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第49話: 消えない炎

エルフの森の中を、ゆっくりと足音が響く。


だが、そこに生気はなかった。


鳥の声も聞こえない。


木々の葉ずれの音もない。


通常なら上級エルフたちの領域に満ちているはずの、マナの流れさえも感じられない。


ただ静寂があるだけ。


その静寂は……何かがおかしかった。


ひび割れた白い石畳の道の真ん中を、


一つの影がゆっくりと歩いてくる。


急ぐ様子もなく。


武器を携えることもなく。


だが、その一歩一歩が、世界をよりいっそう空っぽにしていくようだった。


アケディア。


その瞳は半分閉じられ、


表情に怒りはなく、


冷たくもなく、


何かに興味を示すこともない。


ただ……疲れているだけだった。


「……面倒だ」


低い声が漏れる。


道の脇に生えていた大木のエルフたちは、枯れ始めていた。


風もないのに葉が落ち、


空気中のマナはゆっくりと消え失せ、


大地さえも、


ひび割れていく。


アケディアはそれら一切に目を向けない。


あるいは……


気にも留めていないのかもしれない。


「……長はどこだ」


彼は歩みを止めず、


ただ一つの名前を探し続ける。


エリンドラ・シルファエル。


その遥か彼方――


高くそびえる巨木の廃墟の上で、


一人のエルフの少女が息を潜めていた。


銀色の長い髪がわずかに震え、


瞳は怯えながら下の方を見つめている。


アエレル・アシア・シルファエル。


彼女の腕の中には、


一人の上級エルフの男が弱々しくもたれかかっていた。


高貴な衣装は裂け、


腹の辺りからは血が流れ出し、


黒い棘が体の側面に突き刺さっている。


闇の毒が根のように体中へと広がっていた。


「……姉さま……」


アエレルの声は今にも崩れそうだった。


エリンドラはかろうじて目を開ける。


「……泣か……ないで……」


呼吸は浅く重い。


「……民たち……」


口から血を吐く。


アエレルはすぐに姉の体を支えた。


「……喋らないで!」


瞳に涙が浮かび始める。


「……必ずここから連れ出すから……」


だが自分自身でも分かっていた。


逃れられるはずがないことを。


あの化け物が……


まだ探し続けているのだから。


カチャ……


アエレルの体が凍る。


足音が聞こえた。


すぐ近くに――


彼女はすぐに弓を構え、


緑色のマナが集まり始める。


だが、


木々の陰から現れたのは、


アケディアではなかった。


三人の姿。


黒髪に一本だけ白い髪が混じる女性。


鮮やかな黄金色の稲妻の瞳を持つ少女。


そして闇色の衣をまとった男。


アエレルは警戒心を高め、弓の弦を引き絞る。


「……人間?」


その声には鋭い警戒が込められていた。


ケイリス・ヴェイラはゆっくりと手を上げる。


「……我々は戦いに来たのではない」


リオラはエリンドラの状態を見て、眉をひそめる。


「……ひどい傷だな……」


アキハラがすぐに近づこうとすると、


アエレルはさらに弓を突きつけた。


「……近づかないで!」


だがケイリスが頭の布を少しめくった瞬間、


アエレルの瞳が大きく見開かれる。


「……風の……長……?」


次いで視線をリオラに移す。


「……稲妻の……長……」


呼吸が詰まり、


最後にアキハラの姿を見たとき、


彼女の体は完全に凍りついた。


顔の一部が影に隠れていても、


その気配は忘れるはずもなかった。


かつて世界を救った、あの気配がそこにあったのだ。


「……まさか……」


声が震え、力なく漏れる。


「……不知火……アキハラ……?」


静寂が辺りを包む。


アキハラは何も答えない。


だがそれだけで十分だった。


アエレルの手から力が抜け、弓がゆっくりと下ろされる。


瞳に涙が溢れ、声が細く震える。


「……お願い……」


「……姉さまを……助けてください……」


アキハラはすぐにエリンドラの前にしゃがみ込み、


彼女の体に刺さった黒い棘を見つめる。


「……これは普通の毒ではない」


ケイリスも側に来て傷口を確認し、


自らの風の力で触れようとするが、


力は触れる前に霧散してしまう。


「……生命力ごと空になっている……」


リオラは歯軋りする。


「……またあの忌々しい奴か……」


エリンドラがわずかに目を開け、


かすかな視線をアキハラに向ける。


