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迷宮高校の陰キャクラン  作者: 多真樹
第1章 陰キャなるもの
14/25

しゅき兄の報復戦

運営娘ちゃん「ちょっと! あんたこれR-15じゃない! タグつけなさいよね!」


と顔を真っ赤にして言われました。という夢を見ました。


運営娘ちゃん「もうバカ……R-15のタグ、つけといてあげたわよ……」


とR-15が何かを想像して顔を真っ赤にしながら、頼んでもいないのに付けてくれたそう。

運営娘ちゃん優しいですね。


ともあれ、突然メッセージがきて心臓バクバクしました。

内容が豚骨スープ背油マシマシ並みにこってりなので、あれ?この作品消されんじゃね?と思いましたが違うようです。

 一応終わりまで書かせてくれるそうです。表現が過激すぎるとまた通知きそう……。


タグの付け忘れ、自分の落ち度です。

すみません、お手数おかけします、運営娘さま。

「さすがにドン引きだわ」






 斑尾の背後から声がして、弾かれるように振り返った。

 まったく無傷の早河と寿々木、田児と筱原が身を寄せ合ってこちらを見ていた。ひどくヤバいものを見る目付きである。


「現実を見て後悔するがいい! このキ〇ガイどもめ!」


 早河がだぶついた体型から鶴のポーズを取ったかと思えば、それまで足元で聞こえていた名無の命乞いが別の人間の声に替わっている。


「なんで、おまえ……」


 根墨先輩が驚いたような声を上げる先で、後詰で監視役だったはずの大栄先輩が、たったいま拷問を受けたようにボロ雑巾のような姿で転がっていた。名無はどこにもいない。


「自分のとこの仲間をよくもまあ痛めつけられるものだわーww 頭おかしいんじゃないの?」

「バイオレンス映像はばっちり押さえたんで、身の振り方考えた方がいいんじゃないですか、パイセン」


 部長の寿々木がスマホを両手で持ち、ばっちり撮影している。

 幻術の効果は映像に残らないと聞いたことがある。根墨先輩が仲間を嬉々としてリンチしている姿だけが記録として残されているのだ。


「……てめえら、容赦しねえ」


 根墨先輩が筋肉を膨らませて腰を屈めた。

 下半身の爆発力で、瞬時にタックルを見舞う気だ。斑尾たち二年が保身を考え動けない間に、根墨先輩は躊躇をしなかった。

 正面からやり合えば伊東という前衛職を欠いた『しゅき兄』のメンバーは、紙装甲ゆえに一瞬で蹴散らされる。それをわかっているから、まず先手必勝なのだ。

 だが、根墨先輩が重戦車タックルを発動することはなかった。瞬く間の出来事であった。根墨先輩の鼻面に、姿を見せなかった名無が瞬時にして膝を叩き込んだのだ。


 《神速業師(スピードスター)》による目にも留まらない速さの奇襲アタックは、気が逸れて油断しているときほど効果的に決まる。

 まさか先手を食うとは思ってもみなかった根墨先輩は、完全に不意打ちが決まり、白目を剥いた。鼻血を噴きながら、仰向けに倒れ込む。


「んぎゃああーッ!」


 なぜか膝を押さえ、名無が痛みで転げ回っていたが、三年の根墨先輩の意識をクリティカルな一撃で刈り取った実力は本物だ。

 しかし名無の膝の皿を代償にしたようだった。


「これで四対四だけど、第二ラウンドやるのかねえ?」


 筱原が愛用のフラスクボトルを煽りながら言う。名無は戦力外になっている。


「あれ? この前、名無君と道連れダイブした人がいる。また恥かくつもりなのかな?」


 報復に三年生を連れてきたことのダサさを嘲笑したわけではないだろうが、田児の言葉は斑尾たちの心を抉った。


「溶岩ダイブとか死んでも付き合わないからね! まだ執着してくるとか暇なの!? バカなの!?」


 足元で足を押さえて涙目になっている名無が喚いていた。ここまでストーキングして襲った『白蠍』への恨み節だ。

