28.剣の声
更新がかなり遅くなりました!
引っ越しその他ですごいバタバタしてます。
胃腸炎にもなってました。
「――本当に治ってる」
次に目を覚ますと、突き刺すような腕の痛みは消えていた。
鬱蒼とした花々もすっかり散っていて、傷は綺麗に治っていた。
(――いったい何日眠ってたんだ)
寝ぼけた頭でそんなことを考えていたときだ。
「お目覚めですか? アル様」
聞き慣れない声がする。
呼ばれた方を見ると、初めて目を覚ました時に現れた、あの執事が立っていた。
(名前はたしかカトラスとかだったか)
「――なんであんたがここに? 」
「剣の上位精霊様の命で、あなた様のお世話をさせていただいておりました」
「三日以上も目を覚まされなかったので、皆様心配されてましたよ」
「そうだったのか、それはすまなかった」
「――失礼します」
そう言うと、慣れたように俺に巻かれた包帯をほどいていく。
「傷は完治しているようですね」
その時、ふと妙な違和感を感じた。
あるべきものがない、そんな違和感に。
「エナ――」
そう、いつも隣にいたはずのエナがいない。
いつもなら横から声をかけてくるはずなのに、それがない。
妙に冷たい予感が背筋をなぞる。
(治療はされていたはずだが、まさか)
俺はたまらず執事に尋ねることにした。
「エナは、いや、エルナビスはどこに行った?」
「剣の上位精霊様でしたら、マーリン様とご一緒です」
この男の口ぶりからするに、どうやら無事ではあるらしい。
「あいつの方が重傷だったはずなのに、もう治ったのか」
「昨日には完治されたそうですよ」
最後に見た時は、普段の鎧すら維持できないほど消耗していた。
しかし、それでこそ上位精霊ということなのだろう。
(せめて無事な姿を見せろよな)
そばにいない相棒に対して、少しだけ悪態をついた。
「なあ、あいつに会いたいんだがどこに……」
治ったら話そう、そう約束していた。
しかし――
「申し訳ございませんがご領主様がお待ちですので、そろそろご準備を」
そう急かされてしまった。
たしかに魔王の一角を討伐したのに、一度も話していない。
(まあ、終わったら探せばいいか)
「そういうことなら仕方ないな」
俺はそう考え、まずは用事を終わらせることにした。
だが、そこから先が長かった。
領主に会った後は、兵舎に連れて行かれて団長に挨拶と礼。
終わったと思えば、別館で旅人組合と報酬の話し合い。
その後は、街の有力者を集めた戦勝パーティー。
「つ、疲れた」
あちこち連れ回されて、気づけば夜になってしまった。
「なんか色々感謝された気がするが、なにも覚えてないな……」
ひたすら礼を言い返してはいたが、暇さえあれば彼女の姿を探していた。
あまりにも、心ここにあらずな態度だったのだろう。
領主の計らいで、パーティーは早めに切り上げられた。
「結局、エナには会えなかったな……」
口からついて出た言葉で、妙に冷静になる。
(早めに休ませてもらったのに、これじゃ変わらないな……)
俺は気分転換も兼ねて、ベランダで夜風を浴びることにした。
窓を開けると、涼しい風が頬を撫でる。
空を見上げると、美しい月がこちらを見つめていた。
夜の静けさに、孤独感が増していく。
「全く、どこにいったんだよ」
連れ回されながらも、相棒の姿を探したが全く見かけなかった。
思わず夜空に小さく呟いた時――
「誰かをお探しですか?」
突如背後から、聞き覚えのある澄んだ声がした。
見慣れた美しい薄紫の髪が目に入った。
「…………」
「えっと……」
その姿を見たときに、安心感と共に言葉を失う。
向こうは久しぶりなせいか、少しだけ態度がぎこちなく見えた。
「その様子ですと、傷は完治したようですね」
「安心しました」
間が空きつつも、エナはいつものように俺に声をかける。
「そっちこそ、もう傷は大丈夫なのか? 」
「え、ええ、何も問題はありません」
以前見た時のような包帯だらけの姿ではない。
気まずさはあれど、傷一つない綺麗な姿にまずは安堵した。
「――アル? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ、すまない」
呼びかけられて、呆けていた意識が戻る。
そこで俺は一日中気になっていた問いを、彼女に投げかけた。
「今までいったいどこにいたんだ?」
