表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/61

第36話: 沈むことを拒む火、水、雷

アクアリス・ルミナラの上空が、震えていた。


嵐のせいではない。


それは――破滅を食い止めるために訪れた、二つの力によるものだ。


ドオーンッ!!


紅蓮の炎が大通りを真っ二つに切り裂く。


熱波が混乱する群衆を呑み込むように襲うが、誰一人として傷つけることはない。


ただ――その場に立ち止まらせるだけの力。


その瞬間、同時に――


バリッ!!


稲妻が天から降り注ぐ。


争い合う人々の真ん中の地面へと、鋭い閃光が突き刺さる。


その白い光に驚き、人々は思わず後ずさる。


一瞬だけ――


混沌とした空気が、凪いだ。


ひび割れた道の真ん中に、二つの影が佇んでいた。


シラヌイ・アキハラ。


そして――


リオラ・ライゼン。


二人の呼吸は整いきっており、その瞳には鋭い決意が宿っていた。


彼らの正面には――


ヴァイアが、悠然と立っていた。


その瞳は値踏みするように二人を眺め、口元には薄い笑みが浮かんでいる。


「…やっと来たか」


アキハラが一歩、前に踏み出す。


「壊すにはもってこいの街だな」


リオラが手をかざすと、その周りを小さな稲妻が踊り始めた。


「全部、あんたの仕業なの?」


ヴァイアがゆっくりと首を傾げる。


「私はただ…元々そこにあったものを、開いて見せただけだ」


視線と視線がぶつかり合い、辺りの空気が一気に重く、張り詰めたものへと変わる。


その背後で、セイラがゆっくりと顔を上げる。


体はまだ微かに震えていたが――


その瞳は、しっかりと眼前の姿を捉えていた。


「…リオラ…?」


セイラ・ルネは、何とか立ち上がろうと体を起こす。


信じられない、といった表情でその姿を見つめながら、彼女は口にする。


「…お前が…」


リオラがチラリと彼女の方へ視線を送り、薄く笑う。


「生きてたみたいね。良かった」


たったそれだけの言葉。


だが、それで十分だった。


セイラは大きく息をつき、胸の中にあった重りが少しだけ消えるのを感じる。


次に、彼女の視線はアキハラへと移る。


そして、その体が硬直する。


この圧倒的な気配は――


「…あなたは…誰…?」


リオラが短く答える。


「アキラ」


セイラは眉根を寄せる。


「…アキラ…」


だが――


何かが引っかかる。


どこか懐かしい、そんな感覚が心をかすめる。


「アキハラ…」


頭の中に、その名前が浮かぶ。


だが彼女はすぐに首を横に振る。


「…いいえ、まさか…」


前方で、ヴァイアが笑みを深める。


「…話は済んだかな?」


アキハラがゆっくりと息を吐く。


「…ああ」


そして合図もなく、彼は地面を蹴った。


手のひらに、炎が激しく燃え上がる。


ゴウッ!!


最初の一撃が、ヴァイアへと襲い掛かる。


だがヴァイアは、身を躱そうともしない。


その体は、まるで影のように――スッと横へとずれる。


攻撃は、虚しく彼の姿を通り抜け、何もない空間を焼いた。


「…遅いな」


ヴァイアの声が、いつの間にか背後から響く。


既に動いていたのはリオラだ。


バリバリッ!!


