第37話 召喚者達の運命
「うーん、流行り病かねぇ。とりあえず解熱剤を出しておくよ。」
ユキの熱はやはり私の回復術では下がらなかった。街にいる薬や民間療法を試すタイプの医者に見てもらったが結果は芳しく無く、貰った薬を飲んでもユキは良くならなかった。
「おとうさん、具合わるいの?」
「エリー、お父さんは大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
「はやく元気になってね!」
「…ああ。」
ユキの目には絶対に治るという強い意志が宿っていた。
「とはいえ、どうする?」
「このままだ何もしなければとコウの二の舞になる可能性があるしな。」
「こういう時、現代医学の知識が乏しいのが憎いわ。昔読んでた漫画の知識ももうほとんど覚えてないし…。カノン、何かある?」
「うーん…瀉血とかは?」
「あれってどこまで効果があるか怪しいのよね。それにこの世界の医療器具じゃ難しいと思うわよ。」
「だよね。とりあえず私達は治療法を探すから、ユキは家でしっかり療養してて。体が辛くないならエリーを見てあげて。」
「ああ、体はそれほど辛くないんだ…熱があるから頭は少しクラクラするけどな。」
ユキとのんタンを残して家を出る。
「どうする?」
「アリナは職場で同じ症状の人…家族が罹ったとかでもいいから、同じ例が無いか確認して。できればどうやって治ったかも。」
「わかったわ。カノンは?」
「私は魔術や呪術での衰弱の可能性を探ってみる。」
「なるほど…でもどうやって?この街って魔術協会みたいなのは無いわよね。」
「前に住んでた街の魔術協会に行ってみる。そこになら何か資料があるかも。」
「あの街!?乗合馬車で片道20日かかるのよ!?」
「身体強化を全力で使って走り続ければ3日で着く。向こうで3日調べるとしても往復10日でお釣りが来る。エリーとユキを宜しくね。」
言うが早いか走り出すカノン。ものすごい速さであっという間に見えなくなる。
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「『治療』の術を使っても下がらない熱と止まらない咳、それに20日前後で老衰のように死んでしまう病ねぇ…聞いた事ないな。」
「アリナ先生の術でも治らないんだろう?よっぽど性質の悪い病気だとしか…。」
勤務先の診療所で先生方に聞いてはみたが目ぼしい情報は手に入らなかった。患者さんにもそれとなく聞いてみたがそもそもこの世界では医者にすらかからずに死んでいく人が多い。また回復術の練度も人によってまちまちで、術をかけてもらったけど術師の力不足で亡くなる人もいるため情報は遅々として集まらなかった。
カノンが経って7日目…ユキが熱が出てからは10日ほどが経過したその日、患者さんから初めて気になる情報を入手する。
「ああ、ちょうど1年くらい前にお隣さんがそんな症状で死んじまったな。何年か前にふらっとこの街に来て、狩りなんかをして生計を立ててた人なんだがね。最初は熱が出て、本人は寝てれば治るって言ってたんだけど中々良くならなくて。ワシがお医者さんを呼んでやったけど治らなくてね。この診療所じゃ無くて街の反対側の診療所の先生だよ。ベテランの先生だったんだけどなぜか『治療』が効かなくてね。」
私はそのベテラン医師に話を聞きに行くことにした。
「ああ、その患者さんなら覚えてるよ。『治療』が全く効かなかった事だけど、貴族様だと思ってたから治せなかった事で何を言われるかとビクビクしてたんだ。…貴族だと思った理由?家名があったんだ。本人は平民も家名を持つのが出身地の風習って言ってたけど、ありゃどこかから流れて来た貴族様だと思うんだよなぁ。なんつーか所作がしっかりしていたし。その辺りの違和感も記憶に残ってる理由だ。…結局10日後くらいに眠るように死んじまった。身寄りも無かったみたいでそのまま共同墓地に埋葬だよ。」
「…その人の名前を教えてもらえますか?家族が同じような症状で、少しでも情報が欲しくて。」
「ああ、それは難儀だね。ちょっと待ってな、カルテを持ってくるから。…ほら、これだよ。」
