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迷宮高校の陰キャクラン  作者: 多真樹
第1章 陰キャなるもの
20/25

ひとりでできるもん

 迷宮学校設立時から残る最古のクラン『白蠍』――

 創立から十数年の月日の中で、いつからか闇組織の温床になったクランだ。

 風紀委員から目は付けられているだろうが、一度も踏み込まれたことはない。

 『白蠍』の傘下クランがいくつも動いており、大抵はそのどれかが風紀委員の取り締まりで尻尾切りに遭うのだ。


「ぱこは! 華子をどこへ連れてくつもりだ!」

「なんだぁくそっ!」


 腐った大樹の幹はいまだ切り倒されず、毎年枝葉が何度か剪定される程度。

 教師の中にも『白蠍』のOBがいて、さり気なくフォローしているという噂もある。

 僕はこのクランに短い間所属していただけだが、寿々木よりももっと深い闇があるのだと、なんとなく察してしまっている。いや、寿々木も個人賞では十分に闇が深いか。


 ドミノ倒しのように巻き込んで倒れたふたりは、ぱこを抱えていなかった。

 しかし電灯に照らされた顔は僕のよく知る顔、そして思い出したくない顔。

 『白蠍』所属のふたりの二年生は、不意を突かれて焦って驚いている。


「あ、てめえかよ! い、言うわけねえだろボケ! 尻尾巻いて逃げ出したヤツに義理なんてねえだろ、×ね!」


 背中に圧し掛かるのが僕だとわかるなり、強気に口撃してくる。

 『白蠍』に所属するふたりは体格がよかった。それはもうラガーマンみたいに。

 前衛とはいえもっぱら避けてナンボの僕とはガタイが違う。

 そんなふたりをいつまでも抑え込んでおけるはずもなく、背中に乗った僕をあっさりと押し戻して立ち上がった。

 ゴキリを首を鳴らす姿はプロレスラーのそれ。片方は山羊角、もう片方はトカゲの尻尾をビチンと地面に打ち付けたムキムキ脳筋マンである。

 鼠先輩と同じようなタイプが『白蠍』には意外と多かったりする。頭使うのが苦手なタイプほど、体育会系のノリは浸透しやすいからなぁ……。


「土付いたじゃねえかコノヤロー。この後デートなのにどうすんだ」

「デート前に他の女拉致ってんじゃねえよ。どういう神経してんだ脳筋!」

「黙ってりゃいいんだよ、後ろ暗いことはよ。こいつの女が何股してようと、知らなきゃないのと同じだ」

「え?」


 トカゲの方がきょとんとした顔を山羊角に向ける。

 いやいや、いまはそういうギャグはいらんのよ。こっちが尋問したいのに。


「おまえら、罪悪感はないのかよ。他人の人生をぶち壊してまで楽しいのかよ。犯罪の片棒担いでまともな人生送れると思うなよ。抜け出せなくなる前に足洗えよ」


 トカゲと山羊角は顔を見合わせると、プッと噴き出した。


「就職先が決まってむしろ好都合ですけどぉ?」

「罪悪感? なにそれ美味しいのぉ?」


 脅迫されたわけでも、嫌々やらされるわけでもなく、彼らは本気で悪に染まっていた。

 小市民の僕からは想像もできないことだが、他人を傷つけることに躊躇のない人間がいる。