「……貴方のこと……見たことがある……」


アキハラは黙ったままだった。


だが答える間もなく――


空気が、


突然変わった。


周囲のマナが一気に消え失せ、


木々が次々とひび割れ、


皆の呼吸が重く苦しくなる。


リオラがすぐに振り返る。


「……来た」


ケイリスが素早く立ち上がり、


風が渦を巻き始める。


廃墟の下の方から、


一人の男がゆっくりと歩いてくる。


急ぐ様子もなく、


大きな力の気配も放たず、


だが彼の周囲の世界だけが、


まるで死んだように静まり返っていた。


アケディアが足を止め、


彼らの姿を見据える。


そして、


エリンドラの方へと視線を移した。


「……見つけた」


たった一言。


だがそれだけでアエレルの体は震え上がり、


姉の体をさらに強く抱きしめる。


リオラが一歩前に踏み出す。


「……お前の顔なんて見飽きたぜ」


次の瞬間、彼女の体から稲妻が迸る。


ズドオオオオンッ!!


太い稲妻がアケディアの頭上を直撃し、


閃光が辺り一面を照らし、


地面は割れ、


木々は根こそぎ倒れた。


初めて、


アケディアの体がわずかに後ろへ押し戻され、


数メートル滑って止まる。


アエレルは目を見開いて驚く。


「……あの人が……押された……?」


ケイリスがすかさず動き出す。


「……隙を与えるな!」


嵐のような風が渦巻き、


無数の風の刃がアケディアの周囲を切り刻む。


リオラも攻撃を続け、


暗い空から次々と稲妻が降り注ぐ。


その間、


アキハラはアエレルとエリンドラの前に立ちはだかり、


手のひらから炎が生まれる。


その炎は暖かく、


アケディアの空っぽの力とはまるで正反対の性質を持っていた。


一瞬、


アエレルは再び呼吸ができるようになった気がした。


「……炎……」


瞳をわずかに見開き、


「……暖かい……」


アキハラは後ろを向かないまま言う。


「……姉さんを連れて逃げろ」


アエレルは戸惑う。


「……でも……」


「……今すぐだ」


その声は静かだったが、


断る余地のないほど強い意志が込められていた。


ケイリスは風の嵐で周囲の空っぽな圧力を押し返し、


リオラは休むことなく攻撃を繰り返し、


アキハラはただ一人、彼らの前に炎の壁となって立ち続けた。


アエレルは唇を噛みしめ、


やがてゆっくりと頷く。


「……ありがとう……」


彼女は震える体を抑えながらエリンドラを抱え上げ、


去る前にもう一度三人の姿を見つめる。


かつて伝説の物語の中でしか聞いたことのなかった人間たちが、


今まさにこの化け物に立ち向かっている――


「……まだ戦っている……」


細い声で呟き、


アエレルはエルフの森の奥へと逃れていった。


稲妻の爆発と嵐の吹き荒れる中、


アケディアはゆっくりと体を起こす。


怒りの表情もなく、


大きな傷を負った様子もなく、


ただ少しだけ頭の側面に手を添えて、


「……うるさい」


リオラはすぐにまた怒りを込めて叫ぶ。


「……怠け者のくせに口だけは達者だな!」


再び稲妻が放たれる。


だがこの瞬間――


アケディアがわずかに手を上げると、


稲妻は――


消えた。


弾き返されたのでもなく、


打ち消されたのでもなく、


まるで最初から存在しなかったかのように、


完全に「消去」されたのだ。


リオラの体が凍りつく。


「……何が……」


ケイリスがすぐに異変に気づき、声を上げる。


「……少し下がれ!」


だが空っぽな圧力が再び広がり始め、


先ほどよりも強く、重く、


辺り一帯を覆い尽くそうとする。


アキハラの炎はさらに激しく燃え上がり、


自分たちの周囲だけでも空間が崩れ落ちないように支え続ける。


そして初めて、


アケディアがまっすぐに彼の方を見た。


その瞳は、


炎の存在に長い間留まり、


他の何よりも強く意識を奪われているようだった。


「……その炎……」


声は依然としてだるそうだったが、


その口調にはわずかな苛立ちが混じっていた。


「……不愉快だ」


アキハラの炎はさらに大きく燃え広がり、


滅びかけたエルフの国の廃墟一面を明るく照らし出す。


世界がゆっくりと消し去られていく中で、


その炎だけは――


最後まで消えることを拒み続けていた。

「次回更新: 5月 25日 21:00」

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