 オタクな連中だと侮っていたが、強いのは認めるしかない。やるときは容赦なくやる非情さも持ち合わせている。


「ここではい負けましたって認めちゃあ、面子が潰れちまうよ」


 だが、斑尾大雅は全面降伏をよしとしなかった。

 『白蠍』の面子は伊達ではない。あっさりと白旗を挙げることは、鼻が潰れた三年が転がっていても、そうは問屋が卸さないのだ。

 《重装騎士(フォートレスナイト)》であり、《破壊士(クラッシャー)》の豹獣人は、逆境こそ本領を発揮するタイプと言える。

 《火炎魔術師(フレイム・ウィザード)》と《狩人(ハンター)》、《二刀剣士(デュアルフェンサー)》のパーティメンバーたちも各々に武器を構えた。


「悲しいけど、これって戦争なのよね。一同、マスク装着!」


 寿々木の掛け声とともに、それぞれが整然とマスクを取り出し、そして一気に被る。

 光を放つとか音が鳴るだとかの演出は一切ないが、全員が表情の見えないマスク姿というのはそれだけで異様だった。


「なんだってんだ! マスク被ってコスプレしたら勝てんのか! ふざけんじゃねえ!」


 根墨先輩が鼻からダクダクと血を流しながら、怒りに筋肉を膨れ上がらせて叫ぶ。

 「うぉぉぉぉ!」と雄叫びとともに膝を曲げ、重機のようなタックルが始まった。

 地面が踏み込むごとに砕け、破砕した岩を巻き上げながら、足に怪我を負う名無に向けて一直線に衝突した。

 いや、轢き殺したと思ったのはムキムキの根墨先輩だけで、実際は大岩に自らぶつかってダメージを受けていた。


「ムキムキネズミよ、フハハ、幻術だww」

「くそがぁぁぁ!」


 頭に血の昇った先輩相手に、早河の幻術は驚くほどかかった。

 傍から見れば、誰もいない方向に向けて喚き散らし、気でも触れたかのように自爆しているのだ。

 早河がそうとわからないように挑発し、誘導しているからだが、もともと単細胞な根墨先輩は悲しいくらい手玉に取られていた。

 真っ直ぐに突っ込むだけでいままで勝ってきたのが仇となっている。早河との相性は最悪だといっても過言ではない。


「おまえの罪状は逆恨み、計画的な襲撃、あと筋肉とネズミ耳が絶望的に似合わないこと」

「うるせえうるせえうるせえ! オレのアイデンティティだ! ざけんなぁぁぁ!」


 根墨先輩は声がした方を睨むが、もちろんそこには誰もいない。それがわかって、後ろを振り返るが、そちらにも誰もいない。傷を負った野生動物のように、全方位に威嚇しながら音が鳴ると大袈裟に首を竦ませて敏感に反応していた。


 そのときだ。

 ボコボコと溶岩が煮立ったマグマから、表面を割って黒いナマズのような、それでいてジンベイザメほどもありそうな巨大な体が大口を開けて立ち上がった。

 戦闘中だった斑尾たちは、その巨大な魔物に一瞬目を奪われる。いや、続けざまに目を疑う光景を目の当たりにすることになる。


 溶岩ナマズの口から覆面を被った男が飛び出し、くるくると回転しながら両者の間にシュタッと降り立ったのだ。そして絶妙にポージングを決めている。


「伊東! 無事だったの!?」


 嬉しそうに声を発した名無に、観客に応えるパフォーマーのように、ビシッと二本指でポーズを決める伊東。悔しいことに中々に格好良く、名無が拍手で迎えていた。

 マグマから現れたナマズが高熱の溶岩をまき散らした所為で、咄嗟に逃げ遅れた《火炎魔術師(フレイム・ウィザード)》が頭から溶岩を浴びてトラウマ物の末路を辿った。

 あえなく光となって消えていった仲間に歯噛みしながら、自分たちも巻き込まれないように距離を取る。

 溶岩ナマズはくぱくぱと口を開閉すると、ゆっくりと溶岩流へと戻っていった。急に何なんだと心臓がバクバクする斑尾。まるで伊東を運んできたタクシーではないか。


 寿々木たちはちゃっかり射程範囲外に逃げており、逃げ惑う斑尾たちを高みの見物と洒落込んでいる。斑尾たちがボロボロのドームに逃げ込む羽目になり、先程と立場が逆転している。