 迷宮高校という特殊な環境ゆえかもしれないが、迷宮内で魔物を殺していると、そういう性格が顕著に表れることがある。

 寿々木なんて、一般常識とサイコな性癖がシーソーゲームしててやばく見えることが多々あった。

 あのネギ星人だってあと一歩のところで我慢しているのに、振り切れてしまったのが目の前の悪人どもである。


「有り金だせや!」

「ボコボコにして終わりだ!」


 相手の方が先に動いた。トカゲと山羊角は、緩急をつけて接近してくる。

 僕は後ろに下がる、フリをして拳を固め、〈瞬身〉で砲弾のようにトカゲの腹へ抉り込んだ。

 しかし打ち付けた拳は鉄板のような腹筋に阻まれて、クリティカルにならなかった。


「へっ、効かねえなあ」


 ヒット&アウェイ。ダメなら何度でも。だが手首を掴まれ、逃げようとしても振り切れない。


「次はこっちの番だぜ」


 ぬっと背後から現れ、掴まれて避けることもできないままに後頭部を殴打された。







 『愛の巣(りゅうちゅる&ぱこ)』の、ぱこのほう――妹が拉致されたのもそう、この一件以外にも学校所属の人間がたまにふらりといなくなることがあった。

 迷宮攻略が肌に合わずに転科か転校するのが主だが、ときどき本当に行方不明になる。

 書類一式は提出されて手続きは速やかに受理されているのだが、本当はどことも知れぬ場所へ拉致されているのだと思う。

 鼠先輩を寿々木が洗脳して別のクランへオークションで売り飛ばしたことが優しく思えるくらいのことを、『あの』クランはやらかしている。

 『白蠍』の裏の顔、本来の名前を『死蠍(デススコーピオ)』といった。学内生徒を尖兵のように実質動かしているOB組織。

 学内の希少な人種に目を付け、人身売買を行う闇組織の存在だった。


 僕の血筋は世にも珍しい幻想種族である。

 母も昔、割と身の危険と隣り合わせな生活を送っていたらしく、危険な目に遭ったことは一度や二度ではすまなかったらしい。

 アイドルのストーカーが住居を特定してネットに晒し上げるように、より希少な種族の住まいを特定する面白半分な輩がいるのだ。

 警察に相談しても、不特定多数のすべての悪意を検挙するのはほぼ不可能。

 アパートのドアにスプレー缶で『ユニコーンま○こあります』と書かれたときの母の泣き顔、妹の冷めた顔が忘れられない。


 心無いものたちの悪戯から逃げるため、母と妹の三人暮らしで引っ越したのは三回に及ぶ。

 それが思いのほか少ないのか、定住できないくらい多いのか、僕には判断が付かない。

 一角馬族の血統を欲しがる人間の目から隠れるように暮らしてきたというのに、引っ越してしばらくすると、やはり悪戯が始まるのだ。

 学校には一角獣族に似た種族、鬼人族とかで登録しているというのに、どこからともなく噂が広がる。


 悪意を正義と信じ広める輩の言い分は、曰く「希少種専門の風俗で働いている淫売」「種は客の誰か」「希少種だからって調子に乗ってる」ということらしい。

 父親がいないのは幼い頃に離婚しているだけだし、母親は居酒屋の接客で働いているだけだし、調子に乗って目を付けられないようにコソコソと暮らしているのだし、他人から誹謗中傷を向けられる謂れはひとつもなかった。


