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伝説の聖剣(喋る・うるさい・メンヘラ)を拾ってしまった。俺の静かな隠居生活を返せ  作者: 古沢樹


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第3話 聖剣の帰還

 泥を撥ね飛ばし、生い茂る草木をなぎ倒しながら暴走してきたその乗り物は、黄金の装飾が施された王室専用の馬車だった。


 その優雅な外装はあちこちがひしゃげ、窓ガラスには内側から激しく叩かれたようなヒビが入っている。



「……ひ、ひぃぃっ!」



 悲鳴を上げながら御者台に座っていたのは初老の男だった。


 俺の数メートル先で馬車が強引なドリフトをかまして停車すると、彼は転げ落ちるように地面に這いつくばった。



「つ、着きました! 着きましたから、どうか命だけは……!」



 男は顔面を蒼白にさせ、ガタガタと膝を震わせている。


 王宮に仕えるただの御者のはずだが、その瞳には、死線を越えてきた者にしか宿らない深い絶望の色があった。



「おい、大丈夫か」


「だ、旦那……! 頼みます、こいつを……この『化け物』を引き取ってください! もう御免だ! 命がいくつあっても足りねぇ!」



 御者は私の足元に縋り付き、涙ながらに訴えてきた。



 ――ズガァァン!!



 次の瞬間、彼が指し示した馬車の扉が、内側から凄まじい力で蹴破られた。


 中から飛び出してきたのは、王宮へと送り出したはずの聖剣――オルタの精霊体だった。



「お兄様ぁぁぁっ! ひどい、ひどいわ! あんな成金趣味の王宮に私を放り出すなんて、あんまりよっ!!」



 彼女は白金の美しい軽鎧に泥がはねるのも気にせず、プラチナブロンドの髪を振り乱しながら、涙目で俺の元へと猛ダッシュしてきた。



 お兄様、と来たか。



「……向こうで何があったんです?」



 一旦オルタを無視して、俺は御者に説明を求めた。



「何がじゃありませんよ! あの聖剣、王宮では国王様をぶっ飛ばすわ、国立博物館に送られてからは『加齢臭がする!』と言って貴重な展示品を吹き飛ばすわ……」


「私をあんなジジイだらけの骨董品と並べようとするからよ! 私の美しさは、お兄様の隣でこそ輝くの!」


「……挙句の果てには『アリウス様の元に帰さないと、王都に張られた魔物除けの結界を叩き割る!』と脅迫を始めまして……。騎士団が総出で止めに入りましたが、彼女が精霊体になった途端、誰も触れることすらできず総崩れに……」


「レディに気安く触ろうとするからよ! 正当防衛だわ!」


「その後、王宮の正門を一撃で消し飛ばすと、近くにいた私の喉に剣先を突きつけて『死にたくなければあの小屋へ全速力で走らせなさい!』と……! 王宮も、博物館も、こいつのせいでメチャクチャですよ……!!」


「……そうか、大変だったな」



 俺はこめかみを押さえた。



「私がいないと、お兄様はまたボロボロのタオルを使い続けるし、変な魔物を適当に焼いて食べるんでしょう? そんなの、この聖剣オルタが許しません!」



 オルタは腰に手を当て、さも正義は自分にあると言わんばかりに胸を張る。


 ふと気付くと、御者が「これ以上ここにいたら命がいくつあっても足りない」とばかりに、空の馬車を捨て置き、森の奥へと逃げ帰っていくのが見えた。



「ああ……行ってしまった」



 今度こそ静かな隠居ライフが始まると思ったが、この騒がしい「メンヘラ聖剣」は俺の日常へと戻ってきたらしい。



「ふふふ。お兄様、もう絶対に離れないんだからね!」



 二人きりになると、俺に抱き着こうとオルタが両手を広げた。



 ――チィインッ!!!



 次の瞬間、鼓膜を刺すような鋭い金属音と共に、オルタの鼻先数ミリを「閃光」が奔った。



「……ッ!?」



 まるで見えない壁に衝突したかのように、オルタが不自然な体勢で後方へと飛び退く。


 彼女の美しいプラチナブロンドの毛先が、数本だけ虚空を舞った。



「……誰!? 私とお兄様の感動の再会を邪魔する不届き者は!!」



 オルタが鋭い眼光を向けた先では、冷たい光を反射させた短剣が空中で静止していた。


 その細身の刃からは、空気をピリつかせるほどの殺気と超振動が放たれている。



「感動の再会? 笑わせないでよ」



 そしてリリィは瞬時に少女の姿へと実体化すると、私の前に立ちはだかり、オルタを見下すように鼻で笑った。



「無様に捨てられた『無用の長物』が、どさくさに紛れてお兄ちゃんに触ろうとしないでくれる?」



 その声は、冷徹な刃そのものの響きを帯びていた。



「リリィ!? あ、貴女なんでここにいるのよ!?」



 オルタは顔を真っ赤にして睨みつけるが、リリィは余裕の態度を崩さない。


 空中を軽やかに舞いながら、オルタの周囲を嘲笑うように旋回した。



「お兄ちゃんにはもう、私っていうメインウェポン(本妻)がいるんだ。お姉ちゃんは、そのままスクラップ場にでも帰ればいいんじゃない?」


「な、なんですって!? 私は伝説の聖剣『エクスカリバー・オルタナティブ』よ! 貴女みたいな果物ナイフとは格が違うわ!」


「格? じゃあ、格の話をしようか? 私は器用だからお掃除だってできるし、お料理も手伝ってあげられる。貴女は? 敵を殺す以外の何ができるの? そんな血生臭いだけの存在、今のお兄ちゃんの生活には邪魔なだけだよ」


「っ……!」



 オルタは言葉に詰まり、唇をわななかせる。


 リリィの言葉は、オルタが一番恐れていた「自分がアリウスの隠居生活に不必要なのではないか」という疑念を正確に射抜いていた。



「さっき、私はお兄ちゃんにマッサージもしてあげたのよ? 凄く喜んでくれたんだから。ふふふっ」


「ま、ままま……マッサージ!?!」



 そしてリリィは「これは私のモノ」だと主張するように、アリウスの袖をぎゅっと掴んだ。



「お兄ちゃんが本当に欲しかったのは、戦うための道具じゃなくて、安らぎなの。重くて、かさばって、戦うことしか能がない聖剣は、もうお呼びじゃないんだよ?」



 冷たく言い放つリリィと、屈辱に身を震わせるオルタ。


 姉妹のボルテージが上がり、周囲の空気がパチパチと放電し始める。



「リリィ……思い上がった貴女にはお仕置きが必要みたいね。どっちがお兄様にふさわしいか白黒つけようじゃないの……!」


「はあ……だからその思考が終わってるんだって。……だけど、受けてあげる。いい加減、あんたの陰に隠れるのはウンザリだから……!」



 火花を散らす二人の視線が交差する。


 丸太小屋の庭は、主人の平穏を置き去りにしたまま、二振りの美少女(武器)による一触即発の戦場へと変貌しようとしていた。



「……おい。お前たち、いい加減に」



 アリウスが二人を制止しようとしたその時、



 ガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャン――



 鉄靴が草を踏みしめる重々しい音が響き渡った。



「……また、面倒な客が来たな」



 森の境界から一糸乱れぬ足取りで現れたのは、王国の紋章を胸に刻んだ精鋭騎士、近衛兵団だった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


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明日からは毎日20:00に投稿予定です。

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