「それではとっておき、いきまーす」


 ガチャコンと不吉な音が聞こえて見上げてみれば、いつ取り出したのか、天より下々を見下ろすガトリングガンの銃口。


「な! そんなものなかっただろ!」

「残念でした! 《技工士(エンジニア)》なんで近代兵器も作れるんです」

「それは……いや、限度があるだろ!」


 さすがに《技工士(エンジニア)》のジョブがあるとはいえ、一朝一夕で作れるものではないだろうに。

 斑尾の知るところではないが、田児は設計図を『黒神鉄(ガルバンバン)』伝手で手に入れている。先達から機構の仕組みを教わり、素材の加工を漫画の執筆と並行して夜なべし、物作りが得意な同志たちとあれこれ研鑽した上で出来上がった成果物だ。

 一年の冬から造り始めて、一年弱で完成した。何気に初お披露目であった。

 ちなみに協力した田児の同志たちも似たような機構兵器を所持している。それぞれに存分に趣味に走ったものができていたが。


「クソックソッ!」


 いつの間にか筱原が陣地を構築しており、ガトリングガンの銃口を田児が無慈悲に向けてくる。

 《狩人(ハンター)》の弓士が絶望に染まった顔で、一矢報いるつもりでヒュンヒュンと矢を放つも、土壁に邪魔をされてガトリングガンの照準を合わせる田児まで届かない。


「ファイア!」


 ダダダダダッ! と連続した振動音が空気を震わせたかと思えば、蜂の巣にされた《狩人(ハンター)》があまりの理不尽さに弓を投げ出して光の藻屑となった。

 火球と矢を降らせてその場に縫い付けていた先ほどと、立場は百八十度変わっていた。斑尾たちの方が必死になって身を隠し、絶望の時間が通り過ぎるのを首を縮めて待つしかなかった。

 重火器の腹の底を震わせる激震はなおも続く。


「ぎゃー!」


 いまは伏せて嵐が過ぎるのを待つしかないと思ったのも束の間、横合いから悲鳴が上がる。

 見れば空中でステップというか、もはやダンスを踊る伊東が忍び寄ってきて、なぜかヘッドスピンしながら《二刀剣士(デュアルフェンサー)》の仲間を斬りつけていた。

 光となって消えていく仲間を見やり、もはや斑尾に最初の威勢は残っていなかった。

 これがパーティ戦か?

 ふざけている。こんなのありえない。

 こんな戦い方があっていいはずがない。

 異常だ。自分たちはいったい何に喧嘩を売っていたのか?


「……わかった。オレの負けでいい。降参だ!」


 もはやメンツも何もなく、根墨先輩が両手を挙げて降参のポーズをとっていた。

 残っているのは斑尾と、リンチして虫の息の大栄先輩と、鼻から血を流して顎が真っ赤な根墨先輩だけだ。二年の面子は斑尾を残して全員死に戻りしている。


「あれ? もう諦めちゃうの? 他の仲間には死ぬまで戦わせておいて、自分だけ生き残ろうとするんだ? ざっこww」

「なんとでも言いやがれ。だが、もう殺し合いはなしだ。オレの持っているものの中から好きなものてめえらにくれてやる。それで手打ちにしようや」


 捕虜になる代わりに命の保証を交換条件に持ち出してくるのは、ひとえに学校側のルールにパーティ同士の戦闘を収めるための条項がいくつかあるからだ。それに則っている限り、正義はあると踏んでいるのだろう。


「何か勘違いしてない? これは正式なパーティ同士の模擬戦闘じゃない。突然不意打ちをしてきた敵を迎撃して倒したんだ。俺らがマスクを被るのは、相手が魔物かそれ相応の相手のときだけだからね。名乗りもせずに後ろから撃ってくる輩に慈悲はないよ。魔物を倒したらドロップ品は全部自分のものだろう?」