見せてもらったカルテ、そこには基本的な症状くらいしか書いてなかった。しかし私の目に留まったのはそこに書かれていた名前であった。
「ユウキ・シナガワ…。」
「そうそう!珍しい家名だろう?それもあって何処かの国から流れて来た元貴族様だと思ったんだよ。」
この家名…名字から推測するに、おそらくこの人は私達と同じ日本から召喚された人だ。私達以外にも召喚された人がいた事も驚きだが、その人がコウやユキと同じ症状で亡くなっていたとなるともはや偶然では無い気がする。
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カノンとも話したいがあと2、3日は帰ってこないんだよな。こういう時連絡手段の無いこの世界は不便極まりない。そう思いつつ家に帰るとカノンとユキ、のんタンが食卓を囲んでいた。
「アリナ、お帰り。」
「ありなおかあさん、おかえりなさい。」
「ただいま…カノン、早かったのね。」
「まあね。頑張って走ったから。」
乗合馬車で片道20日かかる距離を7日で往復したということか。馬車は1日30kmぐらいの移動距離だから、往復1200km前後って事?やべえ距離走ってるな。
「ありなおかあさん、みんなでごはん作ってまってたんだよ。のんタンもおてつだいしたの!」
「あら、じゃあ頂きましょう。手を洗ってくるわね。…ユキは起きて平気なの?」
「少しフラフラするくらいで、問題は無いな。」
4人で夕食を食べ終え、ユキがのんタンをお風呂に入れている間にカノンと話す。
「どうだった?」
「…エリーが寝たら2人に話すよ。でも、覚悟はしておいて。」
厳しい表情で呟くカノン。覚悟って事はあまり良い話では無いのだろう。
「ユキ本人にも話すの?」
「アリナは自分の事だったら知りたいでしょ?」
「確かに。」
お風呂上がりのユキと楽しそうなのんタン。おねむなのでそのままお布団に直行だ。しばらくするとユキが寝室から出て来た。
「寝た?」
「ああ、ご機嫌だった。」
「久しぶりにユキもカノンも居て嬉しかったんでしょ。ここしばらくは私と2人きりだったし。」
「昼間はどうしてたの?」
「職場に連れてってた。託児してる人って何人かいるのよ。同じ年頃の子と触れ合ってたわよ。」
「ちゃっかり託児所デビューしてた。」
「…さて、2人とも俺のために色々調べてくれてありがとうな。」
「じゃあ先に私から話すわね。あまり成果はなかったけど。まずユキやコウと同じ症状になって治ったっていう人は残念ながら見つからなかった。逆に同じ症状で亡くなったと思われる人は居たわ。」
私はユウキ・シナガワという人間が1年前に亡くなっていた事を伝え、名前からおそらく私達と同じように召喚されたのでは無いかという推測を加える。
「残念ながら私の調査はここまで。これ以上詳しい事は分からなかったわ。」
「俺たち以外にも召喚された人間がいるのか…。」
「私達が召喚された王国では無いわよね?」
「どうだろう。召喚魔術についての資料も儀式の間も、なんなら知ってそうな術師もほとんど焼き払ったけど私達より前に召喚されていた可能性もあるしね。…でもアリナの証言は私の仮説の後押しになるかな。」
「仮説?」
「うん。これなんだけどね。」
カノンが一冊の本…というか分厚い紙の束を紐で留めただけのものを取り出した。
「これは魔術国の首都にある魔術協会にあった記録。まあ、色々と無理して貰ってきたんだけど。」
「強硬手段?」
「暴力に訴えてはいないよ。私が異世界から召喚された事や魔術と呪術の両方が使える事、王国で紅蓮の魔女って呼ばれてた事は話したの。あとはこれと引き換えに差し出したのは『紅蓮』の発動プロセスを詳細に記したレポートだね。」
「そこまでしたの!?でも、そんなレポートがあってもカノン意外には発動出来ないんでしょ?」
「魔術と呪術のハイブリッドは首都にも居なかったから1人で発動できる人は居ないね。でもこの国の魔術には2人で術のプロセスを補い合う「ユニゾン」って技術があるから、それと組み合わせれば出来る人はいるかもね。」
「…そこで発動できたらカノンは魔法使いじゃ無くなっちまうな。」