 「おまえの母ちゃん美人なんだろ。風俗で働いてるならエッチさせてくれよ」と中学時代、頭の悪そうなヤンキーに初めて話しかけられたとき、頭にきて殴った。

 その後、彼の取り巻きに囲まれてボロ雑巾のようにボコボコにされて泣いたが、青痣が痛くて泣いたのではない。

 理不尽な差別が悔しくて泣いたのだ。


 僕が悪意に反発する一方で、妹はいつしか強そうな男に擦り寄っていた。

 僕に「母親とセックスさせろ」と言っていたヤンキーに腕を絡めて歩いていた妹を見かけたとき、僕の中で何かが音を立てて崩れていった。

 足元が急になくなったような感覚に襲われた。その場に立っていられなかった。

 必死に守ろうとしていたプライドがちっぽけなものだと突き付けられたような、矮小さを見せつけられたような。


 念入りに化粧した妹の横顔。

 楽しそうに笑う声。男女にして近い距離。

 中坊だった僕にはキャパオーバーだった。


 その日から双子の妹とどうやって話していいのかわからなくなった。

 向こうもこちらを無視し始めていた。

 まるで、悪いのはおまえだけだと態度で示しているかのように。いつまでも他人の悪意に反発している子どもだと見下されているかのように――。

 そんな妹を僕は助けようとしている。

 ああ、そっか。

 妹も戦っていたのか。

 強いものに擦り寄ることで、攻撃対象にされないようにと。


 僕と妹、どちらが賢い生き方かなんてわからない。

 ただ、妹の判断は僕を戸惑わせ、狼狽えさせた。

 童貞には刺激が強すぎた。

 ただそれだけのことである。







 逃げ道を塞がれた僕は、筋肉パンチをもろに腹に食らってゲボを吐きそうになった。

 ズドっと鈍い音がした。

 ボクサーが一般人を殴っちゃいけない理由がわかろうというものだ。

 うちの面子は回避特化の紙装甲が多いとはいえ、ステータスの向上によって一般人よりも打たれ強くはなっている。それよりも筋肉バカどもの方が、STRの伸びが突出していただけのこと。

 今の一撃でもって、もはや膝が震えて立っていられなくなる。

 山羊角に腕を掴まれているから倒れられないだけだ。


「弱っちいなあ。ぺっ」


 頭に唾を吐かれた。

 怒りが上ってくるが、その前に喉をせり上がる胃液を我慢するのでやっとである。


「げぼぼぼ」


 口からちょっと出た。ステージ前に食べたタコ焼きの固形部分が酸っぱい胃液と一緒に登ってくる。


「もっかいぶっ倒れてろや!」


 山羊角のほうが、丸太のような太い腕をアッパー気味に振り上げる。

 拳の動きは見えているのに、身体が動かない。

 ああヤバい。あれを喰らったら立ち上がれそうにない。

 妹を探さなきゃいけないのに。

 せめてもの抵抗に、閉じたくなる目を見開き、拳が迫るのを見届けようとして。


 すかっ!


 僕のすぐ横、見当違いの場所を思い切り空振っていた。


「避けるんじゃねえ!」


 一歩たりとも動いてませんけどね!

 今度はトカゲがベアハグのつもりか両腕で掴みかかろうとして、やっぱり僕の真横を通り過ぎる。

 僕はこの敵方の間抜けな行動を見たことがある。

 それはそう――パーティの《水幻術士(アクアコンジュアラー)》が相手をおちょくるときにやるやつ。


 (゜∀゜)フハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \! 


 と自信満々の低音ボイスがどこかから聞こえてくる。

 と思ったらすぐ横に、窮屈そうなムチムチな腕を組んで早河が立っていた。


「当たらなければ脳筋パンチなどどうということはないww」


 彼らには僕らが見えていないのか、あらぬ方向を睨みつけて殴りかかっている。

 手のひらの上の蟻を弄ぶように、早河は一歩前に出た。しかしそれがいけなかった。

 スイング気味に放たれたパンチが早河の横っ面にたまたまクリーンヒットし、「ぐふっ!」と膝を突いていた。当たってるよ、おバカ。

 しかし隙はできた。

 早河がなぜだか持ってきていた鉄バットを拾い上げ、ズルズルと先端を引きずりながら彼らに忍び寄った。









 仰向けで転がったふたつの巨漢。

 終わったが不毛さが付き纏う。結局妹の居場所を聞き出していないのだ。


「いいのかよ。実姉に嫌われたままで」

「ふ、愚問だなww 嫌われるためにやったことだww」


 膝を突いたまま立ち上がらない早河を見ずに、鉄バットに寄りかかるようにして立っている。最初のボディブローが割と膝に来ていた。


「それでいいのかよ。だって早河、純恋さんのこと好きだろ」

「はあ? はあぁぁ? わけわかんないんですけどぅー。はーあ、もうはぁー。名無くんのおつむ大丈夫ですかぁー? なんでそんな答えが出てくるのか理解に苦しむわ~。あー、目の節穴って怖いわ~。目ん玉付いてるか眼科行って調べてくることをお勧めするわ~」

「焦りすぎて早口になってるじゃん」


 案外わかりやすい奴である。

 以前から風紀委員長に執着していたのは知っていたが、血の繋がった姉弟という発想には結びつかなかった。だって早河、タル体型でハーフエルフの面影ほどんどないんだもん。


「そう言えばって感じで気づいちゃったんだよね。田児の部屋にある同人誌でエルフJKが凌辱されるやつ、あれって純恋さんだよね。田児が自分からリアル人物にキャラを寄せるわけないから、あれ早河が描かせたよね。いやまあ、最初は気づかず純恋さんに似てていろいろお世話になりましたけどね」