「ああ、おまえの言い分はそうなんだろうな。でもこれは誰が見たってパーティ間の問題だ。戦闘意思を失くした相手を殺すことはペナルティもんだって知ってるだろ?」


 いけしゃあしゃあと学校側のルールを持ち出してくるが、そもそもパーティ間の模擬戦闘を行う場合は事前に互いの了承の上に成り立つのだ。

 襲うためだけに追跡をして、油断した隙に背後から攻撃を仕掛ける相手に、情状酌量の余地はない。

 しかし一旦降伏を宣言した以上、ここから過剰な攻撃を仕掛けるのは外聞が悪いのも事実だった。初めからPK目的で近づいてきた相手でも、である。

 根墨先輩はそういうルールの抜け道を熟達している。


「じゃあそれでいいよ。その代わり、貴方の身柄は迷宮を出るまでは僕らの所有になる。そういうことだね、パイセン?」

「ああ、そうなるな。ただし死に至るような危害を加えることは絶対に許さないぜ」

「うん、それを聞いて安心した。全員、マスク外して」


 マスクを外した寿々木の顔はにちゃっとした満面の笑顔だった。怪訝な表情を浮かべる根墨先輩。斑尾はなんとなく、寿々木の良くない噂を聞いていたので、これで助かったとはどうしても思えなかった。


「僕ら、こう見えても何度も略奪狙いのパーティを返り討ちにしているんだ。でね、その相手をどうするかっていうと、僕の趣味に付き合ってもらうことにしていてね」

「趣味だぁ? 痛みを伴う扱いはペナルティだぜ」

「ペナルティペナルティうるさいね、筋肉ネズミ」

「なんとでも言えや」


 意気揚々と答える根墨先輩へ、寿々木が目を光らせた。

 寿々木以外の彼らの目が、なんだか憐れみを含んでいることに斑尾は気づいたが、当の先輩だけは面識がほとんどない所為で気づかない。口だけでやり込めたと確信して、迷宮から出た後の復讐方法へすでに考えを巡らせているのだろう。


「いやー、迷宮って場所はこれだから最高だな。壊しても誰にも怒られないんだから」

「怒られると思うなー。それこそPK連中とやってることはそれほどかわらないし」


 名無の声が心なしか不安に彩られている。

 逆に寿々木のテンションは上がり続けていた。


「いいじゃない。害虫駆除していると思えば。見ててごらんよ、きっと二度と悪いことをしなくなるよ」

「……いやいや、寿々木君の趣味はなるべく見たくはないんだけど。相手がドМじゃないととただの拷問だと思う」


 げんなりした顔で田児が言う。どんどん不穏な流れになっていることに、根墨先輩もようやく気づいた。


「お、おい。傷つけることは許されないんだぞ!」

「大丈夫。ちょっとローパーの超絶テクを体験してもらうだけだから。穴という穴に触手がねじ込まれるだけだから」


 ある意味で死刑宣告のような言葉を投げかけられて、根墨先輩も言葉を失った。


「まぁ、運がなかったということで」


 合掌する名無。伊東と田児もそれに倣う。

 そうして戦闘処理のために動き出した『しゅき兄』の面々。根墨先輩から目を逸らさず、にっこりと笑みを浮かべた寿々木は悪魔に見えた。


「いまならまだ間に合うよ。溶岩に飛び込めば日常に帰れる」


 斑尾にそっと話しかけるのは、同情のような目を向ける名無だった。マスクを取った髪はぼさぼさで、額の汗を拭う姿からは戦意など微塵も感じられない。


「『白蠍』なんて悪いことやってるクランを辞めて、こんなクソみたいな先輩との付き合いを断つって約束するなら、逃がしてあげる」


 その逃がす先が、ぐつぐつと灼熱を立ち昇らせる溶岩というから、この世界はちょっとおかしい。


「それができないなら、部長のお人形になって、精神崩壊まで楽しい楽しい放課後人格レイプの刑だよ」


 白いローパーが召喚され、イソギンチャクのようなフォルムにうねうねと無数の触手が漂う光景に、根墨先輩が耐えきれずに吐いた。

 斑尾もその先の恐怖を察してしまったがゆえに、背筋が凍りついた。

 まさかそこまでするのかと思った。寿々木の顔を見れば、爛々と輝く瞳に怖気を感じた。まるでプレゼントを与えられた子どものような喜びようだ。あ、これはやるなと確信してしまった。


