十一品目 キング・レッド・アスパラ(前編)
夏も終わりに近づく頃の話だった。ランドルは街の食品加工場の前を通った。
大量の瓶容器が運ばれていく場面を目撃した。
加工場の中を覗くと、巨釜で何やら茹でる準備がされていた。
リクソンが奥から出てきた。
「こんにちは、リクソンはん。これはレッド・アスパラを茹でる準備?」
リクソンがしみじみと語る。
「夏も終わりですからねえ。輸出品用のレッド・アスパラを茹でる準備です」
「レッド・アスパラが出回ると、夏も終わりやからなあ」
レッド・アスパラは、夏の終わりに樹海のいたるところに生える植物だった。
茹でてよし、炒めてよし、揚げてよし、と調理方法は多岐に亘る。
銭湯に行った後、山海亭に行った。レッド・アスパラ料理のメニューがあった。
「レッド・アスパラを中心に、揚げ物を盛り合わせで」と注文を出すとサクサクの揚げ物が運ばれてくる。
「お待ちどおさま、レッド・アスパラと、その他の盛り合わせです」
(サクサクの衣が付いたレッド・アスパラを特製タレで食べる。幸せなひと時やで)
店に常連たちが入ってくる。常連たちが笑顔で注文する。
「ランドルさん、レッド・アスパラの揚げ物か。俺もそれ、ちょうだい」
「レッド・アスパラか、いいよな。安くて、美味くて、庶民の味方だ」
キャシーが飲み物を常連に出す。
「旬のレッド・アスパラを食べると、寿命が十四日は延びると伝えられていますからね」
ランドルも会話に加わる。
「レッド・アスパラは、採ってもすぐに生えて来るからのう」
翌朝、家の前で体操をしていると、リクソンがやって来る。
リクソンは明るい顔で頼む。
「今日は、お願いがあって来ました」
「何や? リクソンはんから、お願いとは珍しいのう」
「実は植物学者の先生が、森でレッド・アスパラを観察したいと、ガイドを探しているんです」
ランドルはリクソンの依頼を少し奇妙に思った。
「そうなん? レッド・アスパラなんて、今の時季、どこにでも生えとるで」
「先生は樹海の色々な場所のレッド・アスパラを見たいと仰っているんですよ。行き先は深度三まで行きたいと」
(ああ、それでか。どうしよかのう)
「深度三かぁ、それはちと考えるのう。樹海は素人と一緒に行くには危険な場所やからなあ」
リクソンが弱った顔をした。
「他のハンターさんにも断られる状況でして、何とか頼めないでしょうか?」
「ちなみに、学者先生ってどんな人なん?」
「若い女性の研究者でプリシラさんです。研究費は国から出ているので、報酬の支払いはしっかりしています。森やサバナでの現地調査の経験もあります」
ランドルは迷ったので、正直に懸念を伝える。
「経験がある、と推されてもねえ。魔獣の出るヒッソス樹海と他の場所では、危険度が大違いやぞ」
リクソンは拝むようにお願いした
「そこを何とか、頼みますよ。実績があって頼れるハンターなのは、ランドルさんだけです」
(リクソンはんも困っているようやし、助けたるか)
「しゃあないのう。リクソンはんには世話になっとるからのう。ええで。引き受けたる。そんで、いつから?」
リクソンが苦笑いして説明する。
「実は昨日から来ていて。今日は深度一に入っています」
「何や、もう入っておるんか。まさか、一人で行ったんやないんやろうな?」
「深度一くらいなら大丈夫、と一人で行こうとしました。ですが、危険なので、今日はクレアさんに同行をお願いしました」
「まあ、クレアはんが従いておるなら、深度一は大丈夫か。なら、帰ってきたら、夜に山海亭に顔を出すように指示して。そこで話し合うわ」
リクソンはペコリと頭を下げた。
「どうかよろしく、お願いします」
ランドルは夜営に必要な品と携帯食料を買う。キャンプ地に水を運ぶ手筈も整えた。
あとは、魔獣に遭った際に切り抜ける品を、道具屋で購入する。
(さてと、準備は、できた。でも、深度三まで行くのなら。キング・レッド・アスパラを見たいんやろうな)
レッド・アスパラはヒッソス樹海のどこにでもある。
だが、キングと名が付く、太く味もよい大ぶりなレッド・アスパラは樹海深度三に行かないと生えていない。
夕方、山海亭で飲んでいると、一人の新顔の女性客が入ってきた。日焼けした顔をした若い女性だった。女性の顔は元気良さそうな丸顔で、肩まである黒い髪を後ろで束ねていた。
服装はブレイブの村人が樹海に入る時によく着る、萌黄色の厚手のシャツに茶のズボンを穿いていた。靴は耐久性のある革のブーツだった。
「プリシラですが、こちらに来れば、ランドルさんに会えると聞いたのですが」
キャシーが愛想よく応じる。
「ランドルさんなら、あちらのお客さんです」
プリシラがランドルの前に来る。
「リクソンさんの紹介で来ました。プリシラです。よろしくお願いします。」
「話は聞いたで。学者さんやて? まあ、座り。あと、注文も出してや。店の人に悪いから」
プリシラは席に着くと、レッド・アスパラ料理を四品注文した。
「何や? レッド・アスパラ、好きなんか?」
プリシラは笑顔で答える。
「研究対象でもありますが、好物なんです」
「わいも好きやで、レッド・アスパラ。この季節しか食べらないからな」
「そうですよね。でも、知っていますか。レッド・アスパラって、アスパラって名前が付きますが、植物学上は、アスパラとは、まるで別の種なんですよ」
「見た目はアスパラそっくりなんやけどな。難しい話は、わからん」
適当にレッド・アスパラ談議に花を咲かせた後、ランドルは切り出す。
「リクソンはんから聞いた。深度三まで行きたいんやて。でも、深度三は危険やで、深度三からは、危険な食肉植物が出る」
プリシラは意気込んで答える。
「知っています。でも、深度三に行かないと、キング・レッド・アスパラはありません」
「それなんやけど、市場で買うか、わいが採ってきた品を眺めるだけでは、満足できんか?」
プ リシラは和らかな表情をしていたが、ランドルの提案を拒否した。
「私は直に生えているキング・レッド・アスパラを見たいんです。商品になっている物と現物では、受けるインスピレーションが違うんです」
(学者先生の考える話は、難しいのう)
「インスピレーションねえ、学者先生の考えは、わからん」
プリシラは優しい顔をしながらも、きっぱりと主張した。
「学者先生ではなく、プリシラと呼んでください」
「わかった。ほんまは素人を連れて入れる場所は深度二が限界や。でも、今回は特別に深度三まで連れていったる」
「ありがとうございます」
「ほな、明日、陽が昇った頃に、この店の前に来てや。案内するで」
明日は早いので、適当に食事を切り上げる。
その日の食事はプリシラが奢ってくれたので、気分よく御馳走になった。