「それは、まあ色々と……」
表情は変わらないのに、なんとなく逃げ出したいのがわかる。
理由はおそらくあれだろう。
「蟻王との戦いのこと、そんなに話したくないのか」
彼女の肩がすくんだ。
(やっぱり坑道でのことか……)
あの炎が普通の力ではないことは、とうに察していた。
そしてそれが、彼女が忌避される理由の一つであろうということも。
マーリンの反応から、彼女は精霊側からも忌み嫌われているようだ。
出会った時の扱い、彼女の言動――
全てが不自然なほどに軽んじられていた。
誰かを頼ることも、ましてや信じることなんて、考えることもなかったと思う。
(もしそうだとしたら……)
(それはとても寂しいし、怖いよな)
人に拒絶される怖さ、自分の居場所がない寂しさは自分がよくわかっている。
エナに会う前の俺がそうだったんだから。
「やっぱり似ているな、俺たち」
気づくと口から出ていた。
そんな俺の言葉を聞いたエナは、少し懐かしそうな顔をした。
「以前にも、そんなことを言ってましたね」
「なあ、エナ」
彼女の表情が和んだのを見て、なぜか今まで言えなかったことを言葉にしたくなった。
「俺はさ、エナと会うまで自分に価値がないと思ってたんだよ」
「…………」
エナは何も言わなかった。
この世界において精霊契約ができない人間が、どのように扱われるかは想像に難くない。
何より契約を結ぶ前の俺の態度を思い出したのだろう。
「アル、私は――」
「でもさ――」
彼女の言葉を遮って無理やり続ける。
ここで止まってはダメだと、なんとなくそう思う。
「そんな俺を信じて、ここまで頼ってくれたことが」
「嬉しかったんだ、何よりも」
「えっ……」
俺の言葉を聞いた彼女は、なぜか驚いていた。
「だから俺は――」
「なぜですか? 」
突然、言葉を遮られた。
その声はなぜか震えていて、いつもの彼女とは明らかに違っていた。
「エナ? 」
エナは俯いたまま言葉を続けた。
「……おかしいですよ」
そこからは堰を切ったかのように、言葉が溢れ出した。
「だって私は、あなたの声を斬り捨ててきました! 」
「怖かったんです、拒否されることが! 」
「人間も精霊ですら、今までもずっとそうだったんです」
「…………」
その勢いに思わず気圧された。
「弱気なあなたに甘えて、ずっと意見を通してきました」
「でもあなたは全部受け止めて――」
「離れないで……、一緒に傷ついて」
彼女の目から涙がこぼれる。
血も流さなかった彼女から、感情が溢れて止まらない。
「私は剣でよかったんです」
「こんな想いを知るくらいなら」
「利用し合う関係だったらよかった」
「知らなければあのまま――」
「私は異端のままでいられたのに」
「なのにどうして……」
「どうしてあなたは、私を受け入れるんですか」
彼女のこんな姿は初めて見た。
(ずっと、ずっと押し殺していたんだ)
そこにあったのは、剣としてではなく――
ただ一人の少女の声だった。
「……エナ」
彼女の震える体を、そっと抱き寄せる。
細い肩から伝わる温もりが、不思議と心を落ち着かせた。
「エナは剣なんかじゃないよ」
「お前はもう、とっくに俺の相棒だよ」
絵空事でも一緒に笑い合いあえる。
情を恐れて涙を流せる。
兵器でいることに耐えれるほど強かったら。
その方がずっと楽だったはずだ。
でも、彼女はそうじゃなかった。
(だからこそ……、なんだろうな……)
彼女が兵器でなかったから――
「俺の不安も恐怖も、エナが最初に全部持っていってくれたんだ」
「だから ”俺も背負う” って言ったんだよ」
(罪だろうと責任だろうと――)
「二人で一緒にだ」
「どれだけみんながお前を拒んでも、最後まで俺はお前のそばにいるよ」
理屈や恩義で語ることはいくらでもできる。
しかし、そんなものはどうだっていいとすら思った。
エルナビス、彼女と共にいられるのなら。
俺の言葉を聞いた後、弱々しく震えていた腕が、おずおずと俺の背中へ回る。
そして――
「ありがとう……ございます」
耳元でかすかに聞こえたそれに、俺は何も言わずにただ抱きしめた。
エルナビスも、同じように腕に力を込め返した。
世界でただ一人、必要としてくれた。
この温もりに、感謝を伝えるために。
心情描写に時間がすごくかかりましたが、過去一の出来と満足度を誇ってます。