「……オレは多分、悔しかったんだ。サッカーコートを縦横無尽に走り回る、誰も追いつけないおまえを」


 見れば名無の顔はきょとんとしていた。いきなりなんだという顔だ。


「なんだよ急に」

「いや、なんでもない」

「中学時代のこと、まだ根に持ってるわけ? そんなこと言ったら僕だって悔しかったさ。キープ力が高くて、足に吸い付くようにトラップする斑尾すげーって思ってたし。僕、走るのは好きだけど、ボール蹴るの下手だったから」


 中学時代、斑尾は名無と同じ部活だった。

 陸上部を選べばいいのに、友だちに誘われて入ってきた名無の薄い真剣みに、斑尾は最初から気に入らなかったことを思い出した。

 ただ言葉にして言ったことはない。

 思い返してみれば、名無はディフェンスのいない絶妙な場所に走り込むのは誰よりもうまかったが、そこからシュートやパスへ繋げるのは誰よりも下手だった。そんなことも忘れるくらい、名無に対する劣等感が膨らんでいたのだ。


「……なんだ、おまえも羨ましかったのか」

「いや、別に羨ましくありませんよ? ただちょっと技術面が足りなかっただけですから? まあ、二年の途中でやめた僕が一年からスタメン様に勝てると思ったことは一度もないよね」


 くだらない妄執だった。

 鼻につくという理由で毛嫌いしたのだ。実際、打ち込み方は真面目とは言い難かった。いや、本人はそれなりに本気だったのだろうが、センスはあるのに一向に熟達しない名無を斑尾は格下に見たのだ。

