第19話 ソウルクラッシュ
「その女はこの都市の混乱を引き起こした張本人だ。素直に引き渡すならお前は見逃してやろう。」
振り返るとそこには黒い装束に身を包んだ男が立っていた。
「この子が?ただの行き倒れの娘じゃない。」
「下手な誤魔化しだな。そいつは「紅蓮の魔女」と呼ばれる王国軍のイヌだ。…大方お前もイヌ仲間なんだろう?」
会話をしながらもそのまま『強制停止』を発動しようとするがその瞬間、男から魔力が放たれたので咄嗟に『防御結界』を張って衝撃を逃す。これは魔力をそのまま弾にして撃ち出す『魔力弾』…こいつ、魔術師か。
「ほう、これを防ぐとはやるな。」
この場で処置は不可能だと判断した私は、カノンをお姫様抱っこするとそのまま全力で駆け出した。
「逃すかっ!」
魔術師は私達に向けて魔力弾を連射するが、私の防御結界に全て弾かれる。身体強化と防御結界を使いながらだと強制停止が使えない。ある程度距離を離したらカノンの処置をしないと。特に強制停止は1秒でも早く使わないとカノンの命に関わる。術の発動自体は2〜3秒もあれば十分なので、その時間を確保できるだけの距離を離さなければ。
カノンを抱き抱えたまま都市部の路地を駆け抜ける。だが思うように魔術師を引き離す事が出来ない。
路地を複雑に走っているが、撒いたかと思って立ち止まると正確にこちらに迫って来る。恐らくコイツがカノンの言っていた高精度の感知持ちか。
「このままじゃマズイな。」
倒すか。私は一度カノンを下ろして振り返る。魔術師はすぐに追いついてまた魔力弾を撃ってくる。
「ようやく諦めたか。さあその娘を渡せ。」
勝ち誇った顔で告げる魔術師。私は全速力で魔術師の懐に飛び込む。
「なっ!?」
そのまま魔術師の襟元を掴み、体落としの要領で地面に叩きつける。
「がはっ!」
そのまま馬乗りになり顔面に拳を叩きつけるが、ガンッと音がして弾かれる。魔力で障壁を張ったようだ。構わずに二度、三度と殴りつけるが障壁は割れなかった。だが感覚的にヒビが入ってきている。あと1、2発で割れる!
「もう一丁!」
もう一度大きく振り上げた拳は、しかし振り下ろす事は出来なかった。魔術師が私にゼロ距離から魔力弾を叩き込んだためだ。ドンッと言う音と共に上半身にトラックにぶつけられた様な衝撃が走ると、そのまま数m後方に吹き飛ばされた。
「…魔術師相手に接近戦を挑むのはセオリーではあるが絶対ではない。特に私の様な熟練者は懐に入られた時用の対策をひとつふたつは持っているものだ。
とはいえ肝は冷えたぞ。素手で私の魔術障壁が破られるところだったからな。
…死んだか。零距離で私の『魔砲』を受けて身体が消し飛んでいないだけ大したものだ。」
そう言うと魔術師は起き上がり、カノンの方へ歩き始める。
「「紅蓮の魔女」を殺せる機会がこんな形で訪れるとは、僥倖だな。」
しかしその歩みは背後から襲いかかった私によって止められる。
「行かせるかっ!」
後ろから魔術師の首に腕を回して思い切り締める。
「ガッ…!?なぜっ…!」
何故死んでないのか。私だって日々訓練している。コウの聖剣の様に相手をばっさばっさと斬り倒したり、ユキの聖盾の様にどんな攻撃も防いだり、カノンの魔術のように大規模な火炎を作る事はできないけれど。1対1でそこらの魔術師に負けるようなやわな鍛え方はしていない。
「アリナの身体強化って大分えげつないよね。」
いつぞやカノンと訓練していた時に言われた事を思い出す。
「そうかしら?カノンの魔術と呪術のダブル身体強化に全然勝てないけど。」
「ダブル強化に迫ってるのがすごいんだけどさ。魔術の身体強化は身体を魔力の鎧で覆って攻撃力と防御力があがるって感じで、呪術の身体強化は自分の身体を魔力で操る事で人間の限界を超えた動きをするって感じなんだよね。」