「あんな称号に未練は無いよ。それよりそこまでして貰えたこの資料!」
「これには何が書かれているの?」
「これは昔、私達みたいに召喚された人の日記帳とその人が調べた記録。」
「記録?」
カノンが内容をかいつまんで説明する。この日記の主は20人程度で召喚された。その目的や結果は割愛するが、結果的に彼らもまた元の世界に帰る事は叶わなかった。そこで彼らは同郷のコミュニティを形成、そこで慎ましく過ごすことになったそうだ。だがある時からコミュニティ内で不治の病で命を落とすものが出始める。伝染病ではないが、稀に発症するその病の致死率は100%、それが今現在ユキを蝕んでいる病とほとんど同じものだったそうだ。
日記の主を含めたコミュニティの者達はどうにか治療できないかそれこそ世界中を回ったとある。しかし結果的に治療法は見つからなかった。
しかしある国の神話…その原典になったと思われる本の中にある記述を見つける。
「異なる世界より招かれし救世主達は役割を終えるとその命の炎を燃やし尽くし、眠るようにこの世界を去った。」
「待って、その神話…物語は私も聞いたことあるけど役目を終えた救世主は光と共に彼らが在るべき場所へ帰って行った、的なラストだったはずよ。」
「これは多分その物語の原典。だからより正確なんだよ。おそらく異世界からの召喚者達を操るにはアリナが言った、一般的に広がってる結末の方が都合が良いからって事で改変されたんだと思う。」
カノンと同じ事を考えた日記の主は、つまりこれは召喚された者に等しく用意された結末だと悟る。早かれ遅かれこの病で命を落とす事になる。残酷な事実を突き付けられたコミュニティの者達は運命を受け入れる者、発狂する者、諦めきれずに治療法を探して旅に出た者と様々だった。その後コミュニティに遺されたものは数年に1人の割合で死んでいき、日記の主自身は30年ほど生きたようだ。最期の方には日本に残してきた家族に対する手紙ような文章になっていたという。
「これが200年くらい前の文書。」
「そんなに!?」
「つまり俺はもう治らないということか…?」
ユキがポツリと呟いた。カノンは苦々しく頷く。
「多分、私達にはこの世界に召喚された時点で寿命が設定されている。個人差は大きいみたいだけどね。アリナが見つけてくれた召喚者にもその寿命が来たんだとすれば辻褄が合う。
…病が発症してから命を落とすまで20日前後。ユキはあと10日くらい。少なくともこの期間でなんとかできるだけの何かが出来るとは思えない。」
ギリっと拳を握りしめるカノン。冷静に離しているが悔しくて仕方ないのだろう。握りしめた手から血が滴っているのがその証拠だ。
「私がこの本を読んだのが2日前。あの街からここまで帰ってくるのに2日かかるから、その時点であと10日の猶予があったんだ。でも…私はその10日間で治療法を探す事に賭けるより帰ってくる事を選んだ。」
涙を流しながらカノンが絞り出すように話す。
「その10日間、ユキにはエリーに精一杯楽しい思い出を作って欲しいって…!まだ3歳のエリーにユキの死は理解出来ないかも知れないけど、それでも、大好きなお父さんと最期の時を後悔なく過ごしてほしいって…!だから、ユキ、ごめんなさいっ…!わ、わたしは、どんなに小さくても可能性を探すことより、確実につくれる最期の思い出づくりを、とったっ…!そうしたら、あとたった10日で、ユキが死んじゃうの、わかっててっ…!ごめんなさい…ごめんなさいっ…。」
最後はボロボロと泣きながら懺悔をするカノン。そんな彼女を優しく抱きしめてユキが話す。
「許すよ…。当たり前だろ。カノンがそれがベストだと判断して、俺達の大切な時間のために急いで帰って来てくれた。おかげで俺は残りの時間を1秒も無駄にする事なくカノンとエリー、それにアリナと過ごす事ができる。
現に今日だってエリーは本当に楽しそうだった。あの笑顔はカノンが俺にもたらしてくれたんだ。
…あと10日しかないんじゃない。「あと10日もある」だ。みんなで人生で一番幸せな10日にしよう。」
そう言ってカノンに優しくキスをした。