 斑尾自身が中学でナンバーワンの実力を持っていたわけでもないのに。


「……それが聞けてよかった」


 憎しみの半分は消えた。残った半分は、『しゅき兄』に敗北したことへの純粋な悔しさだ。斑尾は自分の弱さを、ようやく見つめられた気がした。

 おもむろに立ち上がり、ボコボコと溶岩を吹きあがる死の川へ全力ダッシュをした。

 思えば名無と会うのは崖のあるところばかりだと思いながら、熱気を放つマグマへ何の恐れもなく飛び込んだ。

 「あー、勿体ない」と後ろで聞こえた気がしたが、声を挙げられないほどの灼熱を体に浴び、全身にしびれと痛みが同時に走ったと思ったのも束の間、ふっと意識が暗転した。


 気づけばひんやりとしたベッドに寝かされていた。六つあるベッドのうち、四つで同じように起き上がるパーティメンバーの顔ぶれがあった。

 二年生四人しかいないところを見ると、三年生ふたりは寿々木のおもちゃとなって絶望を刻み込まれているのだろう。

 生還したところで決して良かったと思えないトラウマを刻まれるはずだ。


「オレ、クラン辞める」


 その言葉が、妙に清々しく自分の口から発せられた。








 この後の根墨先輩と大栄先輩のことは、風の噂で聞いた。

 結局根墨先輩は心を壊したようで、脱退した自分を咎めるものは現れなかった。

 壊され方というのも悲惨だった。


 たとえば満員電車でお尻に誰かの荷物が当たったとしよう。

 すると敏感になっていた尻穴が反応して「あひぃぃぃ」と叫び、日常生活が終わるように改造されてしまったのだ。

 寿々木が言うに「鳥頭先輩のほうが才能あるよ。あっちの」ということらしい。

 むくつけき野郎たちに需要がありそうだと、寿々木はホクホクで首輪をかけたのだという。

 迷宮を出て、どこかへと連れて行かれ、おそらく人格を壊された。

 斑尾はその後の根墨先輩と大栄先輩の末路を人伝に聞いた。

 根墨先輩は記憶喪失と人格矯正を疑われるほど性格ががらりと変わったらしい。校内で斑尾たちとすれ違っても、つぶらな瞳を怒らせて詰め寄ってくることもなくなった。

 大栄先輩の話は驚くほどどこからも出てこなかった。正直、いまどうなっているのか聞きたくもない。






●○○○○○






 寿々木はアングラオークションに参加していた。

 手に入れたローパーを同好の士へ披露しているのである。色違いのホワイトローパーでマニアが沸く。体液も緑ではなく白というところがポイントらしい。


「良さがわからない……」

「わかる人にはわかるのさ」


 僕は寿々木の付き添いで来ている。

 どこかの地下室は初冬だというのに熱気がこもっている。暗幕が壁一面に貼られ、全体的に照明も暗い。

 本来なら筱原が寿々木の手綱を取るところだが、迷宮内でサキュバスの襲撃に遭い、薔薇展開を思い出してしまったようで、ふたりきりにはなれないと涙ながらに頼まれたのだ。

 僕だって通常運転で尻を狙われるのなら寿々木とふたりっきりは御免こうむる。誰だって自分の尻がいちばん可愛い。

 しかし今宵は変態紳士の集い。色違いローパーの良さをバタフライマスクを付けた連中と嬉しそうに語り合う寿々木はいたってまともだ。まともの定義がゲシュタルト崩壊している気もするが。


『皆様、今宵の宴を楽しんでおられますでしょうか。己が蒐集品(コレクション)を披露するもよし、意気投合して語り合うもよし、品評会の競売物を競り合うもよし。興奮された方はトイレは向かって右手です。皆様がご満足して帰られますよう、スタッフ一同誠心誠意努めてまいります』


 マイクの声が部屋中に響く。

 司会進行は頭から植木鉢を被っている。鉢植えの頭には、いかにも凶暴そうな人食いフラワーがぱっくんぱっくんしていた。


「あの司会のひとは絶対に怒らせるなよ、名無氏。コンクリに詰められて海に沈められるぞ」

「……高校生だよね?」

「振りじゃないからね?」

「わかっていますとも」


 早河だったら別の意味の「わかった」を悪ノリで実行しそうなので、寿々木は太めの友人をここに連れてくるつもりがなかった。存在自体知らせていないらしい。


「そろそろ出品物の競売が始まるかな。どれくらいの値が付くか楽しみだね」

「何事もないように……本当にここって心臓に悪い」


 椅子を並べてその上に立たされるのは、()『白蠍』の根墨と大栄である。

 腰布一枚にギャグボールと目隠しをして、後ろ手を拘束された半裸のふたり。もう扱いが古代ローマとかの虜囚のそれだ。それかM男優かだな。同じクラスメイトがいるかもしれないのにドン引きである。

 寿々木にとってはローパーのお披露目がメインになっていて、こちらは完全におまけイベントとなっている。僕としては捕虜にした手前、こっちのふたりの行く末を見守ることのほうが大事だと思うのだが。

 そうしている間にも人材交渉も進んでいた。首にはダンボールがかけられ、聞き出したジョブやスキルの能力がマジックで簡略に書かれている。手作り感が憐れみを誘うが、ここにいる紳士諸君は真面目に人材確保のためにステータス情報を値踏みしていた。


「腹筋の6LDKだよ!」

「血管うねうねマスクメロン!」


 ある種異様な光景も、そこに出席したものたちに比べれば大したことはない。

 参加者はそれぞれ顔がわからないように覆面や紙袋、中には競泳ゴーグルにタオルを頭から首まで巻いているものと様々だ。

 マッチョな根墨先輩の前にはむさくるしいマッチョメンが押し寄せており、彼らはなぜか上半身に何も身に付けず、顔だけ何かしらで覆っている。


「いままで一番力を入れた部位はどこですか!」

「筋肉のランウェイ! かにかま千倍だよ!」


 どうしても特徴的な部分が隠せていないものは素性がバレバレだが、そこは詮索しないのがアングラ紳士たちのマナーなのだろう。ツッコミ不在なのが心苦しい。


「ふむ、今日はことさらさわがしいにゃあ」


 竜の尻尾や獣の耳が隠せてないのはまだいいが、毛艶の良い黒猫が小さなバタフライマスクをつけて机にちょこんと座っている姿にもツッコミ不在である。本当に猫である。猫人族というらしい。ちょこんと座った猫を羽根の団扇で扇ぐ猫耳カチューシャの女性徒も、謎と言えば謎だ。あれはクラン『猫又股旅団』の関係者だろうが、詮索しないのがマナー。

