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十品目 人食い蛸(前編)

 朝に家の前で体操をしていると、ホークがランドルを訪ねてきた。

「こんにちは、ホーク船長。ええ朝ですな」


 ホークの表情は冴えない。

「今日はランドルさんにお願いがあって、やって来た。蛸漁の話じゃよ」


「ジャスティン湾の人食い蛸漁の季節ですか」

 ジャスティン湾には夏の時期に人食い蛸が出る。


 人食い蛸の由来は、溺死した人間を食べる話から来ていた。

 人食い蛸は全長が二m、体重が四十㎏とそれほど大きくない。


 また、危険な生物とも、されていない。

「今年の蛸漁なんだが、募集したら()()が新人ハンターばかりなんじゃ」


「蛸漁は危険やないわりに、稼げるからのう。新人が殺到しましたか」

 ホークの顔に不安の影が差していた。


「ただ、今年はジャスティン湾に獣王魚も出た。新人だけだと、心配なんじゃ」

(船長には船長の気苦労があるか。ホークはんとは付き合いも長いから、助けたろう)


「ええで。ホーク船長の筏に乗らせてもらいますわ」

「そうか。なら、急で悪いが、明日から頼む」


 ホークはほっとした顔で帰っていった。

 その夜、山海亭で飲んでいると、常連たちが陽気に語らう。


「蛸漁が始まるな。俺はこの時季の蛸刺しが大好きなんだよ」

「俺は蒸し蛸だな。大将の蒸し蛸の甘味の絶妙な味加減は芸術だね」


 キャシーが心配顔でランドルに訊いた。

「でも、人食い蛸なんでしょう? 危険はないんですか?」


「全長十m重さ一tの蛸が出た記録もある。せやけど、記録は記録や。人喰いの名称も、水死体を喰うところから来ておるから、危険はないのう」


 キャシーがほっとした顔をする。

「何だ、じゃあ、ただ単に大きいだけで、味がいい蛸なんですね」


「さあのう。でも、ハントである以上、どこに危険が潜んでいるかわからんからなあ」

 翌日、村の広場に行った。蛸漁で使う大筏(いかだ)の部品を牛車に積む作業が始まっていた。


 ランドルも、丸太を牛車に積む作業を手伝った。

 丸太を積んで牛車がゆっくりとジャスティン湾に向けて進んで行く。


 牛車への丸太の積み出しが終わると、ハンター・ギルドから蛸を仕留める痺れ銛を借りてくる。

 痺れ銛は突き刺し、蛸を痺れさせるのに使う。蛸は痺れ銛に弱い。


 上手くやれば、浜まで自由を奪える。浜に着いた蛸は、すぐに巨釜で茹でられる

「よし、銛も積んだ。巨釜も持った。餌も万端や。浜に向かうで」


 浜に着くと、大筏の組み立てが始まっていた。

 大筏は一辺が十二mの正方形。中央に帆がある。横と後ろには、蛸を積んだ時に蛸が滑り落ちないようにする高さ五十㎝の衝立があった。


 四艘の大筏が完成した時には、夜だった。

 ホークが水主に訓示を出す。


「蛸は朝に海流に乗って湾内にやって来る。昼過ぎには潮に乗って帰っていく。どれだけ稼げるかは、短時間の勝負になる。だが、安全第一じゃぞ」


 新人ハンターが笑顔でホークの訓示を聞いていた。

 ランドルは明日の蛸漁で使う猪の獣脂を斬っていた。


 若いハンターの談笑が聞こえてきた。

「ハントと言っても、体重が数tになる獣を狩るわけじゃない。相手は蛸だぜ」

「違いない。こんなの、子供でもできるって」


 気になったので注意しておく。

「蛸を舐めたら、あかんで。ジャスティン湾の蛸は力が強く、集団で行動する。小舟やと転覆させられる。海中に落ちれば、蛸が有利や。気を抜けば、こちらが蛸の餌にされるで」


 若いハンターは冗談だと思ったのか、笑ってランドルの話を聞き流した。

 陽が昇らぬうちに皆が起き出す。船長たちは簡単な会議を開く。


 会議からホークが戻ってきた。

「よし、蛸漁を開始するぞ、大筏を出せ」


 大筏は全部で四艘。一艘に船長が一人、水主が十人、乗る。

 ランドルは餌を撒く係を言い渡された。


 船が湾内を百五十m進む。海面を見ていたランドルは蛸の気配を感じた。

「蛸が来たで。餌の獣脂を撒く」


 ランドルはバケツに詰まった獣脂を、シャベルでばら撒く。

 ぬめぬめとした足と、尖った口が海面に現れた。


「突き方、開始」

 ホークの合図で、水主たちが痺れ銛を持って水面を突く。


 水主が突いた銛を引き上げる。

 全長一mの蛸が船に上がった。次々と一mサイズの蛸が大筏に上がる。


 ランドルは、ここで不審に思った。

(おかしい。蛸のサイズが随分と小さい)


 最初は蛸が成長しておらず、今年は不漁なのかと思った。

 だが、蛸は面白いにように次々と上がってくる。


(蛸を調べると、いつもと蛸の種類が違うように思えた)

「ホーク船長。これ、いつもの蛸とちゃうで」


 ホークも険しい顔で蛸を拾い上げてみる。

「これは、人食い蛸じゃねえ。なら、人食い蛸はどこに行った?」


 水主が興奮した声を上げる。

「大物が掛かったぞ、手伝ってくれ」


 見れば、四mを超える蛸とハンターが格闘していた。

「おい、こっちも掛かったぞ」


 別の水主が大声を上げる。

 水主は三人掛かりになって、船に蛸を引き上げる。


(これは人食い蛸や。だが、普通サイズにしてはでか過ぎる)

「ホークはん、これは妙や。漁は中止したほうがええ。例年と違い過ぎる」


 ホークは海の彼方を険しい視線で見て叫ぶ。

「漁は中止だ。銛を捨てろ。櫂を取って、すぐに浜に引き返すんじゃ」


 だが、水主たちはまるで何かに取り憑かれたように蛸との格闘を止めなかった。

 誰かが叫ぶ。


「こんな大物を捨てるなんて勿体ないよ。金が向こうからやって来る。もっと獲ろうぜ」

 ランドルは怒鳴った。


「駄目や。船長命令や。蛸漁は中止や」

 だが、ランドルが叫んでも、指示を聞く人間はいなかった。


(あかん、目の前の獲物に目が眩んで、危険に気付かなくなっとる)

 ランドルはホークを見る。


 ホークは苦い顔をして、大筏の後方から海に飛び込んで、浜を目掛けて泳ぎ出した。

(しゃあない。このままだと、共倒れや)


 ランドルも海に飛び込み泳ぎ出した。

 浜に着いて時には、まだ大筏は海上に残っていた。


 だが、筏の四方から体長七~九mの大蛸が次々と筏に乗って行く姿が目に映った。

「あ、あかん、あの重量やと、大筏が()たん」


 大筏の上に残った水主は、大筏の上で必死に銛を振り回す。

 ざばんと音がして、大筏が割れた。水主は海中に投げ出される。


 あとは、人食い蛸が水主の上にのしかかる。水主たちは、絶叫を上げる間もなく海に沈んだ。

 他の大筏でも同じような惨劇が起きていた。四艘全ての大筏が沈んだ。


 結果、四十四人でやってきて、生き残ったのは八人だけだった。

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