「ぶっはww オレが姉を嫌いで描かせただけの話だろww 好きだったら凌辱なんかさせるかよww」


 こういうところが捻くれて、歪んでいると思う。

 好きゆえにイジメたくなる小学生男子がそのままが成長して、犯罪一歩手前になってしまったような。


「いや、おまえツンデレだし。ときどき悪魔みたいなデブだなって思うけど、やっぱり根っこは天邪鬼だし」

「デブってなんだ、デブって。ぽっちゃりって言え」


 ( *`ω´*)フンスと鼻息荒い早河である。


「……オレにとってあれはケジメだっただけだ。あいつがオレを嫌えば、オレなんかにもう話しかけることもないだろ」

「いやいや、その発想がもう真性かまってちゃんだよね? 迷惑かけて喜んで、ノリノリで盗撮してたじゃん」

「……はぁ、もっと構ってほしかったなあ。オレを探すきっつい目、あれがいいんだよなぁ」


 ポツリと漏れる本音。男など大概がかまってちゃんである。早河のは歪み過ぎだが。

 好きになってほしいけど、好かれないとわかっているから敢えて嫌われようとする。早河のそんな心の機微が透けて見えるようだ。

 こっちの気持ちにも気づいてよ、と訴えかけていたのだ。けれども結局は、純恋に迷惑をかけて逃げているだけにしか見えないのが、客観的視点というやつである。

 向き合おうとしないのは卑屈な性格ゆえか。それとも歪んだ姉への恋慕のせいか。僕も妹に対して人のことを言えないので、早河をあまり責められたものではない。


「お前、そういえば妹いたのかよ」

「そっちこそ姉ちゃんいたなんて知らなかったんだぞ」

「うちの姉ちゃんエロいだろ」

「エロいよ。是非とも付き合いたいよ。あんないい女性どこにもいないよ」

「ぶっははは! あー、笑える。めっちゃおかしい……。ふん、おこがましいにも程がある。オレが許すと思うなクズめww」

「姉を同人誌で凌辱しちゃうNTR歓迎な弟なら喜べよ」

「やらん。オレだけの姉だ。姉だった……」


 声が沈む。気持ちはわからないでもない。だからといって忖度はしないが。


「ところでおまえの妹、ビッチだよな」

「言うな……だから言いたくなかったんだ」

「そしてそんなに可愛くない」

「妹がブスで悪かったなあ」


 男をとっかえひっかえの双子の妹。

 顔は化粧で盛り盛り。

 性格も媚び媚びで安っぽい頭の弱いギャルにしか見えない。

 格好が痛々しくないだけマシ、なのだろうか。だが、どこまでいっても尻軽なイメージは払拭しようもない。


「……うちの姉ちゃんのどこがいい」

「純恋さんの正義感は正直ついていけんよ。性格はどうしようもないけど、面倒見がいいから傍にいて心地いいんだ」

「ふん、まだお客様対応なだけだろ」

「純恋さんの良さならまだあるっつの。しいてあげるなら、尻? ムチムチのあの尻に敷かれたい。できるなら顔で」

「誰も性癖なんか聞いてないわボケ。……だが、高圧的な物言いで罵倒されつつ一日履いていたムレムレ白ソックスで踏まれることこそ至高ww」

「クズ過ぎる。あ、あと耳が弱点なのも知ってる。触ると可愛い声が出る。そして照れたようにプンスコ怒る。かわいい最高」

「足の裏のツボをマッサージすると色っぽい声になるのは知らんだろう愚民めww 恥ずかしかったのかそれ以来マッサージをさせてくれなくなったがな」

「右の脇の下にホクロがある。タンクトップ姿で伸びをするときにちらりと見えたんだよ」