 今回の競売出品者である僕と寿々木は、いつものマスクを着用。噂の覆面動画配信者というのもモロバレ。しかし紳士協定があるので、ここで見たことは外で口外しない制約がある。


「出品者はレッドだ」

「相変わらず、レッドさんはすげえぜ」


 あくまで詮索しないのがマナーである。

 白ローパーのうねうねした触手が、天井から亀甲縛りで吊るされたミノタウロスの穴という穴をブヒブヒ責めていても、それはいけないことですよと正義感を出して止める人格者はこの場にはいない。そもそもそういう常識人はこの場に参加する資格を持てないのだから。


「では今回の出品物、三年、前衛タンク、サードジョブまで解放。下層階攻略にあたってステータスも申し分ないですね。遠慮してたら手に入りませんよ。いまなら留年もできるそうです。それでは競売スタート」


 もうひとりの司会進行は、シルクハットを首まで被り、目のところだけふたつの穴を開けた変人だった。タキシードに赤い蝶ネクタイである。誰かはわからない。競売の運営側はほぼ間違いなくヤバい人種らしいので、こんなふざけた姿でも業の深いなにかがあるのだろう。是非とも知らないまま今後とも過ごしていきたい。

 競売にかけられている根墨先輩よりも、『白蠍』という外のヤ〇ザと繋がったクランだったが、さらに深い闇に棲息しているような輩とはいったいどういう連中なのか想像するのも恐ろしい。植木鉢とシルクハットに長く目を向けているだけで後々ヤバいことに巻き込まれそうだ。

 風紀委員と地下組織には逆らうな、というのがこの学校の暗黙の了解だ。動画配信であえて風紀委員の感情を逆なでする覆面集団は、ちょっとどころではなく頭がおかしいのである。


「腹斜筋で大根すり下ろしたいよ!」

「四十二番、四十万! 四十万出ました! 続けて二十一番、四十五万!」

「肩にちっちゃいジープ乗ってんのかい!」

「四十二番、五十万! 他にいませんか? 五番、五十一万ですね!」

「大胸筋の筋肉本舗! グレートケツプリ!」

「四十二番、五十二万、五十二万! 他にいないですね? それでは五十二万で落札! 五十二万D(ダンジョン)(ゴールド)で四十二番が落札! それと、イチイチ掛け声いらないんで。うるさいんで」


 紙袋を被ったマッシブボディが根墨先輩を落札したようだ。

 どうやら根墨先輩の鍛えられた肉体にシンパシーを感じたらしい。

 同じ筋肉の徒を増やすために入札に踏み切った模様。「筋肉は努力を裏切らない!」と意気揚々と叫んでいる。落札は財力と筋肉愛の賜物だと思う。

 バケツを被った蝶ネクタイマッチョメンと、レスラーマスクを被った黒光り超合金も立ち上がり、三人揃って根墨先輩が退場した裏手へとのそのそと進んでいった。

 筋肉バッキバキの上半身に何も着ていないのは、着る服がないとかだろうか。

 ここは倫理がとっても薄い場所だ。人だってもののように売り買いされてしまう。

 大栄先輩の方はマッチョメンたちの迫力に比べて地味だったが、もっと別のギラギラした視線で全身を睨め付けられていた。寿々木が素質があると太鼓判を押したことで、競売は白熱。八十万DGという高額で売れた。狼の毛皮を被り獣の尻尾を生やした山賊紳士に無事落札されていった。

 大栄先輩の下半身に注ぐ山賊紳士の熱い視線は並々ならぬものがあったと寿々木は語る。

[陰キャメモ]

周回を諦めずに繰り返す根気のいる作業が得意なひとってすごい。

時間対効果を考えると一般人なら足が竦んでしまうやつ。

集中力が高くて、クラスでごく一時的に人気者になったりする。

むかし一晩中小麦粉ちねって米粒作る芸人さんとかいたなぁ。とったどーの相方。

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