第9話「真実」
翌朝、玲が桜の園を訪れた。
柊は会議室で待っていた。
玲は無言で端末を開き、分析結果を表示した。
「これが、お母さんの残響から抽出した記憶の断片」
画面に、テキストが並んでいた。
『颯太は——自分で選んだの』
『事故じゃない。自分で——』
『遺書には——残響にはならないでくれ、と』
『柊には言えない。まだ小さすぎる』
『この子には——笑っていてほしい』
柊は画面を凝視した。
自分で選んだ。
その言葉の意味が、頭に浸透するのに時間がかかった。
「父さんは——」
「自殺だったみたい」
玲が静かに言った。
「記憶の断片から推測すると——お父さんは、自ら命を絶った。そして、遺書に『残響にはならないでくれ』と書いていた」
柊の世界が揺らいだ。
父は——自殺だった。
母は——それを隠していた。
柊には「事故」だと言い続けて。
「なぜ——」
柊の声がかすれた。
「なぜ、母さんは——俺に教えなかったんだ」
「それも、記憶の断片にある」
玲は画面をスクロールした。
『柊には言えない。まだ小さすぎる』
『この子には——笑っていてほしい』
『颯太の死を——この子に背負わせたくない』
柊は椅子に座り込んだ。
母は——柊を守ろうとしていた。
父の自殺という事実から。その重さから。
だから、嘘をついた。「事故」だと。
そして、残響を作る時も——その記憶を消去した。
柊に知られたくなかったから。
「柊」
玲が柊の隣に座った。
「大丈夫?」
「わからない」
柊は頭を抱えた。
「父さんが——自殺だったなんて」
「ショックだよね」
「なぜ——父さんは——」
答えは、記憶の断片にはなかった。
父がなぜ自殺を選んだのか。何が彼を追い詰めたのか。
それは——永遠にわからないかもしれない。
「一つ、気になることがある」
玲が言った。
「何だ」
「お父さんの遺書——『残響にはならないでくれ』という言葉」
柊は顔を上げた。
「父さんは——残響になることを拒否したんだ」
「そう。二一五〇年の今でも、残響を作らない選択をする人はいる。でも——」
玲は考え込んだ。
「当時——柊のお父さんが亡くなった頃——残響技術はまだ黎明期だった。一般に普及し始めたのは二一二〇年頃。その前は、富裕層向けの高額サービスだった」
「つまり?」
「お父さんが『残響にはならないでくれ』と書いたということは——お父さんは、残響技術について詳しく知っていた可能性がある」
柊は考えた。
父——水無瀬颯太。何の仕事をしていたのか、柊は知らない。母に聞いても、「会社員だった」としか答えてくれなかった。
「父さんの仕事——調べられるか」
「やってみる。公的記録を当たれば、何かわかるかも」
玲は端末を操作し始めた。
柊は窓の外を見た。
桜が散り始めていた。四月も半ば。春は、ゆっくりと過ぎていく。
父の死。その真実。
二十九年間、柊は何も知らずに生きてきた。
母は——ずっと秘密を抱えていた。
一人で。
◇
一時間後、玲が結果を報告した。
「見つかった。水無瀬颯太——残響研究所の研究員だった」
柊は絶句した。
「残響研究所?」
「政府系の研究機関。残響技術の基礎研究を行っていた。お父さんは——」
玲は画面を見せた。
「意識工学の専門家だったみたい。残響技術の初期開発に携わっていた」
柊の頭が混乱した。
父は——残響技術の研究者だった。
そして、自ら命を絶ち——「残響にはならないでくれ」と遺書に書いた。
「なぜ——」
柊の声がかすれた。
「なぜ、父さんは——残響を拒否したんだ。自分が開発に携わった技術なのに」
「わからない。でも——」
玲は考え込んだ。
「何か、知っていたのかもしれない。残響技術の——欠陥か、危険性か。だから、自分は残響になりたくなかった」
沈黙が流れた。
柊は考えていた。
父は、残響技術の専門家だった。
その父が、残響を拒否した。
それは——何を意味するのだろう。
「玲」
「何?」
「父さんの研究資料——残ってないか」
「調べてみる。でも——二十九年前だからね。保存されてるかどうか」
柊は頷いた。
父の真実を——もっと知りたかった。
なぜ死んだのか。なぜ残響を拒否したのか。
その答えを——見つけなければならなかった。
母の残響のために。
そして——柊自身のために。
◇
その夜、柊は母の残響と対話しなかった。
初めてのことだった。五年間、一日も欠かさなかった対話を、柊は避けた。
母の顔を——まだ見られなかった。
母が隠していた秘密。父の死の真実。
それを知った今、柊は——母とどう向き合えばいいのかわからなかった。
寮の部屋で、柊は一人、天井を見つめていた。
父の顔を——思い出そうとした。
だが——何も浮かばなかった。
三歳の記憶は、霧の中に消えている。
父は——どんな人だったのだろう。
なぜ——死を選んだのだろう。
答えは——まだ、見つからなかった。