「十分チートな術ね。」
「でもこれってどっちもクセがあるし、身体自体は強くなってないんだよね。回復術の身体強化って魔力で身体中の細胞を強化するって感じじゃない?すごく単純に強くなってるんだよ。」
「魔術や呪術と比べて特に秀でてる気はしないんだけど…。」
「魔術と呪術って元々の身体の強さに魔力の強化の足し算なんだよね。それで多分だけど回復術の身体強化って魔力の強化が掛け算になってる気がする。」
「え、それやばくない?」
「だからえげつないんだって。多分鍛えれば鍛えるほど倍率あがっていくよ。回復術師の人たちは身体強化をあまり重要視してないのかな?こんなに強力な術なんだからしっかり鍛えれば切り札になるって!」
それ以来、私は回復術の訓練と同じくらい身体強化を磨き続けている。だから身体強化を発動した時の私は単純に「すごく頑丈」だ。ちょっとそっとの攻撃は、耐える。先ほどの魔術弾の直撃もちょっと意識が飛びかけたくらいでダメージは大きくない。
それにダメージがあったところで意識さえ飛ばしていなければ即座に回復できる。自分の身体の事は自分が一番良く分かっている。どんな重傷だって自分を治すなら1秒もあれば十分だ。
私を倒したと油断した魔術師に対して一瞬で回復した私は、その隙を見逃さない。
首は完全に極まっている。このまま放しはしない。
「グ…はな…せ…っ!」
ドンッドドドンッ!!
魔術師は私に魔力弾を連続で当ててくる。だけど来ると分かっているなら、耐えられる。我慢できる。
「落ち…ろぉぉおおおお!!!!」
コイツはこのまま締め殺す。腕に力と殺意を込める。
「が…。」
魔術師も攻撃を諦め、身体強化で身体を硬くする。だけど私はカノンとの訓練で知っている。魔術の身体強化は打撃や斬撃には強いが、締め技に弱い。
これまでカノンと積み上げてきた全てを、ここで出し切るつもりでさらに力を込めていく。
ゴキリと音がして、締めた首が不自然に曲がる。それまで感じていた魔力による抵抗も無くなった。
「はぁ、はぁ、はぁっ…。カノン!!」
魔術師の死体を放り出し、カノンの元に駆け寄る。どれだけ時間がかかってしまっただろうか。過出力状態はまだ続いている。
私は『強制停止』をカノンにかける。ほどなくカノンの魔力が完全に止まり、都市中を焼き尽くしていた炎の柱が消えていく。
「後は魔力を注がないと…。」
しかしそこに他の兵士達がやってくる声が聞こえる。さっきの魔術師の魔力弾連発の音が狼煙になってしまったか。
ひとまずこれ以上悪化する事は無いので、この場での回復を諦めてカノン背負い駆け出した。
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宿に戻った私はコウとユキと合流する。
「カノンは?」
「魔力の使い過ぎで意識を飛ばしてる。私の魔力を注げば回復していくはずなんだけど…。」
しかしカノンは一向に目を覚まさなかった。
「…師匠に診て貰いましょう。」
「アリナの師匠?外にいるのか?」
「ええ、本隊の救護班に同行しているはずだわ。カノンがこの状態だとこれ以上の焼き討ちは難しいし、一度外に出て本隊に合流しましょう。」
私達は未だ続く都市の混乱に乗じて要塞都市を脱出した。半日ほどかけて本隊に合流し、メノア師匠にカノンを診せると絶望的な宣言をされる。
「…これはソウルクラッシュしてますね。もう手遅れです。」
「そんなっ!?」
「魔力の過放出状態によって魂が砕け散ってしまっています。これではアリナが魔力を送ってもそれを留める魂が既に無いのです。」
「それってつまりどう言う事だ!?」
コウが師匠に掴み掛かるように詰め寄る。
