本能寺の地下から抜け出す
「――放てぇッ!!」
バリバリバリッ!と、鼓膜を引き裂くような火縄銃の爆音が、夜の京都に響き渡った。
天正十年、六月二日。場所は本能寺。
堂宇はすでに激しい炎に包まれ、パチパチと不吉な音を立てて火の粉を夜空へ散らしている。
「敵の総大将は明智日向守光秀! 謀反にございます!!」
側近の森蘭丸が、血にまみれた十文字槍を握り締めながら、悲痛な声を上げた。
外からは、明智軍の一万を超える大軍の足音が、地鳴りのように押し寄せてきている。
絶望。誰がどう見ても、織田信長の命運はここで尽きるはずだった。
……ただ一人、信長本人を除いては。
「蘭丸、落ち着け。慌てるな。すべては予定通りだ」
「は、はい……えっ?」
信長――いや、その肉体に宿る「現代人の魂」を持つ俺は、燃え盛る本能寺の奥の間で、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
俺が戦国時代に転生し、織田信長として目覚めてから早数年。
「本能寺の変」という歴史の絶対的なバッドエンドを知っていた俺が、何の対策もしていないわけがないだろう。
「信長公! もはやこれまで! どうかご自害を……!」
「馬鹿を言え。俺はまだまだ死なんし、天下も渡さん。蘭丸、その床の畳を三枚上げろ」
「は、はあ……?」
困惑しながらも蘭丸が畳を引っ剥がすと、そこには頑丈な鉄板で覆われた「隠し地下通路」が出現した。
「な、何ですかこれは……!?」
「数年前から、京都の職人を総動員して極秘裏に掘らせておいた、本能寺直通の脱出シェルターだ。この先は数キロ先、俺のお抱え商人の屋敷へ繋がっている」
現代の土木知識と、信長としての圧倒的な財力。それをつぎ込んで作った特製のアジトだ。
俺たちは地下通路へと飛び込み、内側から重い鉄の扉を閉めて厳重にロックした。
直後――。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
本能寺の奥の間が、これまでにない凄まじい大爆発を起こした。
突入しようとしていた明智軍の兵士たちもろとも、織田信長の居室は跡形もなく消し飛んだことだろう。
地下の暗闇を進みながら、俺はフッと息を漏らした。
(これでいい。世間的には『織田信長は本能寺の炎に消え、遺体は見つからなかった』という史実通りのニュースが流れるはずだ)
光秀は歓喜し、中国地方にいる羽柴秀吉(豊臣秀吉)は「主君の仇討ちだ!」と大急ぎで京へ引き返してくる(中国大返し)。
そして、自分が次の天下人になると信じて疑わない秀吉は、ほくほく顔で明智光秀を討ち取るだろう。
だが、そこが奴の絶望の始まりだ。
「秀吉、光秀、家康……。お前たちが『信長亡き後の天下』を夢見てニヤついているその瞬間、死んだはずの俺が、現代知識で強化した最強の軍勢を率いて目の前に現れてやる」
織田信長のカリスマと、現代人の知識。
この二つが合わさった最強の魔王が、ここから戦国時代の歴史を容赦なくひっくり返してやる。
「待っていろよ、俺の家臣(裏切り者)たち」
暗闇の中、俺は静かに、しかし最高に愉悦に満ちた笑みを浮かべた。




