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やってきた警察

 要らぬことに気をとられた俺は、完全に注意力のベクトルが逸れ、動きが停止していた。

 そんな俺の視界に、自分に向かってくる男の拳が見えた。

 ちょっと遅れてしまった。

 体を後ろにのけぞらせて、男のパンチの威力を軽減したが、見事に俺の右頬に命中し、俺は後ろ向きに倒れ、しりもちをついてしまった。


 「きゃあー」


 その時、女の子の悲が轟いた。

 神南?

 一瞬、そう思ったが、聞こえたのは裏門の方からだ。

 目を向けると、見知らぬ女生徒が立っていた。

 俺たちと同様、出遅れ組らしい。


 その悲鳴に、一番驚いたのは男たちの方だった。


 「一旦、ひくぞ」


 一人の男がそう言うと、俺や女生徒の前を駆け抜け、裏門を通り過ぎた場所に止めていた車に乗り込んで行った。


 「警察に電話して」


 俺の言葉に、女生徒は引きつった表情のまま頷き、ポケットから取り出した携帯で、電話を始めた。

 たぶん、偽造か盗難と言う可能性が高そうだが、その車のナンバーを記憶しようと、目を細めて、男たちが乗り込んだ車の番号を見た。

 他府県ナンバー。

 そう思っている俺の所に、神南がやって来て、手を差し伸べた。

 俺はしりもちをついたまま、立ち上がるのをすっかり忘れていたらしい。


 「あ、いや。大丈夫」


 神南の手に触れると言う事と、女子の手で起き上がるのを助けてもらうと言う二つの事が恥ずかしくて、俺は神南の手を取らずに、自分で立ち上がった。


 「ごめんね。平沢君を巻き込んでしまって」


 いつも引き締まった表情が多い神南だが、少し悪かったわねと言う感じを浮かべている。


 「いや。かまわないよ」


 俺はお尻についているであろう土汚れを手ではたきながら、答えた。


 「あいつら、知ってるの?

 何者?」


 男たちの雰囲気から言って、知り合いである事はたしかそうだ。


 「ううん」

 「まじ? だって、神南さんって、呼んでなかったっけ?」

 「正確に言うと、向こうは知ってるみたいだったけど、私は知らない」


 「あの、大丈夫ですか?

 警察には連絡しました」


 警察を呼んでくれた女生徒が俺に話しかけてきた。


 「ああ。大丈夫。ありがとう」


 そう言った時、俺の耳に近づいてくるパトカーのサイレンが聞こえた。

 道路の先に、赤色灯を回転させ近づいてきているパトカーがいた。

 さすが日本の警察だ。何と言う素早さ。

 そう思っている内に、パトカーが俺たちの横に停車した。


 「110番をしたのは君たちかね」


 パトカーのドアを開けて降りてきた警官が言った。

 それから、ひとしきり、質問攻めにあった。

 昨日も地下街で警官と話をし、今日も話す事になるとは。

 俺がまずはざっくりとした話をした。


 裏門を神南が出た直後、男たちが駆け寄る姿を見た事。

 神南がその男たちに囲まれていた事。

 男たちが俺に殴り掛かってきた事。

 それが終わると、個別に事情聴取が始まった。


 「相手に見覚えは?」

 「いいえ。全く知らない人でした」


 俺の横では神南が同じ事を質問されていた。

 俺は自分への質問より、神南への質問が気になり、意識の大半をそちらに向けた。


 「相手に見覚えは?」

 「いいえ。全く知らない人たちでした。

 ただ、そこにいる平沢君が襲われている時、私の事を神南さんと呼びました」

 「相手は君の事を知っていた。そう言う事だね。

 ところで、神南と言う苗字ですが、神南バイオ研究所、いや本体の神南電機とご関係が?」


 俺も常々気になっていた話だ。

 神南電機と言えば、この国最大のエレクトロニクスメーカーだ。しかも、神南なんて、そこら中にある苗字じゃない。親戚か何かじゃないのか?


 「基本的には関係ありません」


 基本的には? どう言う意味なんだ?


 「おい、君。今の話は聞いていたのか?」


 目の前の警官がちょっとイラつき気味に言った。神南の話に意識を集中させ過ぎたのか、この警官が何かを俺に言っていたのだろうが、完全に聞き逃していたらしい。


 「あ、すみません」


 神南の話を聞きたかったが、目の前の警官がきつい視線で俺に問いかけてくるので、意識を神南に向けられなくなってしまった。

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