「はっ、それがなんだ。オレは姉のヘソのゴマをご飯にふりかけて食べたい」

「珍味かよ……それはキモいよ早河さん……」


 ようやく互いの顔を見て、ぶははと笑い合う。

 手を差し出すと、ソーセージみたいな太い指で掴んできた。引っ張り上げるのは大変だったが、ぎこちないながら?関係は修復された。たぶん。


「それはそれとして、おまえ、妹いるって黙ってたこと、あとで覚えてろ」

「あ、はい。すんません……」

「『しゅき兄』は健全に妹を崇拝する教団です。リアル妹を隠していた罪は重い」

「いつから宗教になった」


 他の仲間からもバッシングは不可避だろうなと思う。けれども、じゃあ『愛の巣』のぱこを妹に欲しいかと聞かれれば、答えは全会一致だろう。


「忘れていたが、田児が袋詰めの妹さん連れ去られるのを見かけたようだぞ」

「それを一番に言えや!」


 鉄バットで座布団のような分厚い尻をブッ叩こうか迷った。






 カランカランと入り口に据えられたベルが鳴る。


「あらまあ、少し見ない間に随分色男になっちゃって」

「これで目玉とか垂れてたら、くさったしたいだな」

「好き勝手言うけどねえ、私今世紀最大の仕事をしたと思うんだけどね!」


 場所は筱原の『レストルーム』。

 入り口はどこにでも作れるので、関係者以外が入らないように伊東が外で見張りに立っている。

 琥珀色のバーは相変わらずで小粋なジャズが流れているが、テーブル類は隅に押しやられて物々しい場が作られていた。

 椅子には項垂れた筱原が田児の介助で目元をアイシングしており、彼の顔は唇が青く腫れて痛々しく、鼻はテーピングされていた。服には血の痕が残っている。


 目につく異様がもうひとつ。

 功労者の筱原が自力で伸した男。

 ズタ袋を被り、後ろ手を縛られた誰かが、カウンターの隅でぐったりと足を広げて床に座らされていた。

 逃げないように寿々木が傍に立っているが、なぜだろう、逃げようとするそいつの足指をペンチでねじ切る寿々木の姿が見えるようだ。それも満面の笑みで。


「女の子を連れ去ろうとした男を捕まえたんだからね。警察に突き出したら表彰ものですよ、まったく」

「それで、肝心の女の子はどしたん?」


 早河がバーの冷蔵庫から炭酸水を取り出しながら聞く。


「車に乗せられてどこかへ連れて行かれたけど」

「どこ行ったかわかるん?」

「わからんけど」

「それ表彰されないやつ。事情聴取で終わりww」


 ごくりと煽り、プハーッと歓喜の声を上げる早河。いや、終わりじゃねえ。


「ダメじゃんかよぉォォォ! もっと追えよォォォ! 真剣になれよォォォ!」

「いやいや、友達の妹だって知らなかったけどさあ! こっちは危険を承知で尾行したんだぞう! 獣人の鼻を騙せなくて追っかけられて、殴られて、痛い思いして、怖い思いもめっちゃしたんだぞう! むしろふざけてる部分どこよ? めっさ真剣じゃないの! 後衛の私がゴリゴリの前衛職討ち取ってきたんだから、むしろこれ以上ない戦果でしょうが!」

「あ、はい。そっすね」

「連れてかれた妹のことを知りたければ、そこの黒豹さんを寿々木に頼んで尋問してもらえばいいじゃないのさあ! そもそも私、名無に妹いるって聞いてねえんですけど! なに? 今日は今まで内緒にしてた女姉妹発表する日? 私ひとりっ子なんですけど! 姉でも妹でもどっちでもいいからくれよ!」


