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俺たち横浜万博警備隊  作者: 岩田 ヒロ


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1/1

開幕前

昭和から平成へと時代が変わった年、大学生の僕は横浜万博の警備のバイトに応募する。この経験が自分の人生に大きな影響を与えるとは知らずに。第一話、開幕前。

 1989年の1月、昭和が突然終わり、平成が始まった。何か大きな変化が起こる予感と期待が膨らんだ瞬間だった。


 昨年の4月から大学生活が始まり、僕には新しい友人ができた。サークルに入り、新しいアルバイトも始めた。そして、あっという間に年が明け、横浜住人である僕は3月から始まる横浜万博を楽しみにしていた。なぜならあるバイト募集の広告に目がとまったからだ。横浜万博警備員とコンパニオンの募集である。僕は昔から体育祭や文化祭に積極的に参加することが好きだった。退屈な毎日や決まったルーチンだけを繰り返すことが嫌いだったからだ。


 そこで、高校からの友人の高橋に電話した。

「来週、横浜万博の警備員のバイトの説明会一緒に行こうよ、きっとコンパニオンと友達になれるぜ」

 彼は暇だからいいよと言ったが、コンパニオンの言葉につられたはずだ。いくつか警備会社が募集をしていたが、横浜駅から一番近い面接会場のある横浜警備保障社を選んだ。面接会場は関内の寿町にある事務所だった。そこは競馬のノミ屋があり、怪我した片目の猫も歩いてる柄の悪い町で、気質の人間が近づくような場所ではなかった。後で聞いたのけど警備会社のそもそもはヤクザの親分を守るボディーガードのメンバが会社を設立したところから始まったためにそういういかがわしい場所に事務所があるということだった。


「横浜万博は3月からで今はまだ1月だから研修の一環として、通常の警備からやってみましょう」

 バイトのマネージャに言われ、警備の制服、ヘルメット、誘導灯が配られた。

 僕はまず、相鉄線の線路脇の工事現場に配置された。電車が近づくと笛を吹いて作業員に注意を促し、電車の運転手に問題無い場合は白旗を上げるという作業であった。いきなりこんな仕事をバイトの僕にやらすなんて、どうなのかと思ったが、慣れれば簡単で退屈な仕事だった。それでも9時から5時まで働いて、日当で六千円もらえるので、とりあえず1月いっぱいやってみた。高橋の方は二、三回やってつまらないから、すぐやめてしまったらしい。

「3月になれば万博始まるからもうちょっと我慢すればいいのに」と僕は言ったが、

「警備の仕事がつまらないから」と彼は言った。


 2月になると僕は道路工事の現場で、1人で片道通行を誘導する現場に回された。高校時代、夏休みに友人と土方のバイトの経験があったから、それほどビビらないでできた。こういった誘導、警備は大きな声で堂々とやればみなさん言うことをきいてくれるのだ。躊躇すると事故が起こる。


 給料は手渡しだったから、毎週、寿町に行き、勤務表と引き換えに給料をもらった。この時、僕と同じように給料をとりにくる人を見かけたが、大学生のような人はおらず、何か自分が場違いな場所にいるような気がした。あれ、大学生はもっとおしゃれで、高い時給のバイトをするではないかと。大学の友人たちは家庭教師、塾の先生、喫茶店や居酒屋の店員とやっていた。それでも、そのうち万博が始まれば、コンパニオンたちと一緒に働けれるであろう、そして、知り合えるであろうという甘い期待をして、警備のバイトを続けてみた。


 2月も終わるころ、万博のバイトはいつ始まるのかとバイトのマネージャに聞くと3月25日から開幕するが、その2週間前から研修が始まると言う。

「ところで万博のパビリオン警備でなく、万博の24時間ゲート警備のバイトやってみない? 日当一万八千円で、週3日でいいから。それにこの警備は3月1日から始められるよ」

