。


人々の目が見開かれる。


雲の彼方に、何かが現れる。


亀裂が――


極めて大きな亀裂が、


濃い紫色の光を帯び、


空を真っ二つに裂いていた。


カイリスが思わず一歩下がる。


「……あれは、何だ……」


セイラが杖を強く握りしめ、リオラは目を細めてその正体を探る。


そしてアキハラは――


これまで冷静さを崩さなかった彼が、


久しく見せていなかった真剣な表情に変わっていた。


極めて、厳しい面持ちだ。


なぜなら、その亀裂の奥深くで――


確かに何かの存在が、


こちらをじっと見つめ返しているのを感じたからだ。

「次回更新: 6月 9日 21:00」

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