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中国大返し? 遅いな秀吉、光秀ならもう詰んでいる

「まさか、本能寺から生還できるとは……今でも夢のようでございます」

京都の地下深く、明かりの灯った極秘のセーフハウス。側近の森蘭丸は、泥と煤にまみれた体を震わせながら、未だに信じられないといった表情で俺を見つめていた。

「夢ではないさ。現実を見ろ、蘭丸。俺たちは生きていて、明智光秀は今頃『信長を討ち取った』と勘違いして勝利の美酒に酔っている」

俺――織田信長は、羽織の汚れを払いながら不敵に笑った。中身が現代人の俺にとって、本能寺の変は単なる通過点に過ぎない。むしろ本番はここからだ。

史実では、このあと毛利氏と和睦した羽柴秀吉(豊臣秀吉)が、驚異的なスピードで中国地方から京へ引き返す「中国大返し」を成し遂げる。そして『山崎の戦い』で光秀を討ち取り、織田家の主導権を握るのだ。

(だが、秀吉。お前の大返しを待ってやる義理はどこにもないんだよ)

俺がわざわざ地下に身を潜めたのは、ただ生き延びるためではない。光秀を「完全に油ないし、最も無防備な瞬間を狙い撃ちにする」ためだ。わざわざ大軍同士が正面衝突する『山崎の戦い』なんて面倒なイベントを起こす必要すら最初からない。

「さて、仕込みを動かすか」

俺は部屋の壁に設置された隠し扉を叩いた。すると、音もなく姿を現したのは、黒い特殊な夜戦装束に身を包んだ三十人ほどの男たちだった。彼らは俺が数年前から現代の軍事戦術を叩き込んで育成した私兵部隊――コードネーム『黒百合』である。

彼らが手にするのは、従来の火縄銃ではない。銃身の内部に螺旋状のライフリングを彫り込み、命中精度と飛距離を飛躍的に高めた最新型の『フリントロック式(燧石式)ライフル』。現代の化学知識で調合した無煙火薬を使用するため、夜闇で発砲しても火花や煙で位置が露呈することはない。

「現在の光秀の動静は?」

俺の問いに、部隊長が冷徹な声で応じる。

「はっ。明智日向守は信長公を討ち果たしたと確信し、油断しきっております。今夜は少数の護衛のみを連れ、勝竜寺城へ移動する模様。道中の山崎付近の街道を通る時刻は、丑の刻(午前二時頃)と踏んでおります」

「完璧だ。秀吉が中国地方で『信長様が死んだ!?』と大騒ぎして荷物をまとめている間に、すべてを終わらせるぞ」

蘭丸が驚愕に目を丸くする。

「し、信長公……まさか、これだけの人数で、一万を超える明智軍に挑むのですか!?」

「アホか。正面から戦うのは脳筋のすることだ。俺たちは『戦争』をしに行く大名じゃない。歴史のバグを修正しに行く『暗殺者アサシン』だ」

現代のゲリラ戦・特殊作戦の知識があれば、大軍を相手にする必要はない。総大将の首さえすっ飛ばせば、寄せ集めの明智軍など一瞬で瓦解するのだから。

同日深夜。山崎へ続く鬱蒼とした街道。

明智光秀は、馬の上で満足げな笑みを浮かべていた。本能寺を焼き払い、織田信長の遺体こそ見つからなかったものの、あの爆発と炎の中で生き残れる人間などいるはずがない。誰もが魔王の死を確信していた。

「あとは細川や筒井を味方に引き入れ、京を掌握すれば……我が明智の天下よ」

光秀がそう呟いた、その瞬間だった。

ピシッ、と夜の静寂を切り裂くような、奇妙に鋭い音が響いた。火縄銃の「ドーン」という大音量ではない。空気を切り裂く微小な音。

直後、光秀のすぐ横を歩いていた側近の頭部が、錐揉み回転する鉛の弾丸によって一瞬で消し飛んだ。

「なっ!? 敵襲――!」

光秀が叫ぼうとしたが、遅すぎた。

闇の中に潜む『黒百合』の放った弾丸は、夜の帳を完全に無視して、正確無比に光秀の馬の脚を打ち抜く。激しく転倒する馬。地面に投げ出され、甲冑の重みで身動きが取れなくなる光秀。

「光秀様!? どこからだ! 火縄の煙も見えぬぞ!」

「うろたえるな! 敵を探せ!」

明智の兵たちが松明を掲げて周囲を索敵するが、ライフリングによって数百メートル先から狙撃してくる俺たちの姿など、見えるはずもない。さらに彼らが混乱している足元へ、蘭丸が現代の配合で作られた「手投げ閃光榴弾(スタングレネード模造品)」を投げ込んだ。

カァァァァァァァッ!!!

「ぎゃあぁぁぁ! 目が、目がぁ!」

「耳が裂ける! どんな妖術だ!」

凄まじい光と爆音に、明智の兵たちは武器を落としてパニックに陥る。

その混乱の真ん中へ、俺はゆっくりと歩み出た。手には、抜き放たれた一振りの日本刀。

「ひ、日向守……様……?」

泥まみれで這いつくばる光秀の前に、俺は静かに影を落とした。

光秀が恐怖に顔を引きつらせ、信じられないものを見るように目を見開く。松明の炎に照らされたその顔は、間違いなく、本能寺で死んだはずの男――織田信長だった。

「し、信……長……公……? 馬鹿な、貴様は、あの炎の中で死んだはず……!」

「光秀。お前の『三日天下』、三日どころか一日半で終了だ。チェックメイトだよ」

「待、待て! 命ばかりは――!」

「お前を許せば、この後の清洲会議も、秀吉の調子乗りも止められなくなるんでな。ここで死ね」

フッ、と息を吐き、俺は容赦なく刀を振り下ろした。

ドサリ、と鈍い音を立てて、明智光秀の首が地面を転がる。大将を失った明智の兵たちは、戦意を完全に喪失し、蜘蛛の子を散らすように闇へと逃げ去っていった。

俺は光秀の首を拾い上げ、夜空を見上げた。

(さて、秀吉。お前が『主君の仇討ちだー!』とドヤ顔で京に全速力で戻ってくるまで、あと数日か?)

山崎の戦いは、開幕することすらなく幕を閉じた。

中国大返しを成し遂げ、ドヤ顔で山崎に到着した秀吉が、すでに光秀が死んでいて、さらに死んだはずの俺がその首を持って待っているのを見た時、一体どんな顔をするだろうか。

「想像するだけで傑作だな。おい蘭丸、光秀の首を持って引き上げるぞ。秀吉を迎え撃つ準備だ」

「は、ははっ! どこまでも御供いたします!」

織田信長(現代人)による、世界で一番贅沢な『秀吉へのサプライズ』の準備が、今ここに整ったのである。

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