 僕と早河は筱原の心の絶叫を聞こえないふりして顔を逸らした。精神的に不安定なひとを敢えてつついてはいけない。


「『愛の巣』のぱこだけど、妹にいる?」

「いらねえよ、あんなビッチ!」

「僕の妹なんだけど!?」


 巡り巡ってひとの姉妹を貶すのはダメだろう。

 しかし僕以外の誰かがリアル妹の存在を隠していたら、同じようにキレていても不思議ではない。

 まあ、痛み分けでここは引くべきだ。


「そういえばりゅうちゅるは? 彼女攫われて当てもなく探し回ってるんじゃないの?」

「いやー……」

「まあねえ……」


 寿々木と田児が目を逸らした。


「名無と早河が来る前に、斑尾からあらましだけ聞いて、そのまま「自分関係ないから!」って尻尾巻いて逃げたよ」

「いやいや、おまえの彼女だろ、助けろよ」


 妹を見捨てたりゅうちゅるを今後許せそうにない。一生だ。いずれ復讐してやるリストのてっぺんに輝いている。


「こっちは友人の妹のために体張ったってのに……りゅうちゅるのチ○ポは腐ってんじゃないかね?」

「ゾンビがそれ言うかww」

「リビングデッド族! 関節はときどき錆びたような音がするけど、身体は腐ってないの! ゾンビは禁句!」


 筱原は失言した早河にプンスコ怒っている。


「ボク思ったんだけどさ、ビッチとヤリすぎて○んぽ腐った疑惑」

「だから妹だっつってんでしょ! 田児、TPO! 弁えろ!」


 田児の眉間に手刀を落とした。つぶらな瞳をして空気を読めない阿呆か。


「しょせんヤれるだけの都合のいい女だったという話ww」

「侍らせてみたいわぁ、都合のいい女。調教とかやりたいわぁ」

「寿々木のそれは五体満足でいられなくなりそうだから却下だ。当然のごとく引くわww」


 「くっ、殺せ!」と睨む女騎士を、ニタニタしながらいたぶるネギ怪人が寿々木である。十八禁がはまり役過ぎて確かにドン引きである。寿々木の手にかかれば両手両脚がなくなっていそうである。


「無理無理。女の子ってどうやって世話するのかわかんないもん。餌って何あげればいいの? ってなるよ」

「田児さんいまペットの話してないんだけど」


 話が脱線しすぎてカオス。そもそも妹の居場所を聞き出したいのだ。

 僕はズタ袋を被った斑尾の前まで歩いていき、肩を踏んづけた。


「銃を捨てろ、手ぇ上げ――」

「おまえもふざけんじゃないよ!」


 後頭部をペシリと叩かれた。確かにふざけすぎたようだ。どこかの大きな権力に消されかねないことを口走りそうになった。僕は保安官ではないのだから。

 真面目な顔に切り替えて、斑尾を見下ろす。


「そもそもこの間の一件で懲りたはずだよね? 君の先輩は人格壊されて競売で売り飛ばされたの知らないの? やったの全部部長だけど」

「おかげさまでいい値段になりました」


 ホクホク顔で罪悪感の欠片もない寿々木。マジで鬼畜。


「同期のよしみで見逃してあげたのに、また噛みついてくるんだ? 今度はおまえがアヘアヘになって売り飛ばされる? 冗談抜きでやるよ? 部長がね」

「実験体はいくつあっても困らないよねー」

「ひとをひととも思わない畜生発言いただきましたぁww そこに痺れる憧れるぅぅww」


 斑尾はすっかり心を折られたようで、黒豹の黒耳が怯えたように伏せられ、黒い尻尾も隠れるように背中で丸まっている。

 目は口ほどに物を言うの言葉通り、反抗的な態度はもはや霞んで消えてしまっており、恐怖に怯える獣といった風情だ。

 「猿轡嚙ましたままじゃ喋れないじゃん」と寿々木が乱暴に布を取る。


「……は、言う! 質問に全部答える! 『白蠍』も辞める! 本当は前回の一件で辞めたかったんだ。でも、三年に捕まってどうしても抜け出せなかった! そいつのことも、何をしているかも、どこに連れ去られたかも言う! だから、もう許してくれ!」