稲妻が閃光となって、声のする方向へと撃ち出される。


だが――


それもまた、空を切るだけだった。


「集中しろ」


アキハラの冷静な声が響く。


リオラが眉をひそめる。


「…あいつ、正面から倒せる相手じゃないみたい…」


二人の周囲では、人々の混乱がまだ続いていた。


叫び声、押し合い、そして渦巻く憎しみの感情。


セイラは再び歯を食いしばる。


「…駄目だ…」


「…私はもう、倒れたりしない…」


彼女は両手を高く掲げる。


街全体を包む水たちが、ゆっくりと動き出す。


ゆっくりと――だが、確かに安定した力強さを持って。


大きな水の壁が次々と生まれ、争う人々の間に境界線を作り出す。


彼らを隔て、押さえつけ、混乱の拡大を防ぐ。


アキハラが一瞬だけ彼女の方を見て、小さく言う。


「…いいぞ」


ヴァイアはその光景をじっと見つめていた。


「…また立ち上がったか…」


「…期待外れだな」


彼の瞳が細められ、次の瞬間――


声が、直接頭の中に響き渡る。


「…お前には、足りない…」


リオラの意識が、その言葉に捕らわれる。


体が凍りつく。


「…なに…?」


「…彼は、最初からお前など選んでいない…」


その声は、心の奥深くへと突き刺さる。


心臓の鼓動が一気に速くなり、手の稲妻が暴れ出す。


「…黙れ…」


アキハラはすぐに異変に気づいた。


「リオラ」


落ち着いた声で、彼女の名前を呼ぶ。


「…集中しろ」


リオラは大きく息を吸い込む。


「…分かってる…」


一度、固く目を閉じ、そしてゆっくりと開く。


荒れていた稲妻が、再びその輝きを取り戻す。


「…私の心に、干渉しないで」


その頃、アキハラも同じような感覚を受けていた。


「…お前は失敗する…」


「…誰一人として、守ることなど出来ない…」


過去の幻影。


敗北の記憶。


失ったものたちの姿が、次々と浮かんでは消える。


だが――


彼はただ、鼻で笑うように息をついた。


「…そんな言葉、今更だ」


手の炎が、更に激しく、大きく燃え上がる。


「…今度は…俺の番だ」


再び、彼は閃くように駆け出す。


先ほどよりも速く、そして重い一撃を込めて。


今度の炎は、ただ攻撃するだけではない。


ヴァイアの周囲の空間そのものを、押し包み、狭めていく。


初めて――


ヴァイアが一歩、後ろへと退いた。


「…ほう?」


その笑みが、少しだけ変わる。


「…面白くなってきた」


リオラが続く。


稲妻が横合いから襲い掛かる。


前と横からの同時攻撃。


挟み撃ち。


ヴァイアは巧みに躱し続けるが――


その動きには、次第に余裕がなくなっていく。


後方ではセイラが力を注ぎ続ける。


水が圧力の壁となり、逃げ場を塞ぐ。


空間そのものを、閉じ込めるように。


この瞬間、初めて――


一つの陣形が完成する。


炎。


稲妻。


水。


ヴァイアはその中心に立ち、ゆっくりと言った。


「…三人がかりとは…」


「…羨ましくなるな」


だが、彼はまったく慌てていない。


逆に、楽しそうに笑みを浮かべる。


「…だが、これではつまらない」


アキハラが手を高く掲げる。


炎が一点に集約され、巨大で密度の濃い塊となる。


辺りの空気が、焼けつくように熱くなる。


リオラが少しだけ後ろに下がる。


「…本気出す気?」


アキハラは答えない。


ただ、その瞳は一点だけを見据えている。


「…終わりにする」


彼は、その炎を解き放った。


ドゴオオーンッ!!!


閃光が辺り一面を覆い、爆風が空気そのものを揺らす。


灼熱の圧力が、ヴァイアへと襲い掛かる。


ヴァイアはその光の中で、じっとアキハラを見つめていた。


ほんの一瞬――


その口元の笑みが、消える。


「…ここまでとは…」


彼の体が、ゆっくりと透け始める。


「…ゆっくりと遊んでいられそうにないな」


そして――


彼の姿は、完全に掻き消えた。


その瞬間。


全ての音が、ぴたりと止んだ。


さっきまでの混乱も――


怒号も――


消え去っている。


人々は静まり返り、荒い息遣いだけが辺りに響く。


その瞳には力がなく――


やがて、ゆっくりと正気を取り戻していく。


「…何が起きたんだ…?」


「…俺は…さっきまで…」


混乱と疑問が、人々の間に広がる。


セイラはくらつきながらも、体を支える。


「…これで、終わったの…?」


アキハラが手を下ろす。


炎は既に消えていた。


「…今のところはな」


リオラが長く息をつき、肩を落とす。


「…もう、最悪…」


彼女はセイラの方を向く。


「まだ立っていられる?」


セイラがゆっくりと頷く。


「…ありがとう…」


彼女は二人の姿を交互に見つめ、それから――


尋ねた。


「…二人は…」


「…どういう関係なの?」


沈黙が流れる。


リオラの体が硬直する。


「…えっと…」


彼女の頬が、一気に真っ赤に染まる。


「…私たちは――」


チラリとアキハラを横目で見て、彼女は勢いよく言い放った。


「…付き合ってるの!」


アキハラがパチパチと瞬きをする。


「…はあ?」


リオラがすぐに頬を膨らませ、彼を睨む。


「…黙ってなさい!」


セイラはそんな二人を見つめ、やがて小さく微笑む。


「…そうだったの…」


だが、すぐに彼女の視線は再びアキハラへと戻る。


その表情が、真剣なものへと変わる。


「…アキラ…」


「…あなたは…」


その先の言葉は、口に出せなかった。


だが、あの感覚だけは――


確かにそこに残っている。


懐かしさ。


それは、あまりにも強く。


一方その頃。


暗闇の中で、ヴァイアは佇んでいた。


自らの胸元に手を当て、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「…炎…」


「…稲妻…」


「…そして水…」


彼の瞳が、闇の中でゆっくりと輝き始める。


「…実に面白い」


再び、例の笑みが浮かぶ。


「…もっと、もっと見せてもらおうか」


暗闇が彼の姿を完全に包み込み


この、彼との「遊び」は


まだ、何も終わっていなかった。

「次回更新: 5月 9日 20:20」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