「残念ですが、カノンさんはもう目覚める事はありません。壊れた魂は治ることはなく、身体もこのまま徐々に朽ちて行きます。」
そう。このリスクがあるからこそ術師は魔力の残りには常に注意を払う。特に大規模な術を使いながら魔力が枯渇すると過放出状態になりやすいと言われており、カノンもそれは分かっていたはずだ。
おそらく紅蓮で食料庫を燃やしながらあの魔術師と戦うのは分が悪いと判断して逃げる事にしたのだろうが、相手も予想以上の使い手だったと言う事だろう。私が勝てたのは相性が良かった事と、向こうが油断してくれたからに過ぎない。
結果的にカノンは魂が壊れてしまった。
「なんてこった…俺たち4人で日本に帰るんじゃなかったのかよ!なあ!カノン!!」
コウがカノンを揺さぶる。
「コウ、やめろ!」
「ユキはなんでそんな冷静なんだよ!カノンがもう目を覚まさないんだぞ!?」
「冷静なわけないだろっ!だけど焦ってもどうにもならないだろうがっ!!」
取っ組み合いを始めるコウとユキ。
「静かにして下さい!ここには他の怪我人もいるんですよ!」
2人は師匠に摘み出された。
「ふう。アリナはどうしますか?」
「…もう少し、この子の横にいます。」
「…分かりました。ソウルクラッシュは回復術ではどうにもなりません。辛いと思いますが、あまり気落ちしないように。」
そう言うと師匠も救護テントから出ていく。
残された私は、目を覚まさないカノンに語りかける。
「あなたって無理ばっかりして、本当に馬鹿なんだから。初めて会った時から無理して強がっちゃってて。一番辛い癖に私達を元気付けようと明るく振る舞っててさ。
術の訓練だって、嫌がらせされてても弱音ひとつ吐かないし。戦争だって本当は誰も殺したくなんてしたくないのに、強いからって最前線に駆り出されて。
精神病んで、ご飯が食べられなっても、夜眠れなくなっても、それでも一緒に帰りたい一心で頑張ってきたのにっ…!」
涙がボロボロと溢れてきた。
「それなのに、一番頑張ってたあなたがこんな形で死んじゃうなんて、そんなの…そんなのあんまりよ!」
我慢できずにカノンに縋り付いてしまう。まだ心臓は動いているし、身体も温かい。でも魂が砕けてしまった以上、このまま緩やかに冷たくなっていくのだ。
「うわああああぁぁぁん!!」
私はカノンに抱きついて大泣きした。
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しばらくカノンの横で思い出に浸っていると、ユキが入ってくる。
「…ユキもカノンにお別れを言いに来たの?」
しかしユキは私を不機嫌そうに睨み呟いた。
「お前は諦めるのか?」
「え?」
「カノンは最期まで俺たちと帰る事を諦めなかった。…今だって諦めて無い。」
「何が言いたいのよ。」
「ここでカノンを治さないなら、何のために回復術を学んで来たんだってきいてるんだ!」
「さっき聞いたでしょ!?ソウルクラッシュを治す術はないのよ!」
「カノンはそんな事で諦めなかった!既存の術でなんとかならないなら、新しい術を作り出そうとするはずだ!」
そういうとユキは私の両肩に手を置き、絞り出すように声をかける。
「アリナ、頼む…俺とコウにはどうにも出来ないんだ。何とか出来るとしたら、アリナだけなんだ…お願いだから諦めないでくれ…。俺はまだ、カノンを失いたくないんだ…。」
そういうとユキはカノンの頭を優しく撫でてからテントを出る。残された私は改めてカノンを見た。
「諦めないで、か。そうね、私ったら何を諦めちゃってたのかしら。」
カノンはまだ死んでいないと言うのに。
「私がカノンを治してみせる、絶対に。」
自分に言い聞かせるように、私は呟いた。