 マシンガンのように矢継ぎ早に喋っていた斑尾の顔を寿々木が無感情に引っ叩いた。音が思ったよりも部屋に響く。


「喋るのは当たり前なのわかるかな? 質問にだけ端的に答えて。横道に逸れたら指一本ずつ折ってくから」

「やるぞ。部長は本気でやるぞ。質問に対して黙るのもやめた方がいいな。ノータイムで答えることをお勧めするww」

「返事がないようだけど?」


 ぐきりと枝を折るような音がした。「うぎぃぃぃぃ!」と斑尾が長く尾を引く悲鳴を上げる。

 迷宮に潜っていると、怪我をすることがしょっちゅうだった。死に至る怪我も何度も負った。

 一回の迷宮探索で体感三か月も潜るようになって、人体が壊れるという忌避感のハードルがあっさりと下がってしまっていた。

 かくいう僕も、自分からやりたくはないが、指を目の前で折られたことに対して目を逸らすこともない。

 指が反対側に曲がっただけだ。あんなのは折れた指を元に戻してポーションを飲めば、あっという間に治る。


「どこに連れて行った?」

「『白蠍』の、OBの拠点。迷宮産の、アイテムを横流しする、組織」

「住所を言えよ」


 ぐきりとまた一本。斑尾の絶叫もセットである。


「じゅ、じゅうしょは……○○市、○○区の――アパート。アパート全部屋所有物って、話」

「はい、お利口さんね。誰かメモった?」


 寿々木に言われて顔を見合わせる。誰も手にペンを持っていない。携帯でメモっている様子もない。ぼーっと寿々木の尋問を眺めていただけだ。


「誰かが記録取らないと意味ないよね!」


 ぐきり。


「なんでえぇぇ! オレ言ったのにぃぃぃ!」


 斑尾が理不尽に指三本目を曲げられてしまった。


「紙とペンがあれば書き出せるよ。記憶したものならノータイムで書けるから」

「あー、いーいー。いまオレ氏、マップアプリで検索するから」


 顔を氷嚢で冷やす筱原の提案を、早河が遮った。携帯をいじること数十秒で場所が割れたようだ。


「二駅隣だな。駅から結構歩くけど、三十分くらいで行けるわ」

「ちょっと見せて」


 僕は早河の携帯画面を覗き込んだ。


「ねえねえ、ボク思うんだけど、これって警察に通報した方が良くない?」

「まあ俺たちの領分はあっさり超えてるかもしれない。もし事情聴取受けるときは、斑尾の件は隠さなきゃいけないしね。拉致された妹探すのに、拉致した敵を拉致ってるって謎の構図だし。筱原が敵のアジトを聞き出した体にして――」


 カランカラン、とレストルームのドアが鳴った。


「いま誰か出てった?」

「場所を特定した我がチームの鉄砲玉がイってしまったわ。円環の理に導かれてww」

「あほか」


 寿々木が立ち上がり、田児がぐっと伸びをする。

 早河は携帯を仕舞い、ゴキリと首を鳴ら――そうとして、だぶついたお肉が皺になっただけだ。


「あー、私はこの黒猫ちゃんを見張っとくから、みなさんでどうぞ。一応風紀部の顧問に話を通しておくから」


 筱原は不参加。顔の怪我を見ればそれもしょうがない。


「単細胞の名無くんはこれだからダメなんだよ。ボクたちの戦いはこれからだっていうのに」

「まあいいさ。ビッチでもおっぱいくらいあるでしょ。無事に助けた暁には揉ませてもらおうww」

「ヤ○ザなら人体実験しても問題ないからね。ここはひとつ、おバカなチームメイトを助けてやりますか」

「……いや、寿々木氏、ヤ○ザでも人体実験はいかんと思う件」


 それぞれが手にするのは、戦隊モノの色違いマスク。何が来ようと負けないと思えるのは、パーティバフをかけてくれる、押し売りされた五千円のマスクがあるから。

 名無の飛び出して行った入り口へ、颯爽とオタクたちが歩み出した。

[陰キャメモ]

根墨先輩…タンクトップゴリマッチョ。五分刈りの頭にはネズミのお耳。千葉のランドで頭部装着具を買わなくてもいい。

大栄先輩…鷹の頭を持ち、背中に翼を持つタイプの翼人族。趣味は野球観戦。

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