 これはおいしいと思い、さらに、大学は3月休みだし、二つ返事でやることにした。

「それじゃあ、3月1日の朝9時にここに集合してください、オリエンテーションがあります」

 場所は横浜東口、崎陽軒ビルの2階だった。


 当日、恐る恐る2階の事務所に入ると、「あ、そこの椅子に座って」と社員さんらしいガードマンの制服を着た人に勧められた。数名のメンバが椅子に座っていた。業務の説明では4名が1チームで、24時間横浜東口搬入ゲートの警備をし、2時間毎に2名が警備、2.名が休憩、仮眠を交代でするというスケジュールで昼の12時開始、次の日の12時に終了する。僕はA班に割り振られた。メンバは僕と結城さん、田村さん、藤井さん。そして、初めて見る万博のグレーの制服が配られた。かっこいいとはも思えないが、普通のガードマンの紺色の制服よりはましだった、


 結城さんは伸長180センチくらいのイケメンで、同い年。出身も僕と同じ横浜だ。結城さんとは最初からペアとなり、警備をすることになった。彼はとても魅力的な性格で、冗談は面白いし、頼りがいがあった。そして、ちょっと前までは暴走族のリーダをやっていたらしいことを本人から聞いた。床屋の免許を持ち、実家の床屋を手伝っているらしく、今回、万博は一生に一度のチャンスということで親に許しをもらい、この警備のバイトに応募したらしい。


 田村さんは色黒の40歳くらい。関西出身と言っていた。結城さんや藤井さんからあとで聞いた話では、メインの仕事は海外からお茶を輸入している卸問屋でお金に不自由していないらしく、万博は面白そうだからとバイトに応募したらしい。暗算が速く、英語もでき、なにしろ頭がよかった。


 藤井さんは細身の40歳くらい。東北出身。ドモリ癖のある方で、自衛隊をやめて、この警備のバイトについたところ、万博の仕事に回されたらしい。バイト代は全て、競馬とソープランドにつぎ込む人で、ちょっと理解できないタイプであったが、一番優しい性格だったと思う。競馬の予想の仕方を教えてもらったが、僕はほとんど勝てなかった。


 とりあえず開幕までは、こんなメンバで月、水、金を担当することになった。


 開幕前の東口ゲートでは昼間はトラックの出入りが多く、警備としては入場許可書のチエック、工事現場の誘導などで忙しく、夜は暇であるが、暴走族や怪しい車がゲートにたむろすると追い払うことが仕事だった。


 慣れてくると、夜2時間交代が面倒だから、グループ内で勝手に3時間交代とかに変更し、休憩時間は酒を飲んで仮眠するなんてことをやっていた。さらにはどうしても用事があって、数時間さぼりたい場合はこのメンバと相談し、残りの3人でシフト回して対応したりした。また、そのうちに藤井さんが馬券買いに行く間も残りの3人でやりくりするなんてこともやっていた。このメンバは高校や大学の友人とは全く異なる人種で聞くこと話すこと全てが新しく、刺激的であった。


「大学生の兄ちゃん(僕のこと)には分かんねーだろうなー」とよく言われた。育ってきた環境、学年、出身が違うとこんなにも違うのかと、いや、これが普通で、これまでの近所の同学年、同質の友人だけの会話、関係っていうことが特別過ぎたのではないかと思えてしまった。


 そうこうしているうちに開幕前2週間となり、崎陽軒2階の詰め所には万博内のパビリオンの警備のバイトメンバも集まるようになった。それまではA班の4人とB班の4人が交代で出入りするだけだったが毎日50名くらいのバイトが出入りするようになった。警備員はこの詰め所で着替えて現場に東口ゲートから入場する。けれど、コンパニオンたちは私服で東口ゲートを入場し、各パビリオンに行く。この女性達が増えたことで僕たちゲート警備のテンションはあがった。なにしろ全女性が朝の「おはようございます」と帰りの「お疲れ様です」と挨拶してくることはサイコーであった。


 しかし、各パビリオンの警備のメンバは各パビリオンのコンパニオンと仲良くなることができて、それはそれでうらやましかった。そう、こんなところから24時間ゲート警備とパビリオン警備の間には大きな確執が生まれたのだ。それでも僕たちは特別で、朝昼晩の弁当つき、仮眠ベッドもあり、時給もよかった。あとで分かったのだが、万博の警備の募集で集まったメンバを普通の警備やらせて1月、2月の様子を見て、24時間ゲート警備の人間を選抜したらしい。僕から見るとこの24時間ゲート警備のメンバはなかなか癖のある人をよく集めたものだと思えた。そして、ついに万博が開幕する。

読んでいただき、ありがとうございます。毎週火曜日に続編を投稿する予定です。

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